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深淵

 夢現の中で反響する水滴の落ちる音、湿り気のある張り付く様な空気、棘のある声と穏やかな声の会話で丸金の意識は薄っすらと浮上する。

「あいつら、平然と雑談しながら斧でやりやがった。ホッチキスはそこのニコニコ鬼畜野郎にやられたの。治療の心得ならあるって言ったくせに。どっちも許さない」

「ホッチキスは村人さんに支給されたんです。ちゃんとした物さえあれば綺麗に縫合できましたよ? 茉莉さんの傷は断面が大きいから接着剤だと間に合わないし命を繋ぐため致し方なかったんです。恨まないで感謝してください」

「痛かったね。怖かったね。茉莉はよく頑張ったよ。大丈夫、絶対にこんな所から助け出してあげる」

「本当にやれるなら感謝もするけどね」

「やれるとも。君達が危険とあらば私も必殺技とか出しちゃうから」


 瞼が重く寝返りを打とうとしたところで額にデコピンを撃ち込まれて「痛い!?」と跳ね起きた。傍らにかがんだ村上が虚空にもう一発中指を撃ち込んだ。

「おはよう。良い子はそろそろ寝る時間だろうが、悪い子は冒険に出る時間だぜ」

 不気味な座敷牢で混乱する記憶が舞い戻った丸金は勢いよく茉莉の足を見る。そこには出来合いの包帯が巻かれており、グロテスクな治療の跡や数倍に腫れあがった足は隠されていた。流血したままだった村上の顔も赤黒い何かで傷が覆われ止血されている。

 渦中で呑気に気絶していたと気づいた丸金は気まずくなって膝と頭を抱えて丸くなる。

「ご、ごめんなさい」

「大丈夫だよ、丸金。治療も必要だったんだから小休止。大きな音を立てても敵さん確認に来るつもりがないみたいだしね」

 布引のフォローに雨継が付け加える。

「地下には人を配置していないみたいですよ。彼らは物を投げ寄越すくらいで一度も下に降りてきませんからね。僕も何度かピッキングをして地下散策を楽しみましたが、そこら中にある監視カメラに向かって手を振ってみても咎められませんでした。作動していないだけかもしれませんが」


 村上が目を細めて銃口を天井に向ける。

「そういや、お前さんは何故五体満足なんだ? 同じ牢にぶち込まれてるにしちゃあ随分お嬢ちゃんと待遇が違うじゃないか」

「地下に降りることなく冬まで生贄を維持する為の使い捨てお世話係だから、だと推理しています。治療に給餌に変貌させないお喋り相手。僕だけなら簡単に替えが利くので最悪逃亡されても構わないんでしょう」

「生贄……?」

 不吉な言葉を丸金が拾う。

 布引は口元を手で覆って目を細めた。

「冬になると子供を攫いに妖怪が現れる。邪魔すると殺される。でも今は村に子供がいない」

 雨継が懐からメモ帳を取り出す。

「逆ですね。とある部屋で生贄選出の記録を見つけたんです。十年前からイツビという名の妖怪が冬になると村を襲うようになった。子供を捧げるとイツビを追い払える。さて、今この村には現地調達できる子供がいませんよね」

「だったら外から調達する必要があるな」

「生贄なんて冗談じゃないわよ!!」

 茉莉が石を壁に向かって投げつけた。布引はその背を労わるように撫でたが、その手も苛立った茉莉に「触らないで!」と振り払われる。


「茉莉さーん、利用できる人がいるなら媚は売っとくもんですよー」

 少女と対照的に笑顔を絶やさない不気味な男に村上は警戒心を持つ。

「癇癪娘とはどんな関係か知らんが淡泊なもんだ。この状況を楽しんでいるようにすら見える」

「関係も何も、座敷牢で初めましての仲ですから皆さんと変わりませんよ。僕は気楽な一人旅ですから他人事です」

「監禁されて明日をも知れん状況で傍観者じゃすまんだろうよ。正体が村人でもない限りな」

 恭しく雨継は胸に手を置いて頭を下げる。

「では村上さんの不安を取り除くために自己紹介を追加しましょう。最近の趣味は謎解きってことにしてます。それでちょっとした廃墟探索しながら儚い最期に思いを馳せていたところを捕まっちゃいました。お世話係を楽しんでました。謎めいた村の秘密を暴くゲームなんてワクワクします」

