第14話
「なんで!?」
りるの抗議の声にリーナスは、しっ、と返し、小さな声で、エルヴィン他にも言い聞かせるようにして答える。
「ダークエルフたちが、エルフの襲撃に備えていないとでも思う? 少なくとも、集落の周りには相当数のトラップは仕掛けられているだろうし、そもそも、ああして見える集落の景色さえ本物か分からない。周囲に張り巡らされてる魔力を見てもそのことは明らかよ。迂闊に近づくのは危な過ぎる」
エルヴィンらも、それはもっともだ、と頷く。
「じゃあ、どうやって近づくんだ?」
「だから、そもそも、私は反対だって言ってるのに……」
リーナスにも具体的な案はないらしい。さて、どうしたものかと悩んでいる四人──は、いつの間にか、三人になっていた。
「……あれ!? りるは!?」
一番最初にりるがいなくなっていることに気が付いたのはミカルである。その声で、エルヴィンらも辺りを見渡すが、りるの姿を見当たらない。
「いやいや、どう考えても、ほら、あれ! あっちだよ!」
ようやく見つけたりるは、案の定というべきか、エルヴィンらの嫌な予想通り、スゾの村へと駆けて行ってしまっている。
「止めないとっ!」
リーナスが叫び、後を追う。その後ろに残り二人も続く。
後数十秒も走ればスゾの村の一番外れの家屋に到着する……。そんな距離にまでりるは差し迫って──爆ぜた。
轟く爆音は間違いなくりるが足を踏み入れた地面から起こり、はじけ飛んだ土煙や草木によってエルヴィンらの視界は遮られる。ただ間違いなく起きた事は、りるが前へ進むために踏みつけた地面が爆発したということである。
弾け飛んだ土などの量のわりには、爆発音は小さく。エネルギーが衝撃を与えることにより特化していたであろうことが予想できた。
その爆発と土煙の中、前進する訳にもいかず、エルヴィンらの歩みは止まり、空気の衝撃と視界を奪おうとする土煙を少しでも防ぐために姿勢を低く、両手を顔の前に構え防御する。りるからは数十メートル以上離れていたが、それでも、エルヴィンらは立っていられない程の衝撃を受ける。
「……りるっ!」
衝撃から解放されたエルヴィンは真っ先にその爆発がした方へと走る。これは、危険な行為であった。どこにどのような罠が仕掛けられているか分からない。けれど、そんなことを判断する余裕はエルヴィンにはなかったし、それは他二人についても言えることであった。
三人がりるに近づくと、そこに、人影があることが分かる。
「……?」
驚き、止まるエルヴィンら。煙はほんの数秒を待たずして晴れ、そこにいる人影の正体が分かる。それは、りる本人であった。
「びっくりしたぁ~!」
りるは駆けてきたエルヴィンらの方を見て、とても驚いた顔でそう言う。りるはどこを怪我している様子もなく、それどころか、そのひらひらした衣装には汚れさえ見られない。
何事もなかったのか、といえば、勿論、答えは否である。りるの身には、間違いなくダークエルフにより仕掛けられていた魔力による地雷が作動したのだ。その威力は凄まじく、普通の人間なら跡形もなく蒸発してしまっていただろうほどの威力であり、周囲に人がいればそれら十数人も巻き込んで死に至らしめるほどの強力なものであったのだ。
それでは、何故、りるに何事もなかったのか、といえば、それはただただ彼女の能力が高かったからである。りるは、自らの危機を肌で感じ取ってすぐに魔力による防御を本能的に行ったのである。そのことはりる自身からしてみれば何ら特殊なことをやったつもりはなかったが、他から見れば明らかに異様で、もし、これを敵に回すとするならば、その恐怖は図りしれないものであった。
「……あっ」
この声はミカルが発したものであり、ミカルはりるを指さしてこの声を発していた。いや、正確には、りるよりしばらく後方を指さしていた。
そこには、りるの脅威を目の前で感じ取った集団がいた。エルヴィンたちではない、別の集団。そう、ダークエルフたちが数名そこには立っていたのである。彼らは全身に漆黒の衣を身にまとっている。その様子はさながら死神といったところか。顔には目以外を覆い隠すこれまた黒の衣を身につけており、体に纏う黒衣の下には、鎧らしきものがちらついているのがわかる。完全武装をしているのだろう。
