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暗闇に潜む凶器

「刀が欲しいだあ?」

 仲前が嫌そうに声をあげる。

「村の山城にも一振りあったぐらいだし、ああいう立派な城なら何振りか保管されていると思うんだ」

 与えられたナイフの柄についた輪っかに指をかけて強度を確かめながら布引は詳細を加える。

「間合いが近いから銃剣を用意してくれたんだろうけれど、銃剣術は突く動作に強く、斬撃に狭く、不殺の技に長ける。前みたいな乱戦だと縛りが大きくて活躍できないんだ。刀に比べれば手数でどうしても差が出てしまう。そう時間はとらせないから寄り道させてくれないかな」

「んなもん、江戸時代じゃあるまいし簡単に手に入るかよ。なまじあったとしても、とっくに他の連中と旅立っちまってるわ」

 荒妻が反論する。

「刀は目釘(めくぎ)(つか)、はばき、せっぱ、(つば)(さや)刀身(とうしん)を分解展示しているケースが圧倒的に多い。最悪刀身以外は別に保管されている。武器を求める侵入者がいたとしても、素人では組み立てられずに持て余すはずだ」

「だとしても優先順位ってもんを考えろ。なんのために車ぶっ飛ばしてるかをだ」

「蝙蝠の手がかりは大切だけれど、実際に死神と対峙した人達が返り討ちにあっている点を軽く扱うべきじゃないよね。だから私は全力を尽くせる武器が欲しいと最初から頼み続けたんだ。ご覧の通り調達も代替えも難しいからね」


 またも対立する大人達に丸金が眉尻を下げて気を揉む。だがそれを止めたのは意外にも桐島だった。

「そう反対することもない。まず始めに探索する場所として蝙蝠が最後に映っていた場所は妥当だ。あそこを巣にしているか待ち伏せをしている可能性は十分にあり得る」

 急ハンドルを切って障害物がない道に入ると、車はますます加速していく。

「同時進行すればいい」

 窓の外に城が垣間見える。白い壁と瓦屋根の連なる五連の建物、屋根の両端に光る金色の装飾。


 すでに蝙蝠がいてもおかしくない領域だ。


 出来る限り存在を伏せるためには車で乗りこむわけにはいかない。

 装甲車を隠す拠点として、敷地から数十メートル離れた廃墟の中で一階部分が駐車場になっている店が選ばれた。

 城を取り囲む公園から鳩が飛び去っていく。

 紛らわしい音に銃口がいくつか集中した。柱の影から道路を覗いて四方上空を警戒しながら、密やかに作戦行動の打ち合わせがなされる。

「蝙蝠の居所を特定するため、まず二手に分かれる必要がある。城内はともかく、簡単に空を飛んで撤退できる城外は奴に有利だ。生身で追跡するのは極めて難しい。城の周囲に狙撃手を配備して、障害物のない状態で集中放火を浴びせるのが理想なわけだが」


 装甲車の椅子に残っている丸金は目を覆って周囲に首を巡らせる。

「売店の裏に腐った死体がありました。怪我はよく分かりません」

 開いたバックドアの外に立つ村上が「おう」と相槌を打つ。椅子の横には、何度か書き損じた癖字の札が積まれていた。目が描かれた独特な紙は、もう何度か目にした陰陽術。衛星カメラや探知機の類を使えない戦況において、外敵に気取られず偵察できる優位性は高い。

「マル、公園部分はもういいから、お堀の中にある城関連の建物を偵察してくれ。破壊された侵入形跡がないか、グルグルッと一巡りでいい。不自然な紙切れが長時間飛んでると目立つからな」

「はい!」

 自分にしかできない役目を受けて本人はこれ以上ない真剣な様子で目隠しをしながら辺りをうかがう。だが、傍からは子供が一人で遊んでいるようにしか見えず、村上は密かに笑いを堪えて銃を構え直した。