「殺されない確証か逃げられる見込みがなきゃ至れない境地だ。本当なら酔狂な変態もいたもんだ」

 雨継は両腕を広げる。

「折角ですから終末を遊び尽くさないと。スリルも、痛みも、好奇心がひりつく快楽に変えてくれます」

 うつむいた雨継の目元は影となり口角を上げたのだけが分かる。

「この心が満たされるなら死んだって構わないんです。震えながら惨めに味のしない一生を送るのが一度きりの人生なんて、最悪じゃないですか」


 基地に作られた箱庭で昔の生活を続けようとする人達。


 籠城したショッピングモールで変貌していった人達。


 地下鉄スラムの闇の中に潜った人達。


 生き方の正解なんて誰にも分からない。答えが出るのは死ぬ時だろう。そして正解は共通しない。


 丸金は真っ青になり拳を握る。

「あ、あの!」

 嫌な予感に声が震える。丸金の頭を占めるのは一人の青年だ。

「‎荒妻さんは勾月村の出身なんですよね? それで、‎あ、その、酷い事を始めたのって十年前ですか? 異変後じゃなくて、ずっと前から?」

「そうだな。その辺の事情を洗えば奴が変貌したきっかけも分かるかもしんねえな」

「でもでも村の人達、荒妻さんの名前には反応してませんでした! この村じゃなかったってことですよね!?」

「知らないフリかもしれないわけだが」

 村上は否定してくれない。そして布引が引導を渡す。

「荒妻晋作が偽名だったから反応しなかったんだと思うよ。あの子、最初に名乗った時に苗字だけはすぐ適当につけたけど、名前だけは頑なに言わなかったじゃないか。考えるのが面倒だったんじゃないかな」

「え……?」

「年齢も前に聞いた時は二十四歳って即答していたけれど、たぶん高校を卒業しているかいないか辺りなんじゃないかな」

「確かに、あれで成人名乗るには童顔だったからな」

 丸金は混乱する。

「あの、高校生って、な、何歳くらいですか?」

「そうだなあ。今の聖と三つか四つ違いくらいだよ」

「聖さんと!?」


 混乱する丸金の頭を村上が整理する。

「お探しの荒妻が砂糖菓子で作られた偽物だった。子供を生贄にする倫理観ぶっ壊れ村の出身でもある。確かなのは死神であり、使鬼であり、闇が深そうって事くらいだな。さて、マルは奴をどうしたい?」

 心臓の辺りを握り締めて黙り込んだ丸金に布引が助け舟を出す。

「私もあの子に関しては見つけてあげた方が良いのか迷ってる。目的があるなら邪魔をしていいものかどうか。私にも絶対的な目的はあるからね」

「じゃあ、もう、会わない方が」

 小さな丸金の声に布引がかぶせる。

「でも、もちろん心配なんだよね。あの子は死神だって相手にできる強さを持ってるけれど心は悲鳴を上げていた。あの子が助けを必要とするなら、きっと鍵は丸金になる」

「……どうしてですか?」

「晋作君は周りに壁を作っていたけれど丸金には心を砕いていたでしょう。あれだけは嘘じゃなかったんじゃないかな」

「生贄として目をつけてた可能性もあるわけだが」

 村上の腹の傷目掛けて容赦なく布引の平手が入る。さすがに痛かったらしく村上は無言で腹を抱えた。

「相手は変貌したカマイタチじゃないんだ。探すかどうかは置いといてもさ、会うことができたら手を取り合えないのか聞いてみたらどうかな。迎えに来たよ、って言ってあげたら、丸金には本音を教えてくれるかもしれないね」


 心に問う。

 この選択は必ず荒妻の進退に影響する。慎重に、正しく、後悔しない為に決めなくてはならない。


 好奇の目で清聴していた雨継は首を傾げて無遠慮な感想を述べる。

「去る者負わずが平和で良いって言いますけどねえ、最近じゃ。その人、この村の関係者なんでしょ。まともなわけないと思いますけどねえ。本当の仲間の元に帰ってきたんじゃありませんか。敵対するのも辛いでしょうし、会わないと良いですね」

