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迷い子

グロホラーな30話が怖い人のために聖が要点をまとめます↓


「変貌する条件とか何にも分からない頃で、パニックを避けるために各地で起きた変貌事件がニュースにもなってなかったわけ。町中で変貌者が出て、襲われた仲間と道場に逃げ込んで、家族を心配した生徒のために轟先生が様子を見に離れたせいで怖くなったチビが変貌して、周りに連鎖して、それ見た村の連中が道場ごと俺達を焼き殺そうとしてきたんだ」


「爺ちゃん先生は変貌したチビに襲われながら俺達を庇って玄関先で滅多刺しになってた。酷いよな。俺達はともかく爺ちゃん先生は同じ村の馴染みだったのに」


「火だるまになってる奴、友達に食われてる奴、友達だった奴を殺した奴、逃げ回ってる奴、みんな最悪な死に様だった。俺は轟先生を呼んで泣き喚いてた。先生助けて! 先生! 先生! って。かっこ悪いだろ? 周りは火の海で、息もできなくて、畳に這いつくばって、動けなくなって、もう死ぬなってとこで最期の酸素使って轟先生呼んだんだ。そしたらさ、火の壁から轟先生が飛び込んできた。俺の体担ぎ上げて後ろの土壁ぶっ壊して奇跡の大脱出ってわけ」


「道場が燃えて、キナコ達が死んで、変貌した奴らも死んで、俺も虫の息で意識朦朧だったから声が出せなくて、轟先生が泣き叫んでるのに生きてるって一言も伝えらんなかったんだ。声を絞り出せた頃には轟先生は焦点すら合わなくて項垂れたまま壊れちまった」


「目が覚めたら周りで村の連中がバラバラになってたんだ。轟先生の腕が血塗れになってたし、周りの奴らが凶器持ってたから返り討ちにしたんだろうな。先生は他の変貌者と違って動かなかった」

 丸金は布引が何故平然としていられるのか謎だった。何があっても笑っている強靭な大人が何故シザーになど変貌したのか。


 彼女は生徒を一度は五体満足で全員匿えたのに判断を誤った。道場を安全だと思ってしまった。前線に向かってしまった。生徒が変貌するなど夢にも思わず。村人が生徒を焼き殺す可能性など脳裏にかすめもせず。

「変貌する条件とか何にも分からない頃で、パニックを避けるための情報統制なんかでニュースにもなってなくて」

 布引は大事なものを安全な所に隠したがるから当然の成り行きだった。

「あっさり殺されちまったけど爺ちゃん先生も本当は凄く強かったんだ。でも爺ちゃんには選べなかったんだな。変貌した子供を見捨てるのも、村の仲間を殺すのも」

 戻ってきた布引は火の海となった道場で大切にしていた子供達の無残な姿と対面した。

「火だるまになってる奴、友達に食われてる奴、友達だった奴を殺した奴、逃げ回ってる奴、みんな最悪な死に様だった。俺も助けられた時には虫の息で、轟先生が誰も助けられなかったって泣き叫んでるのにまだ生きてるって声が出なかった。一言で良かったのに。気がついた頃には手遅れだった」


 何度も仲前と村上には地雷を踏むなと忠告されてきた。一見無敵に見えた布引の歪な部分が、ようやく丸金にも見え始める。

「轟先生は俺のせいで変貌したんだ」

 顕現してから一度も知り合いの安否を確かめようとしなかったのは、変貌する程の絶望が何を意味するか想像できたから。


「世界を救うとか嘘っぱちだ。俺は轟先生を正気に戻したい。変貌者を戻すって言ったけど、正直、姿形はなんだって構わねえんだ。話しかけたら返事が欲しい。名前を呼んだら目を合わせて欲しい。そんだけで良いから」


 取り残された少年は言葉を詰まらせ大きな溜息をつく。

「んあー、質問なんだっけ。悪い、関係ないことまで喋り過ぎた。先生こんなんだから一人で喋るのに慣れ過ぎて最近ヤベェくらい脱線するんだよ」

「……いえ、いいえ」

 丸金は激しく首を振って、蹲って背を丸めて地面に額をつける。

 もうこの奇行には聖も見慣れたもので、煩雑に丸金の服を背中で鷲掴みにして持ち上げてしまった。服が少し破れる音がする。

「お前、猫か幼児じゃないんだから地面で丸くなる癖やめろ。汚ねえんだよ」

 涙が雨のように地面へと降り注ぐ。

「うえっ、うえっ、えっ」

「んがー」

 うんざりした顔で呻いた聖はそのまま丸金を持ち運んでシザーの膝に乗せてしまう。黒く変質した少し硬い肌に丸金の体が跳ねる。死臭に近い異臭がするのに触れた胸の鼓動と温もりは確かに丸金の知っている布引だ。

