『ボクハゼツボウダー』【一画面小説】
フラッシュモブは好きですか。
駅前の広場に、「ボクハゼツボウダー」という、男の棒読みの裏声が響いた―
その若い男は、同い年と思しき女と口論をしていた。やけに身振り手振りを使ってしゃべるので、まるで自分たちが喧嘩するほど仲が良いことを周りにアピールしているのかと疑って眺めていたが、その通りだった。男は、おそらく彼の心のメロディとは半音ズレているであろう歌を歌いながら、女の周りでスキップしている。女の靴はスニーカーに見える が、男は底の厚いブーツである。その違いが、本来揃うはずの振り付けに絶妙な時間軸のズレをもたらしているようだ。見ていて、とても不快である。
踊る人の輪は徐々に膨らんでいく。二人から四人、四人から八人と、偶数で増えていく。人の数が増えても、振り付けの数は増えない。同じ動作と、同じ歌詞を繰り返している。「ボクハゼツボウダー」と何度も叫びながら、本人達は笑顔でようやく踊り終えた。見物人たちは無表情で拍手を送る。昼の混み合うカフェで、仕方なく路面側の席を取ってしまったがゆえに私は、あの惨劇を、いや、貴重なパフォーマンスを、無表情で見終えることができた。
拍手もせず私は、ラテの蓋の端に指を掛け、かなり慎重に口に運んだ。いつの間にか、熱めで頼んだラテが冷めかかっている。あのパフォーマンスは、本当は、本当に面白かったのかもしれない。
フラッシュモブは好きになりましたか。