後編
読んでくださりありがとうございます。
これで本編は終わりですが、一時間後に番外編を投稿します。
よかったらそちらもご覧ください。
☆
「コリーナ。婚約破棄を申し付ける。すまないが、君よりも妹君を好いてしまった。彼女も侯爵家の娘であるから、身分も教養も問題ないはずだ。ならば、僕は彼女が良い」
私の婚約者である、この国の第二王子ジェイス殿下が、妹のシュリーナの腰を抱き寄せ、申し訳なさそうな声で言う。
婚約者以外の女性の腰を抱き寄せる行為に眉にちょっとしわが寄ってしまった。
周囲も、ジェイス殿下の言葉や行為に騒めき、私達のやり取りに注目し出した。
この場は『卒業祝いパーティー』であり、婚約破棄なんて重要な話を切り出すにはふさわしくない。
何を思ってジェイス殿下がこの場で言ったのか、理解が出来ない。
婚約破棄を言われた私が『結婚にふさわしくないと判断された女性』だとさらし者になってしまうのに、そんなことも気が付かないのだろうか。
親密な二人の様子に、友人たちが教えてくれた噂話はどうやら本当の事らしいと解り、私の心の中でカチリとスイッチが入った。
―――――やっぱり、政略結婚だけが『国のため』ではない
と。
「私は、かまいません。ジェイス殿下のおっしゃる通り、身分的には妹でも障りは無いですから」
「そうか……」
「お姉様……」
申し訳なさそうな、気まずそうな表情でいる二人だが、こっちとしては、悪いとは微塵も思っていないやり口だとしか思えない。
婚約者の前で浮気相手の腰を抱き、頭も下げず、さも当然のように婚約破棄の言葉を吐き捨てたのだ。
本当に申し訳ないと思っているなら、第二王子は身分的に出来ないが、妹だけでも頭を下げるなりして誠意をみせるはずである。
この二人、頭沸いてんのかな?
でも、ジェイス殿下の婚約者でなくなるなら、私の願いが叶う。
なら、私が二人に送る言葉はこれだ。
―――――婚約破棄、あざぁーす!
だが、このような出来事をしでかした二人には、現実を見てもらわねば。
『国のため』という意味をこの二人は履き違えているとしか思えない。
笑顔を標準装備で私は、二人に言い放った。
「では、お二人に慰謝料をお支払いいただきますね」
「は?」
「え?」
豆鉄砲を食らったかのような顔になる二人。
私達を見ている周囲の中には、うんうんと頷く人がちらほら。
「ジェイス殿下には、これまで王子妃教育に費やした費用と時間、そして、婚約者がありながら他人に現を抜かした事、結婚準備にかかった費用、に対する賠償。シュリーナには、婚約者がいるのを知っているのにも関わらず唆した事、に対する賠償ですわ」
「なっ!」
「えっ?」
「当然のことですわ。だって、きちんとした契約のもとに行われた婚約ですもの。その契約を一方的に破棄されたのですから、それなりの賠償が必要ですわ」
「王族である僕がそのような事をする必要はないはずだ!」
シュリーナは手を震わせながら口元を隠し、ジェイス殿下の顔が赤く染まった。
シュリーナは、そんなこと予想していませんでした、みたいな態度だけど、考えれば解ることである。
ジェイス殿下がなんで怒っているのか、よく解らないけど。
貴族のメンツをコケにしたのだ。
ごめんなさいの言葉だけで済む話ではない。
だけどこの様子じゃ、きちんとした手順踏んでないんじゃないかな。
「いいえ。私達の婚約は、陛下と父が結んだもの。そのお二人以外が契約を破棄する権利はございません。手順を踏んでいれば、父から話を聞かされるはずですが、先ほど会った時にそのような話は聞かされませんでした。ですから、勝手に契約破棄をされたのですよね?」
「勝手にではない! 君に気持ちがないんだ!」
ジェイス殿下の言い分に、眉をしかめる貴族が続出。
そりゃあそうだろう。
それはジェイス殿下の気持ちであって、王や父の本意ではない。
私は、呆れた視線をジェイス殿下にプレゼント。
まじ、この人、頭沸いてるわ。
こんな人じゃなかったんだけどなあ……。
王族としては比較的優しい気質で、愚痴をこぼしてはいてもきちんと教育受けていたのに、なんでかなぁ。
以前から、優しさと甘さを勘違いしている節はあったけど、ここまでじゃなかったはず。
やっぱりアレか。噂話にあったアレが原因か。
「いえ、ですから、陛下と父の許可はもらっていらっしゃいますか?」
「……」
「それが、勝手にという事ですよ。私達の婚約は貴族としての義務です。しかも、陛下が決定した事ですから、王命です。それを個人の感情で放棄するという事は、貴族の義務を放棄し、王命に逆らうという事です」
『王に逆らう』の言葉で自分達のしでかした事の意味が分かったのか、ジェイス殿下の顔が青白くなり、シュリーナがスンスンと鼻を鳴らし始めた。
いやいや、今更でしょう。
教育を受けた以上、知っているはずの事。いや、知っていて当たり前の事。
周囲は、そんなことも解らないのかと、冷たい視線を二人に投げつけた。
私も周囲と同じく冷たい視線を笑顔で二人に向け、いつもは出さない冷たい口調で続けた。
「そして、当事者である私に対し、大変な侮辱になります。ですから、慰謝料をお支払いいただきます」
「あ……や……」
私の冷たい口調に息を飲み、ジェイス殿下は言葉か出てこないようだ。
数年前の公爵家長男が居なかったお茶会で、ジェイス殿下の聞き分けが良くない時にしていた口調だが、最近はめっきりしていなかったので驚いたのかもしれない。
