前編
読んでいただき、ありがとうございます。
設定が曖昧なところがありますが、前編・後編・番外編の三話で終わりますのでサラッと流して下さい。
後編一時間後、番外編二時間後に投稿します。
政略結婚なんてどうでもいい!
中世ヨーロッパに似た文明発展で、魔法や魔物が存在する『ゲーム』のような世界に、侯爵家長女として生まれた私こと、コリーナは、常々思っていました。
―――政略結婚だけが『国のため』になるものではない
と。
なぜなら、現に、今、婚約破棄されている真っ最中ですから!
☆
私は幼い頃、庭で転げて頭を打ち二日ほど寝込んだ。
その時、前世の記憶がうっすらと蘇り、この世界を『ゲーム』のようだと感じたのだ。
だからといってこの世界を『ゲーム』という仮想現実だと捉えることなく、紛れもない現実だとして私は過ごしてきた。
前世の記憶が戻ってから知りたいことが増えた私は、両親に色々なことが知りたいと自分から強請った。
貴族の子女としては若干感覚がおかしかったのだが、幼いながら知識欲が大盛で頭の回転も良かった私を見て、両親は早々に教育を始めてくれた。
三歳の私に専用の教師を雇い、識字力・計算力を始めとして、国の歴史や貴族としての心得、一般教養、立ち居振る舞い、ダンスなど、様々な事を習わせてくれたのだ。
それに、女であるのにもかかわらず武術や魔術を習いたいと言い出した私に、王城で魔導師団の副団長を務める父が武術や魔術を教えてくれ、ならば私も! と元辺境伯爵令嬢の母も社交の心得を伝授してくれた。
同じ頃、勉強熱心な私の様子に触発されたのか、五歳年上の侯爵家次期当主である兄も意欲をもって当主教育を受け始めた。
次期当主として四歳から厳しく育てられていた兄は、この頃から貴族の義務をとても重んじた考え方をしていた。
その兄と私は競うように勉強に励み、よく議論し会話していた。
兄と私が議論している横で一歳年下の妹は、おっとりした『貴族の子女』らしく、静かに一人遊びをしてこちらを眺めている、という子だった。
年相応の妹は、当たり前のことだが勉強よりもおままごとを好み、身だしなみや装飾品に興味を持っており、兄や私とは違い、通常通り六歳を過ぎてから本格的な教育が始められた。
兄と私に早くから教育を施す両親は、傍から見たら、幼子に厳しく教育する親だと思われていたかもしれないが、私からお願いした事なので、厳しくされて当たり前だと思っていた。
それに、教育以外の家族の団らんの時間では、両親は優しく接してくれ、他の兄弟と分け隔てなく愛されていると感じていた。
むしろ、厳しく正しい事を教えてくれようとしていた両親を尊敬しているし、それだけ愛情を持ってくれていると今も断言できる。
だって、どうでもいい奴に熱心に教えを授けようなんて、誰だって思わないでしょ。
愛情深い両親、厳しくも優しい兄、ほんわかして可愛い妹に囲まれ、仲良く暮らしていたある日。
私が十一歳、妹が十歳の時、婚約が決まった。
知識や教養が同年代の子に比べ高いという私の噂を聞きつけたらしく、王家が婚約話を持ち掛けてきたのだ。
将来王太子を支え、共に国を支える第二王子の妃に私を、と。
そして、家臣の繋がりを深め、王太子妃の後ろ盾を強化し、ひいては国を支えるために、王太子妃の実家である公爵家の嫁に妹を、と。
確か、両親曰く、
「忠義の厚い臣下と繋がりを深め、王家の地盤を強固にし、国を栄えさせるため」
「コリーナは、知識と教養で王太子妃を公務で支えるため」
「シュリーナは、王家・公爵家・我が侯爵家の繋がりを深めるため」
と言っていた。
しかし、私は思ったのだ。
―――――なにも、第二王子の妃にならなくても王太子妃は支えられる
と。
確かに婚姻により、家同士の繋がりは深まるだろう。
しかし、文官や師団員になってお城勤めをすれば、公務に携われるはずだ。
家の看板を背負っている分、仕事ぶりが厳しく評価され、王太子妃の補佐ともなれば、誠実さや確実性を求められる。
その方が、有能な支えになれるはずである。
