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書きたい物を書いていく予定です。主に3万から5万文字の短編を書いていきます。

よろしくお願いします。

 追憶の記憶



 高校2年の夏。この何とも微妙な時期に転校生がくるという話が担任の先生から告げられた。もちろん時期など関係なく、ほぼ全員のクラスメイトはテンションが上がったようだったが、ほぼだ。

 おそらく、唯一僕だけだろう。転校生が来るという話にさほど興味も抱かずに窓から太陽の光を反射して輝くビル群を眺めているのは。


「それじゃあ、ちょうど1週間後に転校生が来るはずだから皆仲良くしてやるんだぞ」

 先生はそう告げると、ホームルームは終わりだと言って教室から出ていった。




 この日から1週間、クラスではずっと転校生の話題が持ちきりだった。他に話題がないのか、と思ってしまうほどだった。

 そう思っていた時……。


「なぁ、お前はどう思う?」

 と、さほど話したこともない男子……確か名前は山口? が声を掛けてきた。


「どうって?」

 いきなり話題を振られても、どうせ転校生の事だろうが……分からないので聞くと。


「だからさ、転校生だよ。何か知らないけど、男か女かすらわかってないみたいじゃん? だから、お前はどう思うってこと」

 下らない事だと思ったけど、こんなにも中身のない話に付き合う必要は毛ほどにも感じなかった俺は、適当に返事をすることにする。


「……別に?」

 僕がそう告げると山口は面白くなかったのか、わざわざ聞こえるように舌打ちをすると、仲のいいだろうグループの方へ向かっていった。


(これでまた皆に嫌われたかな?)


