表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アヴァラ救国マ記ジカル♪りるたん  作者: 上野衣谷
第三章「犠牲を認めたくないということ」
12/20

第12話

 街は、エルヴィンら誰もが思っていた以上に平穏な様子であり、その光景は、彼らが神殿に到着するまで変わることはなかった。

 神殿の見張りは、城門の見張りの兵士とは異なり、見張りというよりは、受付という言葉が相応しい神官のような、宗教色の強い服装をしており、穏やかな様子で、城門の兵士がしたような歓迎の挨拶を述べた後、エルヴィンら四名を神殿内へと導いていく。

 神殿の中は、そのほとんどが静寂で、わずかに足音がするくらい。内部は微妙に薄暗く、窓の少ない作りであり、光源は魔力によって起こされているであろう松明がその大半を占める。

 廊下は見晴らしが良いが、神殿の大きさは大層なものである。噂では、魔力により空間が歪められているだとか、なんとか。

 つまるところ、外部の者がおいそれと強襲することは困難を極める魔術的建築物なのである。万一の時にも、絶対的な防衛施設、兼、司令塔としてその威力を発揮するのがこの神殿なのだ。

 けれども、エルヴィンたちにはリーナスがいる。彼女は、この神殿に長い年月仕えてきた高官であり、彼女がいれば、この神殿でダークエルフたちが集っているであろう場所を特定し攻撃することは可能であると考えられた。

 案内役が前を歩き、エルヴィンらがそれに続く。一見、ただ、盲目に連れ従えられているように見えるが、そうではない。リーナスはこの神殿内の移動の間にやらなければならない重要な責務を持っていた。

 それは、フィグネリアの居場所を特定することである。フィグネリアの魔力は実に強大なはずであり、魔力による探知を深めれば、この神殿内のどの空間にいるのかということを特定できるはずであった。

 移動の末、四名は神殿内の一室に案内される。さほど広い部屋ではないが、部屋内の装飾は流石に綺麗と言うより他ない豪華なものであり、椅子や机も木製の歴史を感じさせるものであった。


「それでは、ハグバリ外交官をお呼びしてきますので、今しばらく、お座りになってお待ちください。多少時間がかかると思いますので、ごゆっくり、おくつろぎになっていてください」


 その名に一人驚いていたのは、リーナスだった。ヘルゲ・ハグバリ、エルフ議会の議員の一人であり、種族はエルフ。無論、外交上の問題ということであれば、彼が表に出てくるというのは珍しいことではない。

 しかし、ブベル王国相手とあっては話が別だ。

 何せ、ブベル相手にウィシュトアリーは宣戦布告じみたことをしているからである。ウィシュトアリーは、ブベル王国に対して、モンスターの大群を送り込んだ。それにより、ブベル王国首都のトゥリパは半崩壊。その後、ブベルに対して、ウィシュトアリーへ従うよう暗に要求していたのである。

 これが何を意味しているかといえば、即ち、ブベル王国相手に、ウィシュトアリー聖国の表の顔を見せる必要性は皆無だということだ。アヴァラ西部共和国など、ウィシュトアリー聖国がダークエルフのクーデターによって政権を奪取されているということを知らない国に対しての外交ならば、これまでウィシュトアリーの外交を一手に担っていたハグバリが顔を出すのは分かるが……。

 一体、今更、ハグバリを表に出して何をするというのか、というところにリーナスの関心は注がれていた。

 その一方で、エルヴィンは今か今かと機会を待っていた。

 エルヴィンらがここへ乗り込んできた理由。それはただ一つ、ダークエルフたちを倒すこと、そして、何より、ここへ逃げ込んできているはずのフィグネリアを倒すことであった。

 神殿内での行動計画のトリガーとなるのはリーナスである。彼女が、今だ、と見定めた時、行動が開始される。

 臨機応変に動くため、綿密に、どこをどう攻めるのか、行動するのか、といったことは決めていないが、目的は明確。その明確な目的を達成するためにも、リーナスの準備をしっかりと待つ必要があった。

 リーナスには、手に入れなければいけない情報があった。その最も重要な事項に、フィグネリアの居場所を探り当てること、がある。神殿内を移動する際にも、魔力的探知を行っていたが、残念ながらその手がかりをつかむことは出来なかった。

