死神達の本質
早朝、コンクリートの打ち放しに囲まれた廊下で詰襟の学生服を着た少年がピンクのランドセルを投げ捨てる。これに黙っていそいそと手を伸ばした丸金は、中身を床に広げて少ない私物の確認を始めた。
年の離れた少年は憎悪と蔑みを込めて口を開く。
「お前の身柄は自衛隊に引き渡すことが満場一致で決まった。このまま奴らに同行して死神殺しをまっとうしろ。穢れたお前にはもってこいの使命だ。せいぜい禁術で呼び出した使鬼に媚びへつらって人類の役に立てばいい」
底を漁っていた丸金は荷物と少年の間を見比べて、躊躇いがちに質問する。
「貝塚君、大事な物が見当たらなくて。ポケットに入れてたティッシュに包んでたやつ、形見なんだけど知らないかな。お母さんの指━━━━」
少年が声を荒げて丸金を遮る。
「あんなもの捨ててやったさ!! 汚らわしい陰陽師の恥晒しが。お前なんて役に立たなきゃ生きてる資格もないんだ。せいぜいこれからは苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんでっ」
嫌悪感に満ちた言葉が詰まり、肩を上下させて呼吸を繰り返した少年は落ち着きを通り越して激情が抜け落ちたように呟く。
「…………帰ってこなければいいんだ」
一切の反論も抗議もせず、丸金は走り去る少年の後姿を跪いたまま見送って、悲しそうに少ない私物をランドセルに仕舞う。
「女児に暴言の吐き逃げとは、なんともまあ昨今の荒れたご時世の中坊ときたら余裕がないねえ」
背後から声がかかる。
後ろを振り返れば廊下を分断する鉄格子と鉄の二重扉があり、向こう側から格子に村上がしな垂れかかって笑っていた。
二つ名で蝙蝠と呼ばれ、戦闘ヘリすら撃墜する空飛ぶ死神の元人格。
「仕方ないです。私、戒律を破る、悪い陰陽師だから」
「そういや俺の青少年時代にも潔癖の極みを突っ走る迷惑な奴いたな。ところで形見は取り返しにいかなくていいのか?」
丸金は目を泳がせる。
「多分もう無いので。前にも、お父さんのは、燃やされてたし」
「いじめられ放題か」
必然だろう。子供の年齢差は大きな力の差であり、抵抗は難しい。本来仲裁するはずの大人も誰がいつ変貌するとも知れない環境下、荒んだ子供に割く気力は残していない。
村上は笑みを浮かべたまま誘う。
「一緒に仕返しの方法でも考えてやろうか?」
「い、いいえ。あの、そちらへ戻ります」
ランドセルを背負った丸金はカメラに手を振り一枚目の鉄扉をくぐる。それを閉じれば電子ロックのかかる音がして、ようやく二枚目の鉄扉が開く音が鳴る。
扉を通れば、これで丸金も地下の隔離区域から出るも叶わぬ身の上だ。
死神という無敵の殺戮者と対立し続けてきた自衛官達には、村上達への憎悪は抑え切れるものではなかった。大量の殉職者を出した先日の痛手を教訓に、彼らと接触する人間は最少限にまで絞られ、そのほとんどの雑事は丸金に丸投げする形になりつつある。
ただし、基地の最高指揮官である勝間一等陸佐を始め、布引と望月は子供を巻き込む計画に反対の立場をとっている。
顕現した使い魔は時に術者の手を離れて魑魅魍魎へも化ける。まして彼らは最も厄介な殺戮者に変貌した裏付けのある不穏分子だ。陰陽師を束ねる大和と自衛隊の協力者たる富田の間ではあらかじめ丸金が討伐に同行することは取り決められていた。術者である丸金ならば、万が一の事態には術で作り上げた存在を無に還すことができるからだ。
説明を受けた勝間は眉間に深い皺を作り、反論と胃薬を乱暴に飲みくだしていた。「言質こそないが自衛隊側からは丸金の同行が黙認されたとみて良い」と大和は言った。
残る問題は死神自身。