怒りの勢いで言葉を発しても、お互いの関係性悪化を招くかもしれないからと、いつもは優しい口調でアドバイスしたり諭したりしていたのだ。
だが、私だって、イラッとすることも、腹が立つこともある。
何よりも、この二人がしている事は、王命に従順に従っていた私に対する裏切りであり、私の名誉を傷つける行為でしかない。
腹が立って当たり前の事だと思うけど。
別に、婚約破棄には怒っていない。
許可を取りもせず、発言するにふさわしくない場で話を切り出し、さらし者にしている事に気付いていない事に、私は腹が立っている。
それに、今回の事が確実に今後の私の生活に影響を及ぼしてしまうので、私の評価や評判が落ちては困るのだ。
だから、周囲とこの二人にきちんと現状を理解してもらわなければならない。
「私、ここ半年間、結婚準備に追われ、とても忙しくしておりました。私達の結婚は、国の将来を見据えての事ですので、国事と同様に重要なものです。沢山の人とかなりのお金を使い、長期間の時間をかけて準備を整えたので、取り消すという事は多大な損害を生みます。考えれば誰にでも解る事ですわ」
「いや、結婚自体を取り消すのではなく、相手をシュリーナに……」
うわぁ……。私達の結婚のための準備をそのままそっくり流用して、花嫁を私ではなくシュリーナにして、予定通り結婚しようと思ってるのか?!
もしかしてこの人、結婚さえすればいいって考えてる?
脳みそがちゃんと働いてるのか疑問に思うような事を平気で口に出してくるジェイス殿下に、一瞬唖然とし口調が元に戻ってしまった。
「あの、私との婚約破棄の責任を取った後でないとご結婚は無理だと思いますよ?」
「責任は後でも取れるであろう。準備は整っているのだから、先に結婚しても構わないはずだ!」
「何が構わないのだ」
声がした方を向くと、王が王妃と両親、公爵家長男を連れて近くに来ていた。
王の顔は厳しい表情で、王妃はいつものにこやかな微笑が消え額に青筋を立てながら扇で口元を隠し、父は青ざめながら目を据わらせ、母は顔を真っ赤に染め口元を扇で隠しキツイ眼差しで、公爵家長男は眉をギュッと顰め、こちらを見ていた。
慌てて王と王妃に臣下の礼を取り、失礼のないように黙って声がかかるのを待った。
さっきの言葉は、私ではなくジェイス殿下に向けたものだから。
関係者全員揃ってこの場に現れたってことは、誰かがこの騒ぎを伝えに行ったんだろうな。
まあ、いつかは騒ぎに気付いて駆けつけてくるとは思ったけど、さすがにこのメンツで
現れるとは思わなかったけど。
びっくりしたのか、ジェイス殿下とシュリーナは臣下の礼を忘れ、青白い顔のまま立ち尽くしていた。
「何が構わないのだ。ジェイス」
いきなり現れた王にガチッと固まってしまったジェイス殿下に、王が厳しい表情を崩さず硬い口調で再度声をかける。
その言葉に汗を掻き出したジェイス殿下。
「……あ……ぅ……」
王は、返事が出来ないジェイス殿下の様子に呆れた視線を送った後、その隣にいる妹のシュリーナに問いかける視線を向ける。
しかし、シュリーナは礼も取らずただただ手を口に当て下を向いたままで、問いかけられた視線にも気付かない。
王は、二人に問いかけても答えは得られないと判断したのか、軽くため息をついた。
「ジェイス。私の許可なく婚約破棄をコリーナ嬢に申し付けたのは、真の事か?」
「……」
「その理由が、身分に障りがなければ好いている妹のシュリーナ嬢の方が良いという、自分勝手な事だというのは、真の事か?」
「……」
「賠償もせず、許可も取らず、他人の婚約者と、予定道理に結婚するという世迷言を申したのは、真の事か?」
「……」
汗が滝のように流れだしたジェイス殿下の表情は、青いのを通り越し真っ白になっていた。
まあ、そうでしょうよ。
だって、全部聞かれてる~。逃げ場なし~。
これなら私が悪いわけではないと思っていただける、と心密かに安心していると、
「コリーナよ。婚約破棄は了承したと聞いたが、撤回はないか?」
口調を和らげ、若干懇願ぎみに王から言われたが、私の答えはもちろん変わらない。
「撤回はございません」
王から話しかけられたので礼を戻し、晴れ晴れした顔を王に向けてすっぱりと言い切った。
そんな私の顔を見て、王も王妃も一瞬寂しそうな視線を向けてこられたが、すぐに表情を戻された。
「そうか……。あい、わかった。このような祝いの場で己の失態を披露するようなジェイスの婚約者であったことすら、そなたには醜聞となろう。よって、騒ぎを起こしたジェイスに責を取らせ、コリーナ嬢との婚約自体無かったものとする」
周囲の者達にも聞こえる様に、はっきりと王が言うと、会場が騒めいた。
王と私のやり取りを真っ白な顔をして聞いていたジェイス殿下も、王の言葉に愕然とし口を開けて間抜けな顔を晒していた。
どういう意味なのかジェイス殿下にもさすがに解ったらしい。
『責を取らせる』という事は、爵位降格・減給など色々あるが、明言していないためどこまでの罰を負わせるのか解らない。……まあ、言動からすると王族にふさわしくないと判断されてもおかしくないのだけど、たぶん謹慎処分とかかなぁ。
それに、『婚約の事実が無かった』という事は『結婚予定が無い』という事で、もちろん婚約者のすげ替えも出来なくなる。
今回の場合、私の醜聞にならないようにという言葉があり、ジェイス殿下の有責という事なので、私のお咎めは無しだ。
良かった!本当に良かった!
