置き土産
【警告】拷問シーンを前書きに隔離、残虐表現全力、苦手な人は前書きの読み飛ばし推奨
地面を這いずって逃げる男の両手をブーツが踏みつける。男はあまりの痛みに首を振って泣き叫ぶが声も音も聞こえない。男が必死に命乞いを始める。するとブーツが片手から離れ、そして勢いよく踏み抜かれた。
男の絶叫が無音で響く。踏みにじられる指が間接とは違う方向に折れ曲ると、ようやく手の上からブーツが退いて哀れな男の前に膝をついて顎を持ち上げる。男の顔は原型を留めていなかった。服は半裸なのに皮膚が弛んで赤黒く変色して腐ってきている。両足首には深い刺し傷。男はもう逃げられないだろう。
部屋には他に無傷の女と目玉をくり抜かれた女がいた。テーブルにはテーブルクロスに紙ナプキンが添えられ、目玉の転がる皿とスプーンが用意されている。赤く染まった手が目玉にマヨネーズをかけて容器を放り投げると、無傷の女に向かって迫っていく。身動きできない女は失禁しながら声を上げる。振り回した手が隣の女に当たり、身動きしない盲人を自分の手前に突き飛ばす。盲人は無抵抗で床に倒れこんだ。空洞の目からとめどなく流れる血涙が床と顔に汚れを広げる。
盲人の背中を躊躇なくブーツが踏み越えて無傷の女の髪をつかんだ。引き摺られる女の手が空を掻いて、空気が変わる。
黒い靄が女の手に絡みついて皮膚が鱗状に隆起する。首をつかむ手が離れて女は床で蹲った。その背が服を押し上げながら硬く石の様に盛り上がり、首と手足を縮こめる姿は人間から離れていく。
絶望は連鎖する。
盲人は五体投地で床に根差して形が崩れる。歪な黒い塊りから血管が抜け出して、表面が短い触手の様なイボで覆われ始めた。
その様を確認した加虐者は皿とスプーンを持ち上げて軽やかに男の元へ戻ってくる。正視できない被虐者の瞳は激しく振れる。部屋にある三面鏡の前を加虐者が通り過ぎる。
そこに映りこむのは歪んだ笑みを浮かべる死神。
丸金の悲鳴で隣の布引が跳ね起きる。
オレンジの仄かな光に照らされた装甲車内に異常はみられず、目を瞑ったまま泣きじゃくっている丸金に布引は顔を歪めて迷わず少女の眼帯に指を走らせる。
だが、その指先よりも早く別の手が丸金の目を覆い隠してしまった。
「海舟君!!」
「何度と無い機会で蝙蝠に繋げたGPSだ。単なる夜泣きで台無しにされちゃ堪らんぜ」
「丸金をこんな目に合わせる手段なんて断じて認めない。今すぐ術は解く」
「却下だ」
悪夢から徐々に意識が浮上していく。残虐な拷問は少女の脳裏にこびりついて離れない。村上が蝙蝠に仕掛けた目札が瞼を閉じても右目に映り込んで残虐な光景を垂れ流している。昼夜を問わず見えてしまう凄惨な地獄絵図が、噛み砕く様に丸金を蝕んでいた。
「君の意見なんて聞いてないんだよ」
正面衝突した村上を布引が力づくで排除にかかる。その背後から彼女の首と片腕を締め上げる仲前が加勢した。
「それで、また手がかりゼロから始めようってか? 女って奴は感情任せに損得計算まで脱ぎ捨てちまうらしいな。あいつが野放しになればガキの安全だって脅かされる事をお忘れなく」
「私が責任もって迎撃するさ。次はきっちり頭を穿つ」
「脳筋も大概にしろ!」
「まともな対案が出せないなら、ここまで戦況を詰めるのに死んだ人間を思い出しながら行動してもらいたいんだが?」
仲前に首を締め上げられても攻防は止まず、手元では守りきれないと判断した村上も前方からの拘束に切り替えた。
前後から容赦なく関節をとられかけた布引は、目を細めて流れるように腕を返す。
「それが丸金の心を守らない理由になると思ったら、大間違いなんだよね!」
「何を騒いでいるんだ!?」
バックドアから一気に外の風が吹き込んでくる。