しかも、ポカをやらかしたら、王太子妃の代わりに処分することもできる、とても使い勝手の良い駒になるだろう。
そう、両親に胸の内を話すと驚かれたが、ほぼ王家からの命令であったため、このまま婚約の話を進めるしかないと諭された。
だが、私の考えを聞いた両親は、
「コリーナは婚約について何か自分の希望があるか?」
と聞いてくれた。
きっと、私なら手段や方法は違えど、『国のため』を考えて行動できると想ってくれたのだと思う。
その好意に甘え、私はある事をお願いした。
「では、―――――――――――――――」
それからすぐに、王子妃教育が追加された。
はっきり言って、私の遊ぶ時間など一つもなくなった。
そんな中、第二王子との初顔合わせが行われた。
何故か妹と公爵子息も一緒に。
なんでも、その方がお互いの緊張せずにすむだろうという、第二王子の要望だったらしい。
王族に文句などつけられないので、顔合わせは第二王子の要望通りに行われた。
その後、家同士の仲を深める一貫として、第二王子・公爵家長男・私・妹、の四人で定期的にお茶会をする予定が盛り込まれるようになった。
この時、第二王子が十二歳で、公爵家長男が十三歳だった。
二人とも顔面偏差値が高く、第二王子は言葉が優しく人当たりの柔らかい方、公爵家長男は微笑から表情が変化せずカッチリとした受け答えをする裏の見えない方、という印象だった。
しかし、接していくうちに、第二王子は偶に小さな悪戯を仕掛けてくる『お茶目な方』で、公爵家長男は誰に対しても態度を変えられない『真面目な方』であると解り、好ましく感じた。
侯爵家での教育と王子妃教育で息の詰まる毎日を送っていた私だが、彼らと会話するお茶会が数少ない憩いの時間であり、楽しみであった。
そのお茶会では、第二王子と公爵家長男が話す政治関連の話題に私が参加し、ヒートアップして公爵家長男と私が、時には第二王子と私が、激論を交わしたりすることもあった。
もちろん、言葉遣いは丁寧にし、笑顔を絶やさず、周りから見たら『熱心にお話をされているのね』と思われる取り繕いはしていたが。
そんな時はだいたい、激論に参加していない方が妹の相手をしてくれ、頃合いを見て仲裁をしてくれていた。
そんなやり取りを重ね、私達は所謂幼馴染に近い関係性を築くことが出来たと思っていた。
しかし、十五歳の成人を迎えた公爵家長男が貴族学校へ入学してから、なんとなく違和感を覚えるようになった。
貴族は他家と繋がりを作るため、成人を迎えたら寄宿制である貴族学校に入学するのが普通で、私達も十五になったらもれなく入学する。入学期間は三年間。
学校は頻繁に外出できないようで、公爵家長男のお茶会参加が少なくなり、三人でのお茶会が増えた。
そして、今まであまり話題にしなかった教育への愚痴で、第二王子と妹が盛り上がる事が多くなったのだ。
初めのうちは、妹の愚痴に優しく相づちを打っていた程度の対応だったが、いつからか、妹に倣うように第二王子もこぞって愚痴をこぼし出したのだ。
公爵家長男が居た時は、愚痴をこぼしても改善策ややる気を持ち直して、最後には前向きな発言でお茶会が終わっていたにもかかわらず、私がいくら窘めても二人は前向きな姿勢を持とうとしなかった。
後で聞いた話だが、公爵家長男が学校に入学する直前に、我が家に妹の教育方針の確認をしたことで、妹の教育時間が二倍に増えていたのだ。
お茶会での他家や他領の話題に妹がついてきていない事に気付いた公爵家長男が、このままでは妹が次期公爵夫人となった時に恥ずかしい思いをするのではないかと危惧したようで、両親に相談しに来たらしい。
また、第二王子は学校入学を来年に控え、公務についての教育が追加されていたらしい。
そんな裏事情を知らなかった私は、二人を宥めて諭してどうにか二人が前向きな気持ちになるように心を砕いていたが、成果はあまり上がらなかった。
私としては苦言を呈しているわけではなかったが、二人からすると私の言葉は耳に痛いようで、反論されることもあった。