「この少人数で広い敷地に戦力を分散できる余力がどこにあるんだ。孤立無援の交戦は危険過ぎるだろう。子供や骨折している怪我人だっているんだぞ。固まって行動すべきだ」

「僕にも役目がある。足手まといとして同行したつもりはない」

「まだ自分の立場が分かってねえみたいだが、そもそも安全は度外視だ。命懸けでも死神は始末するんだよ。特に蝙蝠は愛と平和のためにもぶっ殺せ」

「そうすると銃が扱える人が城外担当ってことで自然と枠が決まるよね。自衛隊さん方三名と、基地戦では物理的に空まで飛んだとかいうお巡りさん。丸金は複数で行動する分まだ安全そうな城内ってことで」

「自分は空なんて飛んでいない。原始的に瓦礫を詰んで踏み台にしていただけで」


 漏れ聞こえる話し合いに気が逸れた丸金は、村上に頭を鷲掴みにされて顔を正面に向けられる。

「集中」

「ご、ごめんなさい……」

 身を竦ませた丸金は、与えられた役割に没入しようと一層懸命に辺りを眺めまわす不思議な動きを行動を再開させたが、すぐに虚空を見上げて動きを止めた。

「あっ、見つけました。壊れた壁です。お城の最上階の屋根で隠れた所にあります。ここからお城に入ったんでしょうか?」

「ここと言われてもこっちは見えてないから、マルが穴の大きさを説明してくれなきゃ分からんけどな?」

 頬が分かり易く真っ赤に染まり、目をつぶったまま両手で大きさを示す。

「これ、くらいです」

「翼以前に俺の体格だと肩も通りそうにないんだが、中に入って偵察できそうか?」

「…………暗くて全然見えないです」

「OK、念のために怪しいお札は屋根で反り返ってる魚の口にでも突っ込んでから引き上げちまっていいぜ」


 時間差をおいて丸金がパッと両手を離して目を開けば、大きな掌に頬を挟まれて潰される。

「偵察ご苦労さん。標的どころか殺戮者もゼロ。損傷不明の古い死体が見える範囲で三体ときたもんだが」

 手を離れる。

 丸金は少し高い段差のあるバックドアから外へ飛び降りたものの、意見をぶつけ合っている様子に怖気づく。

「報告……」

 ここはきっかけになる声を挟んでくれないものかと何度も隣を盗み見るが、村上は素知らぬ顔で掌を上に向けてふり仰いで急き立てる。

「会話に割り込んでもすんなり話を聞いてくれる相手を上手に選ぶのも社会勉強の一つだぜ」

 何を訴えたいか読み取った上で非情な課題を与える村上に、力なく項垂れて指先を絡み合わせながら話の間合いを推し量る。剣呑な顔をした大人の会話に介入するには子供でなくとも多大な度胸を要する。


「だから、お前らみたいな規律や協調性を軽視する独断専行タイプを、作戦の肝に据えられるかっつってんだよっ!」


 苛立たし気な怒声に丸金は腕を曲げて身を強張らせ、丸金は恐る恐る村上を振り返る。

「あの、お城に誰が行くかで喧嘩されているんですが」

「そうだな」

「外で蝙蝠を待ち伏せして撃ち殺す作戦だったら、お城組になるのは刀を探す布引さんと、銃を使えない荒妻さんしかいないと思うんですが」

「その通り。そして作戦を変えない限り布引ちゃんは守備の薄い狙撃役の元にマルを置いていったりしないし、事前に言い含めたところで荒妻ちゃんは作戦通り行動しない。そんな過保護組の中にマルを加えれば確実に一人が専用の護衛について、マル優先の作戦そっちのけマルマルチームが出来上がるから、人員配置が悩ましいという話だな」

「あぐっ」

 言葉を詰まらせる。

「でも、蝙蝠は基地を狙ってるから、取り逃がさないためにはお城の周りを満遍なく見張らないといけないし、お城の中で蝙蝠と戦う時に私の護衛なんてしてたら、一人で戦うことになって危ないのでは……」

「なんて正論で説得して、感情抜きで手駒に徹しろなんてのが土台無理な話なわけ。元から決死隊なんてもんは運良く仕留められりゃあ、めっけものっていう賭け事なんだよ。この人数じゃ手堅い作戦なんて存在しない。どっちにしろ火力を求めて規律や協調性を軽視する独断専行タイプの素人を手駒に選んだんだ。個人の能力を信じるしかないわけよ」


