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第4話 舞踏は軽やかに:前編

 四月も下旬になり、校庭の桜の木はすっかり花を落として、青い葉が繁りはじめている。そんな中、学生達は体育館に集められ、学年ごとに並べられていた。全校集会にて、今年の生徒会役員が正式に発表されるのだ。広い体育館とはいえ、生徒数が3000人近くいる星謳学園において、中・高等部の生徒全員と共に全校集会をすることは困難である。混雑を避けるため高等部の生徒だけが集められているのだが、それでも15クラスの生徒達が一同に介すると、ちょっとした村のようだった。

 栞はなおに手を引かれ、A組の列に並ぶ。男女別に、名前順に整列するため、なおは列の先頭に立ち、えへんと胸をそらしていた。呆れた顔をしながらも、栞はなおよりも何人か後ろのところで、周りの生徒のお喋りに耳を傾ける。


『ねえねえ、知ってる?』『なになに?』『今年の会長、すげー美人らしいぞ』『胸デカいらしいよな!』『去年の書記の人らしいわね』『今年の副会長は?』『ああ、なんか真面目そうな眼鏡の先輩でしょ? よく知らないけど』『めずらしいよな、どっちも“鳥の名前”なんて』


 生徒達の会話の海に潜って、必要な情報を探っていた栞は、その言葉にはっ、と顔を上げる。詠歌十家の名字には鳥の名前が含まれていることを思い出したのだ。そうして栞は舞台を見つめる。生徒会長と副会長を、しかと目に焼き付けるために。

 五人の生徒が、壇上へ登っていた。そのうち三人は壇上に置かれたパイプ椅子に座り、残る二人を見守っている。

マイクの前に立つ長髪の女生徒と、その背後に控える男子生徒。栞はそのうち片方に、確かに見覚えがあった。

(そういえば、副会長の腕章をしてやがりましたね、あいつ……)

 銀縁の眼鏡の奥の光は、生徒会長らしき少女の姿をじっと見つめているようだった。が、ふと、栞の視線に気づいたのか、一瞬だけ栞の方へ視線を向けて、口元を緩めたようだった。

 マイクのハウリング、そして軽い咳払いの声が、ざわめく体育館に響いた。少女が口を開くのを、栞はじっと見つめていた。

「--『静粛に』」

 しん、と一瞬で生徒たちが静まり返った。一瞬、虹彩が明るい緑に色づいたのを、栞はしっかり見つめていた。彼女の言葉の強制力は強く、唇を縫いとめられたような気持ちにさえなる。

 --言詠だ。と、栞は確信する。こんな大規模な人数に対して、魔術を行使できる力の持ち主だとは。じわり、汗がにじむのを感じる。思ったよりもこの承認判集め、前途多難なのではないだろうか。鳩村静のこともあり、楽観的に捉えていた栞だが、厳しい現実を突きつけられたような気持ちになった。

「今年度、星謳学園生徒会長に就任いたしました、三年E組の烏丸伶ですわ。昨年度は書記を務めておりましたので、顔を覚えてらしてる方もいるかもしれませんけれど」

 凛とした語調で語り始めた伶の言葉は美しく、心を掴まれる。

「一番上に立つものとして、しっかり学生のことを思った生徒会活動をするつもりですの。どうか、よろしくお願いいたしますわ」

 お辞儀の所作までもがいちいち洗練されていた。あれは生粋のお嬢様だ、と栞は思う。祖母が望むのは、きっとああ言うしっかりとした女の子なのだろうと。そんなことを考えながら壇上に視線を向けていると、一瞬、生徒会長と目があったような気がした。気のせい、だろうか。

「さて、私の話はほどほどに。役員紹介を行いますわね。--斑鳩」

 名を呼ばれ、背後に控えていた男子生徒がマイクを握る。ふてぶてしく笑みを浮かべる姿は、どこか硬派な外見にそぐわないように思える。

「生徒会副会長の斑鳩篩だ。会長共々、よろしく頼む」

 斑鳩篩。鳥の名を冠するその名前が本当なら、彼もまた言詠だということだろう。

(ポエム眼鏡があの時名乗ろうとしなかったのは、ひょっとして、わたしを助けるために……?)

