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壱 いざ修学旅行

 修学旅行とは学生生活で最も重要なイベントであり、それを楽しまない者は学生ではない。そんなやつは将来ずっと悲しい人生を歩むことになるに違いない。


 これは俺の言葉ではない。


 俺の腐れ縁である、とある男が言った言葉である。





「いよいよ明日から修学旅行だな! ヤベえよ、めっちゃテンション上がって来た!」


 行事の前日は、翌日の朝が早いため早寝をしてしっかりと体調を整えておきたいものだ。しかし、先程から電話口の腐れ縁幼馴染みは話すのをやめようとしない。先の迷言を残したのはいわずもがなこの腐れ縁だ。幼稚園の時は遠足の前夜張り切り過ぎて熱を出し、小学生の時は宿泊学習で調子に乗りすぎて体験学習のガイドさんの手を大変わずらわせ、中学生の時はそれこそ修学旅行でテンション上がりまくりの末にわざわざ盛岡まで来て先生達に怒られるという状態だった。


 何としてでも高校の修学旅行は平和でなければ。


「それでさー……。ん? 晃一こういちぃ、聞いてる?」

栄斗はると、明日の朝は早い。俺はもう寝たい」


 電話の向こうから不服そうな声が聞こえる。


「えー、優等生振るのやめろよなー」

「悪いな、実際に優等生なんだ」

「むー。分かったよ。へへ、明日楽しみだな! じゃあな、おやすー」

「お休み」


 やっと通話が切れる。携帯電話の画面には十分二十六秒という通話時間が表示されていた。


 携帯を枕元に放って、ベッドに寝転ぶ。


 明日から修学旅行だ。栄斗程ではないけれど、俺だって楽しみにしてはいる。


 俺達の通う星影ほしかげ高校、修学旅行の行先は定番の京都・奈良だ。三泊四日。数年前までは四泊五日だったらしいが、予算の関係か、とにかく大人の事情で日程は短くなっている。その分旅費は安いのだから、生徒の実家には優しいのかもしれない。


 持ち物確認を終えたスーツケースを見ていると、わくわくしてくる。普段周囲からガリ勉ガリ勉と言われている俺だが、これでガリ勉じゃないということを証明できるといいな……。


 古都ではきっと得るものがたくさんあるはず。現地で学ぶというのはいいことだ。


 駄目だ、これじゃガリ勉だ……。





 翌朝、いつもより早めに家を出る。


 気を付けて行くんだぞ、と父。体調管理しっかりね、と母。お土産買ってきてね、と妹。


 三人に見送られ、俺は星影駅を目指す。


 スーツケースを引き摺りながら歩いているとカラスが一羽飛んで来た。並走、というか、俺に並んで低空飛行している。


「三泊四日でしたよね」


 耳に心地いい絶妙な低音。生憎俺には音楽の才はないから詳しいことは分からないが、おそらくバリトンなのだと思われる。


 カラスが着地すると同時に美しい青年の姿になった。黒ずくめの青年の背中には漆黒の翼が生えている。


 道行く人は青年の格好を見ても何も言わない。気にしていないのではなく、正確には見えていないのだ。


 この青年の姿は普通の人間の目には見えていない。


 並んで歩く俺達の前を脚の生えた風呂桶が横切った。


「六丁目の銭湯の桶ですね」


 あそこは古い銭湯らしいからな。付喪神化している桶もいるのか。


 そう、付喪神。


 俺、朝日あさひ晃一の目には人ならざる者達の姿が映る。


 最初は五歳の時だった。庭で見付けた尻尾が二股になっている猫を、母が「見えない」と言ったのだ。後で調べて、それが猫又という妖なのだと知った。人ならざる、とは言えないかもしれないが、幽霊も見えることが小一の時の曽祖父の葬式で分かっている。そして、神様。俺は人々が畏れ敬う神をも見ることができる。実際、今隣にいるこのカラス男は神だ。


 名を雨影夕あまかげせき咫々たた祠音しおん晴鴉はるあ希命けのみことという神格化した齢千年を超える八咫烏であり、有翼の青年の際は紫苑、世を忍ぶただのカラスの姿の際は夕立と名乗っている。


 妖を見ることができるといっても一介の高校生である俺がなぜ神様と一緒にいるかというと、それは偏に俺が翡翠のげきだからである。目が黒いうちに云々とは言うが、それは俺には無理なことだ。普通の人間からは日本人として一般的な茶色い瞳に見えているらしいが、俺自身、そして人ならざる者達からは淡い緑を揺らす翡翠色に見えている。翡翠の覡というのは、神を導くとされる翡翠の神通力を持つ人の子のことだ。そうはいっても、俺は超能力者というわけではない。依頼神いらいにんの神がいて、俺が何かの意志を持って、何かしらの条件を満たさないとこの力は発動しない。まだ二回しか使っていないため、詳しいことは俺には分からない。紫苑に聞いたこともあるが「分かりません」と言われてしまった。まあ、そのうち分かるのではないかと思う。分かるといいが。


 紫苑はそんな俺のお目付け役として傍に就いているのだ。


「さすがに京都まで付いて行くわけにはいきませんので……」

「いいよ別に、紫苑様はここにいて」

「そういうわけにもいきませんので……。はい、代わりの者を就けますね」

「代わり?」

「京都には妖も霊も神もたくさんいます。たくさんいるということは、相対的に悪しき者の数もここより多いのです。力を狙った何かに襲われて、晃一さんの身に何かあっては困るのです」


 少し力を入れて紫苑は言う。切れ長な目がいつにも増してきりりとしている。女子なら一瞬で惚れるんだろうな。


「先日日程を見せて下さいましたよね。代わりの者には最初の目的地、金閣寺で待つように言ってあります」

「それってすぐに見つかるのか」

「ええ、見れば分かると思います。向こうにも晃一さんの容姿は伝えてありますし」

「分かった」


 星影駅に到着した。家から近くて助かるな。


 俺と同じ星影の制服がたくさん見える。


 駅集合で、これから皆で函館へ汽車で向かう。函館空港から飛行機で大阪空港へ行き、そこからバスで京都に到着となる予定だ。


「じゃあ、行ってくる。土産は何がいい? 御神酒とか言わないでくれよ、買えないから」

「お土産話を聞くことができれば私は十分ですよ」

「……何か適当に買ってくるから、文句は言うなよ」

「はい、分かりました。では行ってらっしゃいませ。お気をつけて」


 旅に出る時、まさか神様が見送ってくれるなんてな。数か月前までなら想像もしなかったことだ。


「行ってきます」


 紫苑は微笑んで手を振る。周囲に怪しまれない程度に小さく手を振り返して、俺は駅構内へ向かった。






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