幼き修羅
屋上からは基地の混戦が見渡せた。
侵入を阻む塀の高さはせいぜいで二階家屋。申し訳程度の有刺鉄線は見下ろしてみれば頼りなく、化け物に追い詰められている人々にはあまりに高い。だが一か所だけ外側から派手に砕かれた壁がある。車が所狭しと立ち並ぶ傷病者が隔離された区画前だった。
遠くからでもその異常は見て取れた。塀に面した方角から車を左右に薙ぎ払いながら突き進んで来る何か。車間から必死に逃げ出す人の流れの中に、武装した隊員が駆けつけて生存者に構わず対戦車砲弾をその何かに向けて撃ち込んだ。
それは着弾する前に空中で半壊した車と衝突した。
爆風が髪をなびかせる。ついでとばかりにもう一台が化け物側から射出され、砲弾ごと隊員は車の下敷きとなり潰された。化け物は更に障害物が気に食わないとばかりに一台のワゴン車を持ち上げて地面に叩き付け、鉄の塊に変えては投げ捨てていく。
「死神め」
明らかに今までとは規格の違う化け物があそこにいる。富田二等陸佐は屋上の生存者を見渡す。
「各自の装備を確認次第、まずは本陣の位置を特定。傷病区域からタイタンの興味が逸れる前に合流して戦線の立て直しを図る」
そこへ丸腰同然の布引がようやく物陰から口元を拭って戻り、地上の凄惨な光景を目にして手すりから身を乗り出す。
「取り残された人はお構いなしか」
また作戦を無視して助けに行くつもりかもしれない。そうなれば結果的に囮の状況に置かれた傷病区画の人間は避難できるかもしれないが、命令違反での死刑宣告は撤回もされていない先程の話。
どう声をかけるのが正解か迷いながら丸金が布引の隣に近づいて服の裾をつかめば、すぐに丸金に目を向けてくれた布引も困った顔で笑みを浮かべる。
意外にもこの問題を解決したのは富田だった。
「シザーには引き続き菅原と仲前と桐島を監視につけて別動隊とする。本隊に合流しても余計な混乱を生むだけだろう。死神が移動しないよう足止め、あわよくば討ち取って死んでくれ」
タイタン襲撃の知らせを遅れて聞いた仲前と桐島は、最低限で備えていた小銃とポケットを確認して表情を曇らせる。殺戮者があふれた建物内に装備の補充では戻れない。それを分かった上で前線を命じている。
布引は挑発的な富田の命令に返事をせず、拘束されたままの手元に目を落として、タイタンのいる方向に顔を向けて表情を引き締めて手すりを跳び越える。
「丸金」
「ぬ、布引さん。危ないです!」
屋上の縁に立って背中を向けたまま布引は止める間を与えなかった。
「先に地上の安全を確保してくるけど、何かあれば大声を出すんだよ」
三階建ての屋上、ヘアクリップでまとめ上げられた髪が尾を引いて飛び降り、慌てて丸金も手すりに乗り上げて地上を覗き込んだ。そこには、例の金属フックで二階にも届く大型の殺戮者の脳天を叩き割る瞬間。
地上に足をつければ屋上の観客からも目で追いきれない動きで建物を囲む殺戮者を叩き潰し、囲まれれば壁を蹴って長い脚が空に円を描きながら跳び越える。
「規格外」
誰かが畏怖を込めて呟いた。
屋上に辿り着くまでの道にしてもそうだった。隊員達の決死の戦闘があったにせよ布引あっての到達。返り血に汚れた彼女が屋上を見上げる頃には、誰の胸にも期待が生まれただろう。
「もう降りてきてもいいよ」
彼女ならタイタンを倒せるかもしれないと。
「各自、地上へ降下開始!」
屋上に設置された袋からロープが取り出される。屋上の扉は歪み始めていた。ここが安全であるのも残りわずかだろう。
逃げ惑う人の流れに逆らいながら、撃つよりも前に布引が殺戮者を仕留めていく。仲前に背負われた丸金を時々振り返って確認しているが速度を落とす様子はない。限られた銃弾を節約するのに都合は良いが、先走れば孤立する危険は高くなる。
