プレイフェル編 1 「ゲームをしよう」
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同時多発テロから2日後。某所。
薄ピンクの照明に照らされた、ドア1つ窓がない一室。色気が漂う異質な空間。ピンクの人形やピンクの家具。部屋の中はピンク1色で飾られていた。
そしてその部屋の主も全身ピンクで着飾っている。
身長は低く、見た目は高校生。顔立ちは日本風。日系のアジアだろう。
「んふふ♡か〜わいぃ〜♡」
しかし声、喋り方はまだ小学生。
女はベッドに横たわる男を見つめながら、赤ちゃんのようにはしゃいでいた。
男の方は意識は無く傷を負っている。だが、女がやったのだろうか。ピンクの絆創膏や包帯で手当がされている。ピンク色なんてどこで売っているのだろう。手作りなのだろうか。
「もう1回キスしちゃお〜♡」
女が男に近付き、唇と唇が触れ合いそうになるその時。
「──藍」
突如後ろに現れたお福さんのお面を被った男に名前を呼ばれた。
「ギクッ」
「いつまでこうしているつもりなのかい?」
藍は恐る恐る振り返る。
男──《消える暗殺者》──念擂々──は《剣魔士高等学校第1科区分劣等生》の緑と紺色の制服を着ていた。
突如現れたのは彼の異能力『空間』によるもの。『空間』を操る彼にとってはここに入るのは容易いこと。
彼の口調は優しいものだが、声音は完全に怒っている。
藍がこの部屋に篭ってから2日。彼女はベッドにいる男と共に2日間ここから動かなかった。それに対し擂々は少々腹を立てていた。
「……」
「……僕も怒られてるんだよ早く蒼翔を探せって。挙句の果てに全国指名手配されてしまったじゃないか」
そう、ベッドに横たわっているのは現在全国指名手配中の刈星蒼翔。
「嫌だっ!蒼翔は渡さないもん!今回の協力のお礼でしょ!」
完全に子どものわがままの言い方である。幼稚園児だろうか。
実は《剣魔士高等学校第1科》の襲撃協力のお礼として、藍には何でもしてあげると言ってしまっていた。そして彼女の願いは、『刈星蒼翔と一緒にいたい』だった。中村悠軼には『すぐに刈星蒼翔を渡せ』と言われていたが、運良く蒼翔が気絶したのが岐阜の山奥。学校に居たのであればすぐに警察に連れていかれていたであろう。その前に藍の要望を聞き、2人丸ごと連れて帰れた。
だから悠軼には『戻った時には蒼翔はその場にいなかった』と伝えてある。まぁその結果全国指名手配されたのだが。明らかに職権乱用だが、今回の襲撃を刈星蒼翔のせいにすることによってこれは成り立つ。まぁそう仕向けるようにわざわざ岐阜まで呼び出してから名古屋に向かわせたのだが。
学校内に蒼翔がいたら、第三者からみたら正当防衛になってしまう。だが、あえて襲撃後に学校外から来て暴れればそれは正当防衛とは言えなくなる。
さらに都合良く彼は生徒も巻き込むような発言もしていた。そして襲撃後は行方不明。
もう襲撃犯にするには完璧な状況だ。我ながら完璧な仕事をしたと自画自賛する。
しかしながら『一緒にいたい』がまさか永遠にだったとは思いもしなかった。1日2日で満足するものだと思っていた。
いや、見た感じ満足はしている。だが解放しようとはしない。
その結果、予定では襲撃犯にして逮捕。のつもりであったが、不本意にも指名手配になった。悠軼的にはそれでもいいだろうが、擂々的には良くはない。
「藍……これ以上は勘弁してくれ……」
「むぅ……っ!」
「ちょっと待ったちょっと待った!僕には『洗脳』しないでくれよ?」
明らかに藍が『異能力』を使おうとしていた。
「だって言う事聞いてくれないじゃん!私は言う事守ったのに!」
確かにその通りである。こちらの言う事は聞いてくれて、今回の襲撃のMVPとも言える。彼女の力無しでは成功しなかった。
「言う事聞いてくれないなら『洗脳』するもん!」
高畑藍──彼女の異能力『洗脳』。そのままの意味で、彼女は『洗脳』することが出来る。つまり思うがままに人を操ることができる。
今回の襲撃。防衛省の人間をテロに巻き込めたのはこの『洗脳』の力のおかげである。また『アルサ』『バダリスダン』も躊躇なく攻め込めさせたのもそのおかげ。
襲撃の際の職員室。教師達全員大人しくなったのも『洗脳』。
そう。『洗脳』という『異能力』はとてつもなく恐ろしいものである。本人の意思など関係無しに、藍の思い通りに動かせれるのだから。
魔法においても『洗脳』に近いのは存在する。勇気が見せた『精神操作』である。しかし『精神操作』はあくまで精神をコントロールするもの。喋らすことはできるが、動かすことは出来ない。それに対し『洗脳』は、思うがままにその人を操ることが出来る。喋らすことも動かすことも。さらに後遺症は残らず、また自分自身が『洗脳』されていたなど知る由もない。さらに、『想力分子』を必要としない。完全に『精神操作』の上位互換である。
藍は『洗脳』をいつでも誰にでもかけることができる。
何故そんな彼女が『アルサ』にいるのか。
それはただ快楽を求めているだけである。彼女は快楽を求め彷徨い続けている。
そして良さそうな快楽相手、刺激になる相手を見つけたのだ。それが刈星蒼翔。
彼の血塗れの姿に恋をした──というのが正しいのであるが。彼女の人生を考えるとこういう恋に歪んでしまったのは無理もない。
そんな彼女のワガママ。というより正当な報酬。どうにかしなくては、と思いつつ。と、ここで思い付く。
「そうだ。藍、ゲームをしよう」
「……ゲーム?」
擂々は不敵な笑みを浮かべていた。
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同時多発テロから4日後。
