そんな漫画みたいな(仮)・渡
短編「そんな漫画みたいな(仮)」の渡君バージョン。
※12,267文字です。
ほぼまぐれで勝ち上がった決勝戦。
優勝候補同士でぶつかり合って、決まった相手は何年も全国に出ている、うちの地区予選の最優勝候補。
守り主体の我が校は前半を0ー0でどうにかしのぎ、後半も向こうの攻撃に翻弄されながらも何とか0点で抑えていた。
「渡、経験だ。行け」
目に見えてフラフラな先輩たちに一年生の自分が混ざったからと言ったって勝てるとは思えなかった。
最終兵器みたいな場面で出させるなんてと顧問を少し恨みながら先輩と交代する。
それでも、こんな強豪校を相手にできる喜びに俺の足はいつも以上に軽かった。
だからと言って相手守備を一人で抜ける事はできずに囲まれ過ぎると思った時、味方までの隙間が見えた。
すぐさま蹴り上げたボールは、先輩の渾身のヘディングでゴールに入るかと思われたが、ギリギリでキーパーに阻まれた。
キーパーが何とか弾いたボールが俺の方へ来る。
相手DFをかわし、ただ頭で飛びついた。
試合終了より、ゴールのホイッスルが先に鳴った。
初の全国出場が決まった。
***
―――やっぱりコーヘーといてもつまらないんだよね~
そう言われてフラれた。
やっぱりって何だ。
そっちから付き合ってって言ったのに。
サッカーしてる姿がカッコイイって言ったのに。
「あ~あ、最後の砦・渡もとうとうフラれたか」
「うるさい木村……」
「短い彼女有り期間だったな~、俺ら」
「それでもいつも通りに動けるんだから、渡のメンタル強いよな」
「これで全員フラれたから、ちょっとカラオケでも行って叫ぶか!」
「つーか、新年度にキリよくフッて来るとか、可愛い女子はエゲツナイ…」
「あ~あ、またむさ苦しいだけの日々か~」
「で? 渡は最後まで出来たん?」
佐竹がきょとんと爆弾を落とした。
まあ、ソコは聞くよな。俺もコイツらのを聞いたし。ものすごく不本意だが、引っ張っても答えは変わらない。
「出来なかった。この春休みにどうにか押し倒そうと思ってたらフラれたわ」
「あんなにベタベタしてきた娘だったのに!? …分かんねぇ、女子って分かんねぇ!」
「ずっとサッカーしかやってねぇのに、女子の扱いがスマートに出来るわけねぇだろっての! 並んで歩くだけでこっちはガチガチだっての!」
「落ち着け木村。でもまあこれで俺らの童貞同盟も守られたな~」
「言うなよ中村!? 切ないだろ!」
「ゴム買うのにめっちゃ緊張したのにな~」
「だから加藤はさっさとフラれたんだろうよ」
「可愛い彼女が出来てガツガツしない男なんかいるか!」
「頑張ってすましてた俺もフラれたけどなぁ!」
「まあ、今年もサッカーに色々注げというお告げなんだろう」
「え、田辺どうした? 何を悟った?」
「お告げって!」
「ドーテー様のお告げが~」
「やめろー!そんな宗教に入った覚えはないっ!」
「無駄だ木村。男ならば生まれ落ちた時からすでに入っている!」
「指で指すなー!」
騒がしい仲間に少し癒された。
***
「ひゃあ!」
珍しく強い風が校内に吹き込み、目を瞑った瞬間に気の抜けた悲鳴を聞いた。
何だ?とそちらを見てみたら、風に捲られたスカートとピンクの水玉パンツが見えた。
……おお、ラッキー。
捲れたと同時に、持っていたノートが何冊か落ちたらしい。俺に気付いていないその女子は自分でさっさとノートを拾いだした。
俺の進行方向に落ちていたノートを一冊拾う。
「ありがとうございます」
もっさい女子だな。
男受けした元カノと比べ一瞬でそう思い、ついでにいたずら心も湧いた。