黒衣の軍団とも呼ばれるダークエルフたちの戦闘装束だ。その威圧感は圧倒的であり、かつてはこれを見るだけで大陸中の軍隊が恐れおののいたとか。そんな彼らは手に槍を構え、りるから一定の距離を置いて、横一列に展開していた。正確な数は分からないが、二十に近いほどの数はいる。彼らは一様にそれ相応の力を持ったものであろう。リーナスは、フィグネリアには及ばないにしても、エルヴィン、ミカルとの三名では相当の苦戦をするであろうと考える。
出来ることなら、戦いたくない、という思い。しかし、きっと、それを避けるのは難しいであろうことも予想できた。彼らは、間違いなく、りるを圧倒的な脅威と識別したであろうし、その後ろにいる自分たちはりるの仲間だと考えるのは自然である。
彼らは一言も言葉を発することなく、中央にいる、若干様子の異なる指揮官らしき人物を最前に、りるに対して一歩一歩歩みを進める。土を踏みしめ、草を踏みしめる音は、まさに死神が近づいてくるかのような恐怖を与えてくる。
感じる魔力量は並々ならない。リーナスは肌でビリビリとその強さを感じて、身構えた。相手はどこから狙うだろうか? 間違いなく、りるだろう。彼らにとって最も脅威なのは、罠の影響を全く受けなかったこの少女なのだ。見れば、その衣装はあまりに独特でわけの分からないただ一人の少女であるが、彼らはそんなことを気にしてはいない。敵は敵。脅威は脅威。ただそれだけの情報に割り切って、りるを排除しようと考えているに違いなかった。
黒衣の軍勢の一人、指揮官だけが歩みを進める。他の人々は後ろに身構えているままだ。何をしようというのか、予想できなかったが、次の瞬間、彼は、
「問いたい」
とだけ呟いた。その目線はどうやらりるに向けられているようだった。口元など顔の大半が覆い隠されているため、その表情は見えない。けれど、指揮官らしきダークエルフは確かにりるに向かって話しかけたのだ。
「んー? なになにー?」
りるがとてもとても陽気な声で返す。そこにはまるで緊張感はない。この場において最も緊張感が表れていない場所である。そのあまりに陽気な受け答えに、さすがの相手も若干戸惑いつつ、言葉を返した。
「……お前は何者だ」
りるは、片方の手の人差し指を顎に当て、うーん、と難しそうな顔をしてから答えた。
「りるの名前は姫愛りる! 私はねっ、魔法少女なんだよぉ~! 輝く魔法はみんなの奇跡! ぱらぱらるぃ~ん♪ まじかるッ、りるたんっ!」
勿論決めポーズも忘れない。りるが唐突に叫びながら動きだしたので、黒衣の軍勢たちはおろおろと動揺し、おぉ、うわぁ、などと声をあげてうろたえはじめる。中には攻撃魔法を唱え始めるものまでいたため、指揮官が振り返って、やめろ、落ち着け、と叫ぶ。それでようやく落ち着く彼ら。やはり、りるに対して相当な警戒感を持っているのは間違いなさそうであり、同時に、相当な恐怖心も持っているのであろうということも明らかになった。
「あぁ、ええっと……おい、そこの後ろのエルフたち! お前は! いや、お前らは何者だ!」
りるの正体を突き止めることは諦め、比較的まともらしい装備をし、種族もなんとなく分かるリーナスらの正体を突き止めることにしたようだ。リーナスは話を振られ、歩みを進めてりるに近づきながら答える。
「私はとあるエルフよ。こっちは人間とホビット。見ての通り、この子、りるの付き添いよ」
身分を完全に明らかにすれば必要以上に警戒を与えてしまうだろうと判断したリーナスは、自分たちがどういう立場であるかということを告げない。ここで戦闘に入ってしまうことはあまり良いことだとは思えなかったからだ。
無論、一番最初の目的はフィグネリアを倒すことであったはずだ。となれば、ここで、この黒衣の軍勢を倒すことは必要であったかもしれない。けれども、ここで急いで戦って何になる、という思いがリーナスには浮かんでいた。どうせ、ここで自分たちが戦おうが戦わまいが、数日後にはウィシュトアリーの正規軍がここへ攻め寄せるのである。それならば、自分たちは、自分たちにしか出来ないことをしてみるべきではないか、と判断したのである。