気怠げに鉄格子に寄りかかりながら丸金を値踏みしている村上に身構える。村上と荒妻は口出しこそしないが、同行について考えの立場を明かしていない。残酷な殺戮を好む蝙蝠の顔つきは、切れ長の目、人の悪そうな薄笑いがひどく冷淡に映る大人だった。
人影のない無機質な廊下で村上から思惑の読めない掌が差し出される。電球の光が遮られ、大きな影に覆われた丸金は村上に気圧されて震えながら手を持ち上げた。しかし村上の掌は丸金の小さな手をつかむことなく擦り抜けて、ゆっくりと簡単に折れてしまいそうな華奢な首まで伸びていき、指が掠めた瞬間。
「ぶひゅう」
頬を挟み潰した。
地上への階段前で五人分の朝食を受取って、食堂代わりに使っている会議室へ運ぶ道すがら、村上は悪戯が成功して心底愉快ですといった調子で笑い続けていた。
「お嬢ちゃんは素直だなあ。悪戯されたんだから怒るか笑やあいいのに。こんな暗い面したチビ助どうすりゃいいんだか。子供の相手なんざやったことないかんなあ」
檻の中では分からなかった上背は荒妻より頭一つ分も高い。自衛隊で鍛えられた厚みのある筋肉と相まって、近くに立てば子供には恐怖を与える圧迫感だった。
会議室の机にパンの入った袋を置いて、唾を飲みこみ掠れた声を絞り出す。
「煩わしければ、できるだけ見えないところで控えています。私、皆さんに不便がないようお世話するのも仕事なので、言いつけにはなんでも従います。気晴らしになるなら、殴られても、不満を言いません」
うつむきながら両手を組んで服従を紡ぐ丸金に、村上は片眉を上げて腰を屈めると、無遠慮に少女の顔を覗き込んだ。
「命令するなら立場が逆だろ、ご主人様」
「え?」
「話を全面的に信じるなら、こっちはお嬢ちゃんが死神を元に作った式神ってやつだ。創造主ってもんには総じて絶対服従だわな。子供をわざわざ同行させる理由なんざ一つしかない。怖いおじさん達の狙いはこうだ。複製が死神と同じ末路を辿るようなら消しちまえ」
薄ら笑いに棘を含み、隠せぬ態度をつぶさに拾う。
「作ったんなら消せるだろ? 順次滞りなく鬼退治が済んでも複製が変貌しちまえば元の木阿弥だ。ゾッとしちまうよな。そんな賭けをするわけない。事が終わればこっちも処分ってところか。刺激せずに幕が引ける上に、健気な子供は怨みを躱すにゃ都合が良い、なぁんつって」
威圧感から一転、淡白な口調で背を伸ばす。
「汚い話をされても困っちまうよなあ?」
消してしまえる。
もしも目の前の男が裏切れば、殺戮者へと変貌してしまえば、術者である丸金だけはそれを実行してしまえる。
彼らはけして人ではない。
「極限状態の荒んだ連中に囲まれてたせいか知らんが、こっちは子供のサンドバッグなんざ求めてないわけ。奴隷根性ださんでいいから、よろしくやろうぜ」
「役に立たなきゃ生きてちゃいけないんです」
日常が崩れて二年、大和の庇護下で言いつけ通りに生きてきた。媚びることで機嫌がとれねば差し出せるものが何もない。
「人の尊厳を奪う術を使ったら、罰が必要なんです。酷いことをしてるのに子供だとかは関係ないから、私だけでやれる事ならなんでもやるって決めているので」
罪悪感にまみれる丸金を面倒臭そうに村上は見下ろした。そこで不意に嗜虐的な閃きを受けて笑みを浮かべる。
「いいぜ。そこまで役に立ちたいってんなら、いっちょ、このお兄さんが使ってやろうじゃないか。よく考えりゃ年頃も良い具合だ。くれぐれも途中で根をあげず最後までガッツリ楽しませてくれよ」
朝食は机に置き去られ、丸金に向かって大きく無骨な手が伸びる。
暗い部屋に入ると後ろ手で村上が扉を閉めた。小さな音でもビクついてしまう丸金を、後頭部を押す手が早く進めとかきたてる。緊張でぎこちなすり足で、壁際に置かれた簡易ベッドにやむを得ず向かう。
ベッドの前で立ち止まった丸金は、無慈悲な男を見上げて正気を問う。
「あの、本当に、するんですか。こんな」