ノートを受けとる為に差し出した手を無視して、抱えているノートの束に重ねてやると、ポカンとした。
「どういたしまして。水玉ピンクちゃん」
このくらい軽い性格だったら、元カノと最後まで上手くやれたかな。
目の前の女子が一瞬で真っ赤になったのを見て、少し後悔した。
最低だ。知りもしない女子に八つ当たりだなんて。
***
また何か運んでる。係りか。
トイレから出ると、廊下の向こうにヨタヨタとしながらノートらしき物を持ついつかの水玉パンツの女子を見つけた。
特に彼女の名前を調べたりもしてないが、あれから地味に引きずっていた罪悪感をぬぐう為に、手伝おうと近づいた。
「こないだはゴメン。半分持つ」
この間の事を謝まり、侘びがてら彼女の持っていた物をいくらか取った。フルカラーの社会の資料集は教科書くらい重い。半分以上は持てたと思う。が。
重っ! これを一人で運んで来たのか、すげぇなコイツ。
「わ、あ、ありがと。クラス違うのに」
……ありがとうって、すぐ言うよな。
ちょっとくすぐったい感じに戸惑って、「これ重いよな」なんて珍しく話を続けた。
しかし、進学組だと? 勉強できる女子にしても、見た目残念過ぎるだろ。
「いや私必死だから」
「必死って」
でも普通に話せる。
隣を歩いてもすり寄って来たりしない。
ただの同級生。
女子といて、久しぶりの感じだ。
「どうもありがとう。本気で助かりました」
水玉のクラスに入り教卓に資料集を置いたらまた礼を言われた。立て続けか。
「いや、お詫びだし」
「あの時にノートを拾ってくれたからそれで終わりで良かったのに。それに、どちらかというなら見せてしまってごめんなさいじゃない?」
いや見たのはともかく、その後の俺がゴメンだろ。分かってないのか?
「パンチラはけっこう貴重だぞ」
「シー!?シーッ!?じゃあコレでチャラで!? お詫びとか言われると思い出して恥ずかしいので、もう忘れて下さい」
スゴい顔した水玉の勢いに押された。小声で叫ぶって器用だな。
……あれ? 忘れていいんだ。
「ぁ、ああそうか、そうだな。……じゃあ」
「ありがとう」
じゃあと言えば、水玉はあっさりと手を振った。
……あれ、名前とか言って来ねぇの?
あれ? 俺…………変なモテ期でおかしくなったか? うわ、自分が恥ずかしい……
まあいっか。もう関わらないだろう。
***
「なんすか?このプリント」
部長が顧問の浜村先生に質問すると、浜ちゃんはため息を吐いてから教頭からのお達しだと言った。
「読んだ通り、これからは文武両道を目指すそうで、中間試験での赤点以下の成績に応じて長期の補習がある。サッカー部が全国に出たもんだから何だか張り切っててなぁ、あれよあれよと決まっちまったわ。一応俺も教師だけど担当は体育だからな!お前ら高校生らしく頑張れな!」
グラウンドは騒然とした。全教科とは言わないが、いつも一つは赤点だ。今までの補習は一日だったのに!
てか夏休みに練習出来ないってどんな拷問だ!?
次の日、数学を教えてくれるだろうと当てにしていた友人たちにことごとく断られた。
…まあ友達のほとんどは運動部だしな。俺は数学が弱いが、他の教科を教えられるかと言えば無理としか言えない。つーか、ついでに他のも教えてくれ!
朝から休み時間のたびに断られ続け、もう昼休みも終わろうかという時間に水玉女子を見つけた。
俺の声に気付かないのかスタスタと歩いて行く。待て待て!
焦りのあまり肩を掴んだら、びっくりした顔で振り向いた。
「びっくりした~…」
だよなでもそれどころじゃないんだ!
「数学を教えてくれ!」
はあ?
声に出なかったが、明らかにそんな表情の水玉にそうして欲しい理由を畳み掛ける。
もうお前だけなんだよー!