 村上が作戦に口をはさまずに丸金の相手をしていたはずだ。

 思惑、温度差、優先順位。元より問題になっていたことではあるが、差し迫った敵がいなければここまで顕著になってしまう。


 大人同士で最適な落とし所で決着しないものかと、うつむいてグズつく丸金の様子に、村上は顎を親指でひと撫でして銃を抱えてしゃがむと顔を覗き込んだ。

「そんじゃ、いっちょ成功率を底上げする助言をしてやろうか、ご主人様。あの二人を護衛から引き剥がして戦闘に差し向けたいなら、普段からそいつがどんな奴か興味を持って色んな角度から理解しておけ」

「どんな、人か?」

「そんでもって自分がそいつにとってどういう位置付けか知ること。台詞一つとっても誰が言ったかで効果は変わる。例えば俺が仲前に蹴りを入れにいったら問答無用で喧嘩になるが、マルが蹴っても理由を聞くし理不尽な内容でも一喝で終いだ。まずは知る。そこから選択肢ができるわけよ」

 立ち上がった村上は背伸びをする。

「使役術ってのは人間を使う以上、肝は結局コミニケーションと好感度だ。ある程度、人格のできた大人や、付き合いができている相手には自分の持っている効果以上のカードはきれない。その点マルは都合の良いことに相性の良い手駒を手に入れた。後は積み重ね方次第」

「あの、つまり、あの、私はどうしたら……」

「安直に答えばっかり教わってると馬鹿になるぜ。そいつがどんな奴か理解したんなら、次はマルが何をすれば思い通りの行動を引き出せるか頭を使わなきゃいけねえんだから、脳みそは積極的に使ってこうぜ」

 途方もなく抽象的な助言に丸金が焦る。

「さてもとりあえずは、とっとと方針を固めてもらうために作戦会議に口を挟みにいくことだよ。追跡中の蝙蝠がここにいるとも限らないのに、一箇所につきどんだけ時間割くんですかってな」

 村上は渦中に向かって歩き出し、駆け足でその背中に続こうとした丸金を振り返って微笑む。

「ちなみに今の台詞をマルが言うことによって俺が言うよりも効果的にケツを叩けるという実例なわけだ。いい加減に腹くくっていってこい?」

「ひゅっ!?」

 呼吸を止めた丸金の顔色が今度は蒼白に塗り替わった。






 砂利道は細い雑草が垣間見える程度でほとんど平時と変わらぬ見晴らしを保っている。脇に植えられた梅や桜の根元が藪と化し、緑の壁は城までの道を一層際立たせていた。

 藪の中を掻き分けて飛び出した仲前と村上が道を走り抜けて、木の陰で小銃を構えて周辺を確認する。手で合図が送られると松葉杖をついて桐島が砂利を横断して次の藪に駆け込んで、後追いの布引に手を繋がれながら丸金、しんがりに荒妻がつく。

 閉鎖された城門まで辿り着いたのを確認して、望月、村上、仲前が方々に散っていき、桐島は無人の入場受付口の扉をこじ開けにかかった。城門の向かい側にはゴミや手拭いが散乱した土産物屋と壊された自動販売機が並ぶ。

 周囲を囲む堀の向こう側にそびえる土台の石垣に漆喰の壁は白く、黒い木製の木枠に支えられながら瓦で屋根を造る。それが幾重にも繰り返されて最上階に到達すると屋根の両端には金の装飾が光を跳ね返していた。


「本当に立派な城だなあ。村の近くにある山城はちんまくてね。丸金はお城見たことあった?」

 明るく訊ねる布引に素直に丸金は記憶を振り返る。

「いえ、初めて見ました。あ、でも車からチラッと見えたことは」

「観光気分は止めろ、シザー」

 和やかな会話に苛立った桐島が断ち切る。扉が開くと、中には埃を被った小さなモニター画面が並んでいた。

 布引が胸を掌で二度叩く。

「恐怖で足をもつれさせないためには雑談でもして深呼吸。実力を発揮したいなら大事な時ほど嘘でも笑う。これがうちの道場の指導方針」

 荒妻が袖から金属を覗かせる。

「騒々しく羽ばたかなければ動けもしない標的なら、俺が見逃さなければ良いだけだ。射程圏内に入れば秒で仕留める」

 言い捨てるやいなや荒妻は城門を破って屋根の下から飛び出し、一番高い建物に向かって駆けていく。


 結局、建物内に蝙蝠がいる可能性は低いため城外の狙撃手を削らず、城内には布引と荒妻と丸金が潜入することとなった。それでも何が起こるか分からなくなってしまった世界で、命令に服従する意思なく動きの読めない二人と別行動をとることに、不安を隠しきれない桐島はこめかみを押えて唇を噛む。

