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アヴァラ救国マ記ジカル♪りるたん  作者: 上野衣谷
第三章「犠牲を認めたくないということ」
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第11話

 トゥリパからウィシュトアリー聖国の神殿のある聖クレイテミスまでの道のり自体はさほど険しいものではない。徒歩で向かっていては相当な時間がかかるため、国境に辿り着くまでは馬車での移動。国境を越えてからは徒歩での移動となった。

 ただ、難点として挙げられる要素に、ウィシュトアリーの辺境の地にはウィシュトアリーの手によらない野生のモンスターたちが少なからず生息していることがあった。最も、それらモンスターはフィグネリアの強さと比較すれば各段に脅威とは程遠く、りるの力を借りずとも、エルヴィンらの手によって容易に撃退できたため、大きな問題とはならない。

 それどころか、辺境の村では、近頃、モンスターがやたら増えているという事態が何故起こっているのかということさえ知らず、通りがかりのエルヴィンらの行為が非常に感謝される始末だった。


「どうやら、まだダークエルフによるエルフの支配が起こっているのはクレイテミス周辺だけってことか?」

「そう、かもしれないけど……」


 エルヴィンらは道中で辺境の村々を通過する途中で手に入った情報を整理しようとしていた。長旅において、ずっと無言で歩いていることは、精神が滅入ることにもつながりかねない。このような雑談は、旅をする上である程度の役割を果たす。


「でも、どの国だってそうだけど、辺境の地っていうのは単に上に税を納めるための小さな集まりでしかない。こと、強い民主制を推し進めてる共和国は違うかもしれないけど、ブベルを初めとして、特にウィシュトアリー何かはエルフという種族の特性上、まだ森の中で生活している人たちだって多いんでしょ?」


 ミカルの言葉に、リーナスは同意する。


「だから、クレイテミスでダークエルフがクーデターを起こした、といっても、あのクーデターは暗に政権をダークエルフの支配下に置くっていうだけだから、あまり目立っていないのかも」

「ちょっと待ってくれ」


 それにエルヴィンが違和感に気づく。


「あれ、そもそも、エルフはダークエルフと別に対立しているとう訳じゃないのか? 俺が聞いた話では、ウィシュトアリーのダークエルフは、その人数がエルフに比べて少ない故か、エルフに政権を取られて不満がたまっていたとか、なんとか聞くが……」

「半分当たっているし、半分間違っているわ」


 リーナスは、難しい顔をして答える。それは、リーナスが答えを知らないからという訳ではなく、彼女があまり口にしたくない部分であるからだ。けれど、説明しない訳にもいかず、リーナスは口ごもりつつも答える。


「対立、という訳じゃないわ。互いに干渉していない、というのが正しい。けれど、それは、エルフたちのほとんどが森に暮らしていた過去の話……。ウィシュトアリーの地が、旧アヴァラ連邦の一員となった時から、徐々にエルフの生活は変わり始めた、というのは分かるわよね?」

「それはそうだろうね。だけど、それはエルフに限ったことじゃない。この大陸にいる全ての人類の生活は、アヴァラ連邦が出来たからという理由よりか、技術の向上、文明の発展によって変わっていった」


 ミカルが捕捉し、リーナスはそれに頷く。


「とにかく、アヴァラ連邦から独立したウィシュトアリーが自国の領土を保つため国として発展するためには、エルフとダークエルフが全く関わらないという訳にはいかなかった……詳しい話は省略するけれど、その緩衝材となったのは、例えば、ウィシュトアリー聖教であったり、議会を持つということであったり、という社会的なシステムなの」

「それで、結局、それがどうつながってくるんだ? えぇと、その、エルフとダークエルフの関係に」


 話にいまいち先行きが見えないため、堪らずエルヴィンが口を入れる。


「簡単よ、議会制が問題。勿論、議会というのは、話し合いの場。互いの知恵を出し合って、より良い方向に国を導いていくのが役割……。けど、議会という以上、もちろん議員の選出は不可避。その上で、そもそもの人口が少ないダークエルフの比率は小さくなる……」