私の評判に影を落とすような事にならずに済んだ!
「……な……な……」
ジェイス殿下は言葉を紡ごうとしているようだが、口からは息が漏れるばかり。
そこへ、追い打ちをかけるように、王が口を開いた。
「ラダサ公爵子息よ。そなたも言いたいことがあるだろう。許す。言うがよい」
眉をギュッと顰めたまま邪魔にならないように王達の後ろに控えていた、公爵家長男のカルロ・ラダサが前へ進み出て、シュリーナを一瞥する。
「シュリーナ。貴女との婚約を破棄させていただきます。以前から、貴女の公爵夫人教育の進み具合に疑問を抱いていました。何年経っても習得できないにもかかわらず、他人の婚約者に現を抜かす貴女を我が家に迎えなくて良かった。テンリン侯爵様やコリーナ様が貴女をフォローなさっておいででしたし、我が家にも誠実な対応をして下さっていましたので、不問にしていましたが、ここ半年の貴女の様子や今回の事で、さすがにそういかなくなりました。ここ半年の間にテンリン侯爵様から何度も婚約破棄の打診がありました。貴女の爛れた生活が公爵家に申し訳ないと、包み隠さず理由をお話しいただいています。私にはいつも頑張るとおっしゃっていましたので、一応その言葉に期待していましたが……。残念です。金輪際私に近づかないでくださいね。テンリン侯爵様、この半年の誠実な対応に感謝いたします。今回の事はシュリーナが悪いだけであって、侯爵家の方々には責は無いものと父も母も私も思っておりますので、今度ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、このような事になってしまい大変申し訳ありませんでした。カルロ殿のお言葉に、感謝いたします」
何を言われるのかと、潤んだ目をしながら顔を上げたシュリーナに、絶対零度の視線で婚約破棄とその理由を告げたカルロ様は、シュリーナごときどうでもいいというように切り捨て、すぐに父へ向き直り、父と、いや侯爵家との関係性の方に気を遣ってくださった。
そのお心に、父も誠心誠意頭を下げた。
うん。良かった。公爵家に睨まれたら、これから苦しいもんね。
周りの貴族達にも、関係性は良好だと思ってもらえてなにより。
ってか、爛れたって、どういうこと?アノ噂以上のナニがあったの?
このやり取りに周囲の人達は、ジェイス殿下とシュリーナが悪いのであって、侯爵家は悪くないのだと、父や母、私に、好意的な同情的な視線を向けてくるようになった。
カルロ様に冷ややかな対応をされ、王や父達にも冷たい視線を向けられ、周囲の人達にも祝福されない雰囲気を感じたのか、シュリーナは涙をボロボロと流し、その場に崩れ落ちた。
いや、当たり前だろうに……。
「っう……っう……うう……」
「シュ、シュリーナ」
慌ててシュリーナを抱えるジェイス殿下。
オロオロとしてシュリーナの涙をハンカチで拭いているが、そんな場合ではないと言いたい。
「陛下。私もよろしいですか?」
「うむ」
侯爵家当主の厳しい顔をした父が王に許可を取り、シュリーナとジェイス殿下の前に進み出た。
「シュリーナよ。王家並びに公爵家へ多大な不利益をもたらした責により、侯爵家から除籍する」
しゃくりあげていたシュリーナは、まさか除籍までされると思っていなかったのか、息をヒュッと止めた後、気絶した。
ぐったりとして動かなくなってしまったシュリーナを抱え、ジェイス殿下は責めるかのような視線を父に向けた。
「さて、祝いの場でこの様な騒ぎになってしまったが、この場にいる皆が各々の責任を放棄することなく国を支えてくれることを期待している。私達はこれにて下がる故、引き続きパーティーを楽しんでくれ」
王はささっと宣言してこの場を収め、関係者一同を強制的に別室へと移した。
歩いている道中、シュリーナを抱えたジェイス殿下の責める視線が父へと突き刺さっているが、王妃がその何倍もキッツイ視線をジェイス殿下に突き刺しています。
気付かないって、ある意味スゴイ。
今回の事も、結局、後の事を考えずに、今後がどうなるか気付かずにやっちゃったって事よね。
うん。気付かないって、コワイ。
王族の卒業生が居ると警備上お祝いパーティーは王城の一角で行われる。
その会場から、王家のプライベートな居住区へと案内され、サロンのような部屋へ連れてこられた。
入口から縦長に置かれたテーブルを囲うように椅子が設置されているソファーセットの、一番遠い席、上座に王と王妃が並んで座り、両親と私、カルロ様で向かい合い、入口側を空けてコの字を描くように席に座らされた。
王の命令で入口側のソファーが移動され、ジェイス殿下とシュリーナは王と対面になる位置に、立っているように言われる。
気絶したシュリーナをどうして横にならせないのかと批判するような視線を王に向けるジェイス殿下に、王が手を振ると騎士が気付け薬をシュリーナに嗅がせ、意識を取り戻させた。
