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熟れ堕ちた病

 戻る道すがらも警戒しながら藪を進む。先行する村上と望月を駆け足気味の丸金が後追いして、その後ろに息のあがった松葉杖の桐島と、しんがりに沈黙して何も語らない荒妻が続く。

 均されていない道で何度も振り返っていた丸金は、遂に木の根に蹴躓いた。

「あ」

 膝が地面を擦る前に力強い手が二の腕をつかまえる。周囲を警戒しながら望月に警告された。

「こうなるから前だけを見て走るんだ」

「ご、ごめんなさい」


 公園の端に辿り着いて頭上から視界を遮る木の葉がなくなる。道路や建物の陰には無機物しか見当たらず、空には鳥だけが飛翔している。

「敵影なし」

 砂利とアスファルトの境目を跨いだところで丸金が立ち止まって後ろを待とうとすると、村上に「餌は適度な距離を保てって言ったよな?」と急き立てられる。

 横で聞いていた望月はこの物言いで眉間に皺を増やす。

「以前から言っているが、君と仲前君の言い回しは子供の教育に悪過ぎる。もっとマシな言葉が使えないのか」

「まわりくどい会話はどうでも良い内容だけにしとこうぜ。情報と指示は取違えないよう端的に伝えるのが原則だ。いいか、マル。荒妻ちゃんが何を考えてるか分からない以上、衝動的にバックれちまうきっかけは無いに越したことはねえだろ。庇護対象が手元にいなければ追従するしかない」

 嫌な予感を深める言葉に丸金の瞳が揺れる。

「彼の内心でどういう葛藤が生まれていようと、先程の様子から一変して菅原君を見捨てるとは考えづらい。公園を抜ければ駐車場は目と鼻の先だ。下手に刺激せず時間を置いてから慎重に話した方が良いのは確かだが」


 大人達の方針に従って、再び荒妻から距離をとったまま走る。瓦礫を避けて物陰に身を隠しながら囁く。

「あの骨は、なんだったんでしょうか?」

 予期せぬ自分自身との対面にも一切動揺を見せずに交戦していた荒妻が、それこそ一変したのだ。顕現された時や、檻に拘束された状態で殺戮者に囲まれた時ですら見せなかった、何かへの執着。

「鎌イタチという存在がいる以上、彼にも必ず変貌する程の最悪な事態が既に起きてしまっているんだ。本人は見当がついているかもしれんが、今は聞くべきではない」

「薄々気付きながらも騙しだまし耐えているところを、言葉にして認めさせちまうことで死神と同じ末路を辿らせるかもしれないからな」

 基地で仲前にも警告された事だ。


 彼らは必ず、身を滅ぼす程の地雷を一つ持っている。


 駐車場が見えてきたところで、自戒に沈む丸金の頭を村上が前後左右に折り曲げる。

「布引ちゃん辺りの地雷もせいぜい踏み抜かないこったな。ちなみに俺はマルが良い子でいる限り、殉職以外で離脱はしねえから安心して腹の内を探ってくれて構わんぜ」

 本気とも冗談ともつかない言葉で忠告は締めくくられ、敵と遭遇することなく駐車場の屋根の下へと戻り着いた。






 見張りに立つ大人達を残して桐島と共に車内に片付けられる。外では村上と望月の会話が、中では無線に状況報告する桐島の声が流れる。気配を限りなく薄めるべく丸金は座席で静かに待機した。