もう既に彼女─刈星緋里は退院していた。目立った外傷は特になく、精神的にも肉体的にも差程ダメージを受けていないのですぐ退院することができた。
退院の際。いつもなら来てくれるはずの蒼翔の姿は無かった。さらに、《剣魔士特別自衛隊》の壬刀遼光みとはるひの姿もそこには無かった。2人の親のような存在である遼光がいない。そして唯一の家族である蒼翔もいない。
精神的には少しダメージが来ていた。
さらに蒼翔は現在指名手配中。警察とパイプがある剣城家と政府とパイプがある剣採家である、剣城ライヤと剣採愛歩のはからいにより、双子という情報は出てしまったが、その双子が緋里だという情報は出回らないように手配してくれていた。
しかしそんなことは緋里にとってはどうでも良かった。感謝はしているが、そんなことができるなら蒼翔を指名手配することの方を止めて欲しかった。そんなことはいくら《与えられし名》の子供だからと言って、高校生である彼女達ができるわけがないとはわかってはいるのだが。
──蒼翔がテロを起こすわけが無い。
彼女はそう信じている。双子だから余計にわかる。そんな人を傷つけるようなことをするはずが無い。確かに多重人格を患っていたり、情緒不安定なことが多いがだとしても無関係な人を傷つけるような行動、行為をする人ではない。
だから本当にショックであった。
そんなショック状態の中、病院の方々に挨拶をし病院を後にする。
ほぼ放心状態の彼女は、まっすぐ家に向かった──
──ハズだった。
放心状態のまま歩いていると、行き止まりにぶつかる。しかし、ただの壁の行き止まりではなく門の前。金属製の門。そして小高い壁に囲まれた不気味な屋敷。さらにここは小高い山で木々に囲まれており、人目に付きにくい。
そして立ち止まった直後──
「緋里君じゃないか。今日が退院の日だったのかい?」
──後ろから馴染みのある声で話しかけられた。
ゆっくりと後ろを振り向くと、車椅子に乗った白髪のやせ細った男とその車椅子を引くメイドっぽい服を着た女の人がいた。黒髪で黒い瞳をした少女だ。緋里よりも少し小さい。中学生くらいの子であろうか。
だがその少女にも少し見覚えがあったが、彼女はそんなこと考えている余裕は無かった。
「先生……どうしてここに……」
彼女の声はか細く弱々しい。
「──アイ。彼女を客室に連れて休ませてあげなさい。ここからは自分で行けるから」
「──マスター承知致しました。緋里様、こちらです」
「……」
男──阿武隈流浪が少女に命令する。
少女は感情のこもっていない、まるでロボットのような喋り方で緋里を客室に案内した。
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「──」
大きな屋敷のとある一室。恐らく来訪者が泊まる用に作られたであろう客室。ホテルのような感じで、部屋は1LDK。大きなものはベッドと木で作られたタンスのようなものが置いてある。『情報画面』が備え付けられているが、プロジェクトスクリーンのようになっている。その為、起動していない今は無いも同然。
そのベッドで放心状態になっている緋里。
部屋の入口とは反対側に少し大きな窓がある。しばらく休んでいたこともあり、もう夕日が出ていてオレンジっぽい色が部屋を照らしていた。
その窓から外を眺める流浪。
「──やはり緋里君にとって蒼翔君の存在は大きいねぇ……」
流浪はハッカーだ。ネットにある情報ならば全て把握できている。よもや弟子の情報なら尚更。
「緋里君」
「……」
無論返事はない。
「今回の騒動には中村大臣が関わっている」
「……え?」
当然そういう反応になる。
中村大臣は蒼翔の直属の雇い主みたいなものだ。《対剣魔士特別自衛隊》が属している防衛省のトップなのだ。そのトップがこの一連の騒動に関わっていると。確かに言われてみれば、今は警察も防衛省の管轄内。刈星蒼翔が刀塚玄翔だということは知っている。知っているならばこんな全国指名手配等許すはずがない。
「しかしどうやら予定とは少しズレているみたいで、中村大臣も焦っているみたいだよ」
「焦っている……とは?」
「──」
流浪は少し迷った表情をしてから。
「──蒼翔君は拉致監禁されているらしい」
「──」
声にならない驚き。
それもそのはず。蒼翔はてっきり逃げているだけだと思っていたからだ。そう、世界最強の男なのだ。そう易々と監禁されるはずがない
「拉致監禁って……でも遼光さん達が匿ってるだけでは!?」
「いいや。それはない」
もし遼光達が匿っているのなら、音沙汰が無いのも理由がつく。
しかし流浪はそれは違うと断言した。
「どうして断言できるんですか!」
「……それは僕から話すべきではない」
「それはどういう……」
「明日にはわかる」
「明日って……」
流浪が何故明日にはわかると知っているのか疑問に思わなかった。それはもちろん信頼関係があるから。さらに、流浪は緋里にとったらなんでも知る全知のような存在だ。そんな彼の言うことを疑うはずはない。
しかし緋里は明日にしかわからないのが待てる気がしなかったのだ。別に今日でもいいじゃないか、と。
「今日はここでゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」
流浪はそう言いながらドアに向かっていった。
ドアを開けて外に出て、背を向けたまま言った。
「──明日、朝9時に《剣魔士高等学校第1科》の体育館前に行きなさい。そうすればこれからどうするか、仲間が教えてくれる」
一方その頃。
《剣魔士高等学校第1科》の生徒会役員の各自宅に、真っ白の封筒に入った手紙が届いていた──