その非情な対応にも、席がない事にも文句が言いたそうな顔をジェイス殿下が再び王に向けた時、
「はあああああ……。ジェイスよ。王位継承権を剥奪し、王族籍から除籍する。金輪際、王家を名乗ることも許さぬし、王位継承権はお前の子孫にも無いものとする」
何を言われたのか理解できない様子でジェイス殿下は固まった。
覚醒したばっかりで状況が解っていないシュリーナも、王の言葉に固まった。
いやいや、さっき『責をとらせる』って王は言ってたじゃん。
予想できたことでしょうよ。
まあ、私的にも、謹慎くらいで除籍だとは思わなかったんだけど。
それに、シュリーナも除籍にされると思ってなかったから、ちょっとびっくりしてたんだけど、さらにびっくり。
「コリーナが驚いている理由が解らないけど、正当で公正な処罰よ。本来なら、処刑されるべきことを貴方達はしたの。解っているのかしら?」
さっきは一言もしゃべらなかった、いや、扇を持つ手をプルプルと震わせていたので、怒り狂って一言もしゃべれなかった王妃が、鬼子母神を背負ってジェイス殿下とシュリーナに言った。
「……あ……」
「……母上……処刑は」
バキッ
「除籍が軽いと言っているのです!! 貴方達は反逆罪を犯しているのですよ!! 本来なら処刑です!! 斬首の上さらし首ですよ!!」
手に持っていた扇を真っ二つに折った王妃。
「それに、ジェイス! 貴方には何度も言いましたよね! 王子妃になるには王子妃教育を修了した者でないとなれないと! それを、公爵夫人教育も修了していない者がなれるわけありません!!」
「ですが、身分は」
「身分も何も!! 平民が貴族になれないように王子妃教育を修了していなければ王子妃になる資格がないのです!! ですから、シュリーナに王子妃になる資格は無く、どうしてもシュリーナがよいなら、王族籍を捨てなさいと言ったはずです!!」
え? この人、前からシュリーナがいいって言ってたの?
目を丸くして、王を見ると、苦虫を噛み潰したような顔で頷かれた。
ははは。呆れるわ。
小さくため息をついて、ハタとカルロ様は知っていたのかと気になった。
チラッと視線を向けると、痛ましそうに私を見つめていた。
ありゃ。これは、皆知ってたのかな?
そういえば、カルロ様『爛れた生活』って言ってたもんね。
浮気相手ももちろん知ってるはずか……。
なら、当然我が家の両親も知っているんだよね? と母を見てみると、母は般若を背負ってシュリーナを凝視していた。
「なのに、貴方は一向に王族籍を捨てる気配も見せず、結婚準備をコリーナに任せきって!! その間にシュリーナと爛れた生活を送るなんて!! 陛下が目を覚ますかもしれないからもう少し待て、とおっしゃいましたから、我慢していましたが!! 貴方がさっさと王族籍を捨てれば良かったのよ!! 王族の醜態をさらし、家臣の婚約者を奪い、家臣達が王家への忠誠に疑問を抱くような真似をしでかすなんて!!! 私はコリーナに申し訳が立たなくて……コリーナ、本当にごめんなさいね……」
王妃の剣幕に何も言えなくなったジェイス殿下は、黙って下を向いた。
目に涙を浮かべて私に許しを請う王妃に、
「王妃様。王妃様は何も悪くありませんもの。そのようなお顔をなさらないでください。私は何とも思っておりませんわ」
うん。別に、ジェイス殿下が誰と爛れた生活をしようと気にならない。
それよりも、貴族としての責任をちゃんと取ってくれればいいし。
ついでに、私の名誉というか評判が守れればいい。
もう、この二人には何を言っても無理だと思うんだよね。
一旦降ろした責務は、倍の重さになって自分にのしかかってくる。
この二人は、揃って降ろせば怖くないと、貴族としての責務を放り出してしまったんだもの。
その重さは、もはや王も父も助けてやれない程の、重責となっている。
そう思って、王妃に笑顔で言葉を返したが、言葉通りの意味には受け取ってもらえなかった。
「コリーナは優しいからこのように言ってくれますが! これまでの頑張りと心労を考えると!……っ……!」
「そうですよ! シュリーナ!! 貴女は人として最低な事を、実の姉にしたのよ! なにボサッと私は関係ありませんという顔をしているの!! 婚約者が居ながら姉の婚約者にすり寄るなんてっ!! はしたなくて貴族の淑女として恥を知りなさいと何度も言いました!! そのようなふしだらな娘は侯爵家には必要ないとも言いましたよね!! それでもふしだらな行為を続けたのですから、お父様と私は侯爵家に居たくないのだと受け取りました!!」
矛先が急に自分に来たシュリーナはビクンと肩を震わせ目に恐怖を浮かべていた。
言われれば言われるほど目に涙を浮かべ、とうとう頬にこぼれていった。
それを見ても母の怒気は収まらず、むしろ余計に膨らんだ気がした。
