第5話
エルヴィンらが考える方法というのは、実に現実的である。間違ってはいない。閉塞感に包まれた国の空気を一転させる手段として、百パーセント間違っているとは言い難いだろう。武力によって成し遂げられた行為に未来はあるのか、そもそも、そんなことをして国は大丈夫なのか、といった不安は勿論付きまとう。しかし、こと、国を変える、という一点のみを見るならば、その後、良い方向に進むか、悪い方向に進むか、ということを無視すれば、事実、国は変わる。
けれど、ミカルらが止めるように、デメリットは遥かに大きいし、安牌かといえば、全く以てそうとは言えない。何より、時期が悪すぎる。何せ、隣国のウィシュトアリーが大変な事態に陥っているのだ。そんなときに行うべきことではないのは誰に見ても分かる。
そんな彼らが唸る中、りるが言い放った。
「サーカスをやろう!」
サーカス。芸などを行うことによって、観客を楽しませる見世物のことである。りるの発言に三名の脳はついていかないままに、りるは続ける。
「りるが~メインの空中曲芸やるから~エルとミカルが~うーん、剣劇? おっぱいさんは~」
「リーナスです!」
ついていかないながらも、リーナスはそこにだけはツッコミを入れる。
「リーちゃんは~、ピエロ?」
「だ、だれがっ……!」
むっきーと地団駄を踏みながら暴れるリーナスはさておき、話の進行にまるでついていけていないエルヴィンがようやく、頭を抱えながら口を開く。
「い、いやいや、待ってくれ。頭がついていかない。姫愛りるさん、君の発想は常人にはついていけないものなんだということを自覚してくれ」
しかしながら、りるは、その言葉を理解したのか理解していないのか分からないような顔で、くるーんと体を宙返り。空中芸らしい。ちなみに、りるはスカートを履いているため、パンツらしきものは勿論見える。でも、大丈夫、これは見えてもいいパンツだから。
「ほら~! 見て~! すごいでしょ~」
これは、彼女の身体能力が高いという訳ではない。りるが魔力で自らの体を制御しているのだ。誰にでも出来ることではない。繊細に魔力を使いこなす──いや、魔力と友達、くらいの感覚がなければ、それも自らの体を一回転させるための補助としてだけ、魔力をコントロールするというのは難しい。
特に、リーナスは、自らも魔力を使える存在であるが故に、その行為の凄さというのは、勿論認識出来た訳だが、そんなことを言っている訳ではない。
「あー、まって、ヒメアさん、僕も、そのなんだっけ? サーカス? をやる必要性が全く分からないんだケド……」
ミカルがエルヴィンに一歩遅れて問う。
「え~! もう~ミカルくんはホントにぶちんだなぁー!」
腰を捻り、口をとんがらせて、人差し指を口に当てる、なんていうチャーミングなポーズで言うりる。ちょっとだけ可愛いと思ったりなんかするミカルだったが、いやいや、と顔を横に振る。
「いい? かつての人類は言ったはずよ、笑ったらいいことがある、って」
本当か、三人の頭には沢山のはてなが浮かんだ。というか、雑すぎだろ、と抗議の声が上がりそうな、謎の名言である。
「でもだなぁ……」
エルヴィンがさらに反論しようとするも、
「皆でサーカスやらないなら、別にりる一人でやるからいいもんね!」
りるが怒り出したため、反論を取りやめる。ここでりるの機嫌を損ねるのは良くないとなんとか機嫌を取ろうと試みるものの、
「だいたいさぁ~、そうやって、サーカス批判して~! 宝くじは買わないと当たらないんだよ? 知ってる? やってみないと分かんないでしょっ!」
言わんとしていることは分かる、分かるが、という思いが抑えきれないエルヴィンであったが、ここで、彼女を戦力から外すというのは痛すぎる。というか、外したらフィグネリアには勝てないのだ。彼女が、今どこで何をしているのか、その行方は分からないものの、彼女が野望を捨てたとは考え辛い。少なくともウィシュトアリー聖国がダークエルフの手に落ちているうちは……。
故に、エルヴィンが取れる選択肢はただ一つ。
「よーし! 分かった! やろう! サーカス!」
「エルヴィン!?」
リーナスとミカルが同時に驚きの声を上げる。エルヴィンは、それを聞き、二人の顔を集め、小声で言う。
「いいか、前も言ったが、こいつの魔力は強力だ。こいつの協力がなければ、この大陸を救うことは難しい。ここは大人しく言うことを聞いておこう。こいつは、俺たちがいてもいなくても構わないんだ、俺たちがやらないと言ったらそれまで、別行動しよう、という話になるだけだ……」
「えぇ、でも、りるちゃんはお金も持ってない。食事も調達できない。それでも私たちを頼らないかしら?」