「頼む!水玉!」
また真っ赤になった水玉にしまったと思ったが、チャイムが響く。
「明日からよろしくな!」
もう押し掛けるしかなかった。
***
「本当に行くのかよ?」
「断られなかったから大丈夫だ」
「どこのガキ大将だよ。せめてもう少し時間あけて行けよ。まだ飯も出してねぇんじゃねぇの?」
「飯食ってる間に逃げられたら困るだろ。じゃあな」
「取り立てか…」
チームメイトでありクラスメイトの木村に呆れられながら教室を出て、隣の五組に入る。
目が合った瞬間に、水玉は勢いよく弁当を平らげた。
ちっさい弁当をチマチマと食っていた元カノを思い出す。
女のくせに…食いっプリが男前だな………面白れ~。
そうして水玉は口をもごもごさせたまま、自分の席から移動して空いていた席に俺と向かい合わせに座る。喋れないからか、俺の持ってきた数学の小テスト教科書ノートを指さし、机に置けと動かす。
まだもぐもぐしてる水玉は小テストをじっと見て、やっと飲み込んでから喋った。
「最初に言っておくけど、教えるなんてやったことないから私の説明が分からなかったら正直に言ってね。他の人を紹介するから」
「分かった」
まあ無理矢理頼んだわりに引き受けてくれるようでありがたい。さっそく分からないところを聞く。
「ここまでは合ってるよ。ここね、当てはめる公式が違うんだ」
「……あ、そっか。じゃあ式はこうなる?」
あれ。
「そう!そう! じゃあこっちの問題もやってみよう」
「はい。……ああ…………こうか?」
「そうそう!この問題文のコツはこことここ。」
「ああ、そうか」
だからこっちの公式使うのか。
何だか不思議と頭に入る。直接答えを聞いてるわけじゃないのにな。
何が違うんだ? 数学は二年生でももう習うものが違うけど、水玉が持ってきたノートはどうなってんだ?
見せてくれと言えば、水玉はあっさりと見せてくれた。
きれいなノートだった。少し丸っこい字だけどきれいに書いている。この吹き出しは重要な事か…こうすると見やすいんだな。版書以外にはこうして書き込むのか……重要な部分て全部赤線を引いちまうからなー、なるほどな~。
「……ああ、なるほど。ここのページ、コピーとらせてもらっていい? ノートの書き方の参考にする」
「私の? 他の人の方が分かりやすいと思うけど」
「進学組にいる友達は字が汚い。俺は考古学者になる気はない」
勉強は見てやらんがノートは貸してやると言われてひろげたら、数字しか分からなかった。しかも、1と7、2か3かも見分けられないときた。あれは無理だわ。
ちょっと思い出してそう言ったら水玉が笑った。
……へぇ、ちゃんと笑ったとこ初めて見たな。
「五組の委員長は字が綺麗だよ?」
教えてくれるヤツのノートじゃねぇとこんがらがるだろ。どいつが委員長か知らねぇし。
とにかくコピーをとって、また明日と言えばポカンとされた。
「明日も?」
「赤点にならない自信がつくまでだよ」
「まじすか……」
やっぱ何も無いのは駄目か。
「今日は忘れたが、明日からコンビニスイーツを進呈させてもらう」
「お任せあれ!」
噴いた。チョロすぎだろ。
ノートを返してクラスに戻ると、木村がコピーを覗いた。
「へぇ、きれいなノートとるなぁ」
「教え方も分かりやすかったぞ、俺は」
「どんな感じで?」
さっきの事だから自分でもわりと説明できた。おお、やるな俺。
「なるほど! 明日、俺もついてっていい?」
「は? まあ、いいんじゃね?」
「やった。で? 名前何て言うの?」
「あ、聞かなかった」
「は!?そんなことある!?」
……べつに、必要無かったんだよ。
***
次の日の昼休みに木村と、同じくチームメイトでクラスメイトの中村も連れて五組に向かう。
「二人増えてる!」
だから、残念な顔になってるぞ水玉。シュークリームやるから直せ。
「ついでに頼む」
「そうそう。俺ら横から見てるだけでいいから。渡と同レベルだと思って」
「ついでに俺らも助けて~。邪魔はしないから~」
わりと人当たりのいい二人だからそんなに緊張しなくていいぞ。
そしてさっそく、昨日の六時間目にあった数学小テストを見せる。
昨日の様に水玉はさくさくと説明する。
「「「 ああ!なるほど!」」」
な?分かるだろ?