 そう思ったが、特に学校生活において支障をきたす訳でもないので放っておくことにする。これが僕の高校1年と少しの生活スタイルだ。




 そうして、クラスメイト達からしたらついに転校生がやってくる日になった。


「ほら、転校生が来るんだから皆席につけ」

 先生がそう声を掛けると、騒がしかったクラスメイトはすぐに静かになる。

 先生はそれを確認すると、ドアの方へ顔を向ける。


「それじゃあ、入って来い」

 先生の声をどこか片隅で聞きながら、やることもなかった僕は、机に頬杖をつきながらぼーっと眺めることにした。


「……はい」

 小さな鈴の音を鳴らすような返事がして、静かにドアが開かれた。


 まず、その転校生は女生徒だった。

 そして、クラスメイトが騒然とするほど人形めいた容姿だ。本当に生きた人間なのかと思うほどに。


 そして僕はクラスメイトとは相反するように、唖然としてしまっていた。


 その女生徒はクラスメイト達の事など眼中に無いかのように、セミロングの黒い髪を揺らすことなく教卓の前に立つ。


 自己紹介でもするのかと思いきや、女生徒は無言で立っている。


「おい? 自己紹介を」

 だが女生徒は先生の言葉をも無視し、しばらく視線を彷徨わせてから僕の方を見る。

 そして、一瞬だが僕に笑顔を向けた気がした……。




 ――5年前――


 中学校初の夏休みがあと少しでやって来るという時期。

 俺は親友のゆうまと一緒にどうこの退屈な授業から抜け出そうかと画策していた。

 まだ1限も始まっていない朝のホームルームの最中だったが気にすることは無い。

 退屈な学校がいけないのだ。


「それで、今日はどうやって抜け出すよ?」

 右隣に座るゆうまが先生から見えないよう顔を隠しながら、聞いてくる。


「んー、この前みたいにこっそりと……」

 俺が言葉を言い終わらない内に先生が話し始めた。


「問題児二人? 抜け出すのは構わないが、今は居てくれよ? 来週転校生が来るっていう事を伝えるんだからな」

 俺はその言葉を聞いた瞬間、体中を何かが駆け巡るのを感じた。

 もう、抜け出す事を許可されたとか、もはや名前すら呼ばれていない事すら眼中になかった。

 この平凡で山くらいしか無い町というか村と言ってもいい場所に転校生が来るのだから。


 ゆうまもそれを感じたのか、俺の方を向くと嬉しそうに笑った。


「……っという訳で、あと少しで夏休みだからはしゃぎたいのも分かるが、転校生が来るんだから少し落ち着いて生活するようにな? じゃあホームルームは終わりで」


 先生はそう言って教室から出ていった。


「おい、ゆうま。転校生って女子かな? 男子かな?」

 男子なら仲間が出来るし、女子なら女子で楽しみだ。


「分からないな、何も言ってなかったしな……」

 ゆうまがそこまで言った時、俺とゆうまの会話に割り込むようにして一人のメガネを掛けた女子が割り込んできた。


「あんた達分かってると思うけど、転校生を変な遊びとかに巻き込んだらダメだからね!」

「分かってるよ委員長……なあ、ゆうま?」

「そうだよ、香織。別に俺たちが毎回悪だくみしてるわけじゃないのは香織だって知ってるだろ?」


 そういってゆうまは委員長へ笑いかける。それだけで委員長は静かになったが、仮に俺が同じことをしたところで、殴られて終わりだろう。


「っそ、それなら別にいいけど!」

 そう言って委員長は俺を人睨みしてから去っていった。


「やっぱり委員長の相手はゆうまに任せるに限るな」

 俺がそういうと、ゆうまは苦笑いを浮かべながら、


「まぁ、幼馴染だしな。そんな事より、今日はどうする?」

「そうだな、委員長が目を光らせているだろうから、午後になったら抜け出そうか。さすがに午前の授業を受けてれば警戒を解くだろ」


 そう言うとゆうまは、悪だくみをしている時のニヤッとした笑みを浮かべるのだった。




 そして俺とゆうまは午後の授業開始の鐘を背に、学校から誰にも見つかることなく抜け出していた。


「さて、今日はあの場所でいいか?」

 俺がそう問いかけるとそれだけで伝わったのだろう、頷く。


「ああ、もうすぐ完成だもんな、俺たちの秘密の場所」


 ……秘密の場所、それはこの町の北の方にある大きな山の中にある場所の事だ。

 その山には色んな言い伝えとかがあったりして、立ち入り禁止になっているのだが、俺たちはそこに目を付けて、誰も来ない場所に基地を作ろうという事で山の中を探索した。そして俺たちは何かに惹かれるように、ある場所についた。そこは、周りの樹と比べてみても驚くほど大きな樹が1本生えていて、その脇の方に小川が流れているという基地を作るのに最適な場所だった。