 場違いな明るい声に丸金は顔を曇らせ口を結ぶ。

 一方で同じく静かに会話を聞いていた茉莉は誰にも聞こえない小さな声で呟く。

「ほら、やっぱり。私はついでなんじゃない」

 ここには相性の悪い者ばかりで噛み合わない。

 不調和が不幸をゆっくりと引き寄せていく。


 痛みをやり過ごした村上は息を吐いて軌道修正に入る。

「奴に関しては鉢合わせた時に直感で決めりゃいい。情報ゼロで判断したって要素一つで覆るんだ。なあ、お前さん地下を散策したって言ったな。構造は全て把握してるのか」

「はいはい。地下一階に関しては全て見て回りましたよ。脱出に関しての情報ですか?」

 急に話を振られた雨継はメモ帳をめくって文字をなぞる。

「座敷牢が合計九つ。家畜部屋が一つ。変な部屋が一つ。後は廊下だけですが怪しい鉄蓋が一ヵ所ありまして、ここに監視カメラが設置されていたんで隠し通路を疑っています。地上を目指す為には上でなく下を目指す必要があるとしたらいかにもですよね」

「大仰な落とし穴のカラクリは使い捨てじゃねえだろう。座敷牢が昇降機になっている線は?」

「電力消費を考えれば管理が大変そうですね。あったとしても現在も使えるでしょうか? ガソリン発電ですか? もしも落とし穴から出入りしているならお手上げですね」


 布引が当然の疑問を投げる。

「初めに丸金が茉莉を見つけたのは地上だった。あれは?」

 上部に開いた小さな通気口を茉莉が中指で示す。

「通じているのは鉄板と歯車で固められた床下だけ。スマートなあたしでも這う隙間しかない。鉄を掘る事もできないわ。だから外からなんとかさせようと思ったのに」

 恨みがましく睨んでくる茉莉から逃れようと丸金は村上の背中に顔を埋めて視界を塗り潰す。

「座敷牢の真上にあるカラクリか。命拾いしたな。万が一にもマルが仕掛けを作動していれば茉莉花の見事な押し花が完成してたわけだ」

 部屋ごと座敷牢に落とされた事を思い出した丸金はゾッと音を立てて血の気を引かせる。今までのように勝手をしなくて良かったと足が震える。屋内には望月がいたから下手をすれば仕掛けを見つけていたかもしれない。


 腕を組んで布引が唸る。

「地上と連携できれば鉄板を引き剥がせそうな仲間がいるんだけれど、村人の方に見つかるのはまずいからなあ」

「なんとか布引ちゃんが壁をよじ登って根性で天井を壊すってのは?」

「踏ん張れるならともかく足場が不安定だと思うような力はでないからなあ。落ちても崩れないなら見た目通りの木造じゃないだろうし相当時間をかけるよ。壁を砕いて横穴をみんなで掘る方がマシな程度にはね」


「一応検討はしたが邪道はなし、と」

 村上の拳が掌を打つ。

「そんじゃ普通に脱出といきますか。まずは構造を把握しながら脱出口の探索。うちの班長から村人は敵対したら即殺許可出されてんだけど異論があればどうぞ?」

 憎悪を込めた茉莉が地面を叩く。

「あるわけないでしょ。鋸で股先から頭までジワジワやってもらいたいくらいだわ。手足を擦り潰して、目玉を抉り出して、できるだけ苦しめて、泣き叫んでいるところを目に焼き付けないと人生の仕切り直しが始まらないの」