ほらな、何も書けなかった問題があっという間に答えを出す。
木村と中村もふんふんと言いながら両脇から見下ろしている。
そして水玉は、にこりとして、花丸を描いた。
まじか! 木村と中村も噴いた。
「ははっ! 花丸なんて何年ぶりだよ!」
「頑張ったご褒美だもの、花丸でしょ」
「満点とってももうもらえんわ」
「小学生か。でも不思議と羨ましい」
確かにな。ちょっと嬉しいわ。
「あ、ちょっと待って、花丸もらえるなら俺英語の小テスト見てもらいたい。持ってくる」
「じゃあ、俺も先週の数学のヤツで聞きたいところが」
バタバタと二人が出ていった。
なんだよ、そんなに花丸欲しいかよ。
「彼らもサッカー部?」
水玉がふと聞いてくる。
全員モテ期だったから、顔を見てもサッカー部と分からない女子がいるとか新鮮だな。……いややっぱ恥ずかしいな。
「うん。悪いな」
「ううん。エース君は想定してたより理解力があるから余裕だよ。私要らないと思うな」
エース君!?
待て待て待て待て。
「俺はエースじゃない。俺はたまたま試合に出させてもらって、たまたまアシストが上手くいって、先輩が攻めたこぼれ球を体ごとゴールに突っ込んだだけだ。……エースじゃないから練習しなきゃいけないのに教頭め、余計な事しやがって」
我ながら言い訳がましい。
真実なんてそんなもんだ。
俺たちがよく分かってる。
俺だって出来るならエースとして頼られたい。
くそっ。
だけど、目の前の水玉はそれには全然関係ない。
関係ないのに、こうして付き合ってくれてる。
「藁にもすがる何とかって、水玉には迷惑だろうけど、よろしくな」
申し訳ない気持ちはある。
だけど水玉の反応はちょっとズレた。
「悪いと思ってるなら『水玉』はやめてよね!?」
そっちかよ。
「お前が俺を『エース君』なんて呼ぶからだろ」
「ダメージが全然違うと思う!名前知らないし!」
ダメージ?知るか!『エース君』なんて俺だってダメージ大だわ!
つーか、本当に名前知らねぇのかよ。
「渡。渡康平な」
「渡君ね。分かった。」
……分かったって何だ。なぜかちょっと悔しくて小さく反撃。
「……お前は?名前。水玉でいいのか?」
「いいわけないでしょ!? 荒井ね!荒井!」
荒井か。どっかで聞いたな? あ!一年にいたわ。
「下の名前は? 後輩に新井がいるんだよ」
「ええ~。美晴だけど…」
美晴。意外と可愛い名前してんな。
まさみという名前の元カノは、ゲーノー人と同じだよ、と言っていた。今では心底どーでもいい。
「じゃあ、美晴な」
「うわっチャラい。サッカー部のエースチャラい!」
「何がだよ!?」
「スルッと女子を呼び捨てするとこが」
は!?じゃあ、ちゃん付けか? キモいわ!
「真顔で言うな。こっちが引くわ」
「私の人生、モテ男に関わった事がないからね。偏見更新中だよ」
モテ男って……
「訳のわからんことを。名前は名前だろ。俺が呼んだって何も減らねぇわ」
「……」
おい、何で無言だ!
「本気で悩むな。そんなに嫌かよ……」
「あはは、ゴメン!冗談よ。渡君て面白いね~」
……面白い?……俺が?
つまらないんだよね、ってフラれたんだぞ?
水た……美晴はニコニコとしてる。
これは、本当にそう思ってる……?