 桐島は通信を終えると地図を広げ、新しく手に入れた記録媒体の中身を確認しだす。

 布引達は勿論まだ戻らない。

 時間勝負だと怒る理由は正当なものだと理解している。死神が生き長らえた月日は生存者の悲劇を割り増し、探索手段が限られる中でつかめた手がかりに次は保証されない。

 そして、武器がなくてはという主張も甲乙つけ難い正当なものだ。死神を見つけても対抗手段が無ければ殺されに行くだけとなる。

 今回は前線に出ず、帰り道で刀を探せば。あるいはナイフでも常人にあるまじき力を発揮するのだから、補助として収まるのであれば。

 考えは浮かんでも、これが正解だと丸金には確信できない。不測の事態はいつだって予想を超えて殺しにやってくる。


「はあ」

 重い溜息に怯んで運転席に顔を向ける。桐島は背もたれに体重を預けて首を力なく傾けていた。

 痛烈な批判が紡ぎ出されるのではないかと、しばらく戦々恐々と桐島の背中を眺めいたが、そこで大きな違和感を覚える。腰をずらし、頭が下がり、脱力して、軽くはない怪我の中で無理をしているのだから休息事態はおかしくない。おかしくはないが、今は死神を追っている最中だ。警戒心が強く、いつも気を張っている彼らしからぬ気の緩め方だ。

 凝視することで、休んでいる桐島の呼吸が上がったままなのに気付き、違和感の正体に思い至って立ち上がる。


「桐島さん、もしかして、体調が悪いんですか?」

 何が失敗だったのか。

 ゆっくりと振り返る桐島の目に、剣呑なものが浮かんでいた。

「違う。少し疲れただけだ」

 姿勢を正し、眉を潜め、顔は正面に戻されたが、再び地図に視線を戻したようでいて、フロントガラスに反射する視線は丸金に向いている。

 膝で拳を握る。

 桐島は骨折以来、極端に姿を見せなくなっていた。療養しているのだから不自然はないが、出撃や遠征には変わらず同行している。松葉杖までつかって、前線にも参加して、痛みや疲労を口にもしない。


 隠していたのだ。


 大人達は気づいているのだろうか。万が一、知らずに同行していたのだとすれば、気配を消していたことで丸金の存在を忘れたからこそ漏らした虚勢の向こう側なのだとすれば、いつ襲撃されるとも知れない環境では致命的な秘密だろう。

 情報を得て、しかしそこからすべき行動が丸金には判らない。


 窓の外には答えてくれる大人がいる。

 丸金は迷った末に、車から抜け出そうと足を踏み出そうとしたが、肩を強い力に捕まえられる。

「何処に行くつもりだ」

「ひっ」

 車の扉が目の前で静かに閉じられた。運転席から移動してきた桐島は、力づくで丸金を椅子まで押し戻し、両肩に息の詰まる程の重圧をかけてきた。

 目も合わせられず、丸金は落ち着きなく両手を組んで指を弄る。

「何も、何もしていないと、落ち着かないので、外で見張りを」

「基地の中じゃないんだ。好き勝手に動くべきじゃないのは理解していると思っていた」

 周囲が体格の良い大人ばかりなために比較的痩身に見えはするが、情報戦略役に収まっていようと戦闘訓練を積んだ玄人だ。骨折していようが民間人とは比較にならない身体力を備えている。


 微動だに出来ない。

 詰まる喉から声を絞り出そうとして、口を動かすが形に成らない。危害を加える殺戮者に襲われているわけではなく、大声で誰かを呼べば危険を呼び込むかもしれない。装甲車は窓が小さく、意図的に覗き込まなければ中の様子は気付かれない。


 しかし車の扉は外から開いた。

 現れたのは望月で、異様な光景を目にして真っ直ぐそちらと距離を詰めると、華奢な肩を押さえつける手首をつかみ上げた。

「何をしているんだ、桐島君」

 桐島は静かに望月を見返して、姿勢を整え、顔を背ける。

「悪い大人の影響でも受けたのか、外をうろつこうと聞き分けのない事を言い出すから、言い聞かせていただけだ」

「そうか」

 嘘にならない話で平然と躱す桐島の言葉を、望月が受け入れたことに丸金は焦りを持つ。だが、次に焦ったのはおそらく桐島だろう。

「ならば、怪我人の桐島君に子守りを任せては大変だろう。自分が外で見守ることにしよう」

「駄目だ。急襲時に非戦闘員は足枷になる。別行動で人が離れている時には車内で大人しくさせるべきだ」

「すぐに乗り込める位置と距離なら違いはない。襲われた直後には精神面の問題もある。落ち着かないというなら、隙間で話を聞いておきたい。行軍を続ける以上、しばらく時間がとれるとも限らないからな」