 そして、俺とゆうまが友達になった思い出の場所であり、二人だけの秘密の場所だ。


「作業はあと何が残っているんだっけ?」

 俺が呟くと、ゆうまがすぐに返事をくれた。


「たしか、ツリーハウスの内装とかじゃなかった? ……あれ、今日で作業終わるな!」

「ならさっさと終えて川で遊ぼうぜ!」


 そう言って俺とゆうまは通行人の少なく活気のない商店街を抜け、町の北側にある山に向かった。




 秘密の場所についた俺たちはさっそくツリーハウスに入ると、内装……と言っても汚れを落としたり、目立つささくれを削ったりという作業だが――を始めた。


「作り始めて1年くらいか、ようやく完成だな!」

 俺がそう言うとゆうまも同じことを言おうとしていたのか、嬉しそうに笑った。

 初めのうちはどこから手をつけていいのか分からなかったものだが、どうにか形にすることが出来た。二人だけで作ったということもあって、その感動は一倍だった。


「さて、結構汗もかいたし川で水でも浴びるか!」

 ゆうまがそう言って服を脱ぎ去り、下着姿になると川に向かって走り出す。


「おい! 脱ぐの速いって! つか置いていくなよ」

 そう言って俺もゆうまが脱ぎ散らかした服の横に服を置き、川へ走って飛び込むようにして入る……。




 川で泳いだり、魚を捕まえたりしていたら気が付いたら夕方になり始めていた。


「そろそろ帰るか? ゆうまの家って門限とか厳しかったよな?」

「そうだなー、それじゃあもう帰るとするか」

 服が濡れることなど気にせず俺とゆうまは服を着ると、秘密の場所を後にした。


 山を抜けて町の中心部にある商店街を歩いていると、肉屋から揚げたてのコロッケの匂いがして思わず足を止めると、肉屋のおっちゃんが出てきた。


「おっ、悪ガキ二人じゃないか、どうした腹でも減ったか?」

「腹減ったー! でもお金持って来てないから買えないや」

 俺がそう言うと、おっちゃんは笑いながらコロッケを4つ袋に入れて渡してきた。


「ガキが遠慮することはねぇよ。それに娘も面倒見てもらっている事だしな。大きくなってから贔屓にしてくれや」

 おっちゃんはそう言って店の中に戻って行った。


 熱々のコロッケを食べながら昼より活気ずいた商店街を歩いていると、ゆうまが複雑そうな顔をしていた。


「ん? どうしたゆうま?」

 俺がそう聞くとゆうまが口を開く。


「いや、なんか申し訳ないな、とね」

「どういう事?」

 俺がゆうまのいった意味を分かりかねていると、ゆうまが付け足すように、


「あそこの肉屋の娘って香織だろ? 昔とは違って少し距離置いてるからさ、おっちゃんに申し訳なくてな」

 あぁ、そういう事か。


 ゆうまの実家は道場をやっていて、幼馴染である委員長と一緒にずっと空手をやっていたのだが、ある出来事のせいでやる気が無くなったらしく、それまで仲の良かった委員長とも少し距離を置いて、俺と毎日を騒ぐことを選択した。そして委員長はそれが気に食わないらしい……。


「まぁ、ゆうまが空手辞めちゃったのは置いておいても、付き合い悪くしちゃったのは俺が原因だから、ゆうまが気にすることはないだろ」

「……まぁな」


 そう言ってゆうまは笑うのだった。




 商店街を抜けると、ちょうど俺とゆうまの家の中心にあたる坂の下に出た。

 この坂の下には、廃れたカーブミラーが設置されていてちょうど俺とゆうまが映しだされている。


「それじゃあ、また明日なー」

「おう、また明日」

 そう言ってゆうまは坂を上らずに脇の道へ、俺は結構きつい坂を上り始めた。


 俺の家は、町の西側の高台に建っていて、家の前の公園からは町全体が見渡せるようになっている。そして、その公園へ寄るのが俺の日課だ。

 夕日が町に沈んでいくのを眺めてから帰る。いつの頃からかそれが日課になってしまっていた。

 そして、この公園の近くには俺と同世代くらいの子供は居ないために、いつもガラガラで貸し切り状態になるので好きだったのも原因の一つだろう。


 その公園へ到着すると、いつも俺が立っている場所に一人の少女が居ることが分かった。

 別に気にせずにいればいいんだろうけど、俺と同世代くらいの少女がここに居るというのも珍しいし、小学校から高校にかけてほぼクラスが一クラスずつしかないような町だ、見たことのない少女だったので、思わず声を掛けようと近づく。


