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これは本日2つ目ですので、上の方を先にお読みください。
翌朝の日曜日は特にすることもなく、一日だらだらと過ごしていたら母さんにどやされて買い物を命じられてしまった。
しかもわざわざ商店街全体を回らなくちゃいけないコースだ。肉、野菜、魚と。大きめなスーパーもあるが、そこで買うと母さんに怒られるのでそれぞれ専門に取り扱っている店に向かう。
八百屋、魚屋でそれぞれ頼まれたものを買ってから、肉屋へ向かうとゆうまと委員長が店の前に立っているのが目についた。
「あれ、ゆうまと委員長じゃん」
そう声を掛けると、ゆうまが俺に気が付きこちらへ顔を向ける。
「おう、かずやか。どうした?」
「いや、買い物頼まれてさ。委員長のところの肉買って帰るところ」
すると委員長は俺の方をチラリと見るとゆうまに向かって「それじゃあ、約束ね」と言って店の中に引っ込んでいった。
「委員長と何かあったの?」
するとゆうまは苦笑いを浮かべながら「空手、また始めることにしたんだよ。それが俺が遊んでいられる条件的な?」
そう言って目を背けてしまう。
「え、でもゆうま大丈夫なのか?」
ゆうまは昔、結構強い選手だったらしいのだが、興味を持った親戚の子供にまさかの負けるという事を経験して空手を辞めたはずだ。
「いいんだよ、まぁ俺はあの子みたいに天性の才能とかないけど……かずやと遊んで過ごすには、こうするしか無いし」
そう言って気にするなと俺の肩を叩くと背を向けて歩いて行ってしまった。
俺はそのゆうまに声を掛けるべきかと迷ったが、なんて声を掛けていいのか分からず結局黙ってその背を見送ってしまった。
頼まれた肉を買ってから、自宅への道を歩いているといつもより商店街が寂れて俺の目に映った。きっと雫に秘密の場所を教えてしまったことをゆうまに言えなかったことが理由だろう。明日言おう、そう思って足を速めた。
家に着くと、まだ母さんは仕事から帰ってきてないようで、静かな家が俺を出迎えた。
買ってきたものを冷蔵庫にしまって自室のベッドに飛び込むと、まだ夕飯も食べていないのに俺は眠りに落ちてしまった。
翌朝目を覚ますと、母さんに「寝るならご飯を食べてからにしなさいよ?」と小言をもらってしまった。
月曜日なので学校への身支度を整えてから、ゆうまとの待ち合わせ場所に向かうといつもの様にゆうまは着いていた。
「おはよー」
「おう、かずやか。おはー」
そう言って朗らかに手を挙げるゆうまだが、その顔はどこか疲れが浮かんでいるようだった。
「あれ、なんかゆうま疲れてるか?」
「あー、今日から朝練が始まったからな。まだ体が思うように動かなくてな」
「そういう事か。程々にな……よし、学校行くか! 今日は転校生が来るからな」
そう言うとゆうまは「ん? 確かに今週来るはずだけど、なんで今日って知ってるんだ?」と聞いてきた。
「あー、そう言えば言ってなかったな。俺もう転校生と知り合ってるんだよ。家が隣でさ」
「えぇ! まじかよ。隣の家ってあのずっと誰も住んでなかった所だよな」
そんな会話をしながら俺とゆうまは学校へ向かって歩き始めた。
まだクラスメイトが全然来ていない教室に着くと、俺は自分の席である窓側の席に座りボーっと外を眺める。
結局ゆうまに秘密の場所の事言えなかったな……当のゆうまは委員長に呼び出しを食らってどこかに行ってしまった。大方ちゃんと空手の練習をしたか聞かれているんだろう。
そうしてボヤーっとしているとホームルームの時間になったようで先生が教室に入ってきた。ゆうまもいつの間にか隣に戻ってきていたが、なにか考え事でもあるのか難しい顔をしている。
「今日は前に言っていた通り転校生が来るからな。皆仲良くしてやってくれ。それじゃあ入って来い」
先生がそう言うと「……はい」という緊張を帯びた声が聞こえた。
あぁ、雫緊張してるみたいだな。そんな事を考えていると雫が教室に入ってきた。
