第7話
ミカル・ラピスは、その男にしては華奢な体、十六という大人と言えるが微妙な年齢、幼い顔つき、極めつけはその低身長である。しかし、それに反して、彼の心は強い意志の上に成り立っている。
ミカルが常に考えるのは、彼の生まれた国、ブベル王国。そこの第三皇子として生まれた彼は、正確に言えば、ホビットではない。もっと正確に言うならば、ホビットと人間のハーフである。というのも、ブベル王国は、ホビットと人間が二種族で統治する国家。その王家は代々ホビットと人間の混血によって成り立つという伝統を守っており、それは、ブベル王国がかつて旧アヴァラ連邦に組み込まれて自治区としてその姿を保ってきた時から、もっと言えば、旧アヴァラ連邦さえない群雄割拠の時代から変わらない伝統として受け継がれている。
そのミカルは、声を荒げていた。時は、お祭り騒ぎの翌日。場所は宿屋の前。目的地をいざ決めんとする中で、ミカルが進言をしていたのである。
「だから! 僕の国にいったん行く、それこそが最善なんだ! エルヴィン、リーナス、なんで分かってくれないんだ!」
身振り手振りをもって説明するが──どうしても、エルヴィンらにはその必要性が感じられない。
「ミカル、君が国の心配をするのは分かる。けれど、今、ブベルへ行って何になる? 確かに、今いるアヴァラの力は借りられない……だけど、だからといって、ダークエルフたちが未だに裏で企みをもっているであろうウィシュトアリーを放置していては問題は解決されないだろう。姫愛さんもきっとついてきてくれる、彼女がいれば」
エルヴィンに、リーナスが続く。
「そうよ。ミカル、貴方の気持ちは分かるわ。けれど、今、私たちがブベルへ行って何になるというの? それよりも、この大陸に危機をもたらしている根本を目指そうとするエルヴィンの意見に、私も賛成よ」
ミカルの本心は、自らの国が気になっていた。そして、もっと深いところで、もしかしたら、今のブベル王国の危機的状況を、姫愛りるが何とかしてくれるのではないか、そう考えていた。ミカルは、昨日感じたのだ。彼女が、この街を少なからず変えたということを。
それだけではない。今、ブベル王国は、モンスターの侵略行為による大きな被害を何とかして立て直そうとしているのである。言い換えれば、国民は、間違いなく苦しんでいるのだ。この街トラウィストンでの問題は、抽象的で、一見、どうしようもないものに思えた。りるは、そんな難題さえも、僅かながら動かしたのだ。それならば、ブベル王国のような、直接的で、問題が前面に見えているような場所においてならば、もっと絶大な効果的救済を与えてくれるに違いない、ミカルはひそかに、そのように考えていた。
「ねぇねぇ、何の話してるの? ねぇー」
そんな真面目な会話の中に、りるが飛び込もうとしてくる。背丈があまり高くないため、自らの存在が気づかれていないと感じたのか、りるは小刻みに小さくジャンプを繰り返し、自分はここにいるんだぞ、というアピールをしているらしい。ぴょんぴょんと小さく跳ねる様子は、まるで子犬が飼い主にじゃれついているようで微笑ましくもあるが、一人だけ、他三名と空気が異なるのもこれまた事実であった。
「え、えぇと、あ、そうだ! そう、困ってる人がいるんだ、僕の国に」
ミカルはここぞとばかりにりるの同意を誘おうとするも、
「へ~」
あまりに冷淡な切り返しに、あっけにとられる。
「困っている人を助けるっていうのなら、ウィシュトアリーに行くべきよ。これは、私がウィシュトアリーの出身だからという理由じゃないわ。世界全体を見た時に──」
リーナスがミカルを説得しようと畳みかけんばかりの勢いで言うが、ミカルは、その話の途中で首を横に何度も振る。
「違う! そうじゃない、そうじゃないんだ」
「おいおい、どうした、ミカル。君が皇子だということでプレッシャーを感じているのは良く分かる。きっと、俺なんかとは比べ物にならない思いの強さなのかもしれない。でもな、もっと先を見るんだ。大きく見渡してみろ。倒すべきはウィシュトアリーのダークエルフ達だろ? 分かるよな」