エルヴィンとミカルもおおよそその考えと同じであった。彼らは、もはや何をするでもない。りるの目的を達成させたいと漠然と考えていた。そこに絶対にやり遂げなければならないという強い意志こそなかったが、その一方で、それ以外に自分たちの使命はないのではないか、とは思っていた。その決意がどこから来たのか、ということを明確にすることは難しかったが、彼らは自分の国がりるによって良い方向に動いたということを自然と認識しており、ウィシュトアリー聖国においても、りるはきっと凄いことをするに違いないという大きな根拠のない感情が作用していたことは間違いないだろう。
「付き添い……? 貴様ら、クレイテミスからの軍ではないというのか?」
「そう思うなら、戦いましょうか?」
リーナスは強気に言い返す。相手は願っているのだ。自分たちがクレイテミスからの攻撃者ではないということを。りるの圧倒的な魔力が自分たちを抹殺するための最終兵器ではないということを心のどこかで願っているのである。そうでなければ、このような会話に意味はない。こちらが何を言うよりも前に攻撃を仕掛ければいいだけのことなのだから。そうでなかったという事実をリーナスは間違いなく受け止めて、的確に返答をする。これは脅しではない。交渉でもなく、ただの確認だ。自分たちは敵ではないということの強い主張であった。
「……それもその通りだな」
指揮官はそう言うと、頭の防具を外し、その顔をリーナスたちに見せる。
「ゴルダだ」
男の顔は決して若くない。
「リー……アンナよ」
リーナスが名乗ろうとし、ミドルネームを名乗る。フィグネリアに対峙することになれば誤魔化しは効かないにしても、今ここで、名前から素性を完璧に知られるのはあまりよくないと考えたからだ。
「ブロンベルクだ」
「えー、と、あー、ラピスです」
よもやこんなところに王族が来たとは誰も思わない。ミカルもまた何も怪しまれることになく名乗りを終える。
「しかし、なんだ。色々と話をしたいことがありすぎる」
りるを見ながら言うゴルダの言葉に、
「ええ、多分、けれど、その疑問の半分も私たちは答えられないでしょうけれどね」
リーナスは呆れ顔で答えた。
そんな話の中心になっている本人のりるは、首を傾げて笑顔でゴルダの方を見ているのであった。
そこにあったスゾの集落は決して幻影などではなく、間違いなくそこに存在していた。流石に中に入るに至って、リーナスらに対する警戒はそれなりに強く、黒衣の軍勢の全員がリーナスたちを取り囲むようにして一つの家屋に案内する。
中は薄暗かったが、魔力による灯のおかげでもう日も暮れているというのに生活するのには困らないくらいの明るさはあった。家屋はさほど大きくなく、二十もの人が中に入るにはあまりにも無理があり、その三分の二ほどは外で待機。中に入るのはエルヴィンら一行と残り数名の兵士たちだけに限られた。
「ここに住んでいたダークエルフたちの半分は、もっと深い森へ避難したんだ」
ゴルダは誰に言うでもなく呟く。
「残りは?」
リーナスが問うと、ゴルダは、ほんの少しだけ笑ったような表情になってすぐに表情を元に戻して、自嘲気味に、
「……俺たちだ」
と言った。返す言葉もなく、腰を掛けてくれと勧められるがままに腰を下ろす。椅子もない。地べたに座る形であり、敷物さえない。家屋とは言うが、あるのはただ一つの部屋のみで、よく見ると、生活に必要なものがところどころに散乱しているのが分かる。
「……さて、どこから聞こうか」
ゴルダは全員が着席したのを見計らって口を開いた。全員とはいっても、見張りの兵士たちは皆立っているし、頭の装備を外す様子もない。対話をするのはあくまでゴルダだけということなのだろう。
「どこから話しましょうか?」
リーナスが余裕そうな顔で問うが、内心は、それなりに緊張していた。何せ、回りにいるのはダークエルフだけなのだ。ここで話がこじれようものなら大変なことになるのは目に見えている。
「はーい!」
そんな緊張を打ち砕かんばかりに陽気な声が発せられる。りるは、元気に右手を上げて、発言したいでぇ~す、と言った。何をいきなりと思う一同であったが、この場において最も力を持つのは間違いなく彼女であり、その彼女が言うのならばきっと重要なことなのだろうと考え、ゴルダはりるに発言するように促した。