 これが死神の正体だ。


「凄く強い人がいれば、その分、たくさん人を守れるわけではないんですか。こんなに強くても駄目なら、私は、私は何のために禁忌を破ってまで」

「それな、俺もずっと考えてた。つまるとこさ、一人がズバ抜けて強くても守れる数には定員があるんだよ。その数を見誤って、あっちも、こっちも、って助けに行っちまうとな、見てない間に弱い奴が下手打つんだ。誰が死ぬのが一番嫌か順番つけて、他の奴らに目もくれずに」

 子供達に恨まれてでも未知の敵を見定めるまで、子供達の大切な家族をことごとく見殺しにすれば。


 選択で結果は真逆にまで変貌する。


「俺はいざという時に弱かった俺を許さない。全部俺が強ければ何もかもが違ったはず、だがしかーし!!」

 大きな声に驚いて顔を上げると聖は笑顔で拳を突き上げていた。

「全容を知ってから答え合わせしたって仕方ないだろ。俺は布引道場最後の弟子なんだ。もうあいつらに顔向けできない無様な生き様なんざ晒せねえ。轟先生と爺ちゃん先生はいつだって笑ってた。だから俺はそれを引き継いで全力で絶望に抗ってやるんだ」

 丸金は全ての言葉を失った。






 丸金は川で顔を洗いながら濁った波紋を眺める。

 シザーは殺戮者の中でも特殊な部類だ。


『変貌しても誰かを守ろうとしてる。ただ人間も変貌者も見分けがつかなくなって殺意がある奴はみんな敵に見えちまう』


 妖怪も全てが殺戮衝動を持っているわけではない。付き合い方さえ知っていれば無害なものが多いくらいだ。

「シザーも」

 扱いを心得ている聖と協力すれば他の死神と違い和解できるかもしれない。しかし、シザーは一度そばで戦闘が起これば人も殺戮者も殺し尽くしてしまう。殺戮者や死神が現れても無抵抗でいるのは難しい。習性を知ってはいても殺される者が後を立たないのは、そもそもシザーが戦場に現れるため戦況によるはめ殺しに陥りやすいからだ。

 何より、シザーを無害化できたとしても桐島は無垢な殺戮者を許せるだろうか。悪意に関わらず人を殺して恨みを多く集め過ぎた贖罪なき存在を。


 電源の切れたロボットの様に草むらで座り込んだシザーの毛先は風にされるがまま揺れている。

「ひーるーめーしー」

 川の真ん中で裾をまくった聖が手掴みで魚を追いかけて水を跳ね上げる。


 シザーが人間に戻ることはない。

 しかし、それを告げれば聖がどうなるか火を見るより明らかだ。二言目には轟先生だ。藤崎聖は絶望に堕ちたシザーを救わんと全身全霊をかけて戦い続けている。

 そして丸金はシザーを殺すために布引を顕現した。


 布引はおそらく聖を選んでしまう。


 一番簡単なのは布引と再会することで聖がシザーを諦める事だ。丸金では説得できない。人が性格形そのままに増えたとして片方を要らないからと殺せるだろうか。シザーを殺すとなれば苦しませないようにと手心を加える余裕はない。


 正解の見当がまるでつかないのに、ここでは相談できる大人がいない。

 半人と化した青年を救おうとした望月ならどんな答えを出すだろうか。変貌しかけた蜘蛛男を人間として扱った大人だ。正直に状況を伝えれば公平に判断して道徳的な正解を見つけてくれるかもしれない。

 あるいは村上に会うことができればどんな選択肢が存在するのか教えてもらえるだろう。いくつ道があるのか。善悪に関わらず大人はどんな結末を考え得るのか。

 なんとか一番最初に村上と合流できれば。


 鬱々と考え事をしている丸金の手に白く透明で柔らかな感触が触れる。

「ひあっ」

 不意のことで声を漏らした丸金は何が流れてきたのかと持ち上げようとして、水草の様でいて厚みのある力に両手をつかまれ水中に向かって引っ張られる。


 目の前には黄色く濁った目をした皮膚が蕩けた青白く膨れたものがいた。


「あっ」

 声を漏らし体勢を崩しかけた丸金の前に突然壁が現れて頭を打つ。手首が丸金の手を握ったまま壁の内側に残っていた。握られた指の間にはヒダのようなものがある。川にクリーム色の体液が漏れ出した。鉄板に手をついて頭上を見上げるとシザーがいた。

「うええ!? なんだこれ、きっめぇ!」

 シザーの大鉈が目の前から引き抜かれ、素早く一閃されて何かの頭が横に飛ぶ。


 目の前に広がった水面には無数の異形が川を埋め尽くしていた。中には皮膚が捲れて細かく裂けた頭皮と毛髪の混ざった頭が皿の様に白い頭蓋を露出したものが水面から頭を出している。ぬめついた不気味な顔貌はまるで河童にも見えた。