 だが、近づいてみるとその少女が黄金色に染まる町を見ながら泣いている事が分かった。


「……あの」

 俺が声を掛けると、少女は驚いたように振り返る。

 俺はその瞬間に世界が止まってしまったかのような感覚に陥った。

 涙で顔が濡れてしまっているが、作り物めいた透明感のある少女に見入ってしまったのだ。そうと気が付くのに少し時間がかかってしまった。


「えっと……」

 いきなり声を掛けられて困惑しているのだろう、少女は泣く事も忘れてしまった感じで俺を見つめる。


「ああ! ごめん。いや、見ない顔だったからさ。それに泣いているみたいだったし。どうしたのかなって」

 俺がそう言うと、少女は恥ずかしそうに背を向けて涙を拭い、再び俺の方を見て小さな声でぽつりと呟いた。


「えっと、その。大したことじゃないん、だけど……」

 そこまで言ったところで、再び少女の瞳から涙が溢れ始めた。


 中学生である俺に、泣いている異性に対してどうしていいのか分かる訳もなく、おろおろしている内に少女は落ち着いたのか、細い指で目尻を拭うと小さくクスっと笑った。


「ごめんね、いきなり泣いちゃって。今日この町に引っ越してきたばかりで、心細くて気が付いたら悲しくなっちゃって……」

「え、こんな何もない場所に引っ越してきたんだ、友達とかは?」

 俺がそう質問すると、小さな声で「都心から来たから誰も」と言って悲しそうに目を伏せる。俺はその様子を見て、何とかしなくちゃ、と思って少女に声を掛ける。


「な、ならさ! 俺が友達になるからさ! だから……その泣かないでよ、な?」

 そう言って笑いかけると、少女もつられるようにして小さく笑った。


「でも私、君の名前も知らないし……」

 そう言われて俺はまだ自己紹介もしてない事に気が付く。


「あ、そういえばそうだった。俺はかずやだ。よろしく」

 そう言うと、少女は「かずや……かずや君?」ともごもご言ってから

「なら……かっちゃんだね。私は雫って言います、よろしくね」


 そう言って、向日葵の様な笑顔浮かべると、こちらに手を伸ばしてきた。


「おっ、おう、よろしく雫」

 少ししどろもどろになりながらも、その細い手を握った。


「それにしても、なんでかっちゃんなんだ?」

 俺がそう雫に聞くと、少し顔を赤くしながら「だって呼びやすい、し?」と言った。

 俺も自分の顔が赤くなるのを実感しながら、「そっそか」と答えるのが精一杯だった。


 そして、俺と雫は黄昏時特有の夜とも夕方とも言えない不思議な時の中で話をすることにした。

 気が付くと、綺麗だった夕日は身を隠し、辺りは完全に夜になっていた。


「あ、もう帰らなくちゃな――雫の家ってこの辺?」

 俺がそう聞くと、雫は小さく頷き「あそこの家」と言って指をさした。

 その指さす家を見て俺は思わず、動きを止めてしまった。なぜなら雫の言った家は、俺の家の隣の家だったからだ。


 返事のない俺を不思議に思ったのだろう、雫は俺の顔を覗き込むと「どうしたの?」と言った風に小首をかしげる。


「あぁ、お隣さんだったから少し驚いたんだよ」

「えっ、かっちゃんお隣に住んでるの?」

 雫はそう言うと、何やら考えるように俯いてから「うん!」と言ってから俺に笑いかけた。


「それじゃあ、また明日ね」

「おう、また明日! 同じ時間にこの公園でな!」

 そう言って俺と雫はそれぞれの家に入って行った。




「……遅い」

 俺が玄関を開けるとすぐに背筋がぞわぞわする声で出迎えられた。


「あー、えっと、今日引っ越してきたって言う女の子に会って話してたから」

 俺がそう説明すると、母さんは「ふうん」と言ってからリビングに戻って行った。


「あ、そんな汚い格好で家の中歩いてほしくないから、ご飯の前にお風呂入っちゃってね。それと、今度そんな服汚して来たら承知しないから」

「あ、はい」

 今回は見逃してもらえたけど、次は無いようだった……気を付けないと。

 俺の中でこの町で怒らせてはいけない人のトップに来るのが母さんだからだ。




「それで?」

 二人で囲むには大きなテーブルを挟むように座って夕食を食べていると、そんな風に母さんが聞いてきた。


「ん? それでって?」

「だから、その引っ越してきた女の子の事を聞いてるのよ」

 脈絡なく聞かれて、何がだからなのか分からないけど、母さんに雫の事を説明することにした。


 ……お父さんの仕事の関係で東京から引っ越してきたこと。この町に友達がいないみたいなので自分が友達第一号になったこと。おそらく来週同じ中学に転校してくること。

 そして、隣に住んでる事……。


「へぇ、雫、ねぇ」

 俺が色々と説明したのに、母さんの感想はそれだけの様だった。

 そしてにやにやと笑みを浮かべると、「ま、頑張りなさいよ」と言ってきた。


「そ、そんなんじゃないって!」

 俺はそう返事するのが精一杯だった。

 だが、母さんは俺の返事を聞いても、黙ってにやにやと笑みを浮かべ続けるのだった。




(ふう、なんだか色々あった一日だったな)