「僕としては一人生かしといてくれれば聞き取りができて有難いです。動機とか聞いてみたいですし、異変以前から村を襲っていたという妖怪が気になります」

 雨継は率先して自分で歩けない茉莉を抱え上げて燭台を少女に託す。

「では、ご案内しましょう。僕の家じゃありませんけどね」

 地上から発砲音が立て続けに届く。見えない所でも事態は確実に動いている。助けを待って誰かが死ぬのは我慢ならない。

 丸金は村上の背を離れて暗闇の先に目を凝らした。


 ユラユラと揺れる火が迷いなく道を進む。

 地上では狙いを定めるように時々銃声が聞こえた。戦闘しているということは少なくとも無事という事にはなるが不安は募る。

「どうにもならんところに気を取られるな。集中」

「ぐっ」

 容赦のない村上に頭をはたかれて前は向くが、目の前の布引が虫の一匹に至るまで排除して後続には新しい発見も何も残さない。なんなら先頭の雨継より前方の気配すら拾って「あれは?」「そこ気をつけて」と注意を促している。数キロ先の殺意すら感知するシザーの根源たる人だ。五感から直感まで勝てるわけもない。


 曲がり角に来て雨継は「こっちです」と左へ踏み出したが、正面には初めて見かけた扉がある。隈なく探索するはずが雨継は触れもせずに通り過ぎようとした。

「ひゅうああう」

 疑問を投げるより先に扉の向こうから奇妙な声が突き抜ける。

「ひゃっ!?」

 鳥肌の立つような嫌な声は、丸金の声に反応したのか複数が共鳴して一斉に呻き始める。

「びゅぅうぇぇぇぇぇ」

「あぁああぁぁぁ」

「うっ、ううう、おううう」

 それは変貌者の歪んだ声帯のようでいて口を塞がれた人間の悲鳴にも聞こえた。甲高い女性の声、すすり泣く女性の声、雄たけびを上げるような女性の声。

「あ、あの、ここ、もしかして他にも捕まっている人がいるのでは?」

 震えながら扉を指す丸金を、先頭の雨継が笑顔で振り返る。

「いえ、家畜です。酷い臭気なので開けない方が良いですよ」

 確かに異臭は漏れだしている。何処か嗅いだ事のある甘く腐った脳を溶かす様な空気が吐き気を誘う。妖怪には人の声を真似る者もある。ましてや探索済みの雨継が断言しているのだ。疑うのもおかしい。

 だが丸金にはどうしても人の声に思えた。何かが後ろ髪を引く。無視をすれば後悔しそうな酷く喉を震わせる声だ。

「……ここは調べないんですか」

 にこやかに黙って雨継が首を傾ける。

 見たところ鍵もない普通の扉だ。扉を見つめた布引は少し考える素振りをしてからノブに手をかけたまま尋ねる。

「ここはなんの家畜部屋なのかな?」

 間を置いて溜息をついた雨継は観念して答える。

「気分が悪いと思って伏せてさしあげたのに。忠告しましたよ? 人豚≪ひとぶた≫です。知らないなら知らないままで」

 分からない丸金は布引や村上の顔を見る。

 村上が顔を歪めた。

「……ぽいものじゃなくてガチのやつか」

「はい。五体程の雌ですが孕んでいるので、そういう用、ってことですね?」

 感情の読めない笑顔で雨継が言う。


 しばし考えた村上は丸金の前に出るとドアノブから布引の手をはずす。

「ここは十八禁だ」

「じゅうはちきんって何ですか?」

「お子様は探索禁止ってこと。ここは後回しだ。先急ぐぞ」

 丸金は焦る。

「でも、人の声に聞こえませんか! 苦しそうな」

「丸金」

 布引が首を振る。

「忠告にはそれなりの理由があるものなんだ。どうしても気になるなら後で村上君に頼もうか」

「でも!?」

「急がなきゃいけない時は余所見をしちゃいけない時もある。丸金は誰を助けにきたの?」

 茉莉の腐食しかけた足を見る。


 背を押され追い立てられて扉を横切る。

「あうええ」

「やえあ、おろいて」

 一語ずつ何かを伝える様な声だ。

 丸金は扉の向こうに何がいたのか知ることはなかった。

 誰も教えなかった。

 狂気の沙汰を。




 扉の中には手足が寸断された裸の女達がいた。斬られた傷は古く綺麗に縫い合わされて久しい。彼女達は大きな腹をぶら下げて家畜の様に四つ足で移動する。餌箱には雑穀の様な飼料の様な何か。虫が飛んでいても濁った目で気にせず食らいついている。水を舐める姿も、背中を丸めて寝る姿も、疑問に思うような苦悶の表情はない。