緊張のせいだろう、凛とした顔は作り物めいた雰囲気を纏っていたが、教壇に立って俺を見つけると安心したような表情を浮かべる。
「初めまして。黒川雫です! よろしくお願いします」
そうして雫は俺たちのクラスメイトになったのだった。
昼休み、雫はクラスの女子に囲まれて身動きが取れない状態なので声を掛けるのを諦め、ゆうまを屋上へ誘った。
理由は簡単で秘密の場所の話をするので、他の人の耳に入れたくなかったからだ。
「どうした? こんなところで飯食うなんて珍しいじゃん」
そう言いながらゆうまは屋上のフェンスに寄りかかる。
「あの、さ。ゆうま……謝らなきゃいけないことがあるんだ」
そう告げるとゆうまは怪訝そうな顔をする。
「雫……転校生に秘密の場所教えちまったんだ」
そう言った瞬間、ゆうまの表情が無くなった。
「……どういう事だ?」
俺は何も言えず俯いていると、ゆうまはもう一度「どういう事なんだって聞いてるんだよ!」と俺の胸倉をつかみあげてきた。
「あそこは、俺とお前の! 二人だけの場所じゃなかったのかよ? 俺とお前が友達になった切っ掛けの、場所だろ? それなのに……」
「ごめん」
「俺はお前と遊びたいから、嫌な空手も始めたし、香織にだって……」
そう言ってゆうまは俺の胸倉から手を放す。
「……ごめん」
怒るのももっともだろう。俺だってゆうまが委員長にあの場所を教えたら怒るだろうし。
あの場所は俺とゆうまの、二人で作り上げた場所なのだから。
「……もういい」
ゆうまはそう俺に告げると、こちらに一瞥もくれずに屋上から出ていった。
俺はその背中を追う事も、呼び止めることもしなかった。いや出来なかった。
ただただ、なぜ簡単に雫に秘密を教えてしまったのかという自責の念にとらわれていた。
昼休みが終わっても俺は屋上で色んなことを考えていた。
(ゆうまがあんなに怒ったのなんて初めてだな。よし、明日もう一度謝ろう)
そう思って立ち上がると既に空はオレンジ色に染まっていた。
(あれ、いつの間にこんなに時間が経ったんだ。雫ももう居ないだろうし、帰るか)
そうして、学校から家への道を歩いていると視界に入る全てが俺を責めているように感じた。ゆうまとの待ち合わせに使っているミラーも、今一人だという事を強調しているかのように感じる。
最近雫と一緒にいる公園も、顔を出す気が起きずそのまま帰宅することにした。
ご飯を食べて、ベッドに潜り込んでから雫が一人で待っていたらどうしようという考えが頭をよぎったけど、もう居るはずもないので諦めて瞼が落ちる事を祈って顔をうずめた。
翌朝、目が覚めると昨日の悩みが無くなったかのように爽やかな気分だった。
よし、ゆうまとの待ち合わせ場所に行って謝ろう。
そう思って待ち合わせ場所に行くと、ゆうまが腕を組んで俺の事を待っていてくれた。
「昨日は……」
「俺、香織と付き合うことにしたから。お前とはもう一緒に居られないわ」
俺が謝ろうとしたら、ゆうまは遮るようにしてそう告げた。
俺の理解が追い付いていないのを分かってか「それじゃあな」と言ってゆうまは一人学校へ行ってしまった。
しばらくその場で呆然としていると背後から「あれ? かっちゃん!」と声がかかった。
振り返ると案の定、雫がうちの制服を着て坂から降りてくるところだった。
「どうしたの一人で? ゆうま君は?」
その言葉を聞いた瞬間俺が泣きそうになったのが分かったのだろう。雫は「えぇ!?」と言って俺の背中を撫でてくれる。
「なにか、嫌なことでもあったの?」
「それが……」
俺が説明をすると、雫は一歩下がって口を押える。
「……え? それって私のせい?」
ふるふると首を揺らし、若干涙目になっているのが俺の目からも分かった。
「雫のせいじゃない! 俺が。俺があいつの信頼を裏切ってしまったから。だから、雫はそんな顔をしないでくれよ」
そこまで言ったとき、ふいに頭に温もりを感じる。雫に頭を撫でられているんだと理解するのに数瞬時間を要した。
「かっちゃんは一人じゃないよ。私がいるから」
