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捌 春日野の先

 修学旅行三日目。


 俺達は今バスに揺られている。京都市内ではない。奈良へ向かっているのだ。


 修学旅行の間はずっとひよがくっ付いてくるらしく、今も俺のリュックのサイドポケットに収まっている。四日目の東京まで来るのか、と少し驚いたが、ひよが住んでいるのはそもそも三重だろうから京都ですら小旅行レベルだったということに思い当たった。


 しかし、京都を離れてしまったな。探している御神木が京都にあるのだとしたら、もう探すことはできない。茅のやつも無理難題を押し付けてきたものだな。


「朝日様。茅様からの依頼、本当にやるんですか」


 今更何を言い出すんだ。






 薬師寺と奈良公園という定番ルート。


 噂に聞いていた通り薬師寺のお坊さんの喋りは最高だった。と、栄斗が言っていた。こいつは今日も暮影神社のジャンパーを着ている。ぶれないやつだとは思うが……。本当におまえすごいな。


「ねえねえ、次って東大寺でしょ! 大仏があるんだよね。どれくらい大きいのかなあ。ハルくんはどう思う?」

「あー、これくらいじゃね?」

「ええー? もっと大きいよー。きっと、こーっんくらいだよ!」


 はしゃぐ栄斗と美幸を眺め、ふと隣を見ると日和が深刻な顔をしていた。少し俯き気味で、二人の声も聞こえていないようだ。


「日和」

「あ、朝日君。いたんだ」

「ずっといるよ。どうかしたのか、そんなに思いつめた顔して」


 分かる? と言って日和は苦笑する。


「今日で三日目でしょ? ユキ、あたしがいなくて寂しくないかな」

「インコ? 大丈夫じゃないか? 親に頼んであるんだろ」

「ご飯とかは頼んでるけど、あたしがいないじゃない! ユキ、ユキ、大丈夫かな」


 これがノーインコノーライフという東雲日和のガチな姿か。





「ほああああああ!?」


 大仏はでかかった。あれは廬舎那仏というそうだな。大仏の近くに置かれた花瓶に蝶がくっ付いている。この蝶は八本脚で、もちろん作り物だ。しかし、俺にはその翅が動いているように見える。時を経て付喪神と化しているのか、それとも元々何かが宿っているのか俺には分からないが、この蝶は大仏を守っているのだろう。


「ほ、ほああああ……」


 さっきからひよはどうしたんだ。


 水干姿のひよは周囲をきょろきょろと見回している。何かを探しているのだろうか、それとも何か感じるのだろうか。


「ひよ」

「ほえええええ!」


 伸ばした俺の手を振り払い、ひよは大仏殿を駆け出した。おいおい、どうしたんだ!


 しかし、周りにみんながいる以上目立つことはできない。追い掛けるのはやめておくか。バスに乗るまでに戻ってくればいいんだが。……戻ってこなかったらどうする? ひよを置いて行くわけにはいかないだろう。


 ガイドさんに案内されて大仏殿を後にする。しかし、近くにひよの姿はない。どこまで行ってしまったのだろう。寺の中で妖に襲われるということはないと思うが、仮にも護衛役なのだから俺の傍を離れるのはいかがなものか。やはり帰ったら紫苑に文句を言わねばならないな。


 奈良公園にはシカがたくさんいるが、どれも小さく見えるのは俺達が北海道からやって来たからだろうか。道民にとってシカと言えばエゾシカなので、ニホンジカと比べるとかなり大きいのだ。だから今俺のリュックを喰わんとするこのシカなんて小さくて取るに足らないものだ。やめろ、おまえの欲しいものなんて入っていないから離してくれ。


「御前達、それくらいにしなさい」


 シカと戦っていると、ガイドさんが一人やって来た。星影高校の案内を担当している女性とは違うガイドさんだ。シカの毛色に似た薄茶色の髪をポニーテールにした……男だ。生真面目そうな眼鏡が光る。ストラップから下がる名札には「鹿宮モミジ」とある。ガイドさんが歩くと、道を作るかのようにシカたちが避けていく。俺の目の前まで来て、ガイドさんはにこりと微笑んだ。赤い瞳が煌めく。


「その翡翠色の瞳……。君が翡翠の覡だね」

「おまえは」

「僕は緋葉鹿宮ひしょうろくのみや。普段は鹿宮しかみやモミジとしてガイドもしている、春日の神鹿しんろくさ」

「おまえも神使か」


 行く先々で神使に会うな。日本中に八百万の神様がいて、それぞれに数多の眷属がいるということが改めて分かった気がする。


 モミジは眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。


「ここは神域だからな。まあ、横にあるのは寺だが。とにかく、ここに危険なモノがやって来ることはまずない。しかし、一人でぶらぶらしているのは感心できないな」

「はぐれたんだ。ひよと」

「ひよ? あの子がここに……?」


 どうしてそんなに驚いているんだ。


「ああ、そういえば。御神木を探せって茅に言われたんだが、それっぽい木ってこの神社にあるか?」

「茅に?」

「御神木を見付けて神使を導けと」


 俺が答えるとモミジは「あのトビ……」と言って眉間に手を当てた。何か知っているのか?