 仲裁できるだけの引き出しがない丸金は狼狽したが、布引は苦笑して身を屈める。

「ちゃんと注意力散漫には気をつけるよ。命懸けの作戦を台無しにはしない。約束する」

 松葉杖を壁に立て掛けて椅子に身を預けた桐島は、テーブルの下から配線を引きずりだしながら念を押す。

「窓と物陰には警戒して」

「あいよ」

「もし殺戮者を発見した場合は静かに制圧」

「了解」

「城内で蝙蝠を発見した時の合図は無線機を支給されていない以上」

 丸金に視線が向けられる。

「君の仕事だ」

 緊張した面持ちで丸金は繋ぐ手とは逆の手に数珠をきつく握りしめて力強く頷いた。


 一足先に術で見た通り。

 漆喰の壁に埋まった黒い木製の扉は巨大な南京錠で閉ざされ、どこにも破壊して侵入された形跡はみられなかった。

 鍵を難なく解除した荒妻はナイフを構えながら懐中電灯で床、壁、天井、床と円を描きながら室内を先行していく。しかし布引の方は入口まで来ると立ち止まってしまった。

「布引さん?」

 不振に思い手を引くと、笑みを浮かべて丸金に向けて口元に指を立てる。そうしてる間に一通り安全を確認した荒妻が手招きをして、ようやく布引は建物に足を踏み入れた。


 村上の言った通りになっている。


 唸る丸金の横で、布引は懐中電灯の電源を入れて豊満な胸の間に差し込み、腰に差していたナイフに持ち替える。

 窓も木戸も閉鎖された空間は完全な暗闇だった。埃特有のすえた臭いを吸い込んで丸金は声を押し殺して咳き込む。城内は外観からでは想像できない現代的な造りで、城建築について紹介する展示になっていた。エレベーターと現代的な非常階段が並び、大きなモニターが壁に掛けられ、横には手をかざした二頭身のキャラクターパネルは首だけ折れて床に落ちてしまっている。

 広い空間で太陽の光と少なからず人が行き交っていたショッピングモールとは、また違う匂いがする。


 丸金の腕が引き上げられ、暗闇の中の目印として装着された蓄光ブレスレットが暗闇の中で淡く光っているのを確認される。

「駐車場で海舟君に何か吹き込まれてたでしょ」

「え! いえ、別に何も」

 挙動不審を隠せない丸金に、布引は小さく笑う。

「凄そうな刀が城内の展示品に残っていてくれれば心強いけど、別にナイフでも実力が半減するってだけで戦えないわけじゃないし、拘束されてないから前より随分マシなんだ。おまけの駄目押しで晋作君もいるんだし、今回は丸金が無茶をする必要なんて無いからね?」

「はい!」

 日本城の使い道は乱暴に大別すると二つある。昔のままを遺産として保存した観光建築か、中身をそっくり近代化して博物館にするかだ。どの地域にも貴重な歴史的遺物はあるもので、歴史的で巨大な建造物の周りには大抵それが保管されている。城内の展示品として、あるいは隣接している宝物殿にだ。