そう言って雫は俺の頭を撫で続けてくれた。
どれくらいの時間をそこで過ごしたのだろう、もう学校は始まってしまっているだろうか? そう思っていると雫は俺が落ち着いたのが分かったのか、手を放して「あー、学校もう始まっちゃったね」と言って小さく笑う。
そして「どうする? このまま学校行く?」といたずらっ子の様な表情を浮かべて俺に聞いてくる。その答えはもちろん、「行くわけが無い」だ。
今は大分落ち着いてきているが、学校でゆうまや委員長と顔を合わせて何て言っていいのかまだ分からないのだから。でも雫が俺に付き合ってサボる必要はないと告げると「いいの。私がかっちゃんと一緒に居たいんだから」と言って朗らかに笑うのだった。
と言っても、行くあてなどほぼ無い雫と俺は家の前の公園で時間を潰すことにした。
何を話したのかはよく覚えていないが、夕方になるころには大分心が軽くなっている事が分かった。
「それじゃあ、ありがとう雫」
「ううん。私は自分がしたかった事をしただけだから、気にしないでいいよ?」
雫は自分の答えで俺が納得してないというのが分かったのだろう。「――なら」と口を開く。
「……なら、明日から一緒に学校に行こう?」
そう言って手を差し伸べてくれるのだった。
翌朝目が覚めると、昨日雫に握られた手が熱を発しているかのように感じる。
(……どうしたんだ、俺)
自問してもこの気持ちの答えが分からなかったが、自然と雫に会ったら分かるだろうと思ったので、手早く学校へ行く準備をして公園へ向かう。
公園に着くと雫はあの日の様に、こちらに背を向けフェンス越しに町を眺めていた。
俺が着いたことが分かったのだろう、雫は振り返ると「おはよう」と言って手を振ってくる。
俺はその姿を見た瞬間に、自分にどういった事が起きているのかを理解できた。
――これは恋をした――と。
雫と二人で学校へ行くのはどこか気恥ずかしさがあったが、そんなものが気にならない程に俺は充実した幸福感を感じていた。雫といる時だけはゆうまの事を深く考えないで済む。
クラスに着くとゆうまが無言で睨みつけるようにして俺を見てきたが、すぐに好奇の光を目に宿したクラスメイト達に埋もれて見えなくなった。ゆうまからしてみたら、面白くないのも分かるが、今の俺は雫と一緒に居られればそれでいい、とさえ思えてきていた。
クラスメイト達の冷やかしで頬を紅潮させている雫を見るだけで些細な問題だと感じられる。
そんな慌ただしい学校が終わり、放課後になるとゆうまは委員長を追いかけて教室から出ていき、雫は俺の所にやってくる。そしてどちらとも言わずして帰路につく。
廃れた商店街も雫と一緒に歩いているだけで輝いて目に映り、坂の下にあるカーブミラーに俺と雫の二人だけが映っているのを見ると胸が高鳴ってどうにかなってしまいそうだった。そして坂を上って公園に入ると、雫はフェンスに走り寄り「わぁ」と感嘆の声を出す。
「どうかした?」
「なんだか、今日の町がきらきらして見えて。いつもと同じなのに可笑しいね」
そう言ってにこやかに微笑む。
俺はそのまぶしい顔を直視することが出来ず、俯き加減で「そ、そうだな」としか言えなかった。これが女慣れしている奴なら、もう少しまともな返事が出来ただろうが俺には返事をするだけで精一杯だった。
だが雫は俺のそんな返事でも満足してくれたのか、微笑みながら黄金色に輝く町並みを見下ろす。そんな雫の横顔を見ながら、俺は一つ決心する――夏の花火大会で雫に告白しよう――と。
翌日の俺の誕生日を、好きな子と一緒に過ごしたいという欲求ももちろんあったが。
振られるかもしれないとは、微塵も思っていない。理由などはないけど、いい返事がもらえると確信していた。
その後、夕日が沈むのを黙って見送った後、俺は雫の方を向く。
「あの、さ。夏休み入って少ししたら花火大会があるんだけど……一緒に行かないか?」
俺の持ちうるすべてを振り絞る気持ちで花火に誘うと、雫は一瞬きょとんとした表情を浮かべて「……はい!」と頷いてくれたのだった。
