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地下鉄スラム

 地下鉄の近辺は事故車で溢れていた。見通しが悪い代わりに隠れる場所は多く、スラムに続く階段のバリケードとしても機能している。車で近づく道順を把握していなければ、随分と遠くから歩くはめになっていただろう。

 装甲車は景色に紛れ込むために階段横のコンビニへ事故を装って駐車された。ボンネットに細かいガラスがパラパラと散りばめられる。薄暗い運転席からハンドル片手に振り返った仲前が顎で方角を指す。

「あらかた邪魔になりそうな雑魚は一掃した。んで、隣が地下鉄の入口だ。見りゃわかるな」

 車の屋根にある開閉部から上半身を出して射撃役についていた村上が、銃口の煙を吹く。


 役割がシフトした。

 目を覚ました桐島は騒ぐことなく、床で立膝をついてバックドアにもたれかかって力なく項垂れていた。そして到着を知ると、普段と変わらない口調で、普段通り説明を始める。

「地下鉄スラムの構造は単純だ。地上との繋がりを減らすため他の侵入経路は潰されて一本化されている。周辺カメラの記録映像を一括して蓄積している部屋は、地下一階、駅務室の奥だ。住人を刺激しないため、記録を回収したら手がかりのサルベージ自体は車内で行う」

 何事もなかったかのような態度が不気味で、しかし、あえて狂気に触れる者は出ない。


 銃の弾倉だんそうを差し替えながら村上が茶化す。

「地下なんていかにも亡者で溢れていそうなホラー定番の屋内ステージで、出口一つの逃げ場無しか。おっかないねえ」

「現実問題、そのパターンは見飽きる程度には遭遇する。だから滞在時間に関わらず、人間の住処に突入する時は完全武装するんだ。死神じゃなくとも強烈な殺戮者はごまんといるからな」

 ショッピングモールがそうだった。人間と殺戮者は密やかに入れ替わり、ハチの巣をつついてようやく壊滅を知る。

「あの穴蔵が変貌者の巣窟で、尚且つ雑魚ばかりなら掃除しつつブツを回収。ヤバそうなら適当に撒いて入口爆破して次だ」

「地獄に蓋をするわけだね」

 忘れがちだが、異変そのものは殺戮者の数が飽和すれば解決するというのが陰陽師の見解。殺戮者を殺さず無力化できるに越したことはない。ただ、それは完璧に封じ込められたらの話だ。

 望月から不安な点があげられる。

「地下では線路で他の駅と繋がっているんじゃないのか。通路と違って頑丈で規模の大きな空洞だ。爆発物を持たない集団が封鎖しているとは思えん。大群が別の駅に流れて生存者へ思わぬ被害が及ぶことを考えれば」

「元から線路では殺戮者が徘徊しまくってんだよ。スラムの連中に避難勧告でもするか? そりゃ、お決まりの台詞で感謝感激してくれるんだろうぜ。迷路で遊ぶ化け物が数十体増えたから、どうしたって感じにな」


 布引は手を叩く。

「はいはーい。それで、危ない地下へはみんなで行くの?」

 即答したのは歯に絹着せぬ村上だ。

「もちろん松葉杖はお留守番だろ? 殺戮者から追われる時に機動力がマル並で、持ち運びがマルより難儀で、行動手段がマル未満。撒けるもんも撒けないからな」

 比較対象にあげられた丸金は萎縮して桐島の顔色に目を走らせたが、あげつらわれた桐島の方は挑発には乗らず、体で隠れていた端末を持ち上げて見せた。画面には複数の景色が映されている。

「牽制されずとも僕は残る。作戦の成功率にマイナス計上されるつもりはないし、時間を無駄にするつもりもない。城で手に入れた記録から昨日今日の映像を浚っておく。どうせこの近辺では車の盗難避けに留守役が要るしな」