 刀が手に入る数少ない機会。

「何があっても刀は見つけ出します」

「よーし、安心できなかったぞ。目の届かない距離まで離れるようなら丸金は私の背中行きだ」


 厚く積った埃に残された荒妻の足跡をたどって彼の背中に続いて進む。

 布引はエレベーターと並ぶ壁の案内板に触れる。

「展示は三階か。二階は昔の暮らし体験フロア。四階は展望と売店。フローリングだし、なんだか思ったより城っぽくないぞ?」

 一階の安全を確認した荒妻が階段に踏み込む。

「梁みたいな天井の死角がないのは好都合だ。潜んでいるとすれば、ハリボテだとしても生活空間として使えそうな二階の確率が高い。先に安全を確認してくる」

「じゃあ、階段下で待機してるから、何かあれば合図を」

 必死な形相で丸金が拒絶する。

「危ない所に一人は駄目です!」

 大人二人はそれぞれ思案顔になり、布引が意見を変える。

「そうだね。晋作君は前衛、私は後衛で慎重に確認といこうか」

 荒妻は静かに瞬きをして階段上を見上げる。階段は狭く四角い螺旋状で、吹き抜けが格子で包まれ最上階まで続いていた。

「ついてくるなら腰から上は照らすな。音は立てるな。ここからは会話無しだ」

 布引が親指を立てるのを見て、丸金もおずおずと指で丸を作って荒妻を見上げると、荒妻は黙って頷いた。一度手を離した布引は胸に挟んでいた懐中電灯を引き抜いて、片手のナイフと見比べて丸金に懐中電灯を手渡した。


 二階に踏み入ると、正面からいきなり城下町の風情が広がっていた。円を描く荒妻の光に照らされるハリボテの店先は、暗闇の中では外の廃墟よりも本物の町に見える。マネキンのような紛らわしい人影は見当たらず、目を凝らす丸金は微かに震えながら安堵の息を漏らす。

 本屋の看板がある店先の番台には帳面とそろばんと筆が飾られ、畳の奥の棚には大量の本が並んでいる。フローリングの中で唯一の畳。寝起きするなら片面に壁のないハリボテの部屋でも十分だろう。ただ、ここは使われた形跡がない。

 畳をなぞると埃が光の中だけで舞い上がっていく。


 荒妻は二階に見切りをつけ階段に向かった。山場を越え、緊張で竦み続けていた丸金の肩からは力が抜けた。

 三階に上がる前に荒妻はまだ足跡のついていない階段の床を照らし、鉄格子を掌で撫で下ろした。縦に並ぶ鉄格子に張り付いていた埃が綿となって床にコロコロと着地する。それを確認した荒妻は懐中電灯と細い棒状のナイフを構えて再び上を目指しだす。

 そうして蝙蝠討伐と並行目的である展示室に辿り着く。棚が多い分だけ死角の多い階層だが、躊躇いなく足を踏み入れて確認作業を繰り返す。


 手を引かれながら、丸金は先程荒妻がやったように鉄格子を手の甲でなぞって、一部だけ禿げた埃まみれの鉄格子を見る。

 見張りを立てていない吹き抜けの階段で、もしここを通る殺戮者がいたとして、それが足跡を残さない蝙蝠だったとしても、人間の男の重量を支える巨大な翼は必ず鉄格子の埃を払い落すだろう。村上がいかに器用で、蝙蝠もそれを受け継いでいるのだとしても。


 まだ見ぬ上階を見上げた。手に持つ微かな光で縁取られた壁と鉄格子の影絵は、四角く登る階段で見える範囲は上に向かう階段と踊り場、そこを曲がった鉄格子に挟まれた反対側の階段と対角線上にある踊り場。


 その踊り場に音もなく立つ両足。


 繋いだ手を強く握り締められ、腕を引き抜かれる勢いで展示室に放り投げられる。

「晋作君!!」

 床を滑るように転がった丸金は壁にぶつかり、階段の入口に残った布引の頭上で構えられたナイフからは火花を散った。激しく壁が何かを叩き付ける音がして鉄格子に何かが張り付いて激しい金属音を響かせる。

 取り落とした懐中電灯を慌てて階段に向ける。

「敵は蝙蝠じゃない!」

 展示物が割れる音と共に荒妻が丸金の前に滑り込んで棒ナイフを投げつけると、殺戮者は鉄格子に飛び退き、鉄格子と壁を蹴って階段も使わず駆け上っていく。

 布引の肩に手をついて跳び越えた荒妻がそれを猛追した。


 丸金も衝突で一瞬止まった姿を正面から見た。顎から幾重にも伸びた殺戮者特有の黒い繊維が目の下に潜り込むことで顔を半分覆うマスクの様になってはいたが、その目元はよく知っている。

 異常に長い鉤爪の指に、時代劇がかったたっつけ袴の黒装束、乱れた髪の下から覗く目は鋭く、眉間には深く刻まれた皺が集まっている。


「鎌イタチ!?」

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