リーナスが意見を言うも、
「そもそも、ヒメアさん、あれから一回もご飯食べてないよね。多分、なんか魔力的な調達が出来てるんじゃないかな? そもそも、あの子は、人間なのか、何なのか、それさえもよくわかんないし……」
ミカルの言う通り、彼女は、存在そのものが謎なのだ。謎少女なのだ。
「よぉ~し、じゃあ、さっそく打ち合わせしよ~」
流石に、城内でそんなことをしていては追い出されるのは明白なので、エルヴィンらは場所を変えた。
といっても、彼らはこの街に拠点がある訳でもなく、かといってアテもない。
街をさまよい、歩きまわるくらいしかできることはない。りるになんとか満足してもらうために……。
サーカス、といっても、初心者集団の彼らに何が出来るという訳でもない。りるを除いては。
りるが先導し、街中を歩きまわり、サーカスなるものを行う場所を決める。街の中央でそんな大体的なことを行っては、間違いなく警察だのなんだのに止められる、というエルヴィンの声はなんとか受け入れられ、街中央から少し外れたところにある広場で行うということに決まった。
人影はまばらであり、こんなところでやって、一体誰が見るのだという疑問はエルヴィンらの頭に大きく積もっていたが、りるにとってはそんなこと関係ないらしい。
「というか、コレ、サーカスというか、大道芸、だよな……?」
途中あげられたエルヴィンの疑問の声は、
「人に何かを見せて、人を楽しませることができたら、それはサーカスなんだよ。皆、胸には心のサーカスを持っていないといけないの!」
という、りるの謎理論でなかったことにされた。全く理解はできなかったが、りる本人が満足しているらしいのでもうそれでよいということになる。
「で~、二人は~」
りるの演技指導の元、広場の隅で、サーカス(?)の練習が開始される。エルヴィンとミカルは剣劇を行うらしい。エルヴィンは勿論、剣をうまく扱えるが、ミカルはどうか、という点については心配に及ばない。これでも、彼は、王国の皇子の身分。幼い頃から剣を使った立ち振る舞いの練習は行ってきたのだ。体格が小さいが故に、剣を使わず、弓を主要武器としているだけなのである。
りるの指導の元、四苦八苦しながら、それらしい見世物が出来上がろうとしていた。エルヴィンとしては、この茶番劇を早々に終わらせて、さっさとこの街を出発し、出来ることならウィシュトアリー聖国の中心部へと乗り込みたい所存であったが、ここまで来てしまった以上、放り出す訳にもいかない。これをうまくやったところで、この街がどうにかなるだとか、この国がどうにかなるだとかは全く考えていなかったが、りるを満足させるためにも、ある程度一生懸命に取り組む。
一方のリーナスは、りるが魔法により作り出した可愛らしい衣装を手に、その衣装とにらめっこをしていた。
「本当に、本当に、着ないと、ダメ……?」
なんてことを、りるに何度も確認する。リーナスは引きだしたいのだ、うーん、そんなに嫌なら別の衣装にしよっか、という言葉を。
その衣装は決して、露出が多いという訳ではない。極めて露出は少なく、むしろ、露出されているのは顔と手先と足先、そのくらいのものである。では、何故リーナスは着るのをためらっているのか。
その服は、体の面積のほとんどを覆い隠す。うーん、何とも健全な服と言えよう。ちなみに、柄はひどく鮮やかだ。ピエロ、と呼ぶにふさわしく、赤、白、青をそのまま原色で使用したような目がちかちかする彩で構成されており、それの色を時に縞々に、時に水玉に、組み合わせている。
頭の上に被るようりるから言われた帽子は、これまたピエロと呼ぶに相応しい、先が両股に別れた愉快なものとなっており、こちらの配色は明るい黄緑となっている。
確かに、色は目立つ。目立ち過ぎる色だ。これを来て、街中を毎日歩いていれば、きっとピエロのお姉ちゃんとして認識されること間違いなしの一品である。けれども、リーナスが着るのを嫌がっているのは、この配色が原因という訳でもない。
かれこれ数十分、この魔の衣装とにらめっこをしているリーナス。彼女が何故着たくないか──何故なら、そこに、りるの悪意が存在しているのではないかとリーナスが強く感じているからである。
この衣装、配色の他にもう一つ特徴的なこと、それは、つまるところ、この衣装が、全身タイツであるということに他ならない。あ、少しだけ、腰あたりにスカートっぽいヒラヒラがついてたりする。余談だが、エルヴィンとミカルの衣装は特にない。リーナスにはある、そう、この、りるより授けられし全身タイツのピエロ衣装が!