 自主的に後衛についた様子で明らかに一部が安堵する。

「では居残り組だが」

「必要ねえ。桐島以外は車から降りろ。話聞いてたか。戦闘要員は一人でも多く地下行きなんだよ」

 聞く耳を持たずに仲前は外に出てしまった。彼を後押しするように桐島はバックドアを開く。


「あ、あ、あの」

 丸金は下を向きながら小さく手を挙げてボソボソと申し出る。

「でしたら、戦闘で役立たずの私が残って見張りを。ど、動画見てたら、誰かが近づいてきても、気付くのが、遅れますし」

 絞り出した勇気を村上が笑顔で一刀両断する。

「さっきプッツンした大人とプッツンさせたマルが一緒に残って、上手に仲直りできるかなあ?」

 容赦の無い指摘に指先は丸まり腕が下がっていく。その手をとった村上が、胸に手を置いて腰を曲げる。

「その点、俺は桐島ちゃんと揉めてないし、地上に残る屁理屈も朝飯前だ。どうする?」

 コンビニから道に出た仲前が村上の言いざまに顔を歪めた。


 彼はいつも丸金に選ばせる。

 結果、正解できた試しはなく、後悔ばかりが募っても。


 小さく頷けば答えと見なして村上は仲前の元へ交渉に向かう。望月と布引も車から降りていく。選択に口出しする者は誰もいない。


 急いで後に続いた丸金は車の前で立ち止まった布引を追い越した。車を振り返った布引と車の床に座る桐島の目線は丁度良く高さがかち合う。首に薄っすら指の跡が残る布引は、いつもの明け透けな笑顔を浮かべて桐島に言い放った。

「キリポン。さっきの約束は有効だから、果たすかどうかは今まで通り監視してなきゃね」

 返事はかえらない。

 それでも構わず手を振って、布引は前に進む。






 地下鉄の階段前で仲前が悪態を吐く。

「泥沼の修羅場やった後によくもまあ、そんなふざけたあだ名を継続できるな。神経を疑うわ」

「だあって、キリポン名前を教えてくれないんだもん。仕方ないよね」

「何が!?」

 簡単に言い切る布引の背中を見上げ、丸金は「どうして」と呟く。何故、憎悪を向けられても平気でいられるのか。背筋を伸ばしていられるのか。重圧に押し潰される丸金には信じ難い振る舞いだった。


「そんじゃ、俺は別行動ってことで、コンビニと地下鉄の階段と空が見渡せる良い具合の物件を探しますか」

 村上は階段とは逆の方角へ進んでボンネットに飛び乗った。

 地下へは全戦力でもって警戒に当たると方針を打ち出した仲前を、宣言通り村上が説得した。

 鎌イタチの件が蝙蝠の罠なら、何処かで見物して密かについてきている可能性がある。もう今後は距離を詰めるだけではない。これは実際に見つけて仕掛けていくべきだと提案したのだ。

 目視での索敵。

 護衛のためというより、元からその目的のついでという色合いが強い。

「また後でな」

「海舟君も気をつけてね」

 長身が車の向こう側に飛び降りて颯爽と姿を消す。


 そして、こちらが本隊だ。

 地下鉄への入口は階段とエスカレーターの並んだ完全な暗闇だった。仲前は珍しく頭に帽子を被り、正面に取り付けた懐中電灯をつけて銃口を下に向けながら階段を降り始める。

 各々、与えられた手持ちの懐中電灯をつけて暗闇の中に包まれていくが、丸金は少しもたつきながら電源を入れた。奥を照らせば突き当たりに改札口の表示が丸く浮かぶ。この光の中に得体の知れないものが過ぎることを想像しながら置いていかれないよう足を踏み出して、丸金は割れた裂けめに足をとられて体が宙に泳ぐ。

「あっ」

 転げ落ちかけたところで背後から腕に支えられる。前方の大人達は少し先行していて、半歩後ろを見上げれば荒妻が最後尾で静かに丸金を見守っていたことを知る。

「ありがとうございます」

 小さく頷きが返る。


 曲がりくねった狭い通路では物音息遣いの一つも聞こえてこなかった。地下一階、先行している三人の会話だけが反響して響く。

「本当にこんな所で人が生活しているのか?」

「してるぜ。スラムでは災害用の手巻き懐中電灯なんかで必要最低限しか光を使わない。そんでもって物音を聞いたら鼠みたいに一斉に身を潜める。連中は殺戮者がきても暗闇に身を潜めればやり過ごせると思ってるからな。穴蔵で隠れる動物みたいに陰気な余生を選んだわけだ」