 俺はベッドに潜りこみながらそんな事を考えていた。

 転校生が来ることが判明し

 ツリーハウスが完成し

 転校生に会って、仲良くなる。


 中々に濃密な一日だった気がする。


(……明日は何して遊ぼうかな。雫に町を案内しなきゃだし)

 そんな事を考えながら俺は夢の中に落ちていった。




 翌朝目が覚めた俺は、手早く朝食のトーストを食べてゆうまとの待ち合わせ場所である、坂の下に向かった。待ち合わせ場所のカーブミラーに着くと、ゆうまの顔色が優れていないことが見て分かった。


「おはよ、どうしたゆうま? 顔色が良くないみたいだけど」

 俺がそう聞くと少し間を置いてから、話してくれた。


「いや、昨日うちに香織が来てさ、親父に俺が学校で遊んでる事をチクってさ……」

 なんでも、空手を再開するか生活態度を改めないなら両親にふざけて生活をしている事をバラすとは前から言われていたらしく、それが昨日だったようだ。担任は優しいのか仕事が面倒なのかは分からないが、俺とゆうまの両親には学校を抜け出して遊んでいる事を告げてはいなかった。だから委員長のやった事はゆうまにとって相当な痛手になってしまったようだ。


「それで、ゆうまはどうするんだ?」

「んー、空手はもうやる気ないし、遊びたいしな……でも」

 そう言ってから、「しばらくは静かにしてみる」という事になった。それで、委員長と話し合ってみるそうだ。


 そんな朝のやり取りをして学校へ行って席に着くと既に学校へ来ていた委員長が席からチラチラとゆうまの顔色を窺っているのが分かったが、当人が気が付いていないようなので放置することにする。


 朝のホームルームが始まると先生が俺の事を少し見てから話し始めた。


「みんな知ってると思うが、北の山は立ち入り禁止だからな? 分かってないやつも居るかもしれないからもう一度言っておくと、昔あそこで子供数人が行方不明になってな、それからは学校で立ち入り禁止にしてるんだ、だからあそこで遊ぼうとかは考えるなよ?」

 そう言うともう一度俺の事を見てから、「ホームルームは終わりだ」と言って教室から出ていった。


 ……北の山、俺たちが秘密の場所として遊んでいる場所は昔から言い伝えとして天狗が出て子供を攫うとして、ここの町の人達から疎遠にされている場所だったのだが30年くらい前にその言い伝えを無視して俺らの様に遊んでいた子供数人が本当に天狗にさらわれるがごとく忽然と姿を消してしまったようだった。それから学校を含め、この町全体で北の山への立ち入りは基本禁止になったのだった。


 年に一回の頂上付近にある、天狗を祀ってあるという祠へお供え物をすることを除いて。




 昼休み。ゆうまが委員長に呼び出され昼食もそこそこにどこかへ行ってしまった。

 戻ってきたのも昼休みが終わるギリギリで、何があったのかを聞いても答えてくれることは無かった。更に放課後の遊びもさらりと断られ、やることが無くなってしまった俺は、少し早いが雫と待ち合わせをしている公園に向かった。


