救いなき物語
高い位置で燭台の灯りに照らされた円盤はまるで舞台だ。
「優秀で、お人好しの、お巡りさん。そう、そういうこと」
硬い声で先に状況を察したのは茉莉の方だった。望月の足は前に進みたいのか横に移動するのかどっちつかずで、らしくもなく動揺が見て取れる。
「攫われたのが君だったなんて。お、お母さんとお父さんはどうした。無事、なの、か?」
茉莉の顔がみるみる強張っていく。
「まずはあいつらの心配? はっ、あんな女にまだ未練タラタラなんだ。だっさぁ」
「そ、そういう事ではなく」
「男たぶらかせる位しか能のない脳みそ子宮ビッチと、無責任で逃げる事だけは超一流の無能が、こんな世界で生き延びてると思う? 無様に野垂死んでるに決まってるじゃない」
「ご両親をそんな風に悪く言うものでは」
布引が言葉を被せる。
「羽秋さん、茉莉は両親に捨てられたって言ったんだ。事情は気になるかもしれないけど先に彼女の無事を気にしてあげて」
横槍で言葉を飲み込んだ望月は少女から視線を外して片手を頭に当てる。茉莉は唇を噛んで激情の籠る目で望月を睨みつける。
パパ、両親、お父さん、矛盾した言葉が飛び交い関係性がハッキリしない。決裂しそうな危うい空気に割って入ろうにも的確な言葉がないのだ。
顎に指を置いて目を眇めた村上は望月の方に焦点を向ける。
「君だなんて随分と他人行儀じゃないか、パパ。子持ちだった事を隠していたのなんて気にせず感動の再会をやってくれたって構わないんだぜ」
「あ……いや、この子は違うんだ。自分の、子じゃないんだ。複雑な事情があって」
丸金は憎悪に燃えた茉莉の目が見開かれて一瞬悲しそうに歪むのを目撃する。
理解は追いつかなかったが、丸金は慌てて立ち上がり慌ただしく身振り手振りを始める。
「う、あ、その、茉莉さんは怪我を、雨継さんが治療されてますが、な、なんと言いますか、ホッチキスで、凄く酷い事になってるので、そのぉ……」
望月が勢いよく視線を茉莉に戻した。遠回しに覚悟を促す要領を得ない言葉だが、悪い予感を想起させるには十分だった。
茉莉は顔色を変えた望月の反応をつぶさに確認しながら体を捻って円盤に腰掛ける。そして、あれだけ空気に触れるのを嫌っていたのに包帯を解いて傷を曝け出す。
目を背けたくなる無残な傷だった。
濃く紫に変色して腫れ上がり変形した足首には袋を閉じるが如くホッチキスが食い込んでいる。
永久に足を失った絶望的な光景。
正面からそれを目にした望月は動かなかった。しばらくして視線が床を泳ぎ、蛇の死骸で目を止め、ようやく熱の無い声を出す。
「被疑者は村の住人か?」
答えない茉莉に、望月は視線を合わせないまま自分で答えを出す。
「……そうか」
次の瞬間、茉莉が手元の燭台を望月に向かって投げつける。火花散って光の消えた鈍器を空中で触手が絡めとる。
「これでも感想すらない!? 赤の他人でも同情するフリくらいしたわよ。そう、あんたの関心は事件の犯人。なんなら厄介者なんて死んでた方が都合良かったまである? こんな山奥までせっかく正義の味方やりにきたのに、気持ち良く助けられる赤の他人じゃなくてご愁傷様!!」
感情が抜け落ちた様な望月に代わって変貌犬が床に着地して茉莉に「わん!」と元気良く鳴いて跳びはねながら茉莉に向かっていくと、茉莉は犬にも突き刺すような拒絶を放つ。
「犬も来るな! この裏切者!!」
怒鳴られた犬はその場で命令に従い急ブレーキをかける。
涙を溜めた茉莉は持っていた包帯まで投げて金切り声を上げる。
「元の飼い主を見つけたからどうせあたしなんて用無しなんでしょ。良かったじゃない。変貌までして待った甲斐があったわね。それで? あいにく、あたしだって気持ち悪い化け物なんか元からいらなかったし、そっちで存分に可愛がってもらえば。でも、あんたを捨てるのは、あたし!!!!」