 そこからは簡単、とリーナスはさらに話を続けた。政策などはエルフ有利のものが多くなり、ダークエルフたちは公然と立場の低い方向へと流れていった。かといって、表立った対立はない。何故なら、議会という正当らしい権力が、それらの行為をよしとしてきたからだ。


「ねー、それって、喧嘩しちゃったってことー?」


 どうやら、話を全く聞いていなかったに思われたりるであったが、きちんと聞いていたようで、実に単純な質問をリーナスへとぶつける。リーナスは特に気を悪くするでもなく、小さく頷く。


「簡単に言えば、そうなるわ。私が高官として勤めていた時代より前から、徐々に、エルフとダークエルフの亀裂は深まっていった。そもそも、エルフとダークエルフは共通の先祖を持ちこそすれど、それはそれは昔、大きな衝突をして以来、二度とそのようなことがないよう互いに避けて干渉しない生活をしてきたんだから、当然と言えば、当然ね」

「それが、今回のクーデターって訳か」

「難しい問題ですねぇ」


 ミカルに言われ、リーナスは若干心が痛んだ。何せ、ブベルは、人間とホビットという離れた位置にある種族が共存している国。リーナスから見れば、少し憧れる存在でもある。けれど、


「ホビットと人間とは訳が違うのよ。エルフとダークエルフは、似た者同士……。同族嫌悪、ってやつなのかもしれないわね」


 という思いがあるのもまた事実。エルフは、魔を操る力を持つダークエルフをあまり良く思っていなかったし、逆もまたしかり。お互いに似すぎている、とリーナスは考えていた。


「ふーん……そっかぁー……」


 りるが、誰にも聞こえないくらいの声でそう呟いていた。




 ようやく、エルヴィンらの前方に聖クレイテミスの街が見えてくる。とはいっても、見えるのは城壁だ。城壁に守られたこの地は、旧アヴァラ連邦を守る城塞都市として、東部からの侵略者等の攻撃を防ぐ防衛都市の役割を果たしていた。丘陵地帯になだらかに広がる城壁に囲まれるようにしてクレイテミスの主要部の街は存在し、城壁外には、農村部が広がる。

 近づく前に、エルヴィンら一行は各々服を変える。それぞれの特徴的な衣装や防具などは全て封印し、あくまでブベル王国の使者であることを装うため、ブベル王国に仕える者たちが着ているような、茶に近い色合いの地味な衣装へと着替える。中でもリーナスは、顔を知られている可能性が大いにあり、またエルフということもあるため、服装からの露出は最小限に抑えられ、顔はフードで隠れるようにする。


「え~! りるいやだ~~! なんかきゃぴきゃぴしてない~~!」


 と、反発するりるを、何とか説得し、その衣装の上からでいいから、という妥協案を引きだす等、ちょっとしたトラブルはあったものの着替えは無事終了する。

 農村部に人はまばらにいたが、彼らは誰もくらい顔をしており、道行くエルヴィンらを気に留める人は誰一人としていなかった。

 城壁内の一番高い地点には神殿と呼ばれる巨大な石造りの建物が、エルヴィンらがいる位置からも見える程に存在感を示していた。この建物こそが、クレイテミスを象徴する歴史であり、同時に、ウィシュトアリー聖教の総本山でもあり、さらに言えば、ウィシュトアリーの政治を司る場所でもある。

 さて、エルヴィンらがこのクレイテミスに入るにあたっての第一の難関は、城壁内に入る検問所であった。ここで怪しまれることなく、無事越えなければ、フィグネリアを打つという目標が達成されることはない。何としても、りるを中へ入れなければならないのだ。

 城門までたどり着く。城門は大きく開け放たれているが、ここを素通りすることは許されない。


「おい、止まれ」


 城門横に設置された警備小屋から数人の兵士が出てくる。それぞれ、防具をしっかり装備しており、突然の侵入者などに備えているであろうことが見て取れる。彼らは、いずれも、ダークエルフではなく、エルフたちであった。エルヴィンは若干拍子抜けしつつも、ミカルに交渉を任せる。