村上は左手で懐中電灯を点けて自身の顔を照らし、口角を吊り上げて指を一本唇に当てる。緊張に上ずる声すら楽しみながら。
考え直してくれそうにないため、苦渋を滲ませ布団をめくって枕元に顔を寄せる。
「お、おはよう、ござい、ます」
枕元には髪留めと、一人分の人影が静かな寝息を立てていた。その目元には装着したままな縁の厚い眼鏡がある。
布引だ。
至近距離での物音に、どこか呑気な彼女は気付かない。目覚める気配が微塵もないのを確認すると、油性マジックを取り出した村上が丸金の手に握りこませて言い放つ。
「よーし、お絵描きの時間だぞ。前言撤回は言動の信用を失くすが、どうするよお嬢ちゃん」
村上は自身の分を取り出して、指の上で器用に回して蓋を開けた。
事を終えて部屋を出ると、罪悪感に押し潰された丸金は顔を覆ってくずおれた。そんな少女へ村上はまったく悪びれずに告げる。
「良かったな、お嬢ちゃん。なんでもするなんて気軽に言うもんじゃないってことが一つ勉強になって」
小さな声が絶望を漏らす。
「布引さんにはただでさえ同行を反対されているのに……」
「付き合いに不安を感じる相手には、あえて特攻してみるのも手なんだぞ。さて続きまして」
「続く!?」
「せっかくの早朝ドッキリ企画を一人目で打ち切るわけがないんだよなぁ。ちなみに自衛隊で任務を途中放棄すると懲戒免職なんだってよ」
「ホウキ、チョウカイメンショク」
村上は笑顔で少女に新しい言葉を教えた。
「やっぱり嫌だから止-めたは、もう信用できんからクビってことだな」
隔離区域の扉はほとんどが鉄製で、ノックをすれば反響でくぐもった音がする。中から動く気配を感じ、丸金は急いで反対側の廊下に背中を貼り付け顔を伏せた。
扉は内開きで、顔を覗かせたのは短髪のオールバックに黒いTシャツ姿の荒妻だった。早朝にも関わらず寝起きを感じさせない普段通りの顔だ。目覚めた直後ではないのかもしれない。
「おはようございます」
「……ああ」
目を合わせずに挨拶の後、「あの」と言ったきり丸金は黙り込む。荒妻は眉間に皺を寄せ、怪訝な顔で扉を大きく開いて丸金に向かって足を踏み出した。そこで扉側の壁に貼り付いた人影に気付いて立ち止まると、頭上を白い影に覆われる。
荒妻の反応は早かった。
頭上に迫る影の射程範囲から丸金の横に跳び、避けようのない着地点を狙う村上の足払いを壁蹴りで躱す。綺麗な宙返りから静かに地面へ吸い付くように手足を着いた構えは、猫か忍者を連想させる。
村上は丸金の横に立つと肩を竦める。
「ちっ、無駄に高機動だな」
荒妻の方は着地した構えのまま、仕掛けてきた村上から扉の前に広がる布団へ視線を傾け、布団に繋がった長い縄を辿る。現状を加味して悪ふざけの気配を読み取った荒妻は、ようやく戦闘態勢を解いた。
「何やってんだ、村上さん」
「息抜き」
憮然とした顔で重い溜息をついた荒妻は「巻き込むな」と村上を睨みつける。即座に丸金は目を潤ませて「ご、ご、ごめんなさい」と謝罪するが、対して主犯には反省の色がなく、興醒めした顔で指を振りながら出来の悪い生徒に言い聞かせる態度で丸金の前を往復する。
「駄目だなあ、お嬢ちゃんは。今のは注意を引き付ける演技がなってないのが敗因だ。手品と悪戯ってもんは種より話術だ。本命を気付かせないよう、その場の空気を全部自分のペースに巻き込んでやろうって勢いがポイントな。まずもって全体的に硬いんだよ」
「……………………ごめんなさい」
やりとりを呆れた目で眺めた荒妻は「くだらない」と言って廊下を歩きだす。すれ違いざまに村上は荒妻の背を叩いた。
「遊び心を忘れて辛気臭い面ばっかしてちゃ、化け物の仲間入り待ったなしだぜ?」
「ふん」
反論も振り返りもせずに荒妻は去っていく。その背中に一枚の紙をはためかせて。