たまらず控えていた布引が動いて円盤に飛び乗り茉莉を抱き上げ「触るな!!」と暴れる茉莉を上に連れ去る。
「ちょっと私とお散歩しよう。パパに頭を整理させてあげて、茉莉」
地面に転がっていた燭台がいつの間にか消えている。暗闇の奥に光が灯り、すぐに見えなくなってしまった。
立ち尽くした望月はぼんやりと変貌犬に視線を向ける。
「ジャス?」
柴犬を飼っていた。変貌犬と似た毛並みで、殉職した同僚から引き取った時点で既に随分な老犬だった。共に過ごした記憶は五年の歳月。呼び出された地獄の様な世界は二年も月日を刻んでいた。生きているはずがないと。
そう、普通なら。
「わん」
目の前の問題に没頭して考えないようにしていた。感情を麻痺させて、残酷な想像が浮かばないように、気づかないように、触れてしまわないように、誰の顔も浮かばないように、大事に仕舞い込んで隠していた。
空っぽの掌を見下ろして、犬に渡された小さな指を思い出した望月はその掌で口元を覆う。どんな絶望にも打ち勝ち折れなかった不死身の男が片膝を地につけて顔を悲壮に歪ませる。
村上は珍しく困り顔で口を引き攣らせて腕を組む。
「この状況で深刻な問題が追加で勃発、と。難易度爆上げマルチタスクの予感に絶望するんだが?」
諦めの溜息を頭上にゆっくりと吹いた村上は、取り残されて硬直したままの丸金に手招きした。
「降りてこい、ご主人様」
大人の背丈はある高さに怯みながら果敢にどう降りようか試行錯誤する丸金を見守りながら、村上は傍らで打ちひしがれる望月に話しかける。
「それでぇ? 複雑な事情ってのはどんな代物か教えてちょーだいよ」
「…………子供のいる前でする話では」
「問題を前にしてチームに問題を隠すと。個人情報を後のトラブルより優先すると」
円盤にぶら下がった丸金が必死に足をバタつかせて声をあげる。
「今なら私あんまり聞いてないので!!」
「降りてくる前に手短に話せば問題解決だな」
屁理屈の連携に言い返す気力もなく、目を瞑った望月は観念して重い口を開く。
「戸籍上は親子だが血が繋がっていないんだ。あの子が五歳の時に不倫していたことを告げられて、本当の家族で幸せになりたいとDNA鑑定と一緒に離婚届を叩きつけられた」
すぐ落ちた丸金は床に手足をつけて着地すると安堵の息を漏らしてから呟く。
「こせきじょー、ふりん、でぃーえーえー、りこんとどけ」
「後で知らん単語は解説してやろうなあ。後悔すんぞぉ」
舌の根も乾かない内から聞いた内容に興味を示すが、村上の脅しで丸金の好奇心はすぐにひしゃげた。
「……養育費だけは振り込んでいるが面会は茉莉を混乱させるからという理由で禁じられている。離婚後に会ったのは茉莉が七つの時に家出をして会いに来た一度きりだ。これが誘拐事件として問題になり、協議の末に自分は接触禁止命令を受けている。あちらは不意の接触も嫌ってすぐに何処かへ引っ越し、こちらも念の為にと家を引き払って実家に戻っていた」
「悲惨に尽きる話だな。つまりは被害者と被害者の邂逅か」
「いや、あの子にとっては自分も加害者だろう。最後に、随分酷い言葉をかけてしまったから」
「ちなみになんて?」
「そこまで聞くのか……」
「問題の本質は小さな情報で」
望月が掌を村上に向けて先に続く皮肉を留める。
「パパはもう茉莉のパパじゃないんだ。本当のお父さんとお母さんの元で、どうか幸せに」
茉莉の絶望した顔にそれ以上は何も言葉が浮かばなかった。
村上は笑顔で手マイクを丸金に向ける。
「現役のお子様から、会いに行ったお父さんにこれ言われたらの感想を一言」
内容は深く理解出来なかったが、丸金は望月の言葉を自分に置き換えて沈み込む。