 いつからそうしているのか、意味のある単語は紡げず、口を開いて鳴く事はできても舌は委縮し、歯は欠けて茶色くなっていた。


 遥か昔、そういう拷問があった。

 その被害者を見た目から人豚と呼んだと記録されている。

 それは今現在であってはならない話。

 彼女達は変貌者ではなかった。




 鉄蓋の横に立つ雨継が燭台を下げる。

「こちらが隠し通路の大本命、地獄の釜蓋です」

 確かに今までの床と明らかに違う円形の鉄だった。マンホールと違い穴も突起もない。村上は表面をなぞり周囲を見渡したが、配線や起動装置の類はなく仕掛けの目星がつけられない。

「ちょっち失礼」

 布引は村上が横に引くと、円形に近づきざま片足で真上に激しく踏み込んだ。重低音が足元で反響して壁や空気までが細かく震える。ビリビリとした空気が皮膚を撫でて通り過ぎると、布引は円形から足を離した。

「確かに下に広い空間があるね。真ん中に支柱の感触がある。蓋が分厚い円柱で、割るとなれば手こずりそうだ」

「もしや布引さん、また物理で壊そうとしていらっしゃる?」

「んー、座敷牢で使われていた鉄棒如きならともかく、鉄の円柱はさすがに自信ないなあ」

「いや待て脳筋。周辺の設備から考えて遠隔操作は考えにくいから装置は単純に向こう側と考えて良い。閉鎖空間に設置して誰も開けられないんじゃ話にならんから、確かにあっち側が外部と通じてる説はなくもないな。わざわざ形状に丸を選んでるっつうことは、クルクル回すネジみたいに下へ可動するとして」

 円形に手を置いて村上がブツブツと考えている様子を、布引が膝に手を置いて覗く。

「つまり回しながら押し込んでいけば、反対側から抉じ開けられる?」

 最終的に物理に帰結する布引に、村上は挑発的に口の端を上げて布引と目を合わせる。

「普通ならお手上げだが、うちは常識破壊の精鋭チームだからな。やれるだろ?」


 無表情で布引は丸金の持っている鉄棒を受け取り、空中で端に持ち替えると全力で円柱に突き立てた。曲がる隙もなく真っ直ぐに力が加わった鉄棒が先端から裂けて半分の長さにまで圧縮される。

 手元にできた鉄の花弁を振って布引は微笑んだ。

「私が力を発揮するには道具がいるって、いつもお願いしてるはずなんだけどなあ」

「はわわわわ」

 丸金はチクチクと衝突する大人に指を組んで首振り人形となる。


 雨継は燭台をクルリと通路の新しい闇に向ける。

「では仕切り直しましょうか。一ヵ所行ってない部屋があります。そこでご所望の物を探しましょう。お気に召しそうな物を見かけましたから」

 通路を先行する雨継は足元にいた蛇の頭を何気なく踏みつけると、通路の隅に蹴り飛ばす。肉の潰れる音に丸金は肩を縮め、茉莉は冷たい目で死骸を見下ろした。

 壁から米粒みたいな節足動物が沸いて蛇に群がっていく。頭の無い蛇の体に潜り込んで長い体が細かく痙攣したかと思うと、ズルズルと直進で蛇が動き始めた。丸金達を気に留めることなく擦れ違って行く頭の無い蛇は、そのまま暗闇の中に消えていった。

 蠢く何かの誕生だ。

「気持ち悪い」

 茉莉が吐き捨てる。

 今は簡単に異形に変貌してしまう。世界が均衡を取り戻すまで終わりなく理は続くだろう。死神を倒したところで終わらない。


 その扉は突き当りだった。

 今度は躊躇いなく扉が開かれた。ぞろぞろと入った部屋の真ん中には処置台がある。焼却炉、鋸、斧、手枷に繋がった歯車、足枷付きの焦げ付いた鉄板造りの椅子。ここも腐臭が酷い。五感の良い布引は口元を覆って咳を一つ零したが、丸金に至っては嗅覚が麻痺し始めて