丸金も腹に響く望月の声でようやく体を起こすと涙で濡れた片目を擦る。そして目を開くとちょうどそこには足があって、視界を阻む正体を辿った先には鍛え上げられた男二人が布引に胸ぐらを捻り上げられて鉄板に頭を打ちつけている光景が出来上がっていた。
顔の中心に皺を集めた望月は痛む脇腹を押さえながら拳で仲裁に向かう。
争いの火種である丸金は中立の態度を貫いている望月の隣に座らされ、乾パンにスプレッドを塗りながらモソモソと早い朝食を腹に詰めていく。大人達の方はせっかく温めた貴重な戦闘糧食に口をつける気もないらしく、両者まったく譲る気のない言い争いを続けていた。
「私が一人で斥候に出る。複数でなければ分断工作も関係ない。持久戦でも人海戦術でも勝ってみせるさ」
「だからカチコミかけるにしても、どうやって蝙蝠を見つけるかの対案を出せよ!」
「あのさあ、さっきから布引ちゃんが出してくる提案は全部根性論なわけよ。ほぼ賭け事。戦略ってもんは練った時点で勝敗が決まるわけで、相手に嵌められたら圧倒的な個人の戦力は帳消しにされんの。試合みたいにはだなあ」
「今までシザーに負けた集団が戦力ではなく戦略で負けたとでも言うつもりかな?」
仲前が立ち上がって布引の手から食料を奪う。
「貴重な資源が何を対価に分け与えられたか頭に叩き込めよ特攻兵。ガキ一人の安全なスリルと冒険のために民間人の死体がどれだけ必要か足し算くらいやってみろ。そこにいるガキは基地にいる大勢を生かすための殺し合いに志願したんだ。庇護対象じゃねえ」
布引は手元に残っている貴重なペットボトルを仲前の胸に押し返す。
「私の参戦条件は最初から丸金の安全だ。そういう理屈は認めない」
丸金は何度も口を開きかけては口籠もるのを繰り返していたが勇気を振り絞る。
「我慢できます! こんなの、別に、全然、平気なので……」
布引はすかさず身を乗り出した。
「大丈夫だよ、丸金。我慢なんてしなくていいんだ。誰かを犠牲にしないといけない戦法なんて他の可能性が潰えてからギリギリで選ぶべきなんだから。このおじさん達は道徳的に間違っている」
「そんな布引ちゃんには最初からクライマックスという言葉を送ろうか」
「おい、それとなくガキに近寄んな。魂胆は見えてんだよ」
黙って聞き手に回っていた望月は前のめりに体を倒した。そうすると小柄な丸金は大人達の視界から簡単に隠れてしまう。
落ち着いた声が争点を押さえつける。
「昨日から話が堂々巡りだ。村上君の主張と布引君の懸念は簡単に切り捨てられるものではないが、議論を重ねれば最善が見つかる類でもない。どちらに舵を切るにしろ、前へ進む為にまずは話を整理させてくれ」
誰かの苛ついた溜め息、床を叩く爪先、関節を鳴らす音。彼らの不協和音は丸金の弱さで起きる。
強くなりたい。役に立ちたい。足枷になんてなりたくない。
初めて自分にしかできない役割を与えられたのに。
丸金はうつむいて静かに片目を塞ぐ。そこに映るのはここではない何処かだ。血で染まった手が壁に生臭い文字を描く。まだ習っていない丸金にはそれが読めない。ただ壁一面が血文字で埋められていく異様な光景を蒼白になりながら眺めるしか。
鬱々とした感情に支配され丸まっていく背が大きな手に叩かれる。
驚いた丸金は背を伸ばして隣の望月を仰ぎ見た。
「菅原君は蝙蝠の行動を監視できるが、居場所までは把握できない。違う視界で同時に空間を把握するのは至難の業だ。ましてや空から地上に置き換えて追いかけるなんて現実味がない」
建物を縫うように飛ぶ蝙蝠の居場所はものの数秒で見失った。
「不特定の場所を追跡するにもガソリンには限りがある。それを押して接触できたとしても怪我と弾の不足だけは替えがきかない。次こそは勝ちに賭けたいところだが撤退する場合の燃料は残さなければならない」