「望月さんは茉莉さんが嫌いになっちゃったんですか?」
「愛してるから嫌われたかったんだ。どうあっても自分は父親に戻れないのだから、あの子が普通の家族を持つためにはせめて、いなくなるしか」
あれは望月にとって自分に言い聞かせる言葉でもあった。
身を引き裂かれる想いを知った。
五年も経って愛情が育ち切ってから思い出を嘘に変えられる器用な男ではない。脳裏に過らないよう仕事に打ち込むようにした。追われるように常に用事を詰め込んだ。
娘なんていなかったんだと自分に言い聞かせながら。
村上は思考をぐるりと巡らせて着地点を探る。
「お嬢ちゃんをどうする。犬みたいに連れていくつもりか」
望月は立ち上がる。
「関係については伏せて基地で保護を頼む。無関係であれば必要以上に辛く当たられることもないだろう」
あの善良な基地において傷病者だけは手厚く扱われない。茉莉の場合はあの足にあの性質だ。上手く馴染める可能性は低い。
「つ、連れて行ってもいいのでは?」
思わず反論する丸金に、同じく基地での防衛方針を知るはずの村上は異論を唱える。
「地下鉄の時と同じ事が起これば死人が出る。もちろん、そのリスクを最も負うのが文字通り足の無いお嬢ちゃんだ。そいつを気にしながら死神退治を続行するなら随分とやれる事は限られちまうだろうよ。こいつはご主人様が選ぶ番じゃない。それに、子供だからってパパの決定を無条件で受け入れるとは限らんわけだしなあ?」
望月は顔を逸らした。
「子供の扱いは布引君が心得ている。申し訳ないが今はあの子を彼女に任せて危険を脱する事に集中しよう。地上に残っている仲前君も心配だ。この話は後に」
村上は望月と距離を詰めると、わざわざ顔を覗き込む。
「あんたの優先順位はそれで良いのかい? せいぜい時期を見誤るなよ。仕事優先してっと知らん間にお嬢ちゃんってもんはどんなグレ方してるか分かったもんじゃないんだからな」
仕事ばかりで家にいない貴方とじゃ、幸せな家族になれないのよ!!
縋り付く言葉も浮かばなかった。話し合いもなく、捨て台詞を残して玄関を出て行く妻に、よく分かっていない茉莉が行ってきますと手を振った。
今更、『あの日』をやり直せるだろうか。
地雷を踏みぬく村上の言葉で望月は微動だにしなくなってしまった。
「もち、望月さん、あの、です、が」
このまま変貌してしまうのではないかと戦々恐々の丸金が身を竦めながら顔色を覗き込もうとしたところで、岩をも砕く拳が望月自身の額に全力で撃ち込まれる。
「ぴ」
尋常ではない衝撃に丸金は幼児の如く尻餅をつく。あまりの覇気に村上ですら一歩足が後ろへ下がった。静かに拳を解いた望月は茉莉の消えていった天井の穴を見上げる。
「しばらく一人で考えさせてくれ」
丸金は安堵の溜息をつく。
いつもの望月だ。この大人は間違ったことを良しとしない。正義の人ではあるが誰よりも優しい答えの出せる大人だから、時間さえあれば茉莉と和解する方法を思いつけるだろう。
変貌犬を小脇に抱えて蛟の消えた水面に向かっていく村上の後に続いて丸金も続く。
「さて、だ。俺は裏方に徹して仲前がくたばる前に話を進めるとしますかね」
漆黒の水面を見下ろした丸金は唾を飲み込む。
「私ビート板がないと泳げないのですが、どうやって頑張れば良いですか」
「わざわざ化け物専用の勝手口から外に出るつもりなのか? 脱出ゲームってもんは分かり易い道を使っちまうと大抵落とし穴があるもんだぜ」
「じゃあ、やっぱり隠し通路を探し直すんですか?」
「いいや。せっかく使えるんだから望月ちゃんの通ってきた井戸を使う」
「んー、えぇ……?」
謎々に困惑する百面相に、村上は腰を曲げて頭上で声を潜めて内緒話をする様に口元を隠す。
「俺の相棒は優秀なんだ」
