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伍 下鴨に舞う翼

 修学旅行二日目は定番の自主研修。


 俺達の班は神社や寺をいくつか回り、扇子の絵付け体験をする予定である。俺は硝子細工の体験をしたかったのだが、何でもいいと言う栄斗と扇子がいいと言う女子二人に多数決で負けた。無念だ。そのことを伝えた時、紫苑は「硝子ではないのですね」などと言っていたが、神様と雖もカラス、光物には興味があるのだろうか。


 疲れました。高校生のペースに小学生は付いていけません。と言ってひよはヒヨコの姿になってしまった。しかもホテルを出た直後にだ。昨日清水寺でもみくちゃにされた辺りで相当ダメージを受けていたらしい。昨夜のジャガイモのお菓子は案の定余り、俺のリュックに入っている。ヒヨコはサイドの飲み物を入れるメッシュのポケットに挟まっている。紫苑が夕立の姿でいる時とは勝手が違うのか、ヒヨコの姿のひよは皆には見えていないようだった。神格化しているのとしていないのとでは見える見えないに差があるようだ。


 おそらく、紫苑の場合人型がデフォルト状態で、それを可視化すると翼が消えて気配すら人になり、夕立の姿になるとただのカラスになるのだろう。ひよの場合ヒヨコがデフォルトであり、翼のある子供の姿は作っているもの、そして化けることで可視化されるため人ならざる気配がする、というところだろうか。合っているかどうかは星影に帰ってから紫苑に聞くしかないか……。





 ホテル近くのバス停からバスに乗り込んだ俺達は、今日最初の目的地である下鴨神社まで揺られながら待つことになる。下鴨神社の鎮守の森はただすの森と呼ばれ有名だが、この神社はみたらし団子発祥の地でもあるらしい。


 窓の車窓から外を眺めていると、いるわいるわ、大量の観光客。外国人にお年寄り、俺達のような修学旅行生。昨日鹿苑寺で見た物とは比べ物にならない量だ。人が何とかのようだとは、有名なアニメ映画の大佐の台詞だがまるでそんな感じだ。この中から地元の人を探せと言われても困る気がする。


 そして、いるわいるわ、大量の人ならざる者達。


 胴体の生えた釜、足の生えた鍋、手だけで這って動く飯盒という炊事用具の百鬼夜行が見える。朝から元気だなぁと思ったが、炊事用具なのだから朝から元気でもおかしくはないか。


 妖ではなく幽霊だろうか、頭に矢の刺さった鎧武者の姿も見える。落ち武者かな。





 最寄りのバス停で降り、鴨川に沿って北上すると糺の森が見えてきた。


「あれが糺の森です。ぼくも行ったことは何回かありますが、あそこは森にも祭神の方々のお力が満ちていてとても心地いいんですよ」


 リュックのサイドポケットでヒヨコ姿のひよが言う。


 確かに、神聖な雰囲気が漂っている。


 もう十月だというのに、木漏れ日が眩しい。北海道の十月とは大違いだ。こっちなんかもう紅葉の始まっている地域もあるというのに、京都の木はまだまだ青い。日本が南北に長いのだということが改めて実感させられるな。


「ほう、カラスの臭いがするな」


 不意に周囲が暗くなった。何者かの影が頭上から落ちている。


「ん? どうしたの朝日君、急に立ち止まって」

「ちょっと森の写真撮る。先に行っててくれ」

「さっさとしろよ」

「早くねー、こーちゃん」


 三人が先に行ったところで、俺は影の主を見上げる。


「人間、俺が見えるのか?」


 それは小さく旋回すると目の前に着地した。


 茶色い革ジャンを羽織った若い男だった。中はパーカーで、下は濃いめの色のジーンズ、そして茶色い革靴。フォーマルとカジュアルのいいとこどりで多分おしゃれなんだろう。ファッションセンスのない俺にはよく分からないが、服屋の広告に同じようなファッションのモデルが載っていた。だからきっとおしゃれなんだ。しかも頭にサングラスを載せている。


 そのファッションよりも目を引くのは茶褐色の大きな翼だろう。紫苑の翼もいつも大きいと思っているが、それよりも少しばかり大きい。


「オマエ翡翠の覡だな? その目、見れば分かるさ。夏頃見付かったって話題になってたのはオマエだなぁ?」

「おまえは何だ」


 尋ねると、男は口笛を吹いた。ピーヒョロロロロ。


「朝日様、この方はトビです」


 トビって、トンビだよな。身近な鳥でもあるし、時代劇の効果音としてもよく使われている。


「おっ、ヒヨコちゃんじゃないか。伊勢のニワトリだな? でも……」


 トビ男はぐっと俺に顔を近付けて、くんくんと嗅ぐ。


 何をする。と払いのけると、トビ男は腕組をしながらうーむと唸った。


「でも、カラスの臭いがする。しかも賀茂のカラスじゃあない。こいつぁ熊野のカラスだな。覡、オマエ熊野のカラスの神力浴びながら暮らしてるだろ」

「え……?」

「分かるんだよそういうの。相手がどこの誰なのかって、そいつの神力や持ってる神通力でさ。強いやつは特にな。で、オマエからはカラスの臭いがするわけ。いくら翡翠の覡って言ったって人の子だ。こんなにカラスの臭いがするなんて、どれだけ引っ付いてたらそうなるんだ」