見た事のない不気味な道具の数々に向かって不用意に近づいていく。

「丸金」

 両肩にそれぞれ布引と村上の手が乗る。

「勝手に調べて良いって言ったかなあ?」

「あ、はい……」

 壁際に追い立てた村上は下を指す。

「おすわり」


 三角座りで小さく待機状態となった丸金の横に雨継が茉莉を降ろす。

「それじゃあ、茉莉さんと丸金さんは仲良くお喋りをして待っててくださいねえ」

 特に反論せず冷たい目で雨継を見返す茉莉に、特に返事を気にしない雨継が離れていく。


 仲良く。

 冷や汗が丸金の全身に

 横を見れば心底嫌そうに顔を歪めた茉莉。

「えっと、あ、う、の、ま、ま、茉莉さんって、おいくつ、なん、ですか?」

 茉莉は這いながら移動を始めて周囲を物色しだす。

「本気にするとか愚図過ぎる。お喋りの時間なわけないでしょ。大人が言う事は正しいとか思ってんなら大間違い。あいつらは嘘もつくし、間違うし、絶対じゃない。都合の良い子供なんかやってたら生き残れないわよ」

 声が掠れる。

「勝手に動くと、危ないんですよ」

 茉莉は丸金を無視して手と膝の力で移動を始める。物色しながら話し合っている大人達と茉莉を見比べ、丸金は首を縮めて隠れるように茉莉を追いかけた。


 大人達は横目でその動きをつかみながら話を続ける。


 外周から落ちている物を調べ、茉莉は刃物を拾い集めて持っていく物を選別しだした。他には目につく物もなく、会話をするわけでもなく、寄せ集められたゴミ置き場まで到達した時、血塗られた黒いビニール袋が大きく蠢いた。


 動きを止めた茉莉はチラリと丸金を見て、袋に目を戻す。

 中身は袋から出ようとしているらしく多方向に袋の形を変えた。破る力はないらしく、段々動きが弱く鈍くなっていった。

「これ、動物かもね」

「さっきの蛇みたいな異形、なのでは、ないか、と」

「穴を開けたら中を確かめてやる。大きければ出てこれないでしょ」

「あ、危、危ないので!」

 勝手に確認しようとする茉莉に、慌てて丸金が大人へ伺いを立てようと挙手した。だが茉莉がその腕を叩き落としてしまう。

「あたしは、あんたと違ってあいつらに従う人形じゃない!」


 返事を待たずに茉莉が袋を引きちぎってしまう。柔らかく粘り気のある質感が床に散った。左右そろった人間の足だ。

「は?」

 転がった足の指が不規則に動いたかと思うと、寝返りを打って茉莉の前に並ぶ。

 足首の切り口は血の気が失せた紫の肉となり、白い骨が少しはみ出している。細かい切り傷が痛々しく、表面は腐食し始めて変色が始まっている。丸金の足よりは大きく、大人達の足よりも遥かに小さい。

 左右が順番に飛び跳ねてビタビタと音を立てる。


 最近、ここで足を切り落とされた被害者は?


 茉莉は冷静に目の前の両足を見下ろして、さっき手に入れた鋭く尖った鋏を鷲掴みにすると真上に振りかぶった。

「裏切り者」

 迷いのない刃が足に突き立てられ、すぐに引き抜かれてまた振り下ろされる。

「あたしを置いて自由になるなんて許さない! 何処にも行かせない!」

 すぐに気づいた大人が駆け寄っても茉莉の手は止まらない。自分の足だった物を滅多刺しにして、指を落とし、肉を削ぎ、ビチビチと跳ねる足を痛めつけ続ける。火力を上げていく声は憎悪を燃え上がらせる。

「二度と戻ってこないなら、こうしてやる!!」

 鋏が左足だったものに深く食い込んで、抜けずに空中を数回舞ってから床に落ちた。

 両足は元の形が分からなくなる有様で、黄色い汁を撒き散らして動かない。

 ふー、ふー、と荒い息を吐きながら茉莉は両足を睨みつける。


 丸金の中で警鐘が鳴る。

 茉莉は危険だ。

 この少女は一歩踏み間違えるだけで変貌するところまできてしまっている。

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