「移動中の車内で構わないはずだ」

「周囲に襲撃してくる者がいる以上、移動中に落ち付いている保障はないだろう」


 普段より強引な論法を持ち出す望月は、萎縮して喋れない丸金に気づいて連れ出そうとしてくれている。何故かは分からないが、タイミング良く現れたのは偶然ではないようだった。

 一方で、桐島は布引達が戻ってくるまで時間を稼いで、丸金が暴露する機会を逸するのを狙っているのだろう。移動中には当然、見失った鎌イタチや、追っている蝙蝠に対する作戦会議になる。丸金の性格上、大事な話に割って入れないことが見切られているのだ。


 助け舟は現れた。それなのに問題を複雑にしているのは丸金の小心だ。

 どうすればいいかは分かりきっている。


『勇気を出して、すべき事を』


 後に回すよりも今、矛先が己に向いている瞬間の方が、圧倒的に簡単な話なのだから。

 望月の服をつかむ。

「き、桐島さんが、体調を崩してるのを、か、隠している、と、思います」

 望月と桐島の視線が交錯する。

「そういうことか」

「勘違いだ」

 問答無用で額に手を伸ばした望月の手を、苛立ちを込めて桐島が払いのける。その反動が片足の桐島の体制を崩し、結局、望月に支えられる接触に繋がった。

「身体が異常に熱い。よくもこんな状態で作戦に参加していたな。自覚があって隠していたのか」

「骨折すれば熱ぐらい出る。今さっき始まったものじゃないんだ。離してくれ!」

「物資には限りがある。生産ラインが止まっているような世界情勢で、抗生剤なんて簡単には手に入らないんだろう。無理をして敗血症にでもなれば助からないんだぞ。君は基地に帰るべきだ」

「自分だって重症で平然と活動していたのに、他人には随分と些末な事で口出しするじゃないか」

「護られている敷地でうろつくのと、前線での戦闘行為では比較にもならん。ただでさえ無茶な戦場なんだぞ。とにかく横になるか、せめて座って体を」

「身を持ち崩そうが僕の自由だ。どれだけ苦しむこともになろうと変貌だけはしない。追い詰められれば自決する。いいから、構わないで、くれ!」

 望月の怪力に押さえ込まれては抗えるはずもなく、先程の丸金の如く座席へと沈められていく。


 そこへ更に横槍が入る。

「クソが、こっちはこっちで何騒いでやがる。作戦行動中だぞ。ふざけんなよ」

 車の壁を殴りつけて乱暴に戻って来た仲前が、不服そうに口を尖らせた布引を中に引っ張りこんで放り出す。布引の手には足と並び立つ長い刃物が剥き出しで握られていた。

「桐島君の骨折が悪化しているんだ。本人は抵抗しているが、無理やりにでも基地に送り届けて休ませなければ」


 丸金は胸を撫で下ろす。

 正しい事が出来た。

 これで桐島は治療を受けなければいけない。

 怪我や病気は以前のように簡単に治せないのだ。時代を巻き戻したように、中世のように、限られた手段で祈る様に本人の回復力を待つ険しい世界だ。

 危険に飛び込もうとしていた命を助けられた。


 その考えは全て甘かった。

 仲前は視線で桐島の様子を確認するだけで、淡白に一蹴したのだ。

「桐島のことなら承知の上だ。おい、戻って来たの見えてんだろ、蝙蝠、鎌イタチ。またシザーがごねる前にとっとと次行くぞ!」

「なっ!?」

 予想外の返答に望月と丸金は目を剥いた。

「で、でも、熱が酷くなったら、そ、そ、それに、よ、弱っている時に戦うことになったら、いつもより、危ないと」

「体調が悪いから帰りますが通用する状況じゃねえんだよ。理屈だけで秩序が保てるのは平時だけだ。大人の会話に口を挟むな。ピヨ丸はピヨピヨ言ってないで、陰陽術でそこら辺でも偵察してろ」