 その際、どうするかということについてもあらかじめ相談済み。交渉の場に出てきた相手から、何とかして、僅かでもいいから情報を引きだす、ということになっていた。状況は苦しいが、やるしかない。

 三名は話すこともなく、ただ、椅子に腰かけていた。緊張が辺りを包み込む中、一人、りるだけは、ほへぇ~、などとたまに声を発しながら、うろちょろと歩きまわっていた。どこで監視されているかも分からない中、りるをなだめて座らせるということも難しく、エルヴィンらはそんなりるにそわそわしながらも、目の前に差し迫る決戦の時に向かって心を集中させている。

 もし──万が一に、全くの情報がないまま交渉事が終わってしまったとしても、行動は起こさなければならなかった。ここまで潜り込める機会は恐らく二度と訪れない。この機を逃しては、アヴァラ大陸は魔物たちの嵐に飲み込まれてしまうのだから。

 緊張の時間は、長くは続かなかった。

 部屋の扉が開く。思わず身構える一同の視界に入ったのは、一人の高齢の男性エルフ。身にまとっている衣装は、エルフ族伝統のものであり、エルフ議会における制服でもある。足取りは重たく、ゆっくりと、彼は席へと着く。彼が席についたことを見て、りるもきょろきょろしながら席へ着き、ここで、再び緊張が高まり始める。

 彼こそが、ウィシュトアリーの外交官が一人、ヘルゲ・ハグバリだ。比較的温厚的な立場を取る男で、アヴァラ西部共和国とも、ブベル王国とも、強い同盟関係を結んでいたことで知られ、その他、敵対する諸国とも強い争い事なく平和的な解決を目指していた人物である、かつては。

 リーナスが考えるに、今の彼は違う。いや、正確にいえば、今、そこに、かつてのヘルゲの姿はない、と言った方が正しかろう。恐らく、国外へ顔を見せるかつてのエルフの議員らは、ダークエルフたちの魔術的洗脳によってその思考や身体の自由を奪われており、そこにあるのは傀儡と化した体だけなのだ。

 対面し、けれど、どうやら、様子が違うらしいことに一番最初に気づいたのはリーナスだった。

 何が違うのか、その違和感の正体を突き止めるよりも先に、ヘルゲが口を開いた。


「ようこそ、ようこそ、いらっしゃいました」


 笑顔。そこにある笑顔は、どうやら、嘘偽りのものではないらしく、真実のものであるようだ。リーナスは、ここでようやく違和感が何物であったかに気づく。その違和感とは──


「まずは、深く、謝罪をさせて頂きたい」


 ヘルゲはそう言うと、ゆっくり立ち上がり、深々と頭を下げた。リーナスの覚えた違和感、それは、ヘルゲが何らかの魔力に支配されていない、ということだった。即ち、彼は、ダークエルフに支配されていない状態にいる、ということになる。


「我々が、ブベル王国にしたこと、それは、決して許されることではない。本来ならば、我々の方から赴かなければならなかったのですが……現在、神殿も会議も大きな混乱状態でして、このことを他国へ大きく知られる訳にもいかず……」


 ヘルゲが述べた言葉を理解するのに、エルヴィンらは大きく時間を要した。数十秒の沈黙。その間、ヘルゲはずっと頭を下げたままでいる。ようやく、なんとなく状況を理解したミカルが、ヘルゲに確認の意を込めて問う。


「えぇと、その、まずは、頭を上げてください。つまり、今、このウィシュトアリー聖国はダークエルフたちの支配下にはない、ということですか?」


 ミカルが言葉にしたことによって、ようやく、エルヴィンとリーナスはその意味を理解し始める。ミカルの言葉を聞き、ヘルゲは頭を上げる。その顔は実に申し訳なさそうな顔であり、リーナスが感じ取ったダークエルフらの魔力が感じられないという点からも、ヘルゲが嘘をついているとは考えにくかった。


「ええ、そうです。彼らのクーデターは先日、無事鎮圧され、今、議会では国政の正常化を目指しているところなのです。勿論、ブベル王国は今回の件で最大の被害者……顔を合わせることさえも難しい程に大変なことをしてしまったという事実、禍根は多く残るでしょう。我々としても、ブベル王国の復興のために出来る限りのことをする所存です」

「そう、ですか。我々として、それならば、喜ばしいことでもあります、が……」


 未だにミカルは戸惑っていた。それはエルヴィンもまた同じで、勇んで乗り込んできたというのに、その目標がなくなってしまったというのだから無理もない。為すべきはずだったことはとうの昔に達成されてしまっていたというのだから。