『闇を駆ける戦国の忍者、荒妻参上!』
親指を立てて良い笑顔で村上は講じる。
「そこで大事なのが何事も三段構えで策を練ること。これを備えあれば憂いなし、又は下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言う。国語のテストに出るから覚えとけよ」
丸金は言葉にならない声を震わせて荒妻の背中に手を伸ばし、誓いと良心の板挟みにより何も言えずに見送ってしまった。
そこで荒妻とは反対の廊下から布引の爆笑が響いた。
振り返れば地下で唯一設置されているトイレから、前髪を少し濡らして片手にタオルを握った布引が現れる。
その顔に丸金は愕然とした。
「やられたなあ。これはまた随分と可愛くしてくれたもんだ。朝から笑わせてもらったよ」
頬に猫髭、目尻にハート、落書きのハッキリ残るその顔には、共犯者たる村上のラクガキだけが跡形もなく洗い落とされていた。
村上に視線を移せば、人の悪い笑みを浮かべた男と目が合った。
布引は朝食の席で頬杖をついて微笑みながら丸金の自供を聞いていた。
そこに遅れて現れた荒妻は油性マジックで落書きされた布引の顔を確かに見たが、特に反応を見せずに着席した。そして村上に丸めた紙玉を投げつけた。
「この異常事態に一体どういう神経してるんだ、あんた」
加担してしまった丸金は顔を覆った。
村上が机に手をつき顔を伏せながら声を上げてゲラゲラと笑う。凄惨な光景を目の当たりにして、事実上の監禁で不自由をさせているはずの一人がだ。
笑いを堪えながら村上はのたまう。
「こ、これから命運を共にする連中なんだ。ぶふっ。親交を深めるのも、重要な工程だろ。加えて性格も把握しておきたいとなりゃ、ちょっくら悪戯でも仕掛けてみますかと思ったんだがな」
布引は「なるほど」と膝を叩いたが、荒妻は「止めろ」と渋面を深める。
そこに揶揄が放たれたのは部屋の入口からだった。
「それでこの悪ふざけというわけか。頼りの戦力と数えていた男の中身が小学生だとは、深刻な渦中で心許無い」
目の下に隈を作った望月はこめかみを揉みながら現れた。
悪ふざけに加担していた丸金は萎んで小さく肩を震わせて青ざめるが、揶揄された本人はあくまで軽薄な調子を崩さない。
「そういう望月ちゃんは随分と気怠げだ。昨夜はお楽しみだったかい?」
「子供の前で止めてくれ! また連中に無茶振りをされる前に状況を把握しようと思ったんでな。二年分の記事や記録を読み漁っていたんだ」
「お堅いねぇ、さすがお巡りさん。不眠不休で捜査に聞き込み取り調べか。それで何か驚きの新事実でも発見したって?」
分厚い資料がテーブルに積まれてパンの乗った皿が跳ねる。
「化け物の特徴は例外から細部まで把握したい。敵を知らねば対抗策も満足にだせん」
「おいおい、それで肝心な時に体調が万全じゃありませんときちゃ本末転倒だぜ? いくらこっちの人権が保障されてないとはいえ、悪の組織に捕まったんじゃねえんだ。自衛隊がオカルトに手を出すほどおっかない四天王攻略に、一夜漬けでほいきたポンとか前線に投入されたりはしねえよ。事が起こる前に自分を追い込んで化け物になっちまうのは勘弁してもらいたいね」
望月も席に着く。
「自分は頑丈が取り柄だ。多少の無理なら支障はない。君にまで根を詰めろとは言わんが、前線に女子供と民間人が同行するんだぞ。戦闘のプロである村上君には可能な限り防衛策を練る義務があるだろう」
「それはどうかねえ。チームだから援護はするが、護衛するつもりはないからなあ」
眦を険しくする望月を眺めながら悠然と言葉を続ける。
「望月ちゃんはお忘れかもしれんが、その女子供と民間人は戦闘要員として招集されたんだぜ。守らなきゃならんぐらい作戦に支障をきたすなら、いっそ早めに死んで精鋭と交換してもらった方がやりやすいんじゃないか」