白兵戦に手を取られた隊員達はもはやタイタンどころではなくなっていた。不安と恐怖は抑えられても、体が絶望に反応してしまう。
車上に飛び散る瓦礫と肉片のせいで目標を捜し回る必要はなかった。奥からも激しい銃声が響いて一向に止む気配はない。
車の残骸に足をかけた布引は勢いを落とさず車の上に飛び移り、天板を鳴らして直進してしまう。仲前達は車間へ突入して物を蹴倒しながら後を追った。
「アクション映画じゃねえんだぞ! 人間か、あの女!?」
運ばれながら車内に視線を向けた丸金は、動くに動けない何人もの傷病者を確認した。家族を見捨てられずに泣きながら縋り付く人を。殺戮者となり車の中で襲われる光景を。
窓ガラスの向こう側で車が突然何台も追突する。無残に潰れた運転席は無人。密集していた車を脱出して空間が開けたそこで理由は判明した。肘から先の黒く膨れた大槌の拳が車を大きく凹ませ、剥き出しの厚い胸板を興奮で上下させる殺戮者の横顔。赤く染まった足も黒く分厚い皮膚に覆われ、破壊に特化しているのが見て取れる。鼻を中心にひび割れた顔には黒い筋が頭を包み込み、怒りの形相で咆哮を上げる様に理性など欠片もない。既に銃弾を浴びて血塗れになりながら、さして体力を削られた様子もなく平然と暴れている。
本物の望月羽秋、死神タイタン。
その首筋に一撃が叩き付けられ巨漢は車にめり込んだ。背後から鉄の塊を振り抜いた布引は後退しながら手首を振って顔を歪める。
「ふー。これはまた予想外に硬い手応えだなあ」
死神に、布引の攻撃が通用した。
平然と頭を振ってガラスを散らしながらタイタンが起き上がってくる。
「鬼さん、こっちだよ!」
タイタンは近くの丸金達に気付かず、挑発する布引へと一直線に殴り掛かる。攻撃は至極単純な殴る蹴るの応酬だ。
建物の中では見せなかった真剣な目で布引は叫ぶ。
「逃げ場がなくなるから車の上に乗って! 車投げる怪獣だよ。状況が見える程度に距離は開ける!」
舌打ちをした仲前は「首にしがみついてろよ」と丸金を支えていた手を離して割れた窓に足をかける。車の上から辺りを見下ろせば、まだ近くをさまよう人影がいくつも見てとれる。ただその頭は不安定に揺れながら歩く速度で動いており、化け物に囲まれているにしては落ち着き過ぎていた。もう人間ではないのだろう。
前蹴りに対して布引は軽やかな足さばきで横へ回り込み、鈍器で横腹を振り抜いて打つ。タイタンは衝撃で体を折るが足を広げて踏み止まると、すぐさま大きな掌で布引の首につかみかかり寸前のところでバク転により空振る。追い打ちをかけにタイタンの猛打が布引を襲うが、布引は一切受け止めずに躱し続ける。
一方的に攻撃は当たっている。
しかし、他の殺戮者であれば首の骨を折って倒れ伏していく布引の一撃を持ってしても、タイタンの動きは鈍る様子を見せていない。
車上で背中から降りた丸金は仲前に縋り付く。
「援護を、しないんですか」
「あんな動きの激しいところに撃ち込んだら、下手すりゃシザーに当たるだろうが」
「でも」
別の車上で桐島が銃を構えながら口を挟む。
「よせ。どうせタイタンに通常の弾は無効なんだ。こちらに気を引くだけの自殺行為でしかない」
「分からないぜ。あの分厚い筋肉がない目か耳にでもヒットさせれば脳漿ぶちまけてくれるかもしれん」
丸金は術のために死神を安全な場所から覗き見たことはあったが、その特性までは熟知していなかった。
「どういう、こと、なんですか?」
嫌な予感に声が震えた。