対戦相手ならともかく、女子の顔色なんて分からない。
分からないけど。
「お待たせ~。コレコレここの英訳、合ってるよね?」
何か答えが出そうな時に戻って来た木村と中村がさっそく質問しだしたから、そのままうやむやになった。
そして、四組に戻ると木村と中村が感心したように言った。
「確かに分かりやすかった! 英語もイケるな美晴ちゃん!」
「俺も明日から渡についてくわ」
……あ、そう。
そうして部活でも美晴の事を褒めたもんだから、赤点スレスレギリアウトメンバーの加藤と佐竹が食いついた。田辺には抑え係として来てくれと頼む事になる。
「お前らが一人の女子に群がるのはどうかと思うんだが?」
田辺。言ったからにはどうにかしてくれ。
***
「また増えたっ!?」
「だって、美晴ちゃんの説明分かりやすい!」
「そうそう。憐れな同級のサッカー部を救って下さい~」
「えーと、よろしく?」
「俺、英語!」
「俺、古文!」
美晴の愕然とした顔を見た途端に申し訳なくなり、悪い、という言葉も小さくなってしまった。今日はそれもあり、少し奮発した焼きプリン。受け取った美晴の目がキラッとしたが、すぐに眉毛が下がった。
英語と古文て、お前らがそれを苦手なのは分かるがメインは数学だって言ったろうが。
やっぱり多過ぎか。加藤たちに悪いが帰れと言おうとしたら、美晴が教室を振り返って叫んだ。
「昼休み限定サッカー部勉強会、英語と古文の担当してくれる人求む!」
はあ?と思った瞬間に教室にいたほとんどの女子が手を上げる。
「募集はさっきの二教科二名のみ! 勝ち抜きジャンケンでお願いします!」
美晴のかけ声でジャンケンが始まり、あっという間に女子が二人残った。
「はいじゃあ、英語は丹野さん、古文は佐東さんにお願いします!」
そうして美晴は俺らを仕分けた。
田辺が古文担当女子に移動しながら小さく親指を立てた。佐竹を頼んだぞー。
中村と加藤は英語担当へ。
あれ、俺も今日は英語か古文なのか?
「美晴は?」
「数学」
少しほっとして、いつもの席に着く。
「俺も入れて~」
「木村が持って来てるの英語だろ?」
「ん? 数学は渡のを見ればいいじゃん。俺は美晴ちゃん先生がいいの」
木村のこの馴れ馴れしさにほんの少しイラッとした。
美晴が微妙な顔で嫌がっていたから何も言わなかった。
「女子に勉強を教えてもらえるっていいな!」
……良かったな、加藤……
***
「ちょっとコーヘー!」
元カノまさみが教室の出入り口で俺を呼んだ。
何だ? 一組からわざわざ何しに来た?
しょうがないのでそこまで向かう。
「何?」
「最近進学組のもっさい子と仲良くしてるってホント?」
……他人に言われるとな……
「…ああ。ホント」
「うっわ、止めてよね~、私の次にブサイクと付き合うとか!」
は?
「皆に私と別れたショックでコーヘーはおかしくなったんじゃないのなんて言われるの~」
おかしくなってねぇし、付き合ってねぇし、美晴はそれほどブサイクじゃねぇし。どこの皆がそれを言うんだよ。
「付き合ってはいないけど、もう関係ないだろ」
お前は今付き合ってる野球部三年のエースとだけ仲良くやってろ。
「関係あるの~! ……ねえコーヘー? そんなに寂しいならヨリを戻してもいいよ?」
……は?
「今付き合ってる先輩も~、練習ばっかりでなかなか会えなくて~、コーヘーだったら~、休み時間もこうして会えるし~、やっぱりコーヘーのがカッコイイし~!」
…………え~と。
確かにまさみは可愛い。付き合ってと言われた時は舞い上がったし、誰にでも羨ましがられたし、数少ないデートでも街では振り返る男たちに優越感を感じた。
―――サッカーしてるコーヘーもカッコイイけど、隣を歩いてくれるコーヘーが好き!
―――何で今日も部活なの~? 一日くらい休んでデートしても良くない?
―――ねえ?サッカーの他に話題ないの?
―――プロを目指してないのに、何でそんなに練習するの?