 頬を膨らませた布引が丸金を頭ごと腕の中に包み込む。

「ちょっと蓮君、丸金を苛めるのは止めてくれないかな」

「ややこしいからモンペは引っ込んでろお!」


 望月は仲前を車外に引きずり出して抗議を始める。戻って来た村上は仲裁とも挑発ともつかない口を挟み、荒妻は黙って眺めている。

 けしかけたようなものである丸金は、右往左往してから車から飛び出そうとしたが、仲前から指を差されて「お前まで出てくるんじゃねえぞ!」と釘を刺されてしまう。

 中と外の境目で逃げ場もなく縮こまる丸金に代わり、前置きもなく修羅場に放置された布引が、刀身を置いて、荷物の中から毛布を取り出した。

「つまり、こういうことかな? 我慢強いキリポンが誰にも知られずに体調不良を見事に隠していた」

 座席で膝に肘をついて額を置いた桐島の表情はうかがえない。困った子供を覗き込むように腰を屈めた布引が、毛布を左右に大きく広げる。

「喧嘩の代行なら蓮君がやってくれているんだから、とりあえず寝床でもこさえようか。このまま一緒に行動するつもりにしても、消耗は抑えるべきなんだと思うんだよね、私は」

「必要ないんだ。いいから僕に構わないでくれ」

 頑なな声にも布引は怯まない。

「嫌だよ。命を削ってまで仲間が無理していたら心配して当然でしょ?」

「僕の仲間は一年前に燃え盛る基地の中で全滅したんだ。紙切れで作られた死神の紛い物を、必要な兵器だとは割り切れても、仲間だなんて反吐が出る」

 辛辣な言葉に布引は笑顔で「それでも心配」と答える。


 外でも仲前が否定する。

「陸自のベテランが、ほぼ捨て石の特攻部隊だってのを承知で交代してやっても良い、つって申し出があってな。基地に残ろうと思えばやれた話を断固として拒否したのは野郎自身だ。その時点で桐島は途中で死ぬ前提で作戦に編成されてんだよ」


 毛布が体を包もうとする手も何もかもはねのけ、桐島は苛立ちで充満した腹中を吐き出し始める。

「僕のいた航空基地は蝙蝠に連日襲撃を受けた。あれに誘導された殺戮者の大群が昼夜を問わず基地を取り囲んだ。籠城戦に向かない基地では、殺戮者が群がれば簡単にフェンスを破られる。戦闘機で殺戮者を一掃しようにも、補充先を失った燃料には限りがあった」


「自然回復するか、衰弱して無駄死にするかの二択で、やりてぇ事やってくたばる生き様を選んだ。結構な話じゃねえか。足でまといだってんなら、殺して捨てるか、廃墟に置き去りにするかだ。基地に戻ってベッドに縛り付けたところで、病死の前に変貌で道連れを増やすだけだ」


「火薬と食糧ばかりが消費され、侵入してくる数が増えれば次第に滑走路が使えなくなった。建物に追い込まれれば内側からも変貌者が出始める。高性能な追尾システム、何万発も打ち込める機関銃、あんなものは敷地内に侵入を許した時点で無意味な自殺道具だった」


「だからそういう話じゃねえんだよ。てめえらは終末期ってもんがまったく理解できねえみたいだな。いいか。変貌してねえやつは正常なんて図式は根本から削除しろ。糞みてえな現状で人間の形を保ってるような生存者はなあ、どんなに平然としていようが狂人とみて間違いねえんだよ」


「周りは全て地獄だった。誰も生き残れはしなかった。僕だけだ。僕だけ。僕だけが生き残った。僕だけが置いていかれた」


 大人は、あまりにも偽るのが上手くて、限界になって壊れてから、ようやく本性を現せる。平気そうでいて、弱音も吐かず、密やかに蝕まれているから気付けない。


 桐島は丸金だった。


「自分がされて嫌なことは」

 理解した丸金は震え出す。

「するなと、親に、教わらなかったのか」

 自分に一番近い思考をしているのは望月なのだと錯覚していた。正しい事をする。その姿勢は丸金が憧れるものだ。

 しかし、桐島の立場を己に置き換えてみれば、本当に近い存在だったのは桐島だ。例え病気になろうと、死ぬことになろうと、それが正しくなくとも基地に戻されれば必死に抵抗する。