雫と花火に行く約束をしてから、夏休みまではあっという間だった。
特に何も起こらず、一緒にいるだけで幸せを感じているだけで夏休みになっていた。
どうやら、ゆうまも委員長とうまくいっているようだった。二人で楽しそうに歩いているのを見かけることが多々あったし。
……そう。幸せは確かに感じていたが、ゆうまとの関係も何も変わらず夏休みになった。
ゆうまの事を考えていると、雫は無言で隣に座ってくれたりしてあまり深く考えないで済んだのが幸いだった。これで雫が隣にいてくれなかったら、俺はどうなっていたのか自分でも分からなかったから。
そうして入った夏休み。あと7日で花火大会だ。
今日は外が暑いという理由でウチで遊ぶことになった。母さんは出かけてるだろうと思って雫を呼んだのだが、読みが外れて雫が玄関に入った瞬間に遭遇してしまった。
だが母さんは空気を読んでくれたのか「うちのかずやをよろしくね」と言って外に出ていった。
俺の部屋に入った雫は、物珍しそうにきょろきょろと部屋の中を見渡して、なにか満足したのか「うん」と頷いている。
「どうした? 頷いたりして」
「え? えっと、えっちな本とか置いてないなって、思って」
そう言って雫はチロっと舌を出す。
最近雫は色んな表情を見せてくれるようになった。もっと色んな表情を見たいと思いつつ、雫の頭に軽くチョップをする。
「そんな物探すなって。探しても無いから」
「あいたっ!? ……でも、無いなら探してもいいでしょ?」
ワザとらしく悲鳴を上げた雫は、懲りずに部屋を見渡す。
そんな雫のおでこを指で突いてから「雫には何も隠し事しないから、な?」と言うと雫は一瞬呆けた顔をしてから「うんっ!」と先ほどより弾むような声で言って、嬉しそうに笑うのだった。
そんなやり取りをした俺たちは、並んでベッドに腰掛けながら漫画を読んでいた。
読んだことのないジャンルばかりだから気になるのだろう。そう思って雫に「面白い?
」と聞くと、「かっちゃんが読んでるものに興味あるから! 漫画自体もすごく面白いし!」
と言ってまた視線を漫画に落とす。余程この漫画が気に入ったのだろう。確かにすごく人気のある作品だが、なんだか雫が真剣に読んでいると不思議に可笑しくなってしまい、笑いをこらえるのが大変だった。
そんな風に時間を使っていたら気が付くと夕方というには、いささか遅い時間になっていた。
「あっ! もう夜になっちゃう……ごめんねかっちゃん。こんなに長居しちゃって」
「いいよ、気にしなくて。こうして漫画読んだことなかったから俺も楽しかったし」
そうして、立ち上がったところでタイミングを計っていたのかと思うようなタイミングで母さんがドアを開けてきた。
「あ、よかった。まだ居てくれた。よかったらご飯食べていかない?」
ノックもせずに入ってきた母さんは、そう言い放った……。
いつもは二人で囲んでいるテーブルに三人いる。一人増えるだけで違和感がもの凄い。
しかもそれが、好きな相手だと尚更だ。さっきは驚いたけど、母さんには感謝だ。
そう思って顔を上げると向かいに座っている二人が俺を置いていく勢いで――いや、置いて――話をしている。ただの世間話とかならいいのだが、終始俺に関する話題だ。
恨みがましく母さんを見ると、一瞬だけこちらにウィンクを送ってくる。
完全にワザと俺が居づらい話題にしているのだろう。
白熱している話題も、ようやく小学校時の話が終わり、雫が引っ越してくるまでの話になっていた。すでに2時間近く話し込んでいる……俺が生まれた時から今に至るまでの話を全て包み隠さず母さんは雫に話してしまっている。始めのうちは止めさせようとも考えたが、雫のきらきらした目を見るとどうしても止めることが出来ず、結局ずるずるとここまで来てしまった。
このまま放置していたらアルバムまで引っ張り出しそうな気がすると思い始めた時、呼び鈴が鳴った。話を中断して母さんが席を立ったタイミングを見て俺は雫を見る。