仲前が絶望的な事実を付け加える。
「基地の貴重なガソリンも気軽におかわりさせてもらえるわけじゃねえからな。生産者のいない世界で限られた遺物を消費してる点は、是非ともお忘れなく」
刀は折れた。
車に積まれた銃弾が尽きれば銃火器も使えない。
C4直撃での生き埋めから自力で生還した望月と、刃渡り十五センチを根元まで腹に捻じ込まれた村上は本来ならば絶対安静。
真っ当に判断するなら死神討伐は断念するのが妥当だ。
「仕切り直さねば戦闘以前に我々が持ち堪えられないのが現状だ。今までしてやられた蝙蝠に布引君が気合いで勝つという案は投げやり過ぎる。だが菅原君への実害はもちろん、増え続けている被害者がいるのならば今すぐにでも蝙蝠は捕らえたい」
村上が両手を振るう。
「そこで選択肢の発生ってわけだ」
「あははは、却下、却下」
内容を聞いてもいないのに布引は目の前にきた村上の手を払い除けた。
二人が無言で申し合わせたように笑顔を張り付けて立ち上がる。
望月は眉間に皺を寄せて声量を上げる。
「考え得る限り、最速で目的を果たす為の提案だ」
空席を一つ埋めている端末に、生傷の深い指が向けられる。暗い画面には血痕がこびり付き、ヒビ割れが蜘蛛の巣と化した桐島の端末だ。
「まずは、死神に対抗できる戦力との合流を優先しよう。桐島君の残した置き土産が荒妻君の行方を辿れる最後の手がかりだ。彼には元から離脱の予兆があった。動画に残された蝙蝠とのやりとりを見る限り、彼は自発的に姿を消した可能性が高い。時をおけば二度と協力は得られないだろう」
桐島は蝙蝠の襲撃を受けて逃げる最中にあってなお貴重な情報を車に残していった。起動されたカメラに映る血塗れの背中に始まる映像は、時間をおいて駅の階段から現れた荒妻の背中までを画面の端にとらえられていた。
車を正面から一瞥した荒妻は、何かの気配で素早く振り返ってナイフを構える。低い建造物の上に舞い降りたのは黒い翼を持つ蝙蝠だ。小さな映像に音声は無い。荒妻の表情は判らないが蝙蝠が何か話しているくらいは見て取れる。
そして、荒妻は交戦することなく画面の外に消えた。手を振る蝙蝠は笑顔で荒妻を見送る。
布引は目を細めて蝙蝠の口元から拾いあげた言葉を声にする。
「面白い映像、他人事に加担、殺すべき相手、マガツ村、生き残り、真実、里帰り。この情報で見つけ出した晋作君がこちら側に戻ってきてくれるとは思えないんだけれどな」
「それでもだ。望まない戦いから退くと言うのなら受け入れてやりたいところだが、唆した蝙蝠からはハッキリとした悪意が透けている。……彼を見捨てられない」
「あっちは堂々とこっちを見捨てたんだがなあ?」
「この映像もきっと蝙蝠の罠だよ。私達はオモチャにされている」
「そこまで考え出したらキリがないだろう。他に情報がないんだ。あえて踏み込まなければ何もできないままだ」
高速道路の標識の先には蝙蝠が口にした村が確かに存在していた。高速道路を行ったと言う蝙蝠の言葉に嘘がなかったとすれば、荒妻の足取りを追えるかもしれない。
布引が折り畳まれた地図を叩く。
「山奥まで行って帰ってくるガソリンこそ無いんじゃないかな」
「それなんだが、補給については自分にアテがある」
村上も別の切り口から否定に入る。
「もし荒妻ちゃんが戻ってきたとしてさあ、一度離脱した戦闘員なんて背中を預けるどころか獅子身中の虫なんじゃありませんかねえ。あの戦況でマルを放棄したのはかなり致命的なんだが」
丸金は強く胸元を握り締める。
死神二体に襲撃を受けている最中の敵前逃亡だ。死にかけたのは一度や二度ではすまない。