「泣いて許される事ではありません!!! 今貴女は泣いてもいい立場にはありません!!!」
母の今日一の怒声がシュリーナに送られた。
ここまで怒られたことが無いので、関係のない私がビクンとしてしまった。
シュリーナの涙も恐怖で止まったみたいだけど。
「ああ、コリーナ。びっくりさせてしまってごめんなさいね」
いつもの笑みを浮かべて私を振り返った母に、ぎこちなく笑顔を返す。
さっきまで般若が後ろにいたのに、私にだけほんわかした雰囲気を醸し出す母の変わり身にどうしていいか解りません……。
女性は怒らせてはいけません。ええ、絶対に。
「シュリーナ。貴女はいつも、お姉様はそつなくこなすからとか、お姉様だから簡単に出来るとか、教育の習得が出来ない言い訳にコリーナを引き合いに出していたわね。貴女はコリーナが努力していないとでもいうの?! 貴女はコリーナの何を見てきたの?!」
「そうよ! ジェイスもよく聞いておきなさい!」
「貴女の貴族教育は六歳から始めました。それは、幼い貴女に何度も勉強を薦めましたが、遊ぶことを望み六歳から勉強を頑張ると私達に約束したからそうしました。ですが、コリーナは自分から学びたいと言い出し、三歳からしています。その分コリーナの方が教養も知識も深いのは当たり前の事です。しかもコリーナは全て自ら進んで勉強に取り組んでいます。その量は、大人でも眉をしかめるほどの膨大なものです。それを身に付けるために! 幼いコリーナは血を吐いたり寝不足で倒れたりしながら取り組んだのよ!! なのに貴女は勉強よりもお茶会や買い物を優先して!! 勉強のし過ぎで寝不足になった事がありますか?! 寝食を削って倒れるまで真剣に教育に向き合っていましたか?!」
おぅ……。昔の黒歴史を母に暴露されてるぅ……。
恥ずかしくなって俯く寸前、一瞬見えたカルロ様の瞳には尊敬の色がチラリと見えた。
「私達の期待が負担になっていたかもしれませんが、コリーナは文字通り自分の出来る力全てを使って、教育に取り組む姿勢をこれまで崩したことはありません! その横で愚痴をこぼし! お茶会や買い物にばかり時間を使い! 教育を疎かにしていたのは誰ですか! シュリーナ貴女でしょう!! どの口がコリーナの努力を否定するような言葉を吐けるの!! 自分の努力不足、甘えた心に恥を知りなさい!!」
「ジェイス! 貴方もコリーナは自分より覚えることが少ないから、そつなくこなせるのだと言っていましたね! 王子妃教育は王子教育よりも覚えることが倍なのですよ! 説明を受けていながらよくそんなことが言えましたね! 貴方は第二王子として、王太子の代理として、責務を背負えるよう教育されましたが、コリーナは! 第二王子妃として! 第二王子の代理として! 王太子妃の代理として! そして緊急時王太子の代理として! 責務を背負えるように教育がなされていたのですよ! この全てが背負えなければ国が傾く可能性があるのですから、王子妃になる資格としてこれらの教育は絶対なのよ!! それを学校入学にはほぼ修了するくらい、コリーナは一生懸命取り組んで身に付けたのです!! ですから! 未だに公爵夫人教育も修めていないシュリーナでは無理だと言ったのです!!」
母の怒声に釣られて王妃も声が大きくなっていく。
ただその内容が、コリーナはこんなに頑張っていたのよと褒め殺しなのがいただけない……。
「そもそも! ジェイスには考える期間も言い出す機会もあったでしょう! それなのに! 陛下とテンリン侯爵に許可を頂くのが筋ですのに! 勝手に! しかもコリーナをさらし者にするかのように!」
「そうです! シュリーナも! 責務から逃げるばかりで! 挙句、実の姉の婚約者を寝取って! お父様とラダサ公爵様の許可を頂く事無く、勝手に!」
「そんなに自分の好きなように生きたいなら、今までの責任を取ってから、好きに生きなさい!!」
「シュリーナ貴女もね!!」
女性はタッグを組むと最凶になります。
母親達からクソみそに言われた二人は、怒りに恐れたのか解らないが、カタカタと震えながら俯き言葉を発する様子はない。
おいおい、『寝取る』って……。
友人達には、ここ半年ジェイス殿下とシュリーナが二人きりでお茶会をしたり、陰でこそこそ逢瀬を重ねたりして、親密な関係になっているという噂を聞いたんだけど、まさか閨を共にしているとは……。
親密な関係とは聞いたけど、腐っても貴族の責務くらいは残っているだろうと思っていたし、私的には『愚痴を言い合ってお互い怠惰な方向に引きずられた』とか『婚約に対して引っかかりを覚えた』とかだと思ってたんだけど、なんとも突飛な方向に逸れたなぁ……。
怠惰な考え方に引きずられた挙句、貴族の責務がどっかに飛んで行って、気持ちが盛り上がって寝て、結婚相手を替えたい、になったのかな?