仲前もまた片膝をついて銃の狙いを攻防のただ中に定めながら答えた。
「案外、死神と交戦をしても生還する奴は少なくない。その中には奴に散弾銃をぶち込んでやったと豪語する勇者もいたわけだが、ご覧の通り奴はピンピンしてやがるな」
銃痕は体中に刻まれている。
何かで防いだとしても、包囲して銃弾の雨を降らせば普通はハチの巣になっていなくてはおかしい。普通であれば。
「奴の最も厄介な特性は怪力じゃない。是非とも解剖してみてやりたくなるあの尋常じゃない耐久性だ」
丸金は凍り付いた。
つまり今、布引は有効手段も分かっていない敵を相手にさせられているということだ。そして、効かないと言いながら構えられている二丁の銃が狙う先はタイタンではなく、体力が尽きて、追い詰められ、戦意を失って絶望した布引。
頭上から振り下ろされた拳が地面に衝突してクレーターを作る。身軽さで優る布引は胴、脛、脳天と急所を正確に打ち込んだが、それでも体勢を立て直されてしまえば優勢とは言えない。逆に一度でも攻撃を食らえばただでは済まないのだ。
布引が後ろに飛んで距離を開けると、タイタンは不意に丸金と仲前が足場にしている車を殴りつけて破壊する。
「あっ!?」
足元の激震で尻餅をついた丸金の軽い体は跳ねて空中に投げ出される。銃を片手に仲前は素早く隣の車に足をついて丸金の服をつかんだ。吊り下げられた丸金は目の前のタイタンに落ちた衝撃も忘れて息を止めた。
死神が首を傾けて丸金を見ていた。
抵抗の方法も分からずに首に向かって伸びる掌を目で追った。
「気の多い男は嫌いだな!」
布引の捨て身の体当たりでタイタンが真横に突き飛ばされ、その隙に仲前は丸金を隣の車に引きずり上げた。不利な体勢で地面に残った布引にタイタンがつかみかかる。地面を転がって避けた布引は猛攻をくぐり、危うい蹴りを跳び越えて反撃にでる。だが力の入っていない無理な攻撃はタイタンを怯ませるに及ばない。タイタンは強引に体を捻ると無理な角度からでも布引に殴り掛かった。
「おわっと!?」
焦った声で体をそらせる布引の胸元が裂ける。腕を前で固定された布引は伸びきった鎖とえぐれた地面にバランスを崩されて転びかけた。
「布びっ」
叫びかけた丸金の口が仲前の片手に塞がれる。車を飛び移って来た桐島が仲前の横について銃を構えてまくしたてる。
「タイタンが周囲の地面をえぐるせいで足場が悪くなってる。焦りも見えてるし、シザーは限界だ。ここまで張り合えただけでも僥倖だよ。思ったより時間は稼いだし、そろそろ撃つべきじゃないか」
丸金は足をばたつかせて抵抗する。まだ布引は危ういところで躱し続けているのだ。
仲前は丸金の拘束を強めながら銃を持つ手を一度下ろした。
「気が早ぇよ。シザーが死んだら次鋒は俺だぜ? 一撃喰らうまではギリギリまで粘ってくれっての」
攻撃をする余裕もなく回避に徹し出した布引は、丸金達とは反対側の車を駆けあがった。追尾するタイタンが車に拳を振り上げるのを確認した布引は更に後ろの車へ跳ぶ。先程までの車は横転して隣の車に激突した。
布引はタイタンを見下ろしながら声を張り上げる。
「狭い場所でこれ以上やってると捕まりそうだから私は彼を広い場所までおびき寄せる! 丸金達はそのまま車の上を気を付けて移動するんだよ!」
丸金達の視線はタイタンの背中を越え、布引の立つ足元の運転席に集められた。フロントガラスの中には頭から血を流した十代中頃の少女が目を見開いていた。
突然開けた視界の中に現れた殺戮者を前に少女の甲高い悲鳴が響く。
布引は足元を見て顔色を変える。
「いやあああああ!!」