 俺が公園につくと、まだ少し時間があるというのに雫は既に来ているようだった。


「おまたせかな?」

 そう言って雫の方に行くと、「そんなことないよ、私が早く来ちゃっただけ」と言って微笑みを浮かべる。


「今日はどんなお話してくれるの?」

 そう言って、雫は俺の顔を覗き込み小首をかしげる。

 その仕草に思わず俺は、目をそらしながら学校での出来事とかを雫に話した。


「じゃあ、かっちゃんはその委員長ちゃんに親友を盗られちゃったわけだ」

 雫はうんうんと頷きながらそんな事を言う。


「まぁ、そうともいえるのかな? あいつが遊びの誘い断った事とかなかったし……」

「でも、その時間で私はお話しできるからありがたいかも?」

 雫は何やら横を向きながら言っていたみたいだったけど、小さすぎて俺の耳には届かなかった。


 そんな風に色々と話していたら、夕日が沈みかけているところだった。


「俺さ」

 そう呟くと「ん?」と言った風に雫がこちらを向く。


「この時間が好きなんだよね。なんて言うのか分からないんだけど、昼と夜が混ざり合ったみたいでさ。この前まではこの景色を一人で観るのが楽しみだったんだ」

「うん、私もこの時間好きかも。なんかロマンチックだし」

「ロマンチック?」

「うん。対極にあって本当は出会わない二つが、こうして出会えるなんてロマンチックじゃない?」

 そう言われればそうかと思って頷くと、雫は小さな声で「……明日からも二人で観たいな」と呟いた。


「……そうだな、明日からも二人でここで話そうか」

 そういうと、雫は聞かれていたとは思わなかったのか頬を赤く染めると小さく頷くのだった。


 そして、それぞれの家に帰ろうとした時、妙に腕が引かれると思って振り返ると雫が俺の袖口を掴んでいる事が分かった。


「どうかした?」

「あの……かっちゃん明日ってお昼から暇だったりしない? ほら、明日って土曜日だし」

「あ、空いてるけど、どうしたの?」

「この町の、かっちゃんが良く行く場所とか教えてほしくて」

 すっかり明日が休みだという事を忘れていた俺に予定などあるはずもなく明日の昼頃に公園で待ち合わせをすることにした。




 家に帰宅すると、母さんは夕食の準備をして待っていてくれた。

 手洗いを済ませて席に着くと、母さんはご飯を盛りながら口を開く。


「そういえば、かずや後1週間くらいで夏休みでしょ? そしたらすぐ誕生日なんだから予定開けておきなさいよ」

「うん、分かってるよ。夏祭りって誕生日の後?」

「今年は誕生日の前日よ、町の行事くらい覚えておきなさい?」

 母さんはそういうと、さっさとご飯を食べて自分の分を片づけ始めてしまったので、俺もあわてて食べて食器を流しに置いてから風呂で汗を流すと、すぐさま布団にもぐりこんだ。


(そういえば、あと三日で雫がうちのクラスに来るんだよな)

 そう思うとなんか不思議だ、まだ出会って二日しかたっていないが、もっと前から知り合っている気さえしてくる。


(……明日も予定があるし、早めに寝るか)

 そう考えた次の瞬間には、微睡に落ちていた。




 翌朝、目が覚めると既に母さんは出かけた後だったようで、テーブルの上の食パンを食べて身支度をあらかた終えて一息ついたところで時計を見るが、まだ午前9時だった。

 まだ起きてから1時間しか経っていないという事だ。


(暇だし、外でもふらつくか)


 外に出ると、突風が吹き抜けていった。思わず伏せた顔を上げると、隣の家からちょうど雫が出てくるところだった。

 白いワンピースを纏った雫はいつにもまして人形めいた美しさを纏っていたが、俺に気が付き笑顔を浮かべた瞬間に、その神秘的ともいえる雰囲気は霧散する。


「あれ? かっちゃんおはよう。まだ早いけど、どこかお買い物?」

「いや、暇だったから散歩でもしようかなって。そういう雫は?」

 そう聞くと、どこか顔を赤らめながら「私も少し時間が開いちゃったから」と言った。


「なら、もう行くか? とりあえず行く場所は商店街あたりだけど」

 そう言って俺は雫を連れて、町の方へ降りていった。


 俺は商店街で紹介できる場所ほぼ全てを雫に教えた。もともと俺が行く場所なんて商店街では限られているから、午前の間だけで全て紹介し終わってしまった。

 町の東側を流れる川の脇に腰かけた俺と雫は、肉屋のおっちゃんから貰ったコロッケサンドを食べていた。


「このコロッケサンド美味しいね!」

 雫はそう言って美味しそうに齧り付いているが、俺は商店街の噂になってしまうだろうという予感に身を震わせていた。そんな様子に雫は疑問を抱いたのだろう「どうしたの?」と聞いてくる。