「だから、君はどうしてそう失礼な言い回しをするんだ」

「正しく連中を理解して余計な接触させんためじゃ、ボケ。スラムでの注意事項をお花畑な脳みそに叩き込んどけ。基地からは食料や物資を時々恵んでやってるから多少の会話なら成り立つが、どいつも基本的に繊細かつ人見知りで排他的だ。拒絶されると今後接触できなくなるから交流を図ろうとするな。特にてめえだシザー」

 名指しで強調された布引が「解せぬ」と口を尖らせる。仲前は布引の額に勢いよく指を突き立てる。

「基地で他の隊員から俺のとこに苦情がきてんだよ。自覚しろ、この野郎」

「そうは言っても、ご近所付き合いは根気だしなあ」

「ご近所さんはてめえらを人間扱いしたくねえんだよ。ご遠慮しやがれ」

 望月が間に入って物理的に距離を開けさせる。

「彼らとの付き合い方を心得ているのは仲前君だ。秩序を乱さないよう細心の注意を払おう」


 途中で四番出口の表示と瓦礫で埋まった通路を横目に通り過ぎ、トイレと駅員室の横を通るところで布引が凝視していく。何かあるのかと丸金も追視するが、周囲は相変わらず静かなものだ。

 左に溶接された二番出口、駅員室の隣に土砂が流れこむ黒く焦げ付いた三番出口が並び、通路と駅構内を区切る改札口と切符売り場が正面に見えた。奥にもまだ人影は無い。


 布引が改札機に手を置いて立ち止まる。

「やっぱり都会は自動改札機か。どうもこれには身構えちゃうんだよね。まだ最寄りでは切符きってるから慣れないというか、子供の頃に小さい扉に不意打ちで打たれたのがトラウマで」

「今時、切符きってるとかド田舎かよ」

 仲前が鉄柵に寄りかかり足踏みした布引を小馬鹿にすると、望月がすかさずフォローする。

「自分の実家の最寄りは未だに無人駅だ。駅員がいるだけマシだろう」

「駅員がいないとかキセルし放題じゃねえか」

「ふふふ、蓮君は発想がクズだなあ。無人駅は車内で車掌が回ってくるからすぐ見つかるよ」

 望月が先陣をきって改札に進む。

「幸か不幸か廃墟だから心配はいらない。なんということもないゲートだ。確かに切符無しで通るのは妙な罪悪感が湧くが」


 改札機が警告音を発して起動して、望月がつんのめる。


「ぐふっ」

 突然の異変に丸金が数㎝跳び上がる。仲前は自分が寄りかかっていた鉄格子の門扉を開けながら鼻で笑った。

「侵入者の警報代わりに電気通ってるから正規ルートはこっちだよ。ようこそ、地下鉄スラムへ」

 顔を引きつらせて望月が「わざと黙ってたな」と怒りを滲ませれば、仲前は機嫌良く舌を出す。

「訪問する時にはチャイム代わりに鳴らす取り決めなんでね。ご苦労さん」

 口を押えて布引が噴き出した。


 音は何処まで届いたのか、改札を過ぎても相変わらず静まり返った駅構内は、いるはずの人間が全て殺戮者と入れ替わっていたショッピングモールの状況を連想させる。

 地下鉄に続く階段は二つ。吊るされた看板が金属を擦りながら隙間風に揺れている。階段を降りず通り過ぎる際に光源を階段へ傾けると、壁に貼り付くようにダンボールやシートで作られた部屋が見えた。お互いを避けるように距離をおいて作られた家の横には強烈な臭気を放つゴミが散乱している。


 つきあたりまで来ると駅務室と書かれた扉が表れる。

 入室前に扉を打つ合図はしつこいくらいの回数で、扉に耳を当てて反応を確認してから開かれた。

 所狭しと並ぶ家具で視界の悪い部屋だった。息を潜め緊張している気配が四方から絡みついてくる。机、ホワイトボード、少し傾いて壁にもたれた棚の裏側、無秩序に乱れた障害物に接触しないよう慎重に間を縫って更に奥へと仲前が進んでいく。