―――今日も負けたんだ~。そんなことより~さっきテレビで~
…うん。無理だわ。
「いや。お前の事は見た目可愛いと思うけど、好きじゃねぇわ。彼氏と仲良くな」
振り返ると、木村と中村がポカンとしてた。
ちょっと笑った。
「美晴」
次が体育でジャージで移動していると、移動教室なのか歩いている美晴を見かけた。
「やあ渡君。昼休み以外で会うのは変な感じだね~」
この言い方。「やあ」なんてどこのオッサンだよ。
やっぱ面白い。
「そういやそうだな。でも今会えて良かったわ。今日は昼休みに部活のミーティングが入ったから勉強会は無しだ。ごめん」
「分かった。早くに連絡ありがと。丹野さんと佐東さんにも伝えとくね」
「悪いな」
「全然。部活頑張って」
―――うわ…ぁ
美晴がそれじゃあねと手を上げる。
待て。もう少し話したい。美晴が不思議そうに見てる。何かないか? あ!
「あのさ、勉強会なんだけど、他の教科も美晴に教わりたいんだけど、ダメか?」
あ、今ホッとしたか?
「えーと、丹野と佐東だっけ? 二人が悪いわけじゃないんだ。木村たちはよく分かるって納得してるし。まあ、個性なんだろうな。イマイチ合わない。俺が偉そうに言うなって話なんだけどさ…」
田辺から俺も他の女子に教わった方が良いと言われ、英語と古文と移動した。
美晴が教える時は基本向かい合う。
だけど、丹野と佐東は隣についた。教えやすいのだって人それぞれだけど、やたら近い。
加藤や佐竹は喜んでいるけど俺はやりづらい。
「それは良いんだけど、二人に頼んだ手前、教室ではやりにくいな…」
良いのか。言ってみるもんだ。
「んじゃさ、質問をまとめておくからそれに答えてくれよ。それなら昼休みでも大丈夫だろ?」
「おお!そうしてもらえるととても助かる」
「美晴は俺の質問に簡潔に答えてくれるから聞く方も楽なんだ」
「そう? 渡君の質問もどこで迷ったか分かりやすいから私も答えるの楽なんだ。そのコツが掴めたら、私はもうお役ごめんだね」
一瞬、息が止まった。
「……いや、他の奴らがいるだろ」
「数学は渡君が教えたらいいんじゃない?」
「……本当は迷惑か?」
「全然。むしろ楽しい」
美晴のこの笑顔に嘘は無い。と思う。
てことは、本当に美晴の思うように俺ができているんだろう。
だけど。
「じゃあ、頼むよ」
「うん。頑張るね」
もう少し。
何かが、もう少し。
「あ、渡君。コンビニスイーツはもういらないよ。一緒に勉強するの楽しくなってきたから」
「え、報酬無しでいいのか?」
「え? 中間で結果が出ればいいんじゃない? 教えた側としてはそれが嬉しい」
見返りは、俺の頑張り。
少し緊張した。が、それだけの信用があるんだろう。
「……ありがとな。正直ちょっと厳しかった!」
照れくさくなって、財布が厳しかったと誤魔化した。
お互い笑いながら手を振って別れた。
試験、頑張ろう。
***
美晴は、出来なかった問題が解けると必ず花丸をくれる。
それは俺だけではなく、木村や加藤でも。
花丸を描いている時はニコニコとしている。
俺が問題を解けた時もにっこりと笑う。
それは美晴の前だけでなく、小テストで正解した答案を見せた時も同じだ。
数学だけに限らない。他の教科でもそう。
それを見るのが、最近の俺の密かな楽しみになっている。
「美晴ちゃん先生はめっちゃ褒めてくれる!」
良かったな佐竹。
俺だけに限ったことではないのが少し悔しい気もするが。
楽しい事は身が入る。授業中に寝なくなった。
美晴に呆れられたのもあるけど、解る事が面白いと思うようになった。
美晴や丹野、佐東が教え方を悩んだ時には、五組のクラス委員長や他の皆がフォローしてくれるようになった。
ふと見れば、五組の昼休みはほぼ全員が何かしら勉強していた。
真面目か。あ、真面目だったな。
部活も色々と考えるようになった。
どんな練習がより効果的か、先輩後輩関係なく顧問も巻き込んで話あったり調べてみたり。がむしゃらに走るだけで満足しなくなった。
よれよれで家に着いても、昼休みに教わった事は復習した。
他クラスなのに、委員長が俺らの為にヤマを張ってくれたところもチェックする。委員長すげぇ。
そうして、中間試験にのぞんだ。
「どうだった?」
二日に分けて行われた中間試験。
気になるから二日目に答え合わせをしようと、美晴と約束をした。
サッカー部のメンバーと五組に入った途端、美晴の不安そうな顔を見た。
「委員長のヤマのおかげで今までにない手応えはあった! てか、美晴はどうだった? 俺らにばかり付き合わせたから」
「渡君たちに付き合ったのは昼休みだけだったじゃない。私たちは放課後も家に帰ってからも時間はあったよ。大丈夫」
さすがだな進学組!
