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漆 祇園の夜に

 残念ながら俺には画力というものがないらしい。


 扇子の絵付け体験。デザインなんてできない俺は、店が用意していたサンプルをコラージュする形で全体の雰囲気を決めた。あとは輪郭を透かせながら色を塗るだけなのだ。それなのに、手が震えて絵の具の乗りが異常なほどに悪い。こんなに細かい部分を塗るという作業を今までしたことがあるだろうか。いや、普通はないだろう。失敗するのが当たり前だ。と思いながら見ると三人は自分でデザインをして、見事に色を塗っている。何なんだおまえら。


 別に自慢じゃないし、己惚れているわけでもない。実際俺は優等生なのだ。周りからは何でもできると思われている。それはプレッシャーでもあるわけで、何をするにも失敗したらどうしよう、みんなが期待しているのに、という不安が付きまとうことになる。だから、俺に失態は許されない。


「むはっ! 何だそれー?」


 何だその変な……笑い声、なのか?


「晃一ぃ、オマエ相変わらず絵ぇ下手だよなあ。芸術の選択、美術じゃなくて書道にしておいてよかったなホント。中学の時みたいに醜態晒さなくてよぉ」

「五月蠅い黙れ」


 栄斗は声を出して笑うし、美幸もかわいそうなものを見る目で見てくるし、日和に至っては笑いを堪えるのに必死でもう涙目になっている。


 そんなに酷いか。


「朝日様、それはイノシシですか?」


 おかしい。ちゃんと見本のままをなぞったはずなのに。


 桜と狛犬と太陽。


 おかしい……。





 扇子はできあがったら星影まで郵送してくれるそうだ。代表者として俺の名前を書いたから、後日朝日家に四人分がまとめて届く。渡した時に店員さんにまで苦笑いをされたのだが、俺の絵はそんなに酷いのだろうか。確かに、栄斗が言った通り中学の時はちょっと大変なことがあった。しかし、画力というものは上がるものではないのか。描いていなくても歳を取れば上がるものではないのか。……違うのか。


 八坂神社へやって来た俺達だったが、やはり何かの視線を感じる。


「あらー、あんたら修学旅行かい?」

「若いのに神社にお参りして偉いわねー!」

「最近の子はねえ……」


 中年女性のグループが近付いてきた。他にも人はいるのになぜ俺達のところへ来るのだろう。普段暮影神社で氏子のおばさん達を手懐けている栄斗がいるからだろうか。しかし、視線はこのおばさん達ではなさそうだ。おばさん達の相手を栄斗に任せて、俺は気配のする方へ向かう。


「朝日君、どうしたの」


 日和が付いて来てしまった。まあいいか。余り単独行動をし過ぎても悪目立ちしてしまう。


「ちょっとな」

「大きいねえ。悪いけど、暮影神社とは全然違う。すごく立派だね」

「それ絶対栄斗の前で言うなよ」

「へへ、分かってるよー」


 この八坂神社は素戔嗚尊すさのをのみことをはじめ、数多くの神々が祀られている。境内にいるだけで強い力をひしひしと感じる。これを神々しいなあ、とかではなく心地いいと思ってしまうのは、おそらく俺の体に神力が巡っているからだろう。


「カラスの匂いがする」


 ツンとした女の人の声だった。下鴨神社で茅に言われたのと同じ。自分では気付かないものだが、神や神使からすると俺は紫苑の神力を受けまくったせいで漂わせながら歩いているらしい。それで、声はどこから……?


 美御前社うつくしごぜんしゃという社殿が境内にはある。沖ノ島などで有名な宗像三女神むなかたさんじょしんが祀られていて、美しさ、綺麗を磨く美容水が湧き出ているのだという。来る前に美幸と日和が是非是非と推していたところだ。その前に和服姿の女の人が立っていた。日本髪で、着物の左褄ひだりづまを持っている。真っ赤な花――蓮だろうか――が付いた簪から垂れる飾りが揺れる。


 日和が俺の腕を引く。


「舞妓さんじゃない……?」


 一人で神社にいるものなのか?


 舞妓さんらしき人は俺達を見てにこりと微笑む。艶々した赤い唇が小さく開かれる。


「おいでやす、京都へ」


 やっぱり舞妓さんだよ! と日和は歓喜しているが、見えていないのだろう。この舞妓さん、瞳が赤い。人間じゃないのか?


「やっぱりあんさんどすな。えろう懐かしい香りがしたんどす。ああ、これどす。やっぱりそうどす」


 てくてくとやって来て、舞妓さんは俺に顔を近付ける。日和に聞こえないくらいの小さな声で「紫苑様どすな」と言ったのが分かった。


「え? 朝日君、知り合い……?」

「初対面だ」


 おばさんを振り切ったらしい栄斗と美幸が、舞妓さんといる俺達を見て声を上げる。


「あー! こーちゃんと日和ちゃんずるーい! 抜け駆けだー!」

「舞妓さんじゃねえか!」


 舞妓さんは「あらあらうふふ」と笑っている。しかし、少し申し訳なさそうだ。


「堪忍な。うちは舞妓やのうて芸妓なんどす。もう大人やからな。ふふ、雛千代ひなちよ言います。大人になったらお店に来てなぁ。朝日君のお連れさんならサービスしますよって」


 三人が驚愕した表情で俺を見る。


「晃一……オマエまさかもう……」

「お座敷に出入りしていたなんて……」

「あの朝日君が……」


 誤解だ!