 詠歌十家の名字を名乗るということは、その家のものであることの証明である。つまりは家のために尽くし、個であることを放棄することに他ならない。斑鳩篩という男は--理由は不明だが、栞に対して個人的な協力をするためにあえて名乗らなかったのではないだろうか。

だがしかし、そう考えると疑問が残る。なぜ、全く関わり合いのない白鳥家の存在をわざわざ手助けするようなことをしたのだろうか。おまけに、生徒会副会長ということは、烏丸家の方に肩入れをしているポジションではないだろうか。ちょうど、雨燕や夜鷹が白鳥に協力してくれるように。

(なんにせよ、生徒会の連中は警戒しないと)

 烏丸と、斑鳩。栞は超えるべきハードルを認識し、本当に小さく、ため息をついた。


 まぁるいクッションが宙を舞った。

「だぁーーーーーーーーっ!」

「どうした、大荒れだな」

 家に帰るなりぎゃんぎゃんと喚き始めた栞を見て、湊は眉をひそめる。クッションを投げるほどに荒れた栞を湊は見たことがなかったし、栞もまた人前でここまで荒れた姿を見せるのは初めてだった。

「聞いてくださいよ! 今日、全校集会があったじゃないですか。そのあと生徒会室に行ったんです。烏丸と斑鳩って聞いたから、きっとあの二人が承認判を持ってるんだろうと思って……」

 生徒会長や副会長へ警戒をしつつも、叩けるならばさっさと対処してしまった方がいいのかもしれない。そんな無謀な考えを抱いていた栞は、そもそもそこにたどり着く前に他の障害に意気込みを打ち砕かれたのだった。栞はぐったりとフローリングに座り込む。湊はテーブルの定位置で珈琲を飲みながら、呑気に週刊少年誌を読んでいた。

「また無茶をするなぁ、お前は。……で?」

「生徒会室に入ろうとしたら、庶務の生徒にがーがー喚かれたんです。門前払いです! ひどいと思いませんか!」

 ぷくり、と頬を膨らませながら栞は憤った。それにしてもひどい対応だったと、栞は振り返る。

 生徒会室のドアを数回ノックして、道場破りの気持ちで返答を待っていると、ガラリと扉が開いた。栞よりも少しだけ背の高い男子生徒が、扉を開けるなり小馬鹿にするような顔と態度で栞に告げた。


『お前みたいなちんちくりんが烏丸会長に会うなんて、ふざけてんの?』『選ばれし優秀な生徒で構成された我が生徒会は忙しいんだよ。一般生徒はとっとと帰れ』『暇人に関わってると阿呆が感染するからね!』


「あーーーーもう! 思い出すだけではらわたが煮えくりかえります! なんなんですかあの一年生!」

 お前も一年生だろ、という湊の呟きに、きっと鋭い視線を向けて黙らせる。そんな二人の様子を見つめている男がいた。ソファに座っている譲は、新聞の向こう側で笑いをこらえているようだった。遠目にも、ぷるぷると手が震えているのがわかる。

「何が面白いんですか! オッさん!」

 栞は譲のことをも一喝した。

「いやいや、なに。二人とも、随分と打ち解けたじゃないか。なんかあったか?」

「特に何もねーです!」

 ええ、そうかぁ? とニヤニヤ訝しむ譲の頭部に、少女はあひるのクッションを投げつける。リビングに置いてある栞のお気に入りのそれを、譲は顔面でキャッチする。ぐえ、と呻いて、そのまま譲は沈黙する。肩が震えていたから、やはりこの状況を楽しんでいるようだが、何が面白いのか栞にはさっぱり理解できなかった。