 物は床にも散乱していて、丸金は足元に首から綿を垂らしたヌイグルミの頭を見つける。それを踏み越える前に机の下から毛深い腕が伸びて音もなくこれを持ち去っていった。

 丸金は足元ではなく少し前を照らし、足の動きを鈍らせる。

 再びつきあたりまで来ると、今度は扉のハンドル上に大量のボタンが並んだボタン錠に辿り着いた。掌で軽く目隠しを作りながら仲前がボタンを押していく。

「後ろ、動機は聞いたことねえけど、たまにモニター室を狙って襲い掛かってくる阿呆がいるから警戒しろよ」

 扉が開くと真っ先に丸金は部屋に押し込まれた。


 正面の壁一面にはモニターが並んでいた。

 全員が部屋に入ると、妨害されることなく扉は閉まり鍵がかかる。雑然としたバリケードだらけの空間から一転、床には椅子やテーブルといったものが一切なかった。


 外に声が届かないのを確認してから望月は仲前を問い詰める。

「彼らに基地で保護を受けるよう説得はしているのか」

 歩けば床に白い足跡が残り、埃は綿になって足跡の横に盛り上がった。仲前が電源に触れると一斉に壁一面が外の廃墟を映し出し、持ってきた記録媒体を設置して目的は達成だ。

「何処にいようが、何を選ぼうが、そいつにとって良かったかどうかは結果論だ。基地で死んだ連中はここにいた方が長生きできたんだからな。さあ、なんつって説得するんだ? 他人が押し付けた正解で地獄を見た奴は憎悪の塊で見るに耐えねえぞ」

 後は待つだけとばかりに仲前は床に尻を落ち着けた。

「駅を目印に線路沿いで移動する奴が多いから、地下鉄にも時々流れ者が辿り着く。その中で、スラムを見つけたはいいが馴染めなかった生存者が保護に応じることはある。例えば少し前の犬に襲われてた生き残りが聞き取りでここを中継したっつってたな」

「幸介君が、ここに」

 群がる野犬に襲われ、助けが間に合わなかった青年。後少し早ければ助けられた人間。

「もう少し我慢してりゃ、生きて回収された未来もあったかもしれんわな」

 望月は額を押さえて深く考えこんでしまった。


 代わりに、扉の近くで立っていた荒妻が久しぶりに口をきく。

「しばらくかかるなら周辺を探りに行く」

「単独行動は許可しねえ。刺激をしなけりゃ極めて平和な地下帝国だ。余計な火種を撒きに行くな」

「中身が殺戮者に入れ替わっていた前例がある。信用に値しない」

「なら扉の前で見張りにでも立ってろ。俺もお前は信用してない」

「ちょっと蓮君」

 荒妻は表情を変えることなく黙って部屋を出ていってしまう。


 丸金は慌てて後追いしようとして、行動に躊躇いを見せる。

 荒妻は指示に従わないつもりかもしれない。答えは扉を開ければすぐに判るだろう。しかし、仲前は確認しようとはせずにモニターへ視線を固定していた。

 今の荒妻から目を離したくないと思う一方で、扉さえ開かなければ問題に触れることなく容認される可能性に引き留められる。仲前は本当に阻止したい時には実力行使を辞さない男だ。それでも、命令無視が酷ければ制裁を考えるきっかけを与えてしまうかもしれない。


 正解はどちらなのか。


 間違いたくない。


 そもそも自分の選択に正解は存在するのか。


 迷っている内に選択は時間切れとなる。丸金は布引の両腕に掬い上げられ、胡坐の中に囲い込まれてしまった。

「待ってる間、何しようか。しりとりだったら付き合ってくれる?」

「あの、私」


「おい、うじうじ丸」

 空気を強引に緩ませる布引の話を仲前が叩き折る。

使鬼しきが変貌したら即消せるってのは本当の話か?」

 投げかけられた言葉の意味に丸金の体が大きく跳ねる。モニターの青白い光で薄暗く縁取られた人影は表情を隠して不気味に揺れて見える。

「方法を知っているか扱えるかって技術の話だけじゃねえ。死神の襲撃を受けた時、こいつらを消せつった時に散々迷ってやれなかった前科があるだろ。確かにあの時は結果的に基地を救うことに繋がった。だがなぁ、その躊躇いが次も良い結果になるとは限らねえわな」