第二王子からは、
「君は、公務教育の厳しさを知らないから」
「王子妃教育は易しいから」
妹からは、
「何でもそつなくこなすお姉様には解らないわ」
「私は一生懸命取り組んでいるの」
と。
だが、王子妃教育には緊急時や傷病時に王太子妃の代わりが務められるよう、王太子妃教育や公務教育も含まれており、正直第二王子よりも厳しさは格段に上だった。
それに、三歳からずっと前向きに学ぶ姿勢を持ち続け、並々ならぬ努力を人の二倍も三倍もして誰にも負けない知識と教養を身に付けてきた。
そんな私の苦労を知ろうともしない二人の言い分に呆れ、ある時から二人窘めることを止めた。
そして、第二王子が貴族学校に入学してから三人での定期的なお茶会は無くなった。
その後から私が貴族学校に入学するまで、お互い忙しく、夜会などの時にしか第二王子と会うことは無かった。
公の場であったため、私的な話はあまり出来なかったが、父に会いに訪れていた王城で真剣に公務に取り組む様子や王族としての立ち居振る舞いを見て、第二王子も勉強を頑張っているんだと思い、私も頑張らなくてはと元気をもらっていた。
そして、私が貴族学校に入学すると、校舎で顔を合わせる機会が増えたことで、第二王子と私は私的な話をまたするようになった。
十六歳の第二王子は、昔に比べ大人びた顔つきになっていたが、前と変わらずお茶目な一面を持ち合わせていて、妹と愚痴をこぼしていた彼はなんだったのかと思ったが、気にしない事にした。
今思えば、この一年は、とても穏やかだった。
学校には公爵家長男も最高学年として在学しており、三人でお茶会もよく開いた。
時間が戻ったようで懐かしく思い、思い出話として昔の事を話題に上げることもあったが、ふと公爵家長男が入学した頃に感じた違和感も思い出した。
この違和感が何なのか解らず、それからずっと心にしこりを持つようになった。
そして、私の入学から一年後。
妹が入学してから、心のしこりの正体が判明した。
それは、第二王子が妹と盛り上がって話をしていた事への嫉妬や焼きもちなどの恋愛関連ではなく、価値観の差だった。
妹の入学と入れ違いで公爵家長男が卒業し、お茶会が第二王子・私・妹の三人になると、また第二王子が妹に引きずられ愚痴をこぼし出したのだ。
しかも、ここは王城や侯爵家の庭園ではなく、沢山の貴族の子息令嬢が集まっている学校である。
誰が聞いているとも限らない場所で、王族が自らの責任を不満に思う発言をするなんて、眉を顰められてしまう。
貴族は特権階級の恩恵に与る限り、領民を豊かに導く義務が生じる。
貴族としての矜持、自覚、能力を持つための教育に愚痴をこぼす行為は、貴族の義務を放棄することと同じではないかと私は考えていたが、二人は背景や意味を考えずに自分の辛さばかりを訴え、貴族としての在り方よりも自分の気持ちが先だと言わんばかりの言動に、価値観や考え方が違うのだと気付いた。
私としては、愚痴に時間を使うより改善策や違う見方を考えて、今後辛くならないように、そつなくこなせるようにした方が良いと思うのだが、そういう言葉に二人は耳を傾けようとしないので、さらに私と二人の価値観は違うのだと感じた。
とりあえず、彼の立場のためにも、妹と一緒の席で話をしない方が良いと判断して、すぐに三人でのお茶会を止め、個別のお茶会をすることにした。
第二王子とのお茶会では、なるべく周囲に聞こえないように愚痴を聞き出し、言葉を尽くして宥めたり、対応策を提案したりして不満を解消してもらえるように、私なりに行動した。私の手に負えない時には、王妃様に相談したりお父様に協力して貰ったりもした。
また、妹とのお茶会では、他所で愚痴をこぼされたら我が家の評判が下がる事間違いないので、ストレスが軽くなるよう延々話を聞いてやり、物事の見方・受け取り方を沢山アドバイスをした。
学校生活を楽しみにしていた私は王子妃教育を死に者狂いで学校入学前に終わらせ、やっと時間に余裕が出来たと思っていたら、公務の手伝いの他に二人の世話が追加され、私の日々はまたも忙しくなった。