 呼吸が早くなる。


 これは、暴いてはならない秘密だった。例え、それで桐島が死ぬことになっても。

 今更告げ口は取り消せない。

 望月は歪んだ願望を受け入れない。どうあっても生かそうとするだろう。自分を騙して嘘で塗り固めている人間には、あまりにも真っ直ぐで恐ろしい存在だ。


「命懸けの仇討ちを否定するつもりはないよ。そういった事情なら同行も反対しない」

 布引が床に膝をついて、低い位置にある桐島の視線を捕まえる。

「死神殺しに協力する。力を出し惜しみもしない。命も懸ける。なんなら今から蓮君に加勢して味方になっても良い。でも私にだって感情くらいあるから見返りは求めるよ」

 真剣な顔で想いをぶつけられる。

「体調が悪いなら隠したリしないで回復する努力くらいしてよ。君達が生きて帰る未来を諦めていたってね、私にはその希望が残されていなきゃ、戦う意味が無いんだよ」

 丸金の目に溜まっていた涙が零れた。


 熱を孕んだ桐島の目が溶けるように細まり、怪しく囁くように狂気が顔を出す。

「そうやって君は護り続けるんだ。地獄を彷徨いながら、いつまでも」

 目の前にある布引の首に桐島の手が伸びる。突然のことで、中途半端な体勢から無造作に圧し掛かられた布引は簡単に押し倒された。

「ようやく手が届きそうなんだ。紛い物じゃ意味がない。シザーだ。本物のシザーを終わらせなければ」

 馬乗りになった桐島が体重をかけて本気で首を絞めつける。

「あ、や、駄目!」

 丸金は慌てて、殺意を込めて皮膚に食い込んでいる指を剥がそうとする。足を上げて体を捻ろうとした布引は、不利な体勢の上に座席に動きを阻まれ、桐島の骨折した足と丸金に視線を巡らせ、悪手である桐島の手首をつかんで抵抗する方法を選ぶ。

「基地にトドメを刺したのは死臭に引き寄せられたシザーだった。蝙蝠じゃない。シザーだ。決死の覚悟で戦闘機に乗ったパイロットが空も地上も構わず味方もろとも火の海にし始め、見知った面影のある化け物がそこら中で仲間を食ってる。草刈りでもするようだった。いつの間にか現れたシザーが右に左に腕を振って命を刈り取り始めた」

「ごめんなさい! 私が、私が言いつけたりしたから。お願い、やめ、止めてください」


「なんの騒ぎだ!?」

 騒ぎに気付いた男達が飛び込んできて、布引を殺そうとしている桐島に驚き、望月が桐島の腕を捻り上げる。

「何を、やっているんだ! 桐島君!!」

「離せ! 僕は、シザーを殺すまでは、シザーだけは」

 暴れる桐島を布引から引き離そうとしたが、勢い余って桐島は壁に頭から衝突する。

 動きの弱った桐島を、村上と仲前で床に縫い留める。それでも食らいつこうとする桐島の姿に、丸金は必死で咳き込む布引の前に立ちはだかって視界を遮る。

「おいおい、なんだってんだ桐島ちゃん。具合が悪過ぎて変貌しちまったってか?」

「シザーは気付けば、腰を抜かして座り込んでいる僕に背を向けて立っていたんだ」

 息を乱した桐島は朦朧として床で頬を潰しながらも、体を捻って動こうとする。折れた足も構わず使って。

「こちらには見向きもしなかった。仲間も、変貌者も、分け隔てなく切り刻むのに、戦意を失った僕だけには掠りもしない。僕はシザーに守られて生き残った」

 布引は咳き込みながら押し潰される桐島と視線を交錯させる。

「全ての死神を殺すのは、無理でも、一人だけなら。だから、一番最初に。理由は、こじつけでもいい。どうしても、まずシザーを。あの、美しい殺戮者を、死神から…………」


 力尽きて脱力する桐島の言葉が形を失う。布引は口を開いたが、音にはならずに閉ざされた。

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