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攻防一体の案

 布引は丸金の手から懐中電灯を引き抜いて、探索の済んでいない三階左右を警戒する。死神相手に追撃にでたのは荒妻一人。

 護りに走った布引の背中に縋り付く。

「私は置いて荒妻さんに加勢してください!」

「駄目だよ。ここはまだ偵察が済んでない。他にも殺戮者がいるかもしれないフロアに置いてはいかない」

「だったら一緒に行くのでお願いします」

「……初手は暗いことを加味しても反応するのがやっとだった。あの速さで晋作君みたいに飛び道具を使うのだとしたら、丸金から離れて加勢だなんてとても引き受けられない」

 タイタン戦で分かっていたことだ。布引は、まず丸金の安全を考える。

 先だって、荒妻は確かに独力で巨体の殺戮者を圧倒したかもしれないが、今度の敵だって誰もが勝ち得なかった死神で、身体能力は荒妻と同質なのだ。

「幸い追撃したのは身体能力が拮抗しているであろう晋作君だ。大丈夫だよ。外から援軍を呼ぶまで時間は稼いでくれるから」


 大丈夫。


 強く絶対であると信じて疑わなかった大人達が、どのような末路を辿ったかをもう丸金は知っている。

「一人で戦わせちゃ駄目なんです!!」

 悲鳴のような金切り声を上げて丸金は布引の服を滅茶苦茶に引っ張る。

「布引さんだってタイタンに潰されかけたじゃないですか! 村上さんだって殺戮者に食べられかけたじゃないですか! 言いつけ通りに身を縮めて助けられるのを待ったせいで、またグチャグチャになった死体を見るんですか。ちょっと一回失敗しただけでも、みんな私を置いて死ぬじゃないですか!!」

「待った待った! えーっと」


 天井では割れんばかりの音や破壊音が響いてくる。死神の原型であれば時間は稼げるかもしれない。あるいは荒妻が鎌イタチに勝つ未来とてあり得る。だがなにより一番高い可能性は刺し違えることだろう。

 布引が加勢すれば、連携はとれずとも気が逸れた隙は作れる。


 どうすれば過保護組は死神退治に集中できるのか。


「わかった。じゃあ、こうしよう。三階を探索して安全を確認して、丸金が籠城できるところが見つかれば」

 癇癪を起しているだけでは駄目なのだ。どうしたって布引はまず丸金の安全を考える。それまで荒妻が無事な補償はない。

 殺し合いの決着など、実際は一瞬のものだ。その時間が生死を分かつ。


 布引は丸金の安全が確信できなければ守りに入る。


「だったら、こうします!」

 後ろから布引の背中に飛びついた丸金は彼女の首と腰に絡みつく。

「おおっとぉ!?」

「私は背中に張り付きます。離れてないんだから戦うと守るが一緒にできます。布引さんが首と背中とお腹を切られなければ安全です」

 断言する丸金に布引は口を開けて呆ける。反論を恐れて一層力を込めてしがみ付く丸金のつむじを肩越しに一瞥いちべつして、布引は周りの展示物に光を当てると「都合よく見つからないか」と呟き懐中電灯を再び胸の谷間に差し込んだ。

(すべか)らくを間違うことなかれ、か」

 布引が膝を叩いて立ち上がる。

「よし分かった! すぐに晋作君を助けに行く。ただし一度戦闘に乱入したら簡単には離脱できないから、丸金は振り落されないよう絞め殺すつもりで巻き付きな」

「は、はい!!」

 首と腰に巻き付けた四肢に全力を込めれば、浮遊感と共に接している筋肉が力強く張り詰め前へと飛ぶ。

「全員無事で終わらせよう!」


 踏み込む一歩は早く長く、階段の吹き抜けで大きな音を響かせ床を凹ませる。踊り場での急な転進で生まれる遠心力に吹き飛ばされそうな丸金を四度片手が一瞬支え、最上階に辿り着くなり金属のかち合う音と火花が迎えた。


 前置きもなく加速した布引の突きが真っ直ぐ鎌イタチの残像を貫く。不意打ちを躱した鎌イタチの側面を荒妻の追撃が穿つも変則的な動きで跳び上がり、天井を蹴って荒妻の背後に飛び込んだ。