そんな私の学校での評判は悪くなかった。
むしろ、好印象だと、友人たちに教えてもらった。
美人で学年首位の頭脳と教養を持ち、社交的で時に優しく時に厳しく接し、誰に対しても凛とした佇まいの『女傑』『孤高の薔薇』の侯爵家長女コリーナ、と噂されているようで、とても恥ずかしかった。
きっと、第二王子や妹への世話焼きが功を奏していたのだろう。
妹は、一部批判的なものもあったが、概ね可愛らしいという評判で、甘い美貌でほんわかした雰囲気を周囲にもたらし、可愛らしく愛嬌のある『春の陽だまりの君』の侯爵家次女シュリーナ、と言われていた。
第二王子と妹のおかげで忙しい毎日を送り、半年が過ぎた頃、王家から結婚の時期が打診された。
最終学年の第二王子が卒業した後すぐに、という事だった。
私としては私の卒業を待ってもらいたかったが、決定事項として伝えられたため文句は言えない。
どうやら王妃様が私を随分気に入ってくださっていたようで、早く嫁に貰いたいとの事だった。
嫁姑問題が無く良好な関係が築け、気に入って頂けて光栄な事だと思ったが、結婚準備のため自宅と学校、偶に自領を往復することになり、私の生活は今までになく忙しいものとなった。
結婚準備は学業よりも優先する事であるので、学校を休むことも多々あった。
そのため、第二王子と妹の愚痴を聞く時間が少なくなり、二人の醜聞に取られてしまう行為を周囲に知られないようにするにはどうしたものかと悩んだが、優先すべきことは結婚準備のため、二人の事はしかるべきところに丸投げすることにした。
なにせ、睡眠時間を削るほどの、十七年間の中で最高潮の忙さに襲われていたから。
それからあっという間に日にちが過ぎ、卒業式の日がやってきた。
第二王子が卒業するという事で、式とその後のパーティーに王と王妃が参加される。
そのため、警備が物々しく、また、パーティーの参加者が従来よりも多くなることが予想された。
特に問題も無く無事卒業式が終わり、それぞれの卒業生が家族とともにパーティー会場へと押し流されていった。
このパーティーで第二王子と私の結婚が発表されることになっており、私は緊張した面持ちで会場に向かっていた。
その道中、友人たちに色々と噂話を聞かされ、その内容に頭が痛くなったが、今更どうにも出来ず、なんとかなるだろうという開き直りに近い諦めを抱いた。
会場に着くと、卒業生に婚約者がお祝いの言葉を言ったり、友人同士でおしゃべりをしたりしていたので、私も第二王子にお祝いの言葉を送ろうと探したが結局見つけられず、友人と談話してパーティー開始を待つことにした。
その間に、別便でやって来た父と母を見つけ、少し言葉を交わしたが、友人たちが教えてくれた噂話については怖くて聞けなかった。
しばらくすると始まりの音楽が奏でられた。
王夫妻が登場し、王から言葉を賜り、すぐにダンスと社交の時間になった。
婚約者がいる者は、一度目は必ず婚約者とダンスを踊るのがルールで、踊る順番も地位が上の者からとなっている。
なので、一番目に踊らなければいけないのに、この時になっても第二王子を見つけられず、ファーストダンスをどうしよう、と私は困り果てていた。
すると、妹を伴った第二王子が私の前に現れた。
嫌な予感が頭をよぎったが、普段通りの対応で、第二王子に声をかけた。
「ジェイス殿下、お探ししましたわ。私達がダンスしなければ、皆さまが踊れませんもの」
だが、第二王子は私をエスコートする様子は無く、じっと私を見つめていた。
そして、一歩後ろに控えていた妹を一度振り向いて見た後、何か決心した瞳で口を開いた。
「コリーナ。大事な話があるんだ」
ダンスを始めない私達を周囲の者は訝しく思い、視線を向けてきた。
そんな状態で、第二王子はやらかしてくれたのだ。
お久しぶりですm(__)m
『衝撃』の更新を待ってくださっている方々には大変申し訳ありません。
活動報告に状況を載せていますのでよかったら、そちらを確認してください。