エルヴィンもまた、説得しようとするが、ミカルは、それでも首を振る。悔しい、何とかしたい、けど、二人が言っていることも間違いではない。ミカルは考えた。どうするべきか……。そこで、一つの妙案が彼に浮かびあがる。
「……でもさ」
ミカルがエルヴィンらを見つめて言う。
「どうやって、神殿に入ろうと思っているの? 封印の地なら、そもそもウィシュトアリーの果ての果て、警備だって満足に出来ていなかった。何よりモンスターたちがいたからね。でも、神殿となれば話は別でしょ? そうだよね、リーナス」
ミカルの問いかけに、リーナスが、難しい顔になって答える。
「確かに、それは間違いではないわ。ミカルの言う通り、フィグネリアが魔力を貯えなおすために身を隠すとなれば、その場所は当然、仲間のダークエルフが居て、かつ、魔力が濃い場所、それに、安全な場所である神殿……」
「それだけじゃない。神殿があるのは城壁都市の聖クレイテミスだ。ダークエルフのクーデターはウィシュトアリーの国土全てに公になってないかもしれないけれど、少なくとも、聖クレイテミスに住む人たちくらいは支配下に置いていて当然、そう考えれば、そうやすやすと入り込める場所じゃないのは確か、だよね」
ミカルの目がきらりと光っている。その問いかけに、リーナスは、彼女の国を良く知る者として、同意せざるを得なかった。一方のエルヴィンは、うぅん、と難しそうに腕を組んで考えた後、
「けどな、それでも、その守りを突破して何とかしなけりゃいけないんだ。俺たちがやらなけりゃ誰がやるんだ? それに、姫愛りるさんだっているんだし、何とかなる、だろう。大体、他に何か手はあるっていうのか?」
その言葉を待っていたのはミカル。うん、と大きく頷いて、あるっ、と言う。
「僕は昔、ブベル王国の使者として、ウィシュトアリーの神殿へ行ったことがある。聖クレイテミス
は、その名に反して、強固な守りを持った街だ。外部から侵入するのはたやすくない。何せ、小さな山の上に要塞のようにして築かれた街だからね……。例え、侵入できたとしても、その先の行動はかなり厳しいだろうね。神殿の内部、それに、重要人物であるフィグネリアの居場所を突き止めた上で、更に、そこを強襲する、というのは困難を極めるだろう」
ミカルが言うのを黙って聞く。リーナスは勿論それに強く同意せざるを得ない。
「じゃあ、どうするか、だよね。忍び込むことが無理なら──招待されればいい」
どういうことだ、と首を傾げるエルヴィンら。
「ブベル王国が今、どういう状況下にあるのか。それを考えればいいんだ。ブベルは、僕の国は、今、ウィシュトアリーのダークエルフたちに、自分たちに従うようにと迫られている。それは分かるよね。それなら、僕の国から、ウィシュトアリーに使者が行く、というのは、何らおかしいことじゃないよね?」
「えぇと、つまり、何がいいたいんだ?」
「そのままだよ。僕の国から、使者として、僕たちがウィシュトアリーに入ればいい。これなら、戦うことなく正面から神殿へ入ることが出来る、そうだろ?」
四名は、ブベル王国へと向かう。アヴァラ西部共和国より、南東へ暫く。途中、いくつかの山を越えなければならなかったが、通商路を使用するため、さほど過酷という訳でもない。昔から使われている通商路は、ブベル王国の疲労のためか、アヴァラ西部共和国からの心なしかの物資の供給のために往来する馬車も見られるが、すれ違う数はあまりにも心もとなく、復興のためとしては力不足に思われた。
四名が数日かけて到着したのは、ブベル王国のほぼ中央、盆地部に位置するトゥリパ。王室が置かれている街であり、同時に、しばらく前、モンスターの大群が襲来、蹂躙された街でもある。
建築物の多くは特徴的なオレンジ色のレンガ造りであり、それらが規則正しく碁の目のように並んでいる様は、アヴァラ大陸でも異色を放つ、美しい街並みであったが、今のトゥリパは多くの建築物が崩れ去り、見る影もない。