あほくさ。
そりゃあ、王妃が涙ぐんで謝るわけだわ。
クッソ忙しい時に、面倒くさい事を全部私に押し付けて、シュリーナとウハウハしてたんだもんねジェイス殿下。
しかも、選択肢を与えてたのに、結果こんな事をやらかしたんだもの。
なんだろう、呆れてものが言えない。
王妃と母の怒気が多少収まった―――鬼子母神と般若はまだ背後に張り付かせているが―――ところで、王と父が申し訳なさそうな顔を私に向けた。
「この半年の事は、私からテンリン侯爵に口止めをしておったのだ」
「コリーナ、すまない」
ううううんんん……。
確かに引っかかる事はあるけど、まあ、しょうがない……。
私の気持ちを考えてとか、ジェイス殿下が目を覚ますかもとか、色々考えての処置だろうからね。
「いえ。お考えがあっての事だと解っておりますから、私は大丈夫ですわ」
「そう言ってもらえると、肩の荷が少し軽くなる」
苦笑いしながら答えると、私の気持ちを慮ってか、王も苦笑いを返してポツリと零した。
そして、フッと軽く息を吐かれると、王は自ら厳かな雰囲気を醸し出し、場を引き締めた。
「さて二人に告げる」
俯いていた二人も、顔を少し上げる。
顔を土色にし、冷や汗を流しているジェイス元殿下。
青白い顔で涙ぐんでいるシュリーナ。
「此度の騒ぎを起こし、反逆罪と取られてもおかしくない二人の言動に対して、先程申したように、王籍、侯爵籍からの除籍とし、王家、ラダサ公爵子息、コリーナ嬢への賠償金及び慰謝料の支払いを命ずる。ジェイスについては、王位継承権を剥奪の上、子孫にもその資格は無いものとする」
「……っ……」
「……っぅく……」
顔がぐしゃりと崩れる二人だが、鬼子母神と般若……王妃と母の、叱咤の言葉は緩められなかった。
「ジェイスの持ち物はこちらで用意する着衣三着及び金貨一枚とし、私物を全て売り払ってラダサ公爵家及びテンリン侯爵家への賠償とコリーナへの慰謝料とします。……足りない分は、自分で働いて返しなさい!!」
「シュリーナ! 貴女の持ち物もこちらで用意する着衣三着と金貨一枚です! 私物は王家、ラダサ公爵家、コリーナへの賠償及び慰謝料に充てます! 足りない分はしっかり働いて返しなさい!!」
「……そんなっ……」
「……っうぇ……っ」
背後霊? を背負っている王妃と母は、涙声になって言葉に詰まる二人をつまらないものを見る様に見つめた。
こえぇぇぇぇぇ。
ジェイス殿下とシュリーナの瞳は絶望に飲まれ、とめどなく涙を流し始めた。
王妃と母を怒らせるのは絶対にしてはいけないと身に沁みました。
これにて一件落着かと、ホッと息を吐くと、今度は父が口を開いた。
「カルロ殿、この度は本っ当に申し訳ない」
「いえ、頭を上げて下さい。テンリン侯爵様。申し上げた通り、両親も私も、侯爵様ご一家に責があるとは考えておりません。醜聞であるシュリーナの爛れた生活を包み隠さず私達に報告下さり、むしろ当家の名誉を落とさぬように婚約破棄を勧めてくださいましたこと、誠意ある対応をしてくださったと当家は思っております。提携事業をいくつも持ち掛けて下さった事も、謝罪の意味が込められているものと理解しております。当家では、侯爵家からの賠償は十分頂いていると認識しておりますので、これ以上は過分なものです。当家としましては、シュリーナが居なくなった侯爵家とこれからも変わらぬお付き合いをしていきたいと考えております。…………コリーナ様も被害者ですから、当家では本当に、テンリン侯爵様に思うところは無いのですよ」
ダクダクと涙を流すジェイス殿下とシュリーナを皆気にする様子は無く、バカ娘のしでかした事に平身低頭して謝る父に、微笑を浮かべて返すカルロ様。
謝っても謝り切れない様子の父に、カルロ様は最後には苦笑いをして本音を伝えてくれた。
うん、私とカルロ様は被害者っちゃあ、被害者だな。
男性優位の貴族社会だから、婚約破棄にしても男性と女性では、受けるダメージに天と地の差が出る。
公爵家の皆様は、きっとそれを心配なさってくださったのだろう。
これも、父と母が誠意を持って公爵家に話をしていたから、こちらの印象が良かったんだよね。
両家の関係性が悪化しなくて良かったと、うんうんと頷きながら私は思いを噛みしめた。
それを見ていた母が何を思ったのか、今度は私に謝罪して来た。
「ねえ、コリーナ……。貴女には事情を何も知らせずに、ほぼ一人で結婚準備を任せてしまって、その結果が婚約破棄だなんて……。当事者であるにもかかわらず除け者にしてしまった事も、ごめんなさい。人一倍努力を重ねて、誰よりも教育を早くに修めていたのに……。お母様がちゃんとシュリーナを躾けられなかったせいね……。コリーナ、本当に申し訳ない事をしてしまったわ。ごめんなさい……」
「……そうね。私達がコリーナにジェイス達の事を伝えないように命令して、二人の目を覚まさせるよう画策したのに、結局失敗してしまったもの。……コリーナ。ジェイスの母として、婚約をお願いした側として、このような息子に育ててしまった事、ごめんなさい……」
王妃からも謝罪が追加された!