「何しに来た!?」

 斬り返された荒妻もまた躱す。荒妻が脇腹から片手で複数のクナイを抜き放てば、硬く細長い両手の鉤爪が全て弾いてしまう。

「心配しての加勢だねえ!」

 同じ顔の両者に距離が開けば布引が斬りかかる。

「一人で十分だ、後ろにさがってろ!」

「メインアタッカーは君に譲るよ!」

 振り落されないよう被りつくようにしがみ付く丸金の目には動きがまるで捉えられない。風を斬る音、金属の音、垣間見えるのは布引の首元と縛り上げられた髪と暗闇。

 荒妻の手元からは懐中電灯が消えて、既にガラスの割れた筒に成り果てて隅に転がっている。


 大きく踏み込んで死角を狙って斬り上げた布引のナイフが空振る。

「この間合いはやっぱり実践向きじゃないねえ! 言い訳したかないけど、少なくとも刀の長さなら初撃は入ってた!」

「仮定の話は意味がない」

 布引の攻撃の後には間をおかずに荒妻が猛攻にでるため、鎌イタチの攻撃は荒妻に集中したが、手数で死神に勝り始める。

 資料で知り得た鎌イタチという死神の硬度は不明。いまだかつて誰も一矢報いることなく一方的な殺戮に甘んじていたからだ。それでもタイタンが極めて異質なだけであって、物理無効な殺戮者などそうはいない。

 攻撃が入りさえすれば。


 隙間を縫い合って斬り込む荒妻と布引が、けして鎌イタチに後れをとっているわけではないことだけは読み取れる。丸金が知る限り、鎌イタチに狙われて生還した者はいない。

 重石がいなければ布引は全力で動ける。かといって現状で丸金が離れたところで布引は戦闘を放棄して防御にまわるだけだ。下手をすれば荒妻も戦闘を止めざるを得なくなる。

 激しい遠心力に耐えながら隠れ場所を探す。彼らが安心できる場所。しかし、開放的な売店以外にろくな障害物の無い展望フロアとはいえ、光源が布引の胸元一つでは探そうにも見つかるものではない。


 そこで丸金は天井近くにあるもう一つの光源に気付く。偵察で見つけた、大人では侵入できない壁の穴だ。


「布引さん! 私をあの、天井の穴の所に、投げて、くだ、さい! 外は屋根です! 蝙蝠が来たって皆がいる、外です!!」

 舌を噛みそうになりながら押し出した声を拾って、布引が壁に向かって走り出す。背中を見せれば露わになってしまう丸金の姿を鎌イタチから隠すように荒妻が滑り込む。


 壁は天井付近、足掛かりは見えないが上手く飛びつけるようにと意気込んで身構える丸金に反して、布引は勢いも殺さず壁に向かって足を振り上げた。

「どっせい!!」

 窓の板張りが一枚割れて外開きで外に通じる。

 愕然とした丸金を細い隙間から屋根に押し出した布引は、歯を見せてウインクをする。

「屋根から落ちないよう壁に手をついて、身を屈めて待機だ。OK?」

 声が出せずに何度も頷くと、窓の前を軸に変えて布引は攻勢に戻る。


 暗闇から明るい場所に戻ったせいで暫し白く曇る両目を強く擦る。屋根から見える範囲は空にも地上にも動く人が見当たらない。

 緊張で荒ぶる呼吸を鎮めながら、丸金は懐から緊急事態用に用意した札を取り出して屋根に四枚並べ、唇を引き結んで拳を握り締めて札を凝視する。

 風が札を攫う。

 札はどれも片面が赤い蛍光色で塗り潰されていた。丸金が両手で空中を撫でれば札は四方に向かって、不自然に、一枚は真上から屋根を跨いで飛んでいく。

 城の四方に散った札は、配置につくと丸金の手の動きに従って空で円を描いた。潜んでいる狙撃手の居場所を見つける必要はない。

 彼らは必ず空を監視している。


 合図を終えた丸金は壁に背をつけて縮こまり、急いで懐からもう一枚、目の描かれた札を出す。そちらにも力を込めて今度は窓から部屋の中に滑り込ませると、片目を掌で押さえた。


 荒妻が腰に下げた小袋を投げつけて中から棒手裏剣が鎌イタチに降り注ぐ。普通なら避けようもない凶器の雨を死神は一つ残らず正確に布引に向けて撃ち返し、布引は布引でナイフを持つ手を前に体を真横に向けて当たる凶器だけを弾いた。