「僕は、ブベル王国のラピス王家、第三皇子、ミカル・ラピスです。ウィシュトアリー聖国への使者として参りました。神殿までの通行許可をいただけますか?」


 ミカルの声に、けれど、エルフの兵士らは大きな反応なく、実に冷静に、


「そんな知らせは受けていない」


 とだけ返す。勿論、こうなることは分かっていた。唐突な訪問なのだから。ミカルは、懐より筒を取り出すと、中から一枚の大きな紙を取り出した。


「これがブベル王国の証書だ。勿論、公式の魔術印も記してある。君たちで分かるとは思えないが、疑うのなら、これをもっと力のある魔術師などに見せて──」

「なるほど、確認した。嘘ではないようだな」


 ミカルの説明の途中で、兵士の一人がそう言う。それに続き、周りの兵士数名も、それぞれに頷く。


「よし、確かに、あなた方がブベル王国の使者であることは確認しました。遠いところ、ご苦労様でした。そして、ウィシュトアリーへようこそ。私がこのまま神殿までご案内しますので、後に続いてください。あいにく……馬車はございませんが」


 兵士はそう言うと、にかっと笑って城門を開けるように指示する。エルフは、末端の兵士といえども、他種族が相当の経験を積まなければ得られない魔法の才を持っているということにも驚きではあったが、それ以上に、あまりにあっさりと第一の難関を潜り抜けることが出来てしまったことに拍子抜けするエルヴィンたち。

 もしかして、末端の兵士たちにさえ、ダークエルフたちによるクーデターが起きたことは行きわたっていないのか、という疑問さえ生まれる。彼らはそれだけコンパクトに、ただただ上層部を乗っ取るということだけをスマートに行った、その可能性がない訳ではない。しかし、そうとするならば、エルヴィンらにとっては好都合であった。警戒態勢を取っている者が少なければ少ない程良い。

 一方で、こういった状況を全く予想していない訳ではなかった。リーナスがこの国から逃げたのは、ごくごく初期の段階であり、それ以後、ダークエルフたちがどのように政権を完全掌握したのかについては分かっていなかったのだが、彼女の予想の中の一つには、


「あまりに多くのエルフに知られることによって、クーデターに反発する分子が現れることは簡単に想像がつきます……だから、彼女たちは、クーデターを起こしたとはいっても、あくまで議員たちを自分たちの傀儡にするというだけで表立った行動はとっていないかもしれない……」


 というものもあった。

 しかし、である。兵士に引き連れられ、神殿へと向かう道中に街の様子を観察しながら、エルヴィンは違和感を感じた。


「あまりにも、普通過ぎる……」


 街には全く争った様子がない。市民たちは普段と変わりない生活をしているように見えた。店を営む者、何かを配達しているらしき者、その他、大勢の市民たち。街にはそれなりに活気があり、何か特別事件が起きた後とは到底思えない穏やかな雰囲気が漂っている。

 いくら隠密に行動したといっても、果たしてこれほどまでに市民に対してその事実を隠し通せるものだろうか、という違和感は、エルヴィンだけでなく、リーナス、ミカルもまた同じように感じていた。

 そんな中、りるは、街を観察することに全神経を集中させていた。どうやら、人々の様子に興味をそそられているようだった。


「……ねぇ、あれ、何やってるの?」


 りるがくいくいとりるの横で一番後ろを歩くリーナスの袖を引っ張る。りるが指さす先には、どうやら言い争いをしているらしい人影。距離があり、何を言っているのかは分からないが、見る限り、エルフ数名にダークエルフ一人が食ってかかられているように見えた。


「あぁ──」


 リーナスは、どう説明すべきか迷う。何と言えば伝わるのだろうか、こう、何と言えば、的確に伝わるのだろうか、ということを考える。考えた結果、恐らく、それを一言でりるに伝えるのは難しいだろうという結論に至り、それでも、何とか、一部でもいいから伝わって欲しいという願いを込めながらりるに言う。


「あれは……そう。あれは、この国の姿……かな」


 リーナスの歯切れの悪い言葉に、りるは首を傾げた。言葉の意味がいまいち理解できなかったということもある。首を傾げながらも、りるは、その言い争う光景を見て、何かを掴み取ったような気がしていた。

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