 間髪入れずに布引が会話を奪う。

「丸金にはやらせないよ。そういう汚れ仕事が必要なら私がやるって言ってなかったかな」

「大見得きるじゃねえか。死骸みるたび陰でゲロゲロ吐いてるような奴が」

 驚いた丸金は真上にある布引を見上げる。そこにはいつもの明るい笑顔しかなくて。

「いやだなあ。ほんの少しスプラッタが苦手なだけなのに大袈裟で」

 望月が横から布引とは違う意見を出す。

「いや、そばに必ず誰かいるとは限らないんだ。この子が身を守る手段をちゃんと使えるよう普段から言い聞かせる必要はある」

「やれないってんなら方法だけでも教えろ。代われるもんなら俺がやってやる。絶対変貌するわけないとか言い出すなよ。信頼なんてもんがいかにクソか、殺戮者の数みりゃ一目瞭然なんだからな」


 あの荒妻の精神状態が変貌の前触れなら。


 そうでなくとも変貌に分かり易い予兆があるとは限らないのだ。丸金の母は一瞬で堕ちた。だからこそ父は為す術もなく引き裂かれてしまった。

「私……わ、私」

 青褪める丸金を布引が腕の中に覆い隠す。

「考える時間もあげずに怖いおじさんに責めたてられたら、なんにも決められっこないでしょ。追い詰めて底力を出せる子と、自分の中に落とし込まないと結果を出せない子がいるんだから、丸金がどちらのタイプか考えてくれないかな」

 望月が布引に反論する。

「子供の匙加減で人命に関わる盤面をひっくり返させるわけにはいかない。菅原君に重い選択をさせないためにも、方針だけは大人が固めておくべきというのは間違いではない」

「すぐに答えが出せねえなら三度目の正直だ。次に俺が質問した時に消せると断言できねえなら、早い段階で俺が殺す。ガキにスリルを味わわせてやるために同行させてんじゃねえんだ。責任持って答えを捻り出しとけ、陰陽師。俺はどっちだって構わねえんだからな」

「やめないか仲前君。そもそも答えを菅原君に委ねるような言い方は」


 いくつもの選択肢が増えていく。

 大人が大勢いても決まらない正解を、どうすれば子供が判断できるというのだろうか。

 尚も混戦する渦中で丸金の目が回り出す。


「正解は、正解は、正解は」


 異常を察知した大人達が口論を中断する。

 目を見開いて自問を繰り返す丸金は名前を呼んでも反応しない。限界をきたして頭を抱えて体を捻りだす。

 明らかな異常だ。

「おい、おいチビ!!」

「まずい。すまない菅原君、こっちを見るんだ!」

 焦っても後の祭りか。激しく動き回る焦点に甲高く声量は昂ぶって膨らんでいき。


 地面を叩き付ける激しい音が強引に丸金の声を吹き飛ばす。


 丸金の真横で、布引の足が床にヒビを入れていた。衝撃で思考の止まった丸金を抱え直した布引は優しく幼児のように揺らしてあやす。

「よしよし大丈夫だぞ、落ち着きな。晋作君は丸金の味方じゃないか! 丸金の正解は信じて温かく受け入れてあげるでいいんだよ。だって丸金が味方になってあげなくちゃ頑張ってる晋作君が可哀想じゃないか。何をすべきかは、誰がすべきかで正解は変わるんだ。他の正解は大人がだすべきものなのだから、丸金が困らなくたっていいんだよ」


 されるがままに大人しくなった丸金の様子に、男達から安堵の溜息と舌打ちが漏れる。口論を続ける気は誰からも失せたようで、仲前は口を歪めて操作盤を連打する。


 そうこうしている間に機械が今までと違う音階とリズムで失速していた。映像を媒体に移し終えたようだ。

「もういい! とっとと地上に戻るぞ。映像の確認は桐島にやらせる。次は北西の映像を回収するために商店街に」


 映像の回収は、不穏な空気を纏いながら終わった。そして、何事もなく無事に地上へ、とはいかなかった。


 いつも予定通りに終わらない。この世は常に血の臭いが付き纏う。


 布引の生み出した衝撃とは比にならない部屋の外から爆発音が部屋の外から届き、尋常ではないヒビが部屋中に走る。

「何!?」


 これが、一歩も前に進めない地獄の始まりだった。

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