 だが、確かに譲の言う通りではあった。譲や湊と共に暮らし始めて、もうすぐひと月が経とうとしている。初めの頃こそそわそわとしていたが、今では元の白鳥家よりも、なぜだか居心地が良くなっていた。恫喝される恐れがないと言うことは、随分と心に余裕を作るものらしい。湊も、はじめは栞にどう接していいのかわからなかったようだったが、鳩村静の件で、湊からのわずかな協力を得てからは、徐々に会話が増えていた。今では軽口を叩ける程度にはなってきている。暮らしやすい環境を作ってくれることを二人に感謝しつつも、少しセクハラ気味の叔父を、栞は肘で小突く。いてて、とあひるの向こうから情けない声が聞こえた。

 それから湊に向き直って、戦いに燃える瞳ではっきりと告げる。

「湊さん、副会長と仲が良いんですよね。だったら、わたしに会わせてくれませんか」

 けれど彼は、複雑そうな顔をしながら首を横に振った。

「まだ、早い。あいつらは後にしとけ」

「なんでですか! 早くしないと、時間切れになっちゃうんですよ」

「落ち着け。……烏丸は手強いよ。斑鳩だって切れ者だ。あれに立ち向かうんなら、もっと力をつけないと。無謀に突っ込むだけじゃ、最高位になんてなれねーよ」

「うう……じゃあ、他に言詠の家の生徒、知らないんですか」

「残念ながら、オレは校内の事情には疎いんだ。ああでも、鳩村に聞いたらわかるんじゃないのか。仲良くなったんだろ」

 湊は、栞が昨日の夕飯時に話したことをしっかり覚えていた。適当に聞き流すような返事だった気がしていた栞は、意外に思って目を丸くした。こくり、と頷いて、できたばかりの友人の顔を思い出す。

「聞いてみます」


「あの! 鳩村先輩!」

「……なに? 今日も、元気そう、だけど」

 この前副会長の手によって開けられて以来、鍵が施錠されていないままの屋上へ、栞はダッシュでやってきた。肩でぜーはーと息をする栞に、静はのんびりと声をかけた。息も荒いまま、栞は返答する。

「聞きたい、ことが、あって。……言詠の生徒、知りませんか」

「言詠の、生徒」

 栞の言葉に、静は動きを停止する。じっ、と固まったまま、どうやら頭を働かせているらしい。目が萌葱色に染まっていた。そのうちに、鳩が一羽、パタパタと舞い降りてきた。コンクリート造りの校舎に降り立ち、静の足元に散らばっていたサンドイッチの屑を嘴でつついている。ぽぽぽ、と足元を行ったり来たりしていた。そのうちにじっとしている静の頭に、モンシロチョウが翅を休めにきた。実にのどかな光景だった。きっと、森の中にいたら歌うだけで動物がわらわら集まるに違いない。栞がそんなことを考えていると、静がぴく、と体を動かした。

「…………あ」

「何かわかりましたか!?」

 栞は詰め寄った。至近距離まで近づかれて、栞と距離を取るように静は体を後ろに反らしながら、頷く。

「……鳰海なら、知ってる。隣のクラスの、女の子」

 土曜の夜、よく体育館で踊っている、と静は説明した。今が金曜日だから、明日様子を見に行こう。

「他に何か知ってること、ありませんか?」

「あんまり、よく知らない。……そういえば、バレエを踊るって、聞いたこと、ある。ずっとずっと、練習してる、みたい。とーの……知り合いが、そう言ってた」

「そうですか……。ありがとうございます! 今度、美味しいお菓子、差し入れますねッ!」

 静に一礼して、栞は屋上を去る。スカートが翻るのを見ながら、静は誰もいない己のテリトリーで呟いた。

「嵐、みたい」

 一人こぼした笑みは朗らかなもの。ぽぽー、と鳩が首を傾げていた。

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