 布引の背後に回った鎌イタチが鉤爪を振り下ろす。布引は首を傾けて切っ先を躱し、爪が肩先から胸を切り裂かれたと同時にナイフで一閃。力に体が持っていかれた鎌イタチが横に吹き飛び、その勢いと並行して跳んだ荒妻が交差した両手のナイフを左右に一閃する。

 急所を庇った鎌イタチの両腕から血が噴き出した。


 明らかに荒妻と布引が押し始めていた。記録上、一度も傷つけることが叶わなかった鎌イタチに攻撃が届いている。


 だがまだ浅い。


 荒妻と衝突したところで布引が鎌イタチの背中から斬りかかり挟撃を狙うが、爆発的な反射神経でもって躱す鎌イタチに決め手となる一撃が入らない。


 その人の身に非ざる攻防を、数多の手数の内でナイフの切っ先が小さく裂いた不格好な風呂敷が一変させた。改めて考えれば、鎌イタチは荒妻のように暗器らしき物も使わず、外見も黒い革と服が混ざり合って変質した半裸という身なりの殺戮者には不自然な持ち物だった。


 裂けめから細く白い棒が抜け落ちた瞬間、鎌イタチは咆哮を上げて形振り構わず飛びついて拾い上げると壁に向かって走り出したのだ。

 術を手放して目を開いた丸金の前で、隣の木窓を派手に飛び散らせながら鎌イタチが屋根に転がり出る。

 正面にいる丸金に気づかないはずもなく、鎌イタチが丸金を真っ直ぐ視線にとらえた。今度は、間に布引という護りもなしに。


 殺し合いの決着など、実際は一瞬。


 しかし、鎌イタチは屋根を蹴って飛び降りた。

 一瞬遅れて屋根に飛び出した荒妻が棒手裏剣を続けざまに浴びせかける。攻撃は届くが、やはり鎌イタチは全て防ぎ切った。

 それでも衝撃が鎌イタチの抱える袋の中身を取りこぼさせた。宙を回転する細く短い白い棒が、今度は明らかに骨だと判別できた。


 手を伸ばして無防備な姿を見せた鎌イタチに、ナイフを構えた姿勢で荒妻が静止する。


 丸金の真後ろから、内側に木の板をへし折った布引が丸金を胸に引き込みながらナイフを構えて踏み込んだ瞬間、鎌イタチの伸ばした二の腕と脇腹を銃弾が撃ち抜き、短い骨にも弾を掠めて壊した。

 地上に見えたのは、合図を受けて駆けつける道すがらであろう仲前の銃を構える姿で。


「止めろ!!」


 激怒して吠えたのは、荒妻だった。


 撃ち込まれる銃弾をも鉤爪で弾きながら、鎌イタチは屋根と壁を蹴って折れた骨をつかみとり、地上の藪に飛び込む。

 鎌イタチが逃げてしまう。

 しかし、荒妻は血を流しながら微動だにせず立ち尽くして見送ってしまった。






 まだ城周りにいればと行われた捜索も虚しく、鎌イタチは完全に取り逃がしてしまった。

 城門に集合するなり、仲前が荒妻の襟首を捻り上げる。

「てめえなら直接飛び降りて追撃できただろう。さっきの態度はなんのつもりだ」

 抵抗しない荒妻の代わりに望月が割って入る。

「無茶を言うな。彼は負傷しているんだぞ」

 だが深手はない。

 それまでは鎌イタチに打ち勝つ勢いでいたのを丸金と布引は見ている。荒妻は突然戦意を喪失したのだ。


 丸金は小声で「痛っ」と声を漏らして腹部を押さえる。即座に布引が反応して膝をついた。

「怪我したの?」

「いえ、ちょっと、チリッと、した気がして」

 痛みを覚えた場所から手を離し、丸金は荒妻に視線を戻す。


 城を見上げながら村上が溜息をつく。

「蝙蝠の代わりに鎌イタチが潜んでいたなんて、そんな偶然あり得るか?」

 それに苛立ちを隠さず仲前は城門の脇を蹴りつけて憎まれ口を垂れ流す。

「まんまと蝙蝠の罠に嵌められたに決まってんだろ、クソが。奴にとって他の殺戮者は銃火器と同じ道具の一つだ。基地でも死神の襲撃が偶然重なったと思ってんのか? あいつは死神が大量殺戮兵器だってわかってて使うんだよ」