姿勢を戻した村上は抱えた変貌犬の下から手を掬い上げて、長く伸びたまま水面に続く触手を丸金に見せる。触手の先にある物は見えるわけがない。だが村上は確信を持った笑みを浮かべていた。
そのまま犬に何か仕掛ける作業に入ってしまった村上に、手伝える事があるわけもない丸金は手持無沙汰となってしまう。そこで騒ぎの中にあって一人だけ影も形も消えている存在を思い出す。
雨継だ。
周りを見回せば彼の姿はすぐ棚の前に見つける事ができた。あれだけの言い争いに我関せず、自分の興味にのみ没頭して一心不乱に読みふけっていたらしい。足元にはファイルが乱雑に投げ捨てられ平気で足蹴にされている。
丸金が近づいても顔すら上げなかった。目を通しているのか怪しい速度でページをめくっていく。
何が書いてあるのかと丸金も拾って中を覗いてみるが漢字ばかりで読めもしなかった。
もう一度雨継を見ると、惹きつけられる内容でもあったのかその手は止まっていた。食い入る様に真顔で視線を動かす様子に、丸金も内容が気になって覗き込もうと首を伸ばしたところでファイルが風を伴い閉じられる。
貼り付けた笑顔に戻った雨継が丸金を見下ろす。
「これは僕の好奇心を満たすもので脱出には関係ありませんでした。何か用ですか?」
「あ、え、はい……」
そのままファイルを片手に雨継は棚の配列に目を滑らせたが、琴線に触れないのか満足したのか手に取らない。
丸金は自分の手を弄りながら勇気を振り絞って声をかける。
「あ、そうだ。雨継さん、さっきは、あの」
「はい?」
「布引さんの武器作るのを手伝ってくれて、ありがとうございました。その、私一人だったら、やっぱりアレは作れなかったので」
「お構いなく。僕、ああいう工作は得意なんで大した手間じゃありませんから」
素っ気なく言い捨てられた丸金は二の句が継げず、うつむいてモジモジ指を捏ねた。
そんな折に眼帯の裏で銀色のチラ付きを感じて片目を押さえる。両目に映る違う視点が脳内を掻き回す感覚、強い目眩と吐き気、倒れそうになる大きく振れた体を踏ん張って堪える。
眼前にまず飛び込んできたのは缶ビール。その向こう側には見下ろす形で案山子畑が広がっている。蝙蝠の視点だ。足元に少し見えるのは瓦屋根で、どうやら静かに晩酌を始めたのが見て取れた。
月明りしかない暗闇の中で見渡す限りの荒れた畑に磔られた案山子のシルエットは全て歪に崩れてしまい、もう誰も人の形をしていない。遠くから見ると解れて破れた古い案山子に見えるのに、あれは全て蝙蝠が虐めて壊した変貌者なのだ。
見ている事しかできないのが辛くて目を逸らしてしまった。彼らがどんな最期を遂げたのか見届けもしていない。そこが何処なのか見当もつかない。
ただ、これが今起きているという事だけを知っている。
ビールを一気にあおった蝙蝠は、缶を投げ捨てると後ろに倒れて視界を満点の星空に変える。灯りが無くても周りが見えるくらい異様に明るくて大きな満月だった。
蝙蝠がゆっくり何かを空に掲げる。今まで散々醜悪な物を目撃させられている丸金は身を固くしたが、それは何の変哲もない写真のようだった。薄暗い中で集中して目を凝らすと人が並んでいるのが分かる。肩を組んで、騒々しく、陽気な集合写真だ。
写っている人物の正体がハッキリつかめないまま写真は視界から消えていく。
そうして戻ってきたのは月夜空、ではなく音を立て眼前で止まる男の手だった。丸金の眼帯に指をかけようとしていたのは雨継で、その腕をつかんで止めたのは村上だ。
「触るな。これは目を痛がってるんじゃない」
腕を押し下げると雨継は抵抗なく両掌を見せて肩を竦める。
「そうですか」
興味を失ったのか雨継はふらりと黒いファイルだけを持って離れていく。
村上もそのファイルに目を留めた。