心なしか鬼子母神と般若の眉が下がって目から涙が落ちそうな気がしないでもないが、心臓に悪い!
王族と母親――鬼子母神と般若―――に頭を下げさせるなんて!
「あああののの、王妃様。お母様も。頭を上げて下さいませ。お願いします! 私は本当に大丈夫ですから!」
「でも……」
「コリーナは優しいからそう言ってくれているのかもしれないけれども、思うところが一つや二つ、いえっ! 三つや! 四つや!五つや!」
「いえ! 本当になんとも思っておりませんから!」
涙をダラダラと流し、どこを見ているのか解らない瞳をしたジェイス殿下とシュリーナが王妃の剣幕に身じろぎした。
が、そんなことはどうでもいい!
王妃の鬼子母神が憤怒の顔になりかけたので、慌てて止めに入った。
般若も憤怒の顔になったら、恐ろしくて背後霊を背負った二人の顔が見れなくなる!
だが、二人は納得のいかない顔をしていた。
「貴女は我慢強いものね……。それとも、お母様が頼りないから気持ちを吐き出してもらえないのかしら……」
「私は貴女の義母になり損ねたものね……。いつも一生懸命な貴女の姿を見ていたから、せめて遣る瀬無い気持ちを吐き出してもらえたらと思ったのだけど……」
今度は、鬼子母神も般若も姿を消し、王妃と母は意気消沈した。
気落ちを吐露せよと言われても、王族の前で素直に言えるわけがない。
何かしらの勘気をこうむってしまったら、不敬罪で処罰だもの。
それに、私から特に言いたいことも無いのだけど。
助けを求めて王と父を見ると、この二人も眉を下げて私を見つめていた。
え? 言わなきゃいけないの? 無理にでも?
困った顔をすると、王が口を開いた。
「……コリーナは婚約を結ぶときに条件を出しておったな。それを考えると、恐らく本当に気にしていないのかもしれないが、数年にも渡る努力と気持ちをこの様な形で踏みにじられて、怒らないはずはないであろう?」
「……ぇ?」
そう、私は万が一を考えて、婚約の時に条件を提示していた。
これは王と父に了承を得ている。
それを知らなかったのか、ジェイス殿下が虚ろな瞳で涙を拭いもせず声を上げた。
「ああ、ジェイスは知らなんだか。王族は自国の貴族と婚約をしていても、他国の王族から婚約の話が舞い込んでもおかしくはない。その場合は、他国の王族が優先される。滅多にない事だが、その時のために、婚約破棄後の条件をコリーナは提示していたのだよ。……まさか、お前が勝手に言い出すとは思わなかったがなッ」
ギッと苦々しくジェイス殿下を一瞥した後、王はすまなそうな瞳を私に寄越して続けた。
「婚約破棄がなされた後は、コリーナは自分で自分の生きる道を選択したい、だったな。そして、ジェイスと新たな婚約者の目障りにならないように、二人と関わる事が無いようにして欲しい、とな。……あの頃から、コリーナはしっかりと自分の役割を把握していたのだな……。コリーナ。何を言っても不敬罪になどせぬ。義父となれなかった私に、王妃に、せめて今のコリーナの気持ちを聞かせてくれぬか?」
眉を下げた大人四人と労わるような瞳のカルロ様に見つめられ、私は降参することにした。
こりゃあもうどうしようもないわ。
もうはっきりスッパリ胸の内を言ってしまおう。
やらかした二人に聞かせていいもんか解らないけど、皆、二人を気にする素振りが全く無いし、いいんだろう。
私としては、本当にジェイス殿下とシュリーナにはなんとも思っていない。
ただただ、賠償責任を果たしてくれればそれでいい。
むしろ、自由をくれてありがとうと言いたいくらいなのだ。
だって、婚約破棄を切り出された時に思ったのは、
―――――婚約破棄、あざぁーす!
だもの。
そんな事を考えていると、ふふっと一人笑いが出てしまった。
「私、本当に気にしていないのです。ジェイス殿下を恋人のように好いていたわけでもありませんし、シュリーナとどうこうなったと聞いても、そうなのかと呆れるだけでしたから」
「……本当か?」
「ええ。そもそも、ジェイス殿下と私の、貴族としての責務についての考え方が違っていましたので、ジェイス殿下に何かを期待した事はありませんでした。それに気付いたのは、カルロ様が学校に入学された時でしたから……十三の頃ですわ」
「……早いな……」
「クスッ。ええ、ここ半年のジェイス殿下とシュリーナの様子をご存知でしたらお解りかと思いますが、お互いの愚痴をこぼすだけで一向に前向きな考えに至らないのです。いくら言葉を尽くしても、宥めても、人の話を聞かないんですもの。その時から、私は二人に期待することは止めました。いくら貴族としての責務の考え方が違うとはいえ、二人ともマナーや礼儀は習うはずですから、無礼な事や不敬な事をしなければいいのではないかと、二人に対しては考えるようになりました」
「……」
笑いながら話す私に、王が合いの手を入れてくれる。
が、何故か五人の表情が苦いものに変わり、暗かった雰囲気がさらに重くなった。
なんでだ?