無論、着るには、今着ている服を脱いで、ほぼ裸の上に着なければならない。着替える場所? そんなものは些細な問題である。この人影のまばらな街、物陰に隠れればそんなことは大した心配ではない。
違う、リーナスが危惧するのはそんなことではないのだ。言わずもがな、この衣装を着るにあたって、どうしても強調されるもの、そう、リーナスのボディラインである。リーナスが特段、魅力的な体つきをしているだとか、そういったことが問題なのではないのである。この衣装が問題なのである。こんなもの、誰が着ようが、嫌でもボディラインが表に出てしまうのである。
「ねぇ、あの……」
リーナスは思う。このりるなる少女が、一体何を企んでこの衣装を着せよとしているのか、悪ふざけが過ぎる、とんでもない、許せない、と思考はどんどん怒りへと進化していこうとしている。
「ん? なに? リーちゃん」
りるが振り向く。
「これ、本当に着ないと、だめ?」
衣装を持って問う。その返事は、
「だ~めっ!」
勿論こうである。強制。
リーナスは最後の希望、エルヴィンの方へと助けを仰ぐ。視線を送る。ねぇ、見て、私、こんな服を着せられようとしているのよ、こんな服を着て、大衆の目の前に出させられようとしているのよ、貴方が私に少なからず好意を抱いているのは知っているわ、ね、分かるでしょ? それなら俺がやるよ、そのくらい言って欲しいの、といったような強い思いを込めた視線を送る。
エルヴィン、一瞥。エルヴィン、にこっと笑い、頷く。いい笑顔だ。まるでイケイケのイケメン男主人公が幼馴染のヒロインに向けて放つような屈託のない笑顔だ。
「あんのクソガキ…………」
誰にも聞こえない声で、リーナスが低い低い、地鳴りのような声で呟く。余談ではあるが、エルフは寿命が長い。
さて、エルヴィンに拒絶されたリーナス。もう残された道はミカルしかない。大丈夫、あの出来た皇子様ならきっと助けてくれる。そう願いながら、リーナスは次に視線をミカルへと注ぐ。あなたは、出来る皇子よ、大丈夫、ホビットはちんまりして頼りがいがない外見だけれど、私は決してあなたがホビットだからってそんなこと思ったことは一度もないわ。むしろ、勇ましいその姿は、ギャップがあって素敵。だから助けて、あなたくらいの可愛らしさならきっと私の代わりにピエロをやってのけられるはずだものっ、という強い思いを込めた視線を送る。
結果は言うまでもなかろう。再び、リーナスは、その美しい外見からは思いもよらない罵倒を誰にも聞こえない音量で呟き、改めて、その手にする衣装を見る。
この衣装に向き合わなければならないのだ、彼女は。こんなことを私がして一体何になるの、そもそも一体、何のために、誰のためにこんなことを、といった様々な疑問さえどこに放つこともできないこの現実を受け入れなければならないのだ、彼女は……。
「分かったわ、着ればいいんでしょう、着れば……」
ようやく了承したリーナスに、りるは微笑むと、
「じゃあ~、リーちゃんがすることを説明するね~!」
と、とても楽しそうに、リーナスへサーカスをするための指導を始めるのであった。ごく稀に通り、街行く人たちの一瞥を、何回も受けながら……。
ちなみに、この時、エルヴィン、ミカル、リーナスが共通して感じていた思いがある。なんで、こんなこと、してるんだろう、である。さらに、私たちは、俺たちは、僕たちは、この大陸を救わないといけないのに、こんなことやっていていいのだろうか、という思いが付け加えられているのは言うまでもない。