「待てよ。それには何が書いてあったんだ? 確か、お前さんは村の秘密を暴きたいとか言ってったな。俺も俄然興味があるんだ。そもそも勾月村に来た本来の目的は誘拐事件の解決でも、悪の組織壊滅でもないからな」
「人探し、でしたっけ」
軽快に振り返った雨継は両手を後ろに組む。
「良いですよ。まだ一つ謎が残っているんですが、僕のまとめた不完全な悲劇でよろしければお披露目します。醜悪な村の哀れな未について」
歩きながら雨継は語り始める。
「結論からいきましょう。この村は戦国時代から脈々と続く国家お抱え殺し屋集団、通称シノビの里だそうです。そこの足元に殺人名簿がたくさん落ちています。契約書、依頼書、任務完了の証拠諸々が手の込んだ偽造品でなければですがスナッフフィルムまで保管されているみたいですよ。つまり、お探しの荒妻さんのお里がここなら彼も殺し屋ということになっちゃうんですよねえ」
内容が理解できなかった丸金は足元を見る。よく見るとファイルから複数の記録媒体と写真がはみ出している。暗くてよく見えないが、見えてしまえば後悔する予感がした。
村上は丸金を写真の見えない位置まで押し出すと足先で写真を引き抜いて確認する。
「なるほど」
「命の軽い勾月村では生まれるとまずは雌雄で将来が分かれます。女は子を産む家畜に、男は殺人鬼として育てられる。そんな村にある問題児が現れました」
ファイルで雨継の口元が隠れる。
「イツビが幼い頃は兄弟が処分されるのを見ているしかありませんでした。強い個体のみを残す蠱毒の中では弱い存在は生きることすら許されない。でも、ある日イツビは気づいたんです。父を殺せば生まれたばかりの妹を隠して育てられるのでないかと」
物語を紡ぐ雨継は何故か望月に向かっていく。
「事故に見せかけ父を殺したイツビは妹を家畜ではなく人間として育てるのに成功します。そして結局つまらない失敗をしてしまった。自分が村を離れている間に妹を見つけられたんです。物心がついて家畜に向かない妹は処分され、絶望したイツビは憎悪により変貌した。生贄を与えれば追い払えるというのは、妹に見立てたものを連れて逃げだすからでしょう。そして妹ではない事に気づいて村に戻ってくる」
雨継は望月に満面の笑みを突きつける。
「イツビは十年前の変貌者というわけです」
名乗り合ってもいない望月に向けて雨継はファイルを広げた。
「それが妹ではないと気づかないよう、両足を切断し、声が出ないよう喉を潰し、顔が判らないよう最終的に顔の皮膚を剥ぎとれば生贄の完成です。本物を見本にできるよう写真が残されていました。茉莉さんの末路です」
ここで茉莉と出会う運命を引き当てなければ人知れず、いや、去年には、一昨年には、この凄惨な仕打ちを受けて人知れず亡くなっていった少女達がいた事になる。
「異変以降、悲しい物語は胸焼けするくらい飽和しちゃいましたよね。僕はね、たまには悪人が皆殺しにされる正義の大団円があっても良いと思うんです。茉莉さんへの仲直りのプレゼントに仇討ちはいかがですか。きっと喜びますよ?」
丸金は両手で口を押さえる。
「初めまして、僕は茉莉さんと牢でご一緒していた者です。まったくの部外者ですが興味深いお話をされていたから気になっちゃって。貴方はとても誠実でお手本の善人みたいですね。それに比べて勾月村には保身に塗れた醜悪な悪人ばかり。生かしておけば哀れな犠牲者は増えてしまう」
憎悪を膨らませる様に望月の耳に悪魔の囁きが吹き込まれる。
「ご存じですか? もう法律はないから彼らを裁く者はいないんですよ。解決には皆殺しが最適だと思います。ふふ、この物語が幸せに締め括られると良いですねえ」
最後に村上を振り返った雨継は恭しくお辞儀する。
「ただの推測止まりで真相は闇の中。僕が断片を繋げた物語はお楽しみいただけましたか?」