緊迫した空気に丸金が思わず立ち上がる。衝突寸前だった視線は集めた。しかし、この真逆な気質の男達にかける言葉など口下手な子供に見つけられるはずもない。
泣きそうな顔で必死に言葉を探す丸金を見て、布引はパンを片手に口を挟む。
「二人共気が合うんだから心配しなくて構わないよ、おチビちゃん。殺戮者が人の名残を持つのかどうかは疑問だけれど、兵法いわく、敵を知り己を知る、己を知り敵を知る。やりたいことは同じなんだよ。でもね、子供を怯えさせるような駆け引きで相手を怒らせて性根を見ようなんてのは、悪戯と違ってユーモアがない。止めてもらおうか」
村上は肩を竦めて立ち上がる。
「ちょいと口が過ぎたか。嫌われ過ぎると支障が出るから撤退する前に弁解しておくとだな、檻の中であれだけの化け物に集られて大怪我こさえていない連中を守らなきゃなんてのは気負い過ぎだと思うぜ。望月ちゃんにはもう少し肩の力は抜くことを勧めとくわ」
部屋の入口に手をかけて、村上は去り際に言葉を落としていく。
「心持一つで化け物に変わるご時勢なんだからな」
村上を追って廊下に飛び出した丸金は背中を見つけて声を上げる。
「ごめんなさい!」
勢い込んできたというのに、あの冷淡な横顔が振り返って傷のある片眉を上げたのに怯んで噤んでしまう。
袴を握ってうつむいていると、近づいてきた長い足が折り曲がって丸金の顔を覗き込まむ。
「どうしたお嬢ちゃん。そりゃあ何に対するごめんなさいだ?」
言葉に随分迷いながら、さっきまでの会話を振り返る。
「村上さんは、気晴らしで遊んでいるだけなんだと思ってたから。でも、あの、目的がちゃんとあったんですね。これからのためにみんなを知るとか。なのに上手く言えなくて、村上さんだけ、怒られた、みたいになって」
「一部はな。大半はお嬢ちゃんからかって気晴らしに遊んでたんだよ」
身も蓋も無い返答に丸金は愕然とする。
村上は膝に頬杖をつきながらそんな丸金を眺めて、首を傾げて溜息をついた。
「本当に子供ってのはどう扱えばいいか分からんな。どうすりゃ笑うかサッパリだ。小学生の感覚ってのがいまいち思い出せねえんだよなあ」
同行者の性格を紐解くべく動いていた村上だが、こうして一緒に行動しても、丸金には村上という大人がよく分からなかった。悪ふざけで周りを怒らせたかと思えば、子供に向き合おうとしていたり、理不尽を知りながら命令に従う気でいる。
「笑う必要は、ないので」
丸金の額を筋張った指が押す。
「良いことを教えてやろう、お嬢ちゃん。こっちの見立てじゃ連中の本質はお人好しだ。死神に変貌させないよう上手く立ち回りたいなら笑顔は必須サービスなんだよ。寄せ集めのチームを纏める鍵はお嬢ちゃんってこと。頼りにしてんぜ、ご主人様」
額を押えて目を丸くして呆ける。
「ぎゃああああああああ!?」
そこに会議室から尋常じゃない望月の悲鳴が響いた。
噴出した村上を困った顔で見上げると、案の定、唇に指を当てて楽しそうに種を明かす。
「朝食のパンに一つだけチョコを仕込んでおいたんだよ。ゴキブリ型に削っておいたやつが、何故か、ちょうど、手元にあったんでな」
「えっと、器用なんですね……」
「まあな」
遠くから「村上君!」という怒号が届けば、「お、バラされたか」と憎たらしくのたまう。こちらに駆けてくる音がすると、村上は丸金の手をつかんで陽気に告げた。
「お次はドロケイか。さあて、状況開始だ。逃げるぜ、マル!」
死神の蝙蝠は笑いながら殺戮を繰り広げる。その流れを汲む村上もよく笑う男だった。冷淡な顔つきでもって本当によく笑うのだ。こんな状況でも構わず陽気に。
丸金には一つだけ分かったことがあった。他の三人とは完全に違う点。村上は丸金を守るだけの相手としてではなくチームの一人としてみている。