この街は、その遠い昔、ブベル王国領土内でホビットと人間が対立していた時から少し先、両種族が友好を結んだ印として建築されたと言われており、故に、人間の文化とホビットの文化が入り混じった街としても有名であった。
それ故に、
「ようこそ、ようこそ、旅人さん。今は大変なことになってしまっていますが、おくつろぎください」
街に入るやいなや、非常に危機的状況にある街の人からも一行は歓迎される。この国では、ホビットが来たからと言って、人間が来たからと言って、はたまた、エルフが来たからと言って、種族を理由に特異な目で人を見るような層はほとんどいない。とにかく、種族の違いに対して寛容であるのだ。そこに壁はない。単一種族による国家や、複数種族がいても単一の種族が国を治めている国家とは大きく異なる点であった。
「さぁ、急いで行きましょう。王宮へ」
ミカルが急かす。街を歩く中、けれども、りるがところどころで足を止める。
「なんか、みんな──」
そこにある景色は、先にいたトラウィストンで見た暗い光景とはまた違う暗い光景だ。かつて家屋だったらしき場所で、何かを探し当てようとしている人、崩壊した家の前で、何をするでもなく毛布にくるまって寝転がっている人。勿論、復旧作業をしている人だっているし、炊き出しが行われていたりもするが、明らかに供給は足りていないように見える。それらの景色を見たりる。
「みんな、元気、ない、こともない……?」
微妙に、煮え切らない様子だった。確かに、彼女の言う通り、全員が全員活力をなくし、未来に絶望している訳ではないように見えるというのもまた確かであった。それもそのはず、彼らの多くは、この街を、この国を諦めていないのだ。
「この人たちにね~もっと元気になって欲しいな~って、りるは思ったよー!」
その申し出は唐突。もう少しで王宮に着こうかという時に、りるが叫ぶた。
「お、おいおい」
「……まぁた始まった」
エルヴィンとリーナスの声。なんとなく予想はしていただけに、あまり驚いている様子はない。
「だよね、だよね!」
これはミカル。ミカルはそうなって欲しいと願っていただけに、大賛成の様子だった。
四名は、ミカルの第三皇子という身分におかげで、王宮の一室で作戦会議をしていた。王宮とはいっても、質素なものであり、建物自体は、トラウィストンの城よりも一回り小さい程だ。
何の作戦会議か。それは勿論、ウィシュトアリー聖国に入り込むための会議──ではなく、トゥリパを元気にする作戦会議、らしい。というのも、
「ここが元気にならなきゃりるはどこにもいかないよっ! 石の上にも三年、って言うでしょ!!」
などと、若干、使用用途が正しくないであろう文字列を織り込みつつ宣言したからであった。
王宮内は、モンスターの襲来後すぐに復旧されたからだろうか、街外とは違い、廃墟と化しているというようなことはない。案内された一室は、ミカルの私室で、王家の部屋にしてはこれまた思ったより広くなく、ブベル王国特有の装飾品などが置かれていることを除けば、ベッドの他、生活用の家具が置かれていることといい、一般人の暮らす民家を何回りか大きくしたような程度である。
その部屋の真ん中。地べた、もとい、絨毯の上に座って作戦会議が行われる。ここブベル王国においては、椅子を使う文化はほとんどなく、多くは地面に絨毯を敷いてその上で日常の生活を行っている。これもまたこの国の特色の一つであると言えるが、慣れているもの以外にとっては少し窮屈らしく、リーナスなんかはしきりに足を組みかえていたりする。ちなみに、りるについては、絨毯の上にうつ伏せに寝転がって肘をつき、完全にくつろいだ状態である。この中で最も、この場所を使いこなしていると言えるかもしれないその態度にミカルは若干呆れつつ、けれども、りるをしっかりと見る。ミカルは、今、りるに言うべきことがあった。
彼女でなければ出来ないこと。そして、ミカルが彼女のしたことを見たからこそ、そして、トラウィストンの街のその後を見て、感じた事、頼みたいこと。
「僕は、ヒメア、君に、して欲しいんだ。トラウィストンでやったことと同じことを」