「俺の話ばかり聞いて楽しいもんか?」
そう言うと雫は「うん」と首を振る。
「私の……友達第一号のかっちゃんの事だから聞いてて楽しかったよ? そんなかっちゃんだから私は……」
何やら途中まで言いかけていたけど、言い直すようにして雫はそう言い切った。
顔を見ると耳まで真っ赤に染まっているようだ。
最後に何を言いかけたのか追及してみたくなったが、聞いたらいけない気がしたので、視線を彷徨わせていたら母さんが玄関から戻ってきた。
「雫ちゃん? お父さんがお迎えに来たわよ……ほら、かずやも一緒に行って挨拶の一つでもしてきなさい」
そう言って俺を追い立てるように玄関に向かわせる。
雫が来ないなと思って振り返ると、母さんが雫に色々と持たせようとしているのが目についた。だが、母さんの口元がニヤついているのを俺は見逃さなかった。
(雫をわざと足止めさせてるな……)
そう思っても、今更引き返すのもおかしいので、俺は雫のお父さんの所に向かった。
雫のお父さんは疲れた雰囲気は纏っていたが、とても優しそうな感じだ。
そんな雫のお父さんの前まで歩いていく。
「こんばんは。えっと、雫さんの友人をさせて貰っています、かずやです。今日は遅くまで留めさせてしまってすみませんでした」
そう言って俺は頭を下げる。
何秒経っただろうか、体感では数十秒以上たったかのように感じた時、雫のお父さんが口を開いた。
「きみが、かずや君か。あぁ、頭なんて下げなくていいよ。雫の面倒を見てくれたんだってね。ありがとう。わたしの事は好きに呼んでくれていいよ」
そう言って、俺の手を握って軽く握手した後小さな声で「ただし、お義父さんはダメだよ?」とだけ告げ、ニッコリと微笑むと離れていった。
俺はその言葉になんて答えていいのか分からず、戸惑っていると背後から「おとーさん!」と言う声と共に雫が速足でやって来て、隣に立った。
「かっちゃ……かずや君に変なこと言ってないでしょうね!」
「まさか、ただ挨拶しただけだよ? なぁ、かずや君」
「は、はい。そうです」
俺がそう答えると雫は肩から力を抜く。
「よかった。お父さんに何か言われても気にしちゃだめだよ?」
雫はそう言うと、黒川さんを外に追い出し、「お邪魔しましたー、えっとかっちゃん! また明日暇だったらお昼過ぎに公園で!」そう言って出ていってしまった。
まるで嵐が去ったかのような静けさを感じていると、隣に母さんが立った。
「雫ちゃん、可愛い子ね?」
「……」
「好きになっちゃったんでしょ?」
「っ!? そ、そんな事……」
思わずそう答えると、母さんは俺の耳を指で突き「かずやって嘘つくと耳が紅くなるのよ?」と告げてリビングに引っ込んでいった。
残された俺は右手で耳をつまんで、首をかしげる事しか出来なかった。
あと6日で花火大会。
目を覚まして、少しのんびりと朝を過ごした俺は雫に言われた通り12時を少し回ったあたりで公園に向かった。
公園に着くと、雫がちょっと大きめな肩掛けバックを持って待っていた。
「ごめん、遅くなった!」
「ううん。私が昨日いきなり誘ったんだもん、大丈夫だよ?」
そう言って雫は微笑み「秘密の場所にいかない?」と言った。
秘密の場所に向かって家の前の坂を下っているなか、俺は雫がどうして秘密の場所に行きたいのか聞いてみた。
すると
「行ってからのお楽しみ! でもあそこが一番いい気がして!」
と答えた。
その答えを聞きながら俺は隣を歩く雫に手を差し出す。
「あの、さ。手つながない、か?」
「っえ……うん!」
一瞬驚いた声を上げた雫だが、すぐに嬉しそうに頷いて俺の手を握ってくれたのだった。
カーブミラーに手をつなぐ俺たちが映し出され、急に恥ずかしくなったが離すこと無く、秘密の場所まで歩いていった。
秘密の場所に着くと、雫はささっとツリーハウスに登って行き「かっちゃんもおいでー!」と呼び掛けて来たので、俺も後を追い登ると雫が肩掛けバックを開いて何かを取り出そうとしていた。
「ん? 何出そうとしてるの?」