「菅原丸、川から離れてろ!」

「でも聖さんは武器が!?」

 シザーは一直線に聖の元まで水面を斬って前を陣取り鉈を構える。

「お前ほんと良い子ちゃんなんだけど察し悪いし聞き分け悪過ぎ!」

「でも、でも」

 無数の河童は川辺から這い出して丸金へとにじり寄る。後退りながらも丸金は周りを見回して無造作に置かれた鞄を見つけだした。

 這い寄る河童の動きは遅い。


 一直線に鞄に向かった丸金は躊躇いなく鞄をひっくり返してバールを掲げる。

「聖さん、武器! 武器!」

「よっしゃあ、投げろ菅原丸!」

「は、はいぃぃ!!」

 丸金は聖に向かってバールを投げた。そして鉄の棒は川にも届かず草むらの中に落下した。

 河童の頭を刈り取るシザーを盾にしながら聖は半目する。

「まあ知ってた。んもう、もやしっ子なんだから助けに行くまで自衛に集中してなさいって! 絶対助けてやるんだから変貌したりするんじゃねえぞ」


 動きは遅いが川からおびただしい数の河童が次々と姿を現していた。中身の無い鞄を抱いて後退する。

「何故、急にこんな」

「あ、ごめん。多分これ俺のせいだわ! 釣りとかって撒き餌に血とか撒くことあるじゃん? 川下に生息してた奴ら呼び集めちゃったかもだわ。知らんけど!」

「そういえば、本にも誘き出す時にそういう事をするって、書いてたような」

「マジか。俺、天才じゃん」


 けして楽観的な状況ではないのに聖がいるとどうにも緊張が解けてしまう。

「おーっほっほっほっ、捕まえてごらんなさーい。先生、菅原丸の所に行きたいからこっち先よろ」

 河童の前に身を投げ出しシザーの矛先を誘導して、本当に意思疎通が出来ているかのように共闘する。

「ちゃんと周り見てろって菅原丸、横! 横にいるから!」

 死神を一人殺さずにすむなら誰も失わずに希望へ一歩近づける。

「ああ! 鈍臭い、囲まれないように全体を見ろって」

 上手く協力する方法を見つければシザーだって味方につけられるかもしれない。

「ちょ」

 状況の悪さが重なっただけで変貌しても優しさを失わなかった死神だ。


 這い回るだけの河童が立ち上がって壁になる。視界が悪くなり四方を固められた丸金は息を切らせて彼らを見上げる。歪む水面ではなく直視をした変貌者は、やはり河童などの生物よりも水を吸って膨れ上がった水死体と表すのが相応しい。


 シザーを信じて丸金は目を瞑る。

「……布引さん」

 小さな体に集まる殺意がシザーの注意を引きつけた。膝を折るシザーに気づいた聖は彼女の肩にしがみつく。シザーが大きく凪いだ刃は力任せに大振りで、丸金の元まで直線上に存在する河童の体を両断しながら瞬く間に距離を詰めた。

 剣圧で思わず開いた丸金の目にまるで少女を斬らんとする勢いの死神が映った。人形よりも感情のないシザーは少女を視界にとらえている様子ではなく、勢いを落とさず横薙ぎに丸金を囲う河童の頭を落としながら。


 爆音と同時にシザーの細い刃が何かを斬った。


 残った河童の頭を片方で削ぎきって、続けざまに空気を割いた爆音を弾き落とし、空気を斬るように刃を躍らせながら丸金の横に足を踏み入れる。


「丸金ええええ!!」


 少女の背後でシザーの鉄板の様な大鉈と細い刀が交差した。火花を上げて軋みながら軌道を変えるシザーの鉈に耐えきれず刀が折れると同時に鉈の横面を乱暴に打ち払う。

 甲高い音を立てて宙を舞う白銀の刃。

 丸金は振り返った。

 背後には折れた刀を振り下ろした布引と、河川敷の上から銃を構える仲前がいた。

 布引は折れた刀を握りしめたまま丸金の胴に腕を回してシザーから距離をとる。シザーは追撃せずにいまだ迫ってくる河童へと首を傾ける。


 地面に降ろされた丸金は強引に対面させられた。布引は丸金を頭から腕まで撫で降ろして無事を確かめながら今までからは考えられない金切り声を浴びせる。

「無事だったのね!? 怪我は、水やご飯は食べてたの? なんで居なくなったりしたの!! 怖かったでしょ、すぐ見つけてあげられなくてごめんね、ごめんね……」

 泥と血に塗れ、目の下をどす黒く鬱血させ、幽鬼の様に疲弊した布引は洗浄される前のシザーと瓜二つだった。

 胸に包まれて強く抱き締められると布引の震えが丸金にまで伝わった。心臓は激しく脈を打ち、大きな呼吸を繰り返して、涙まじりで、ずっと必死に探してくれていた。おそらく、休みもせずに。


 それでも今は会いたくなかった。


 血の気が引いた丸金は膝を震わせて布引の服をつかみかえす。

「轟先生?」

 シザーの背に隠れていた聖の呆然とした姿が露わになる。何の根回しも策もないまま引き合わせてしまった。殺意を振りまく魍魎のいる戦場で。

 丸金を包む腕の力が緩む。

「ひ、じ、り?」

 掠れた声が顕現後初めて少年の名を呼んだ。

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