「ジェイス殿下には私が、シュリーナにはカルロ様が、傍についてフォローをすれば何とかなると思っていましたから。ただ、シュリーナが入学してから、二人揃うと後ろ向きな考えで突っ走ってしまう傾向にありましたので、引き離すようにしていました」
「うむ。そのことは聞いておる」
「ですから、結婚準備で私が居ない間の事を皆様に丸投げいたしました。ただ、愚痴の大好きな二人ですので、目を掻い潜って何かをやらかすのではないかとも思っていましたから、この二人が今回の騒ぎを起こしても驚かなかったんです。だって、二人ならやりかねないとどこかで思いましたから……」
「……」
「ふふふふ。不敬罪になるかもしれませんが、ジェイス殿下から婚約破棄を申し付けられた時、私、嬉しかったんです」
「……なに?」
「……え? 嬉しかった?」
王と王妃が唖然とし、両親とカルロ様も目を見開いた。
ジェイス殿下とシュリーナも意外な事を聞いたためか、虚ろな瞳で視線を私に寄越してきた。
それを無視して、チラッと父に視線を送ると、ハッとして理解を示す瞳の色を浮かべ、頷いた。
「私は、政略結婚だけが国のためになるとは思っていません。昔も今も。一度、ジェイス殿下との婚約をお断りしたもの、両親にそのように言ったからです」
「……あれはそうだったのか」
「はい。もちろん、婚約が結ばれてからは、国のことを思い、国のために出来る事を精一杯頑張りました。ジェイス殿下とは、国のために生きる同志、国のために身を粉にして働く戦友、そのような考えでおりました。その同志・戦友という感覚に、いつか愛情がついて来ればいいのではないかと、そうなるようにお互い歩み寄ればよい、と思っていました。ですから、ジェイス殿下に好きな人が出来ても、殿下のお気持ちを前向きに強くして下る方であれば、同志・戦友として、ジェイス殿下の恋人として、私は認めておりました。王族ですもの。側室の一人や二人は当たり前ですから」
「……はあ……なんと得難い妃であったのか……」
「ただ、私は、政略結婚以外でも国のためになる事が沢山あると考えております。むしろ、王子妃であるよりもただの令嬢の方が、自身で自由に動けるメリットから、より国民の生活に寄り添った、国のためになる事が出来るのではないかと思っております。それを実行する機会をくれたのは、他ならぬ婚約破棄をして下さったジェイス殿下と、そのきっかけを作ったシュリーナですから、私は嬉しく思っているのです」
「……なんとも返す言葉がないわ」
王族の一員に出来なかった事を勿体無かったと、王にため息をつかれ、皆から苦笑いをもらいました。
「ふふふ。申し訳ありません。王子妃として国を背負う重責から解放されて気分が楽になりましたし、これから私の考えを証明するためにやってみたいことが沢山あって、興奮しておりますわ」
「興奮……とな?」
「はい! 私の生きる道は私が決めて良いと、陛下が許可を下さっていますので、大抵の事は許されますから!」
「コリーナよ。大抵と言っても……」
「もちろん、貴族としての責務を負った上での事です!」
満面の笑みで言い切ると、悲壮な雰囲気どころか楽しそうにしている私に、王も両親たちも呆気にとられたようで、口元を緩めクスクスと笑いをこぼした。
「これまで王妃様や両親達に教えて頂いたことは、これからの私の武器になりますので、無駄な事だとは一筋も思っておりません。むしろ、多大な手間と時間を私のために使って下さった事、大変感謝しております。ありがとうございます。それらをこれからに活かしていきたいと思っております。自分の言動には責任を持つ。これは、平民だろうが貴族だろうが関係ありません。ジェイス殿下とシュリーナには、しでかした事の責任をキチンと取ってくれさえすれば、私は何も言うことはありません。だって、全て自業自得ですから」
私の言葉が止めとなったのか、ジェイス殿下とシュリーナは人形のように表情が抜け落ちその目に何も映さなくなった。
二人は、賠償の目途が立つまで自室で謹慎を言い渡され、騎士に部屋から連れ出されていった。
第二王子の婚約破棄騒動で、多少の醜聞が出回ったが、王家、ラダサ公爵家、テンリン侯爵家の関係性にヒビが入る事は無く、むしろ忠臣として固い絆が結ばれ、その後三家はますます発展していった。
騒動の中心人物であったテンリン侯爵家長女コリーナは、他国へと留学したのち、平民の冒険者と結婚することとなる。
その後、二人が住んだ侯爵領の街は発展し、国に多大な影響を与えた。
宣言していた通り、彼女は『政略結婚だけが国のためになるものではない』という事を証明してみせたのだ。
領民からも『孤高の薔薇』と称され人気のあった彼女は、侯爵領を発展させた手腕が評価され、貴族から王族入りにならなかった事をひどく惜しまれた。
そして、自領の発展を目論む輩から求婚の嵐に見舞われ、街ぐるみで返り討ちにされたという逸話が残った。
―――――やっぱり、政略結婚だけが国のためじゃない!!
設定としては【悪人】【悪役】がいない状態です。
みんなそれぞれイイ人。でも、後ろ向きな考えに引きずられる時ってありますよね?
で、楽な方へいっちゃって、安易にやっちゃった、というストーリーでした。