少女は車の扉に飛びついて逃走を試みるが、上手く開かずに窓を叩いて泣き叫ぶ。タイタンの殺意が布引から少女へと目標を変える。勢いをつけて車に飛び掛かっていく巨体に、布引は車から捨て身で飛び降りていた。
「させ、なああああい!!」
足でタイタンの足に組み付いて横に捻れば進行方向がズレて車の左座席に激突して止まる。車内の少女は混乱しながらも粉々に割れたフロントガラスをかきわけて脱出すると逃げていった。
頭を振ったタイタンに布引は振り落されて武器を手放す。
「うっ」
布引の額に玉の汗が浮かぶ。車とタイタンに挟まれた両足が紫と化していた。
タイタンが足元にいる布引を見下ろせば、丸金の拘束が解かれ再び布引を的に銃の引き金に指がかけられた。男達に緊張感が走る。
丸金は目の前の桐島に縋り付く。
「止めてください!」
拘束された非武装の女性を過酷な前線に送り込んでいるのだ。奇跡を期待はしても、負けを前提にしていたからこそ保険につけられた監視。布引の変貌は何よりも起こしてはならない事態。
「ねえ!」
それでも丸金にとって布引はまだ闇に堕ちていない、見知らぬ人を助けるお人好しで。
「私を殺すのに二人はいらないよ」
肩で息をする布引はタイタンを見据え、繋がった両手首で這いずって距離を開けながら笑顔を浮かべた。
「お願い。丸金を、ここから逃がして」
そこに絶望は含まれず、利害もなく、ただただ、優しい。
逃げる足を失った獲物だと判断したタイタンは悠然と片足を持ち上げた。
踏み殺すつもりだ。
仲前は片手で銃を構えたまま、丸金を桐島の腕の中に押し込む。
「援護、します、からっ」
丸金は袂から大量の札を空中にばらまいた。ピンクの数珠を片手に、桐島に抱えられた胴も体勢も気にせず舞い散る札に二本の指を差し向ける。
「諦めたり、しないでください! 布引さん!!」
札が突如青い炎で燃え上がる。
足を絡ませながら、からくも布引はタイタンの足を転がって避ける。タイタンはすぐさま反対の足を上げたが、布引の手前に、横に、いくつもの透けた人影が現れた。タイタンは辺りを見回して人影に向かって雄叫びを上げて飛び掛かる。
「な、なんだ!?」
監視達は怪奇現象に困惑する。布引も周りの光景に目を見張ったが、暴れるタイタンから匍匐前進で退避する。
タイタンが拳を振るえば人影は手応えもなく霧散して消えたが、丸金がばらまいた札を拾っては宙に投げて火をつければ新たな人影が生まれていく。火の元は持っていない。だが札に火を放ち、この幻影を作り出しているのは間違いなく丸金だった。
「ああああああああああああああ!!」
霧散するだけで破壊できない幻影に痺れを切らしたタイタンが空を仰いで怒号を上げる。
「最初から」
涙と幻術を垂れ流す丸金の手札はすぐに尽きて、それなのにタイタンは次々と幻影をかき消してしまう。
「一緒に戦うべきだったんだ」
歯を食い縛って丸金は車から飛び降りる。
「駄目だ、丸金!?」
布引の静止に構わず落ちている手首を拾って車に血文字で紋様を書き殴る。
「いつもいつも、見てるだけだから、みんな死んでいく」
血で描いた線上が車に焦げ目を作り、札を使用するよりも小さな人影が生み出された。
「口ばっかりで、泣くばっかりで、見殺しにして。死ぬ覚悟なんて少しも役に立たないのに。自分が戦うんだって思わなかったから」
乱れた形で人間ともつかない形の混じった靄に囲まれたタイタンは意識を囚われた。一心不乱に、線が掠れれば液体を探し回りながら丸金は書き殴り続ける。
御札が無いなら作ればいい。墨が無いなら血の滴る肉片を使えばいい。血溜まりが無いのなら。
血染めの両手を丸金は見下ろした。
「指を噛み千切ればいい」