「いや、雫は肉屋でのやり取りに何も感じなかったのか?」

「ん? お肉屋さんでの? 私とかっちゃんの事、仲いいねって言ってくれたくらいじゃない?」

 そう言って小首をかしげる雫の事を、俺は心底うらやましく思った。

 この町の商店街の噂はほぼ全て、あの肉屋が発信源になっているからだ。

 明日には、かずやが見知らぬ女の子と仲良くしていたと言いふらされることだろう……。


「それにしても、ゆうまが家にいないなんてなー。折角雫を紹介しようと思ってたのに」

「そうだね、私もかっちゃんの親友のゆうま君に会ってみたかったかも。かっちゃんの話とか色々と聞けそうだし」

 雫はそう言って楽しそうに笑う。


「さて、商店街の案内も終わっちゃったしな……どこか行ってみたい場所とかない?」

「うーん。かっちゃんがいつも遊んでる場所とか連れて行ってほしいかも」

「俺が遊んでる場所か」

 そう呟くと、ゆうまの顔が一瞬脳裏に浮かんだが、居ないものは仕方がない。別に許可を取らなくてもいいだろう。あそこを雫に紹介したい、見せたいという欲求が湧いてきてしまったし、ゆうまには後で謝ろう。


「なら、ひとつ約束してくれるなら俺とゆうまが遊んでる場所を案内するよ」

「約束事? うんうん、私守るよ!」

 どんな約束かも聞いてないのに雫は「守る」と言ってしまったわけだし、案内するとしますか。


「えっと。守ってほしい事なんだけど、これから案内する場所について俺とゆうま以外には話さないでくれ」

「分かりました! でもどうして?」

 もっともな質問だろう。けど俺は正直に教える事がためらわれたから、「秘密の場所だからだよ」と言って誤魔化してしまった。


 そうして、雫を連れて、北の山に向かっている途中で俺は結構重大な事に気が付いて歩みを止めてしまう。


「雫、これから行く場所なんだけどさ。その格好だと汚れちゃうかもしれないんだけど、どうする?」

「かもなんでしょ? なら大丈夫だよ、かっちゃんが私を危ない場所に連れて行くとも思わないし」

 微笑みながらそう答える雫。その顔を見ながら少し罪悪感にかられたが、引き返すことは無く「じゃあ行こうか」と雫と北の山に向かって歩を進めた。




 秘密の場所についた雫は、「うわぁ!」と上を見上げて不思議そうな表情を浮かべていた。


「どうかしたか?」

 そう聞くと、「なんだか自然と一緒になったみたいで不思議!」と言ってまた上を見上げる雫。


「どう? ここが俺とゆうま、そして雫の秘密の場所だよ」

「すごく、凄く素敵! ありがとう。かっちゃん!」

 そう言って笑う雫は、木漏れ日を受けたせいか、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 そのせいか、このまま一人雫を置いて行ったら自然に飲み込まれてしまうのではないかという想像が浮かんでしまったが、そんなわけが無いと、頭を振って変な想像を追い出す。


「かっちゃん! あそこの川って深いの?」

 そういって指さすのは、俺とゆうまで魚を捕ったりした川だった。


「俺の肩のあたりの深さかな? 流れも結構速いから近づくなら気を付けてね」

「はーい」

 そんなテンションの高めな雫は、川のそばの岩に腰かけて靴を脱ぐと川に足を付けて一人和んでしまっている。


(なんだろう、都心から来たわりに順応性高くない?)