「朝日様は」


 リュックからひよが飛び出した。トビ男の前に立ったのはヒヨコではなくて水干姿の男の子だった。背中に黄色い翼がちょこんと付いている。


「朝日様は、貴方が言うように翡翠の覡です。なので、悪しき者が寄り付かないように護衛を兼ねてお目付け役が就いているのです」

「それがオマエか?」

「ぼくは代理です。朝日様のお傍に普段いらっしゃるのは雨影あまかげせき咫々たた祠音しおん晴鴉希命はるあけのみこと様です」


 紫苑の名前を聞いてトビ男が眉根を寄せる。小さくなるほどなと言ったような気がした。


「あの晴鴉希も覡を見付けたことで汚名返上ってか」

「むー! 紫苑様を悪く言うやつは許さないです!」


 ひよは手を振り上げてトビ男に殴りかかろうとしたが、片手で頭を押さえつけられて両手をぐるぐるしている。アニメでしか見たことのないこんな場面に立ち会うことになるとは思わなかった。実際にこんなこと起こるのか。


 攻撃が届かず半泣き状態のひよの頭を片手で押さえ、余裕の笑みを浮かべながらトビ男は俺の方を向く。さすが猛禽類というべきか、眼光が鋭い。口元に笑みを浮かべているのに目は笑っていないから不気味だ。


「俺はこの賀茂に仕える金鵄きんしおう


 手を振り回していたひよがトビ男の前から飛び退く。てててっと走って来て俺の後ろに隠れてしまう。


「は? おい、ひよ?」

かや様……? 貴方が?」

「なんだぁ? 今気付いたのか?」

「ひよ、おい、どうしたんだ」


 ひよは俺のリュックにしがみ付いている。


「この方は茅様。トビの中でも優秀な神使で、鳥神使界の番長として敬われている存在なんです」


 番長って……いいのかそれで。ちょっとチャラそうではあるが番長で本当にいいのか?


「茅様とは露知らず、無礼な真似を……。ごめんなさい……」

「構わない。俺はこんな身形だしな。化けて出歩いている時なんてよく職質されるしな」


 それでいいのか神使。


 茅は俺の後ろに隠れるひよを覗き込み、面白いものを見付けたように目を細めた。


「覡、オマエは神使の依頼も受けられるか?」

「紫苑の許可を得ずに受けるわけにはいかないな。危険の有無は俺だけじゃ分からないから」

「今はそのヒヨコが代理だろう?」

「う。うう。分かりました。朝日様、茅様のお願いです、受けましょう」


 何だか怖い先輩に恐喝されている後輩みたいな反応だな。番長か……。


 おまえを導けばいいんだな。と言うと茅は首を振った。ん? 違うのか?


「俺は確かに依頼神いらいにんだけど、導いて欲しいわけじゃない。困ってはいないからな」

「じゃあ……」

「ある神使を導いて欲しい。それが俺の依頼だ」

「どこの神使だ」

「それは言えないな。導けば分かるだろう」


 そう言って茅は指を鳴らす。革ジャンが白い狩衣に変わった。


「御神木を探してくれ。そうすれば分かるはずだから」

「は?」


 御神木なんて京都に何本あると思っているんだこのトビは。


「京都中探せば見付かるだろ」

「おい、待て、俺は修学旅行で来ているからそんなに長居はできないんだ。明日には奈良に行かなきゃ……」


 人の話なんて聞かずに茅は手を振りながら拝殿の方へ歩いていく。俺もみんなが待っているので必然的に後を追うことになる。


「ひよ、行くぞ。境内でなら人型を維持できるんだろう? 早く来い」


 中空で見えないリュックを掴んだままの手をして、ひよは俯いている。何か考えているような、そんな感じだった。呼びかけても返事がないので、少し乱暴に肩を揺する。


「ひよ」

「うわあ! はい! ひよ君です! 何ですか?」

「栄斗達が待ってる。行くぞ」


 茅の姿は見えなくなっていた。水干姿のひよを連れ、俺は拝殿の方へ向かった。






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