「違う違う! あ、あれだよ、知り合いが……。ねえ、雛千代さん」

「うふふ、そうどすな。知り合いの知り合いどすな」


 水干姿のひよが雛千代に挨拶をしている。やはりこの芸妓さんも神使か何かなんだろう。ひらひらと手を振り、雛千代は境内を出て行く。八坂神社の西は祇園界隈なので、そこのお店にいるのだろう。


「彼女は雛千代様。本当は萌鳩比売めくひめというお名前の、石清水のハトさんです。普段はああやって芸妓として働きつつ、お店にやって来る神使間の連絡係を務めているんですよ。ぼくも行ったことあります」


 伝書鳩みたいなものか。こんな小学生がどうして舞妓さんのいる店に、と思ったがそういうわけだったのか。感じた視線はおそらく彼女のものだったのだろう。


 綺麗な人だったなぁ、と栄斗が楼門の方を見ている。美幸はなぜだか面白くなさそうだ。そしてそれを日和がにやにやしながら見ている。うどん食べた後もこんな感じだったよな。どうしたんだおまえら。





 八坂神社にも探している御神木はなかった。


「朝日様ぁ、茅様は京都で探せとは言っていませんでしたよね」


 そんなまさか、三日目の奈良や四日目の東京でも探せと言うのか。いや、しかし、その可能性は無きにしも非ずだな。


 平安神宮に参拝して、近くの店でしゃぶしゃぶを食べる。長かった二日目、自主研修もそろそろ終わりだ。あとは門限の八時までにホテルに着けば問題ない。


 問題ない、はずだった。


 追われている。


 何に?


 妖に。


「朝日様、ぼく目が回りそうです」

「我慢しろ、喰われたいのか!」

「それだけはご勘弁を! ヒヨコなんて食べるところありませんよー!」

「焼き鳥にできるんじゃないか」

「やめてくださいよー!」


 提灯やネオンが光る先斗町の路地を進む。


 なぜこんなことになったのか。俺にも分からない。しゃぶしゃぶを食べて外に出た。そしたら店表にいたのだ。


 牛車だ。ウシはいない。車だけで、人の代わりに巨大な顔が乗っている。おそらく朧車おぼろぐるまという妖だろう。何台かいるのが見えた。


 みんなを巻き込むわけにはいかない。あそこのお土産屋さんを見たい! と女子二人が言ったので、それを栄斗に任せつつ「ちょっとトイレ」と言ってその場を離れた。無理やりすぎだろ、どこの名探偵だ!


 狭い道に入れば大丈夫かと思ったが、顔以外の車部分は名前の通り朧なのか建物に接触どころか食い込んだまま追い駆けてくる。とんだ暴走族に目を付けられてしまったようだ。


「ひよ、どうにかできないのか。おまえだって神使だろ、紫苑の代役なんだったらどうにかしてくれ」

「ふええ、無理ですよぉ! こんなにたくさんの相手はできないです!」


 頼りにならない護衛役だな。こんな時に紫苑がいてくれればな……。


 路地を抜け、少し広い通りに出る。向こうの方に薄ピンクの影が見えた。桜……? 十月なのに?


「桜が……」

「あそこには桜の妖が住み着いているんですよ。害はないので特に誰も気に留めてはいませんね」


 本当に街中の至るところに妖が潜んでいるんだな。それに気付くことなく多くの人々が暮らしているのか。いや、こんな街なら見えない方がいいだろうな。


 携帯電話の着信音がした。


「はいもしもし」

「晃一ぃ、オマエどこまでトイレ行ったんだよー。もう二人共かわいい和風アクセサリー買って大満足なんだぞー。さっさと戻って来-い」

「ああ分かった」


 しかし、これをどうしろというんだ。


 広い通りに出たのは偶然で、それは予期せぬ事態だった。広いところへ出れば相手も余裕ができる。


「どうする、ひよ」

「ぼくに言わないでください……」


 参ったな。


「強い力、感じる」

「人の子、喰う」

「うまそう」


 おそらく轢かれる。そしてその後喰われるのだろう。


「うわあああ! 嫌ですよー! 食べないでくださいー!」


 リュックから飛び出したヒヨコが男の子の姿になる。境内ではないのに水干姿だ。ぼんやりと体が光っているように見える。


「むー! 痛いの嫌です! 朝日様のこともぼくが守ります!」

「ひよ、大丈夫なのか」

「舐めないでください! ぼくだって神使です! やれるだけのことはやります。怖いけど仕方ないので!」


 てい! と言ってひよは手を組む。影を壁に映して動物を作る遊びを小さい頃にやったことがある。それのニワトリの形だ。どうやらニワトリを手で作ることで印を結んでいるようだ。


「コケコッコー!」


 おい待て、それでいいのか。


「コケエエエエ!」


 印を中心に眩い光が放たれた。朧車達が目をくらましているが、もちろん背後にいた俺にもダメージがあった。目の前がちかちかしてよく見えない。


「朝日様! 今のうちに!」


 小さな手に引かれて、俺は走り出す。よく見えなかったが、安心感はあった。


 何だ、やればできるじゃないか。味方も巻き込んでいたけれど。





 土産物屋の前に着くと、三人が呆れ顔で待っていた。


「朝日君、こっそりさっきの芸妓さんのお店に行ってたんじゃないよね」

「こーちゃんさー、一人でいいお土産屋さん行こうとしたんでしょー」

「オマエトイレ長すぎだろ」


 三者三様の質問に、俺はまとめて「お待たせ」の一言で返事をした。特に何も言われなかったのでただ単にいじられただけだろう。


「頑張ったら疲れちゃいました。ぼく先に寝ますね」


 そう言って、リュックのサイドポケットに収まったヒヨコは眠りについた。






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