しかし、彼は本当の意味でみずから戦闘員になったわけではない。選択しなければ身動きもできない檻の中に押し込められるから、仕方なく、脅されて力を貸したに過ぎなかった。離脱を目論んでいたなら危険な状況は逃げるのならば絶好の機会だったとも言える。
長い付き合いではなく、彼の事情は片鱗すら開示されていない。
今まで他の大人達のように付き合ってくれていたことを感謝こそすれ、裏切り者だと責められるだけの繋がりは最初からない。
「そんな事は会って事情を聞いてから決めれば良い」
「なるほど? 布引ちゃんはマルの術を解いて感を頼りに居場所の分からん蝙蝠へ特攻したい。望月ちゃんは居場所の分からない脱走者を追跡して言い訳を聞きに寄り道したい。それなら俺は無難に蝙蝠の情報を持ち帰って物資と治療を頼みこむ提案を出すわ」
村上の案には仲前が反論する。
「いまだ死神の一人も殺れず、第二のカマイタチと目される奴が行方知れず、蝙蝠は殺戮者じゃなく狂人で、タイタンは生きて近くを徘徊してますけど貴重な医材分けてください。ああ、ガソリンは満タンでよろしく。……てめらの処分を言い渡されてバッドエンドだろうな」
意見はまったく纏まりを見せない。丸金には誰が正しいのか判別できず、自分がどうしたいのかすら分からない。
布引は拳を握る。
「もういい。だったら私が発言を引き下げるよ。これからの行動にも意見しない。代わりにこの子の片目だけは何がなんでも返してもらう」
「譲歩したとみせかけて何も意見変えてないんだが。そっちがその気ならご主人様に聞いてみようじゃないか。なあ?」
薄ら笑いの村上に話を振られた丸金は盛大に体を震わせる。
「俺はマルの手駒だ。せっかく手に入れた蝙蝠の目を捨てようが、死神退治を辞めて何処かで余生を過ごそうが、ご主人様の目的に沿って働きを変えようじゃねえか。なあ、お前はどうしたいんだ?」
丸金は激しく首を振る。
「や、やります! 私が、ちゃんと蝙蝠を見張って、それで、少しくらい、役に立って」
布引が村上の二の腕を鷲掴みにする。
「海舟君、君と二人きりで話したい事があるよ。今すぐだ」
「早朝から堂々と裏に誘うなんてイヤらしいなあ。構わないけど怪我人だから激しくしないでね」
不穏な空気に丸金が慌てて飛び出しかけたところを望月が席に押し戻す。
「いい加減に苛立ちをぶつけ合うのはよさないか!」
仲前は顔を顰めて髪をかき上げる。
「あーあー、このままウゼェ口論聞かされるくらいなら外で好きなだけやりあってこい。ここまで拗れりゃどう転んだところで満場一致はありえねえ。それにお前らがどんな結論捻り出そうがチームの指揮権は俺様だってとこお忘れなく」
丸金はフロントガラスの見える位置まで移動して、空の助手席の裏から外を覗き見る。声の届かない離れた所で布引と村上が笑顔で何かを話している。一見穏やかだが表情はピクリとも動かず不穏そのものだ。先程のやり取りからも冷静な議論でないのは分かりきっているが、「大人のお話を邪魔するな」と命じられた丸金に割って入る術はない。
同じように運転席から二人の動向を監視する仲前は吸い殻をくわえてハンドルを握る。
「子供の教育方針が真逆で殺し合いに発展した夫婦の構図だな。そもそも纏まりを考えずに寄せ集めた無協調チームで理想的な連携なんざとれるわけもねえが」
「理解し合っている相性の良い村上君と仲前君でも対立するんだ。この状況では荒んでしまうのも致し方ない」
「いちいち俺とアレを仲良し扱いする必要ありましたかねえ。この間からちょくちょく弄ってくんのキモいんで止めてもらえますー?」
「素直に誇れば良いじゃないか。そんな相棒がいるなんて自分には羨ましい。改心させるにしろ凶行を止めるにしろ、最後はあちらの村上君にもその真心が伝わればと思っている」
「だからぁ」