「えーっとね。昨日のご飯のお礼にお弁当作ってきたの。かっちゃんと食べたいなって思って」
そう言って雫はお重みたいになっているお弁当箱を取り出し蓋を開ける。
一段目には卵焼き、たこさんウィンナー、きんぴら、から揚げを中心としたおかず。二段目は、おにぎりがぎっしりと詰まっていた。
取り出してから気が付いたように、「あっ、もしかして嫌いなものとかあったりした?」
と不安そうな顔をする。
幸いなことに俺は嫌いなものがほぼ無いので、「大丈夫だよ。むしろ好物ばかり!」と答えると雫は安堵したか、小さく息を吐いた。
雫が作ったお弁当は、美味しいと言う以外に何と言っていいのか分からない程、美味しかった。決してボキャブラリーが少ないわけでは無いはずなのだが、本当に美味しいものを食べると人間は言葉が出てこなくなるらしい。
雫はお弁当を食べている俺を眺めたりして、にこにこと微笑んでいた。
「雫は食べないの?」
俺がそう聞くと、「一緒に食べたいんだけど、味見とかして作ってたからお腹いっぱいで」
そう言いながら悲しそうにお腹をさすっていた。
お昼を食べ終えた俺たちは、ツリーハウスの中で特に何をするわけでもなく、ボーっとして過ごし、ある程度時間が経ったところで公園まで戻ることにする。
帰りも行きと同じように手を繋いで帰った。違うことと言えば、軽くなったバックを俺が持っていた事くらいだろうか。
公園に着いた俺たちは、夕方になる1時間くらいの間ベンチに腰掛けて話し続け、夕焼けが町を赤く染め上げる頃になると、無言で町を眺めて過ごした。
そして、夕日も消え空が薄暗くなったところで解散という事になった。
「あのさ、明日も一緒に出掛けないか……」
夏祭りまであと1日。
雫がお弁当を作ってくれてから毎日の様に俺と雫は会って遊び歩いた。
雫の家は雫が恥ずかしがって入れさせてもらえなかったが、町ではもう遊ぶところがないんじゃないか? と思うほど遊び歩いた。
川で釣りをし、カフェに行き、本屋に行き……。
こんなにも温かく感じる日々は今まで無かっただろう、そう思えるほどに充実した一日だった。
夏祭りが明日に差し迫った今日、どこにも行くあても無かったので再び俺の家でのんびり過ごすことにした。
「あれ、かっちゃん」
ベッドに横になりながら漫画を読んでいた雫が、ふと声を掛けてくる。
「どうかしたか?」
「明日なんだけど、何時に待ち合わせする?」
そういえば、ここ最近毎日の様にあっているせいか、明日の事ちゃんと決めてなかったな。
「そうだな。祭りが始まるのが大体17時だから、16時に公園で待ち合わせとかどうだ?」
すると、雫はどこか不満そうな顔で「午前とか暇だよー」と間延びした声で言ってくる。
「なら、いつもみたいに昼過ぎに公園で待ち合わせして、どっかに遊びに行くか」
「うん! そうしよ、そうしよ!」
結局明日はいつもと同じように遊んでから祭りに行くことになった。
そうして、結局その後は何をするわけでもなく、だらだらと冷房の効いた部屋で過ごした俺たちは、夕暮れ時に解散することにした。
雫を見送って一人部屋に戻った俺は、明日の事を考えると不安になってきて、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
そうして一人頭を悩ませていたら、母さんが「ご飯できたよ」と言って入ってきた。
「あれ? どうしたのかずや。頭なんて抱えて」
「ちょっと心配事があってさ。どうしたらいいのか分からなくなっちゃって」
正直に自分の気持ちを伝えると、母さんは「答えは自分の中にあるんだから、考えてみなさい」と言って俺の頭を乱暴に撫でてきた。
「ほら、さっさとご飯食べないと冷めるよ?」
そう言って母さんは先にリビングに降りていった。
「自分の中に、か……」
そう呟きながら俺は、母さんの後を追ってリビングに降りていった。
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次の下でラストです。