 そんな事を思ってしまったが、気にせずに雫の横に腰かける。


「もう少ししたらツリーハウスの方行ってみないか? ついこの前完成してさ、俺とゆうまの持ち物運び入れする前だから広いし」

「え! いいの? 見た時から気になってたんだ! 上がらせてくれるなら早く行こう!」

 そういうと、手早くハンカチで足を拭って靴を履きツリーハウスのある大きな樹の下まで走って行ってしまった。


 その様子を呆気にとられて見ていた俺も、濡れた足をそのままに靴を履いて雫のもとに向かった。

 梯子を上って上に上がると、雫はさっきよりもテンションの上がった様子できょろきょろと、ツリーハウスの中を見て回っていた。見て回るといっても5畳ほどの広さなので観る場所もないと思うのだが。


「ねぇ、ねぇ! これってかっちゃんが作ったんだよね?」

「うーん、正確には俺とゆうまの二人でだな」

 そう答えたが雫は俺の言葉が聞こえていないのか、「すごい、すごい!」と言っている。

 ……絶対に聞こえてないだろう。


「まぁ、ハウスって言っても隙間だらけだし。この樹がいい形になってるお蔭だよ」

 そう、この大きな樹は手でツリーハウスを包み込むような形で枝を生やしており、見つけた時は、ここにツリーハウスを作れと誰かが告げているのではないかと思うほどだった。


「でもだよ! 私はこんなの作れないし! かっちゃん凄いね」

 そう言って、雫は心の底から楽しそうに笑うのだった。


 そうこうして過ごしていると、もう少しで夕方になる時間になっていた。


「あ、そろそろ行かなきゃだね」

 そう言って腰を上げると、雫は「どこに?」と言いたげな表情を浮かべる。


「ほら、家の前の公園で夕日が沈むの見るはずだろ?」

「あ。」

「忘れてただろ?」

 そういうと、雫は視線を逸らして「早くしなきゃね!」と言ってツリーハウスから降りていく。


 山から下りて少し歩くと、商店街の入り口が見えてくる。薄汚れた文字で「ようこそ」

 と書いてあるのだが、山に向けて書いて一体誰に対して「ようこそ」するのか謎である。

 商店街に入り、ちらほら存在するシャッターが下りきった店を眺めながら、公園を目指す、肉屋の前は通らない、絶対に。


 ぼろくなって、ちょっとした風で落ちてしまいそうな信号機が赤から青に変わるのを待ってから、西に進んでいくと見慣れたカーブミラーが存在する。いつもは俺とゆうまを映すそのミラーには雫と俺が映し出されており、少し不思議な気分になる。


「ほら、かっちゃん! 鏡見てないで、早く上がらないと夕日沈んじゃうよ!」

「あ、あぁ。そうだね」

 雫と並んで坂をしばらく上ると、右手に公園が見えてくる。

 いつも通りだれも居ない公園に二人で入って、夕日に包まれる町を眺める。


「こうしてみると、東京とはだいぶ違うもん?」

「うん。だいぶどころか世界が違う感じ? あ、でも私はこっちも好きだよ?」

 俺がショックを受けたように感じたのだろう、慌ててフォローしてくる。


「まぁ、この町から出たことない俺も思うもん、田舎だって。大きな建物なんて学校以外ほとんどないし……」

 少し間をあけて。


「「でも、いい町だよ」」

 なぜか雫と声が被った。


「え?」

「どうしたの?」

「い、いや。よく俺がいう事分かったなと」

 すると雫はくすくすと笑いながら「何となくだよ?」と言ってまた笑うのだった。


 30分くらいそうして話していただろうか。その頃には、夕日は完全に沈んでいた。


「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「そうだね」

 明日はどうする? そう思って聞くと、「明日は学校にあいさつに行かなきゃいけないから」と言って断られてしまった。


 仕方のない事だけど、なんだか少しショックだった。


「それじゃあ!」

「また明後日学校でね!」

 お互いの家の前で別れて、玄関を開けるといつもの夕飯の匂いが俺を迎えてくれた。



読んでいただきありがとうございます。今日は上・中・下を上げていますので読んでいただければありがたいです。

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