弐 京都へ!
スーツケースを従える高校生の群れ。
「おはよう」
「お! 晃一ぃ、おーはよー!」
五組のたむろしている辺りに行くと、栄斗がいた。制服の上に薄手のジャンパーを羽織っている。羽織っているのはいいが、その胸元には「KUREKAGE SHRINE」とロゴがあった。
「おまえ、それ着て行くつもりなのか」
「祭りの時にスタッフに配ったやつの余りなんだよ。別によくないか? でかく書いてあるわけじゃないし……」
この腐れ縁幼馴染み小暮栄斗の実家は由緒ある暮影神社である。高校を卒業したら東京の大学に行って神職の資格を取るのだという。万年赤点すれすれのこいつが立派な神職になれるのか、俺は暮影神社の将来が心配だ。
「いやー、何か言われることはないと思うぜ? 言われたら宣伝しちゃってもいいと思う。うん」
「うん。まあ、そうだな」
別のスーパーで貰ったレジ袋をマイバッグの代わりに持って行くような感じだろうか。
「ハルくーん、こーちゃーん! おーはよーう!」
「おはよう、朝日君、小暮君」
女子らしいかわいいスーツケースを引き摺って、腐れ縁幼馴染み二号の美幸とその親友の日和がやって来た。俺達はこの四人でいることが多い。今回の修学旅行の班も四人一緒だ。クラスのマドンナとも言われる日和は引く手数多だったが、本人が「美幸ちゃんと一緒がいい」と言ったためいつもの四人になった。
「明日の自由行動楽しみね! この曙美幸が、京都の美味しい和スイーツを……」
「美幸、明日は自由行動じゃなくて自主研修だ」
「わ、分かってるわよ! 何よもー! こーちゃんのガリ勉! こういう時もそんなこと言って!」
「ガリ勉じゃない」
いつものやりとりだ。栄斗と美幸は隙あらば俺のことをガリ勉と言ってくる。それに俺がガリ勉じゃないと返す。日和はそんな俺達のことをトリオ漫才のようだと評したことがあった。
「東雲ちゃん、インコちゃんは大丈夫?」
「うん。お母さんにちゃんと頼んであるから。ありがとう小暮君、ユキの心配してくれて」
日和はユキという名前のセキセイインコを飼っているのだが、重症レベルの溺愛っぷりでありノーインコノーライフと言っても過言じゃないだろう。
がやがやと談笑している五組の面々の間を担任の時田が人数を数えながら歩いている。班長に点呼をとらせれば早く済むのに。真面目というか何というか、むしろやり方を理解していないのだろうか。確かまだ二十代だったはず。先生として初めての修学旅行なのかもしれないな。
「星影高校二年生のみなさん」
学年主任の一組担任が声を張り上げる。ざわついていた生徒達が静かになったのを確認し、先生は旅のしおりに書いてある注意事項を抜粋して読み上げた。
曰く、周りの方に迷惑をかけないこと。曰く、星影生として誇りを持って行動すること。曰く、楽しむ時はしっかり楽しむこと。
学級代表委員長の男子が「いい思い出をみんなで作りましょう」と言って、それを合図に歓声が上がった。
汽車に揺られ、俺達は函館駅に着いた。イカのキャラクターがかわいいと思ったが、どうやらここでお土産を買う時間はないそうだ。妹が喜びそうだと思ったんだが残念だ。
駅の前で待機していたバスに乗り込み、二十分程かけて函館空港へ向かう。
十一時過ぎのフライトなので少しだけ余裕がある。
「あー、駄目だ。もう疲れた」
「ハルくん大丈夫? 飛行機で寝ればいいよ」
「そうする……」
これといってすることもないので、俺達は再集合場所にすでに来ている。同じような班はいくつかあるようで、星影の制服の集団がまばらに見える。
「朝日君」
日和が小学生のように目を輝かせていた。
「あたし、わくわくだよ! 昨日の夜なかなか眠れなくてちょっと寝不足だったんだけど、もうそんなの吹っ飛んじゃった」
子供かよ。
「あたし京都って行ったことないんだよね。テレビとかでよく特集やってるから知ったつもりになってるけど、きっと本物ってもっと綺麗でいいところなんだろうなって。ね、朝日君もそう思うでしょ?」
「楽しみではある」
「うんうん。早く着かないかなあ。……って、まだ飛行機にすら乗ってないんだけどね」
飛行機に搭乗する際に預けたスーツケースは、俺達が金閣寺などを見学している間にホテルへ届けられるそうだ。だからサブバッグを持ってくるようにとしおりに書いてあったんだな。
「栄斗、前々から疑問なんだが」
「は? 何?」
「どうして修学旅行のしおりは、しおり、とひらがな表記なんだろうな。漢字の栞じゃ駄目なんだろうか」
「えー? 理由なんてあるのかなあ。そんなのどうでもいいじゃねえか。この堅物」
五月蠅い。堅物とかそういうのは今関係ないだろう。いや、関係あるのか?
窓に貼り付くようにして栄斗は飛行機から見える景色に感動しているようだった。飛行機に乗るのは初めてだそうだ。俺は十年位前に内地の親戚の結婚式に行くために家族で乗ったことがあるらしいが、ほとんど記憶にない。だから感覚としては初めてだ。無邪気に窓の外を眺めてもいいけれど、栄斗が羽目を外さないように見張っていなくてはいけない。これは俺の任務でもある。時田に頼まれたのだ。
大阪まで約二時間。栄斗が寝たら俺もちょっと休もうかな……。
斯くして、俺達星影高校二年生一行は大阪空港に降り立った。
バスに揺られ、最初の目的地である金閣へ向かう。途中、かの有名な太陽の塔の姿が車窓から見えた。意外と綺麗な顔をしているんだな。美幸なんかは「思っていたより気持ち悪かった」と言っていたが。
そして、俺達は京都にやって来た。
「着いたー! 京都だああああ!」
バスを降りるや否や、栄斗が歓喜の声を上げる。おい、落ち着け。
各クラスに一人ずつ添乗員さんが就いていて、途中まで案内してくれるそうだ。軽い説明の後、鹿苑寺境内は一応の自由行動だという。一緒に回ろうね、と日和に言われ、頷きつつも俺は周囲を見回す。紫苑曰く、代わりの者は金閣で待っている。見えるのは観光客ばかりだが、この中に代わりの者がいるのだろうか。見れば分かると言っていたが……。
星影高校の生徒。老夫婦。星影高校の教師。親子連れ。星影高校関係者の案内をしている添乗員さん。ツアーで来ていると思われる外国人グループ。一人でいる男の子。ツアーで来ていると思われる老人のグループ。星影高校の生徒。地元の小学生らしき集団。
ぐるりと見回す。
まさかあれなのか。この中で怪しいのはどう見てもあの人物だ。
周囲の人間に全く目を向けられることなく佇んでいる。無視されているのではなく、見えていないのだろう。
とてて、っとこちらへやって来て、上目遣いに俺を見る。
「こんにちは。朝日晃一様ですね。紫苑様から命じられて、ここまでやって来ました。紫苑様と比べると力も弱いですし、不束者ですがどうぞよろしくお願いしますね」
これが紫苑の代わりの護衛。大丈夫だろうか。
「えへへ、頑張ります!」
俺の前に現れたのは、小学生くらいの小柄な男の子だった。