問題用紙にも解答用紙と同じ答えを書いた。
それを美晴、丹野佐東委員長他が採点していく。それぞれにチェックをし、終わると俺らの前にそれぞれ並んだ。
俺の前は美晴。
「採点はちょっとあやしい所もあるけれど、それを差し引いても皆赤点回避です!」
五組で歓声が上がった。
「これで、夏休みも存分に練習出来るね!」
解答用紙に書かれた点数を見る。
叫んだ。
佐竹、加藤が飛び上がり、五組の誰彼構わずに「ありがとう!」と言いながら声をかけ始めた。俺もそれに着いて行く。
最後の方には本当に誰もが教えてくれたから。
最後に美晴の前に立つ。
お前が相手をしてくれなかったら、こんな事にならなかったよ。
笑顔の美晴。
「ありがとう。美晴のお陰だ」
「どういたしまして。でも渡君たちが頑張ったのが一番だからね。去年のインターハイもそう。運もあったというなら、それも含めての結果だから。テストだってヤマは運よ。だけど、起こるべくして起こる運。だから渡君たちも自信は持って」
―――まぐれ当たり
練習試合でも快勝出来ない我が校は、そう言われ始めた。
毎日精一杯練習したし、それ以上にやりようがなかった。
だけど結果が出ない。
全国出場がまぐれだなんて俺ら自身が分かっていた。
一回戦であっさりと負けたし、全国に行けたという自信はあっという間に無くなった。
練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ
補習なんて、それどころじゃないんだよ!
それを美晴は一言ですくう。努力は報われると。
「……お前、いいな……」
「美晴ちゃん先生!ありがとう!お礼に今度デートしよう!」
「木村君、お礼はいらないからその『美晴ちゃん先生』を止めて…」
「そうだぞ木村、『荒井先生』と呼べ」
「ちょっと中村君!?」
「『荒井先生』! 丹野さんと佐東さんとデートする術を俺に伝授して下さい!」
「加藤君、私にそんな事を聞く無謀さに敬意を表して両手に花は高くつくのを覚悟してと言っておくよ! そして『先生』も止めて!?」
「荒井、委員長を口説くにはどうすればいい?」
「田辺君!? ええっ!? ちょっとそれ詳しく!!」
「馬鹿野郎田辺! 俺は別れないからな!」
「佐竹君!? ちょっとそこ詳しくっ!!」
美晴が仲間と楽しげにしている。
むかつく。
「駄目」
言いながら美晴の肩を掴む。やっぱり驚いた顔で振り返る。
お前は俺だけ見てくれよ。
「美晴は今から俺とデート。コンビニスイーツしか買えない散歩デートだけど」
初めてこんな事を言うからか、顔が熱い気がする。
だけど。
美晴は真っ赤になった。
ああ、美晴はやっぱり俺を好きなんだ。
最近目が合うと少し赤くなる気はしていた。でも必要以上に寄って来ない。それが少し物足りないと思ってた。
俺が笑えば、美晴もよく笑ったし、美晴が笑うなら、俺はそれが嬉しい。
ああなんだ。 好きだわ。
自覚したと同時に美晴がハッとする。目が泳ぎ出した。ああ。
「ボケんな、つっこむな」
愕然とした。やっぱりそう思ったか。
「何日お前の正面にいたと思ってんだ。顔見れば分かる」
美晴は戸惑う。だろうな、俺も今分かるようになったから。
でもそんなことは教えない。
「初対面で対戦相手の心理も読まなきゃならない運動部をなめんな」
「う、運動部ってスゴいね…」
よし落ち着いたな。さて、ここからどうするか……
「せっかくだから、公開告白しとくか?」
「攻め過ぎでしょ!?」
「だって俺、攻めてなんぼのFWだし」
「ポジションなんか知らないし!」
「そこがいいよな~」
「馬鹿にされてる!」
「プリンが好きだよな~」
「バレてる!」
「俺とどっち好き?」
「ぶふぁあ!?」
これだ。
教室は大爆笑で、美晴はちょっと涙目になり両手で口を押さえてる。
ああ、それすら可愛い。
「恥ずかしいから帰ります! 皆さんサヨウナラ! できれば明日までに忘れてて~!」
教室から出ていく姿に小さくガッツポーズ。よし、とにかく一人にした。
「ちゃんと責任取れよ」
木村と田辺がにやにやしてる。当然!