「あぁ、まだ、戸惑っておられるようですね。そうですねぇ、どうしたら良いのでしょうか? ああ、そうだ、議会の様子をご覧になりますか? ここしばらく連日、会議が行われていますからね。かくいう私も、一時的に抜けてきているので」


 ヘルゲの声に従い、エルヴィンらはあれよこれよと神殿内を案内された。神殿内を回るに従って、当初、一番訝しんでいたリーナスも、どこにもダークエルフたちの魔力が存在していないことに気が付く。回っている間、エルヴィンがリーナスの疑問を察知したように問う。


「すみません、ハグバリ議員。ダークエルフたちの姿が見えないのですが……」


 それは、このウィシュトアリーの神殿において、リーナスが過去に見た景色とは圧倒的に異なる点の一つだった。どこにもないのである。ダークエルフたちの姿が。

 確かに、ウィシュトアリーでは、エルフの方がダークエルフより優位な立ち位置を獲得していたということは紛れもない事実ではあったが、それにしたって、いない。一人残らず追い出されてしまったかのように、あるいは、彼らは皆闇に飲まれてしまったかのように。

 ヘルゲは、あぁ、と返答すると、何事でもないかのように答えた。


「議員の中にいたダークエルフは皆、ここを去りましたよ。えぇ、居られますまい、ここには。そりゃあそうです、大層なことをやってしまったのですからね。自分たちがやっていないにせよ、彼らダークエルフの議員が、ダークエルフたちのクーデター政権下でも、彼らの傀儡とならずに彼らの統治に参加してたのですから。確かに、彼らは、議員としての誇りを捨ててはいませんでした。私たちエルフに対してもクーデター派による酷い仕打ちを何とかしようと駆け回っていた者もいたことでしょう。けれど、ダークエルフはダークエルフ、ですからね」


 一通り神殿内を巡り、再び元居た部屋へと戻ってくる。席に着くと、リーナスは意を決した。

 深く被っていたフードを取り、ヘルゲへとその顔を晒す。フードの下から淡い金髪が露わになり、整った顔が姿を表し、その二つの瞳はしっかりとヘルゲを捉える。

 唐突な行動に、ヘルゲは一瞬戸惑ったが、すぐに事の次第を察知し、おぉ、と感嘆の声を上げた。


「これは……ウルリカ嬢……! よくぞ、よくぞ御無事で……!」


 ヘルゲは、リーナスのことを知っていた。そして、彼は、その身を案じていたらしかった。ヘルゲが一通り感動の文句を言った後、リーナスが交代に口を開く。


「どうやら、私たちの国の平和は、戻ったようですね。ハグバリ議員、本当に、無事で何よりです。今まで、姿を隠していたこと、どうかお許しください」


 軽く頭を下げるリーナス。エルヴィンらは、思いの他平和にことが運び安心している。ちなみに、りるはといえば、とても退屈そうに、ステッキをくるくる回して遊び始めている。暇らしい、圧倒的に。いつも忙しく動き回っている彼女からしたらこれでも落ち着いている方だと言えるが、その蓄積されたエネルギーがどこかへ放出されはしないかと少し不安になるエルヴィン。

 りるのことはさておいて、ヘルゲとリーナスの会話は続いた。今、ウィシュトアリーがどのような状態にあるのか、どのようにしてダークエルフたちから政権を取り戻したのか、あるいは、今後、どのように動いていくのか。

 特に重要に感じられたのは、今後の動きである。ヘルゲが言うことには、ダークエルフのクーデター派の多くは、生きたままこのクレイテミスを発ち、今、再び、封印の地の近くのダークエルフたちの住む場所へと集結しようとしているのだという。そこへ対する対処もまた、今、議会において話し合われている内容だというのだ。

 どれも、リーナスらにとっては今後、どのように動かなければならないのかという点において、非常に重要な情報であったが、それら情報交換は、りるの耳には、どこか、乾いた会話に聞こえていた。そんな中、りるは、ぽつりと呟いたのだ。


「皆仲良く、元気に……」


 その呟きが僅かに聞こえたエルヴィンは、チラとりるの方を見るも、りるはエルヴィンに反応することなく、手に持つステッキの先を見ているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