「おい」

「修学旅行なんだろう? みんなが行ってしまうから早くお行き」


 遮られた。モミジは向こうを指差す。


「晃一ぃ、早く来いよー」

「こーちゃーん」

「おーい、朝日くーん」


 長話はできないか。


 モミジはポニーテールを揺らしながら体の向きを変える。俺に背を向けシカ達の方へ歩き出す。


「ひよのこと、早く見付けてあげた方がいいよ」

「え」


 懐いている、というか同じシカだからか、さっきまで避けていたシカ達がモミジの周りに集まって来る。まるで従えでもしているかのようにぞろぞろとシカが後を追っていく。ひよのことを見付けたいのはやまやまだが、なぜモミジに言われなければいけないんだ。早くってどういうことだ。





 春日大社に参拝をして、ほんの少しの自由時間が設けられた。この後バスで京都へ戻り、新幹線に乗る。夕方には東京に着くそうだ。四日目の東京ではクラス関係なしでグループを作って見学をすることになっている。ルートが事前に発表されていて、行きたい場所を選ぶ形でグループが決定された。


 今設けられている自由時間の行動範囲は奈良公園内に限られている。鹿せんべいを買ったり、お土産を買ったり、もう一度大仏を見たり、とみなそれぞれの時間を過ごしている。


「ハルくん、シカさんかわいいね」

「お、せんべい食ってる食ってる」


 シカにせんべいあげてる場合じゃない。ひよを探さなければ。


「……朝日君、どうかしたの」

「え」

「何か、考え込んでる風だったから」

「いや……」


 日和は首を傾げる。事情を話して行動することができれば一番なんだと思う。けれど、妖怪が見えると言った時点で不審な顔をされそうだし、神力を持っているなんて言ったら病院へ連れて行かれそうだ。それに、みんなを巻き込むかもしれない。


 俺は持っていた鹿せんべいを日和に突きつける。


「え? あたしシカじゃないよ」

「ごめん、ちょっと抜ける」

「何か買ってくるの?」

「ああ、妹に頼まれてて」

「じゃあ、あたしも一緒に行くよ」


 日和が鹿せんべいを美幸に渡そうとする。


「いや、いや、いいから。大丈夫」


 逃げるようにその場を離れた。





 ひよを探してうろうろしているうちに、公園の外へ出てしまった。そこが所謂運の尽きというやつだった。


「うまそうな人の子だ」


 やっぱりこうなるのか!


 太くて短い蛇のような妖だった。ツチノコか? と思ったが違う、妖力を感じるので妖なのは確かだ。あれ? ツチノコは妖なんだったっけ? 今はそんなことはどうでもいい。逃げなければ。


「待て待て待て待て」


 なんだ、足は遅いな。これなら追いつかれることもないだろうから少し引き離せばいいな。というか、このまま公園に戻れば何ら問題はないのでは。よし、適当なところで曲がって――。


「うおっ」


 何かに躓いた。もう一匹いたのか、この蛇もどき!


 走っていた俺は勢い余って転がった。茂みに飛び込んでしまったようで、枝がばしばし当たった。咄嗟に受け身を取り、茂みの外へ転がり出る。突然高校生が飛び出てきたら近くにいた人は驚くだろう。申し訳ない。奈良公園の中へ入れたはず……と思って体を起こすと、そこにあったのは小さな社だった。社の周りには木々が生い茂っている。こんな場所が公園の中にあったのか。ガイドブックには載っていなかった気がするが。木の葉や枝を払って立ち上がる。


「おかしいな……」


 奈良の秋は北海道の秋とは違う。それは分かっている。しかし、ここは余りにも暖かい。先程までいた公園の中は秋なのに、まるでここだけ夏のままであるかのようだ。木々は青々として……。いや、違うな。一本だけ枯れている。


 周囲とは格の違う太く長い幹を持つ木があった。がっちりと注連縄を巻かれているが、御神木らしき力は全く感じない。そして、その下に少年が一人佇んでいた。俺の気配を感じたのか、少年が振り向く。綺麗な黒髪がさらりと揺れ、大きな黒い瞳が光る。そして、その視界に俺を捉えた瞬間なぜか彼は悲しそうに笑った。


 なぜそんな顔をする?


「ここに辿り着くなんて、さすがですねと褒めておくべきですか」



 どうしてそんな顔をするんだ、ひよ。









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