追いかけた。
昇降口に着けば、美晴はもう靴に履き替えた所だった。
待て待て、俺を待ってくれよ。
慌てて腕を掴む。
「マジで逃げるとか」
何で!?って顔してる。いやいや、そこは予想しようぜ。
「コラ。返事は?」
「? 何の?」
「マジか……!」
「笑いを提供できたのはいいけど、もう色々恥ずかしいから帰らせて~! 帰る~!」
冗談だと思われてた!
さすが美晴と脱力したが、自覚したのはついさっきだし、よくよく考えれば俺だって女心は分からない。
俯く美晴の耳が赤い。手も赤い。何ならちょっと震えてる。
……可愛い。
まあ、ちょっと仲が良い男友達でもいいか?
「一緒に帰ろう」
「?何で?」
「速答かよ……。俺がまだ一緒にいたいから。美晴が嫌ならしない」
やっぱ駄目だ。下心は抑えられない。
でも、大事にしたいのも本当。
だから、誰よりも傍に居させてくれよ。
「嫌じゃない。わ、私も渡君といたい……もう少し……」
やばい。
「……もう少しってどれくらいだよ?」
「……渡君が、もういいやって思うまで?」
「俺次第?」
「うん。だって私が決めるのは烏滸がましくない?」
「……お前、難しい言葉使うよな。分かりやすく言えよ」
「次期エースが私なんかに声をかけてくれる事が私には奇跡だから、逆らえるわけがない?」
ショック。そんな風に思うのかよ……
「…………嫌なら嫌って言えって」
「嬉し過ぎて私に断る理由がないの。けど、は、恥ずかしい……」
撃ち抜かれた。
膝の力が無くなってへたりこんでしまった。
ずり落ちた体に合わせ、腕を掴んでいた手は、美晴の手を握る。
ちっせぇ手……
離したくない。
「なあ美晴。俺とプリン、どっちが好き?」
下から真っ赤な美晴を見上げる。答えなんか分かっているけど聞きたい。
「どっちもは無しな」
目は泳いで、口はワナワナとして、体は今より離れようとする。
「……そんなに迷うのかよ」
可愛いくておかしくて、だからちょっと不満。
「………………渡君……が……好き」
…………あ~、嬉しい。
「俺はサッカーのが好きだな」
ガーーン! ってなってるのも可愛い。駄目だわ俺。
「知ってるよそんなの! 私の告白返して~!帰る~!」
知ってるのか。
「待てって。返さない。美晴は俺の二番目だからな」
「なにそれ愛人宣言!?」
「あー。字としては合ってる」
「合ってるって何!?」
「『愛しい人』だろ? 合ってる」
呆然とする美晴が、それでも俺を見ている。
あ、眉間にシワが。冗談じゃないって。
「全部本気。サッカーが好き。お前も好き。プリンより好きだって言われてちょー嬉しい。だから今から俺と美晴はカレカノな」
まだ呆然としている。聞こえたか? 今からだぞ。
「俺以外の男とは勉強会もするなよな」
まさか、こんな事に、こんな気持ちになるなんて。
あの時は欠片も思っていなかった。
少し前の、風が校内に吹き込んだ日を思い出す。
あの日ノートを落とさなかったら、あの時ノートを拾わなかったら……
「……あの時、水玉パンツ見といて良かった」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
……一万字越えてしまった……( ノД`)…