そう呟いた瞬間、丸金の前に真っ赤な液体の塊が空から降ってわいた。地面で弾けた赤を直撃で浴びて、驚いて空を見上げる。
「ひゃあっはっはっはっはっは!」
場違いに狂った笑い声が空から響き渡った。
それには上半身しか無い。下半身の代わりに生えた黒いなめし革のような翼は風を巻き起こしながら飛んでいた。生きた人を抱えて。それは悪魔と呼ぶに相応しい心底楽し気なとろけた相貌が銃を持って自衛官の肩から地上を見下ろす。
絶望を上塗りする、とても見覚えのある人物だった。
仲前は躊躇いなく銃口を空に向けて発砲する。
「ここにきて死神の追加だと!?」
空を滑るように躱した殺戮者だが、抱えている自衛官には弾が直撃して恐慌状態に陥って撃ち返し始める。
「うわあああああっ、助けてくれ! 死にたくないぃぃ! 苦しみたくないぃぃ! どうしていっそ殺戮者にならないんだよおおお!?」
泣きながら悲痛な声を上げる自衛官を嘲りながら飛ぶのは、元は村上であった死神、蝙蝠。
「ふっざけんな、糞蝙蝠があああ!?」
車の上を転がって仲前と桐島も車間に飛び降りて身を隠す。隠れながらも仲前は抑え切れずに怒髪冠を衝いた。靄の陰に隠された布引は地面に伏したまま空を見上げて乾いた笑いを漏らした。
「はは、蝙蝠って、本当に空飛んじゃう殺戮者なんだ」
小さな声で「厄介なのばかりで、まいったな」と顔を歪める。
動けない布引を確認した丸金は手元に視線を戻す。幻影の数は増やされるよりも消される方が早い。減ってしまえばいずれタイタンの意識は生者に向かうだろう。
蝙蝠は抱えている自衛官を盾にして避けることもなく監視達が隠れる車間の真上を飛ぶ。自衛官の撃つ銃弾が地面をなぞりながら桐島に迫った。車の陰に隠れながら仲前が後ろから奇襲するが、蝙蝠は自衛官を放り棄てて空中を旋回しながら舞い上がって回避する。その手元にはへし折られたサイドミラーが握られており、見せつけるように左右に振って、それも地面に投げ捨てた。
「自分から盾を捨てた?」
仲前は警戒心を膨らませて蝙蝠に向かって体を伸びあがらせる。
空の殺戮者からは車が無造作に並ぶ地上でも全体を見渡せただろう。丸金は手元しか見ていなかった。車の間にいる丸金を見つけて口の端を一層吊り上げる蝙蝠は丸金に狙いを定めて降下する。
いち早く気付いた仲前は舌打ちをして銃を連射しながら蝙蝠に向けて駆け出す。蝙蝠が丸金の頭上に舞い降りる。
「丸金ええええ!?」
布引の声に顔を上げた目に飛び込んだのは、村上そのままの姿で丸金に向かって両手を伸ばす空の殺戮者。
背中を包み込むような感触と風が丸金の両脇を吹き抜けた。紫のジャージに包まれた腕の先には尖った刃物を握る手が蝙蝠へと向けられている。とんぼ返りに蝙蝠が車の陰に隠れるよう斜めに上昇して、基地のどの建物よりも空高く逃げた。
「周りの状況はよく把握しておけ」
腹部に回った腕で後ろに引き寄せられた丸金は大きな体に背中を包まれた。低く単調な声に顔を上げて、丸金は唇を引き絞り涙を溜める。
「うっ、うっ、荒妻、さん」
丸金の目元から硬い指が涙を払い落す。その手首にはあの分厚い手錠が消えていた。荒妻は空と地上の死神を見やると丸金の前に立ちはだかり、腰の位置で扇子を開くように刃物を左右八本に増やす。
「なかなか良い感じにヒーロー登場ってタイミングだなあ」
車上からは更に手首を拘束されたまま小銃を構えた村上と、厳つい銃を抱えた望月が姿を現した。それぞれが変貌した己が姿を見据えながら。
「まずは、タイタンと蝙蝠を分断して処理しよう!」
「よおし害獣狩りだぜ皆の衆。第二ラウンド張り切って行ってみようか」
風向きが変わる。