「そこまで頭がまわれば、もはや人間と何も変わらんな……」

 望月が首を振って話を進行させる。

「状況は変わったがどうするんだ。鎌イタチは手負いだ。標的を彼に変更して捜索するのか? どうせなら追い討ちをかけるべきだと思うが」

 村上がもう一つの可能性も上げる。

「蝙蝠の罠だったなら奴も近くで見物してたかもな。戦術の基本は頭潰しだ。隠れて将棋をやってる奴を引きずりださなきゃ、こっちが背後から王手かけられて全滅だ。二兎を追う者一兎も得ずだぜ?」

 意見の対立に対して受付で作業をしていた桐島が顔を出す。

「どちらかじゃない。どちらも追うんだ。この周辺にある監視カメラには死神の映像は残されていなかった。情報を洗い直すために次は地下鉄スラムに向かう」

「地下鉄スラム?」

「この辺りの地下鉄駅は数件を残して潰されて、乗り継ぎ駅での路線も絡んで迷路に成り果てている。そこに民間人が隠れ住んでいるんだ」

 望月が眉間に皺を寄せる。

「避難所に対して、なんて蔑称を使っているんだ」

「テレビもネットも無い世界で外部の人間と接触した時に、それぞれが勝手につけた名称を擦り合わせて情報を交換するより、誰にでも分かり易く見れば解るの名称を使う方が理にかなっている」


 次の目的を話し合う傍ら、無言で立っている荒妻が片膝をついて地面を見たまま声を張り上げた。

「マル!」

 突然の名指しに驚いて固まる丸金の背中を布引が押した。

 戸惑いながら駆け足で荒妻に近寄った丸金は、断りも前置きもなく強く抱き込まれる。硬直した丸金同様、あまりにも普段とは違う荒妻の様子に男達の会話も止まった。

 顕現されてからというもの動揺など見せたこともなかったというのに、撤退する鎌イタチを前に何を見たというのか答えが出ない。

 身動きがとれず、訳も分からない。

 丸金の腕が困惑に泳いでいると、布引は首を傾げて眉を下げた。

「ちょっとだけ付き合ってあげな?」

 息を詰めた荒妻に、丸金は躊躇いながら手をまわす。

 落ち着かせるように、普段、荒妻が丸金にしていたように、硬く広い背中を撫で下ろす。


「大丈夫、ですか?」


 しばらく答えは返らなかった。


 その様子を尻目に、布引は行動方針の話し合いに割り込んだ。

「それはそうと、刀探しがまだ済んでないんだけれど」

 訴えに対して仲前は嫌な顔をしたが、もう一つの重要な目的である布引の武器探しは鎌イタチの出現のせいで手付かずになっている。

「死神と距離を詰めるのは時間勝負だって言わなかったか。延期に決まってんだろ」

「実際に死神を相手にするからこその前準備だよ。見つけても勝てなきゃ取り返しがつかないんだから。急ぐなら地下鉄駅で死神の情報を調べ直してる間だけ別行動にしよう。四駅くらいなら走れば追いつくよ」

「んなこと許可出来るか。ナイフでもあの鎌イタチと渡り合えたんだろ。些細なこだわりで選り好みすんな」

「刀は必要だよ。二人掛かりで決定的な攻撃が届かなかった。でも刀なら串刺しにできた間合いもあったんだよ。やっぱり慣れないリーチで死神を相手どるのは際どい。全力をだせずに後悔したくないんだ」

「は。刀さえあれば鎌イタチを殺せてたって口ぶりだな。とんだ自信家じゃねえか」

 村上が肩を持ち上げて布引に加勢する。

「自信がないから武器が欲しいんだろう。どうせ死神の出現地点を車の無線で基地に報告するんだろ。行動機序がハッキリしない鎌イタチは存在自体が盛大な地雷だからな」

「なるほど、じゃあ、その間に刀を探しに行ってくる」

「いらんことを言うな、蝙蝠! そんなもん大した時間かからねえだろ」

「言い合ってる時間を有効に使うべきだわな」

 村上の言葉に布引は笑って城門の中に駆け出す。

「ありがとう、海舟君。こっちも大した時間かけないよ。ひとっ走りしたら追いかけるから」

 弾かれたように仲前が後を追う。

「信用できるか!? 今まで規律正しく従ったことねえだろ、待てや糞アマ!」


 打ち合わせなく離脱していく後ろ姿を見送った桐島は、溜息をつき「先に駐車場に戻るぞ」と黙認した。

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