参 金閣寺の白
紫苑の代わりというのだから、この小学生も神様か神使なのだろう。
「よーし、頑張るぞー」
私立小学校の制服のようなジャケットにハーフパンツ、そしてハイソックスというスタイル。見ただけでは神々しさというものは感じられない。紫苑は黒いロングジャケットに黒いスラックスに黒い革靴という黒ずくめだから、普段の格好は神々しいというよりはとにかく怪しい。闇組織の一員のようにも見える。しかし、この男の子はそういう普通ではない感じ、というものもなくただの小学生にしか見えないのだ。
俺が不審そうな顔をしているのを不満に思ったのか、男の子は頬を膨らませてぷんすこと怒りを表す。
「疑ってるんですか。見れば分かるでしょう。ぼくが人間じゃないって。他の人には見えてないんですよ。ほら。ねえ」
そう言われても、周りに皆がいるから返事はできないな。何もない方を見て話しているなんて人に見られたら大変困る。
「うーん。他の人がいるから答えないんですね? 分かりました。あの、朝日様。ちょっとお話がしたいんですよ。自己紹介したいんです。朝日様が一人になったたいみんぐでなら話しかけてもいいですか?」
だから答えられないんだ。
男の子はうんうんと勝手に頷き、「頑張りますねー!」と何回も言う。こんな子供で本当に紫苑の代わりなんて務まるのだろうか。出会った傍から不安でしかない。俺の修学旅行、大丈夫だろうか。
「じゃあぼく、ちょっと先で待ってますね。朝日様がそこまで来たら呼びますんで」
そう言って男の子はとてとて歩いて行く。後ろ姿を見ると、背中に小さな黄色い翼が付いていた。あれはサイズ的に飛べなさそうだな。小さな黄色い翼をふよふよさせながら歩いている小柄な後ろ姿。俺の頭に浮かんだのはヒヨコだった。まさかヒヨコだなんてことはないよな……。
道なりに進んでいくと金閣として有名な舎利殿が見えてきた。
「すげえええ! なまら光ってる! 金ぴかだな!」
「すごーい! ハルくん! 写真撮ってー! かわいく撮ってね。……。わーい! ありがとう! ねえねえ、一緒に写ろ?」
「お、いいぜ」
栄斗と美幸が、美幸のスマホを使って自撮りしている。おまら元気だな。
「朝日君、あたし達も写真撮ろうよ」
生憎ガラケーの俺はいい画質の写真を携帯電話では撮ることができない。しかし、いい写真は撮りたいのでデジカメを持って来ていた。近くにいたクラスメートにデジカメを渡し、四人の写真を撮ってもらう。朝日ってまだガラケーなのなー、と笑われてしまったが、デジカメはいいの撮れそうだよなとも言われた。
早速撮れたものを確認しようと画面を点けると栄斗と美幸が覗き込んできた。
「プリントしたらくれよな」
「こーちゃん、これから集合写真とかはそのデジカメで撮ろうよー」
じゃあそうするか。
舎利殿を過ぎると、祠や塚がいくつかあった。塚の傍にいた白蛇が興味深そうに俺のことを見て来たが、皆には蛇の姿は見えていないようだった。
しばらく進むと不動堂に辿り着いた。不動明王が鎮座ましましているらしいが、節分とお盆にしかその姿は拝めないという。お堂の奥から視線を感じる気もするが気のせいだと思っておこう。
「朝日様、こっちですよー」
お堂の周りは広場のようになっており。星影の生徒や他の観光客が山登りの疲れを癒しているようだった。山登りと言っても大したものではないのだが、俺も少し歩き疲れたかな。
人ごみに紛れるようにして栄斗達から離れる。
「待ってました」
男の子が近くにあった茶所の影にいた。
「改めまして、よろしくお願いします。ぼくは鳴照日夜呼々鶏といいます。普段はある神社で主様の立派なお使いになるべく、見習い神使として頑張っています。名前、長いので、気軽にひよ君って呼んでくださいね!」
「ひよ」
「はい、そうです!」
「鳥……なのか」
ひよはくるりと後ろを向く。
「ちゃんと羽があるでしょう? ぼく、ニワトリです。あ、まだヒヨコです」
ヒヨコなのか。
ひよ、か。何だか日和と紛らわしいな。紫苑ももう少し代役の名前に気を使ってくれてもいいものを。
「ひよは紫苑と知り合いなのか」
「はい。紫苑様はぼくの憧れ。高天原でも葦原でも人気の鳥神使界のぷりんすですよ! ただ、ちょっと黒歴史が……。でももうそんなのは昔のことです。今はお力も取り戻して、全盛期に匹敵するほどの人気だとか。ぼくは小さい頃紫苑様のお世話になったことがあって、あの神はまあ、先生みたいなものでもあるんですよ」
ふんっ、とひよは胸を反らす。どうしておまえが偉そうなんだ。
「そういえば、見た目は小学生だけど一応神使だよな。呼び捨てじゃない方がいいのか?」
「呼びたいように呼んでくれて構いませんよ。ひよ様でも、ひよ君でも、ひよさんでも」
「……ひよでいいか」
「むー! 候補出したのに酷いです! 別に呼び捨てでもいいですけど……」
身長は五年生の妹と同じくらい。このくらいの年頃は女子の方が背が高いなんてよくあることだから、それを見積もってひよの外見年齢は六年生といったところだろうか。しかし、しっかりしているようでいて中身は高学年というより低学年レベルだな。これで実年齢は百以上なのだろうが……。
「おーい、晃一ぃ、そろそろ下りるぞー」
「こーちゃーん」
「朝日君どこ行っちゃったのかな」
「わ、みなさん朝日様のこと探してますね。えーと、紫苑様に頼まれたのは……。んー……。はい、ぼく朝日様の傍にいますので、変な輩が来たらぼくがやっつけちゃいます。ぼく話しかけることあると思うんですが、みなさんのいるところで会話できないのは知っていますんで、返事はいりません。四日間よろしくお願いしますね」
その後駐車場からすぐの売店で美幸と日和が抹茶アイスを買って食べた。三組の担任が美味しそうに食べているのを見て、女子達は「ここはお買い物OK」と判断したらしい。何人かの生徒――もちろん男子もいた――が抹茶アイスを食べている。隣でひよが今にも涎を垂らしそうな感じだが、それでいいのか神使。
「次は清水寺だなー」
「あんまり五月蠅いと舞台から落とすぞ」
「いやいや、清水だぜ? このジャンパー着て大騒ぎしたらヤベえだろ」
おまえのその暮影神社ロゴジャンパーは封印か何かなのか。
リュックからしおりを出して栄斗は日程を確認する。
「境内を見たら門前の店で晩飯だってさ」
ふーん、と適当に相槌を打ち、俺は売店の方を見る。結構生徒が戻ってきているようだった。時間になったら人数確認をして清水寺へ出発だな。
「人間、汝、我が見えるのか」
先程塚の傍にいた白蛇が売店の前で蜷局を巻いていた。ひよが相変わらず羨ましそうに抹茶アイスを見ているので危険な相手ではないのだろう。
「我の声が聞こえるのだと思うて話すが、気を付けることだな。此処は今なお怪異が多く暮らす街。そこのヒヨコがいるから大丈夫とも思うが、用心するに越したことはない」
先が分かれた舌をちろちろさせながら白蛇は体を伸ばし、人の間を縫うようにして戻っていく。
「見えることでよいこともあろう。せいぜい楽しんでいかれよ」
忠告ありがとな。
声に出すことはできないけれど、控えめなこの笑顔で俺の思いは伝わっただろうか。