「殺さず説得できるようなら協力は惜しまない。恨みを買い漁った彼には生きづらくなるかもしれんが、君達が救いのない終わりを迎えず済むと良いな」
苦虫を噛み潰した顔で仲前は窓の外に顔を背ける。
望月は地図に目を落として印をつけながら経路を思案している。ただ大人の動向を眺めているだけの丸金は、また片目を塞いで蝙蝠の視点を探ろうとした。
その鼻先に人差し指が立てられる。
驚いて視線を向けると、前を向いたままの仲前と鏡で視線が噛み合った。
「おい、夜泣き丸。次にグロいもんが見えたら何でも良いからこっちの物に視点を合わせてろ。あっちの映像が網膜で自動再生されてようがな、脳みそは二箇所を同時上映できねえんだよ」
「あ……」
特に話を続けるでもなく手がハンドルに戻っていく。
丸金にとって最初に知り合った大人は仲前と桐島だった。事務的で、指示以外は声をかけず、気遣いらしいものすらなかった。基地の大人達の大半が情を移してしまわないよう新しい関係を希薄に保とうと努めているから珍しくもない関係だった。
今は別かといえば必要以上に構ってこないのは同じなのだが、存外、この監視は分かりにくいながらも助け舟だけは初めからよく出してくれるのだ。
考えている間に返事をし損ねた丸金は困ってポケットのチョコを仲前の膝にソッと乗せて望月の隣まで逃げ帰った。
「は?」
丸金はランドセルを広げて陰陽術の本を握り締める。
すべき事が分からなくても丸金にしかできない事は一つだけ。眺めるだけなら赤児と同じだ。役に立ちたいなら前だけを見る。考えて、勇気を出して、諦めないために。
布引と村上の性質は正反対だが、色だけはよく似ていた。柔らかそうに見せながら本質的には柔軟性のカケラも無い。
「丸金を作戦に組み込まないでと何度お願いすれば解ってくれるんだろうね。あの子がいくつなのか思い出してもらいたいな」
「九つのガキにだって生き方を選ぶ権利はあるぜ。こっちは年齢を理由に主導権を奪うつもりはないし、最善を尽くす為に必要な役目は果たすのが筋ってもんだろ?」
「筋は私が通す。必要な犠牲は全て被るし、どう扱われようと構わない」
「そうやって自分を使い潰した後はどうするつもりですかねえ。飛び方を教えられずに取り残された小鳥は枯れた巣箱で死を待つばかりだ」
「私が負けなければ良い」
「マルだって少しは無い知恵絞ってお喋りできるぜ。そんなに嫌なら脳筋なりにお伺いなんか立ててないで、町中を裸で練り歩くなりして誘き出した首級を上げてきたらどうだ。事が終われば不要な火種で内ゲバしなくて済むんだからなあ」
「良いよ、そうしよう。お好みに添えるよう尽力するから性癖でも教えてくれるかな」
村上はうつむいて口角を吊り上げると、丸金からは見えない角度でこめかみに人差し指を当てクルクルと円を描く。
「初めて会った時から気付いてたけど算数まで放棄した生き方してる物凄く頭の悪いタイプで頭痛がしてきた。馬鹿を相手に腹割って話したところで歩み寄りもクソもねえわ」
「あの子の前では言わないけれど」
挑発に対して張り付けた笑顔を崩すことなく布引は村上の首元に掌を置く。親指と中指で艶かしく頸動脈をなぞっていく姿は恋人同士の様な色めいた仕草だが、動きを止めた指先に力を込めれば急所はすぐ真下にある。
「私が成すべき優先順位は正義じゃない。あの子達の安全が脅かされるのなら死神退治なんて知ったこっちゃないんだよ」
蝙蝠と寸分違いない顔が目を細めて薄笑いを返す。
「俺の成すべき優先順位はご主人様がお求めになられる限りは正義の味方だ。愛護精神なんざ知ったこっちゃねえんだよなあ」
元よりねじれの位置が噛み合うはずもなく、完全なる決裂となる。
菅原丸金
荒妻晋作/鎌イタチ
村上海舟/蝙蝠
布引轟 /シザー
望月羽秋/タイタン
仲前蓮




