春の襲撃編 37 「舐めてもらっちゃー困るぜ?」
■■■
「よぉ久しぶりだなぁ……蒼翔?」
拳から現れたのは紅弩だ。
蒼翔は驚いたり不思議に思ったりしない。彼にとっては当たり前だからだ。
今更大きい拳が紅弩になろうが不思議なことは何も無い。慣れたものだ。
「相変わらず手荒な真似をしてくれる」
ぶっちゃけた話、今2度目の世界であるから久しぶりではないのだが。
よくよく考えたら異能力だけで世界を複数作り、弄れるということができるのだろうか。もはやそれは異能力という域を超越してはいないだろうか。もしかしたら──
「これくらいの登場の方が痺れるじゃねぇか?」
「軍人の言うセリフかそれは」
「今のお前には関係ないないだろ犯罪者」
「そうか。やはりそういうことになっているのか」
「事実だろう?」
「嘘を事実にするのが軍人……いや、政治家というものか」
「嫌なこと言うなぁ蒼翔。俺はお前のそういうとこ好きじゃねぇなぁ」
「お前に好かれようとは元から思ってはいない」
「あっそ」
「さて。ここからどうする紅弩。警察ではないお前か逮捕することはできないが。ましてや、まだ国に対して敵意を向けていない自分を強制連行、殲滅することはできないはずだが」
「残念ながらこれは大臣の命だ。もはや警察とか自衛隊とかの枠組みは関係ない」
そして蒼翔も察す。
──中村大臣は防衛省のあらゆる手を使ってでも自分を消しにかかってくると。
正確には、『刈星蒼翔』という存在をなかったことにしたいと。
ようは、《消える暗殺者》を軽々と日本の中に入れたという事実を無くしたいのだろう。まぁ正確にはまだ『念雷々』とかいう名前だが。
今この事件を起こしているのは紛れもなく《消える暗殺者》念雷々だ。しかしそれを『刈星蒼翔』という男子高校生が起こしたことにして、この事件に関して《消える暗殺者》という存在をなかったことにしたいのだろう。
しかもそうすれば蒼翔は『刈星蒼翔』という人間を捨て、『刀塚玄翔』としてのみで生きられるということだろう。軍にとってはこの上ない結果になるであろう。
蒼翔は紅弩の数言で事件の背景を推理する。
だが、別に蒼翔はそんなことはどうでもよかった──緋里さえ無事に帰ってきてさえくれれば。
「わかった。事が終わったら軍の言う通りにしてやる。だが、今は姉を助けさせてくれ」
「おやおや可愛いな。てめぇの姉はこっちでやっといてやるからさっさとくたばって欲しいんだが」
「お前らを信用できるはずがないだろう」
「信用なんてしてもらわなくて結構──」
紅弩が何か手に持っていることに気付いた時には、蒼翔の真横に軍が所有する『核爆弾』が現れ爆発を起こした。
辺り一面を焼け野原に。
いや、生命を感じない。
飛び交う放射線。
山林の跡形もない。
その爆発源とも言えるその中心にポツンと黒い物体があった。
なんとなく人の形をしている物体。
人の形をしてはいるが、右半身はほぼなく、手足両足はちぎれている。
「ばか……やろう……」
その物体からカッスカスの声が聞こえる。
蒼翔の声だ。
「これくらいこっちは本気ってことだ」
その蒼翔の上にポンポンと紅弩が次々に現れる。計5体。
どれも全員紅弩。
超高等魔法『分身』。自分自身をコピーして一時的に増やす魔法。剣採の異能力と似てはいるが、剣採の場合は『想力分子』はいらないが、『分身』は1つにつきとてつもない『想力分子』の量が必要になる。しかもできることといったら、遠隔操作で操れて五感を共有するくらいだ。その分身体から魔法を放つことはできないし、異能力を使うなんて以ての外だ。
この超高等魔法を扱えるのは極数人しかいない。そのうちの1人が紅弩だ。
今の『核爆弾』は紅弩本体によるものだろう。彼の異能力には時間制限があったりする。つまり予め時間がわかっていればそのタイミングで元にと戻せる。
いかにこの状況が紅弩の計算通りになっているのかがわかる。
『核爆弾』が元に戻るタイミングがわかり、それを蒼翔が対処できない速度で爆発させるには、相当なテクニックと頭の良さがいる。
「さて、大人しく連れてかれ──」
だがその直後、彼の首元には剣先が触れていた。
ジワジワとでてくる血。
その剣の持ち主は──蒼翔であった。
目の前の蒼翔は全くの無傷とは言えがたいが、半身ぐちゃぐちゃになってたり手足なくなってたりしていない。
だがしかし、下に転がっている物体も消えてはいない。
そこで紅弩は察す──
「フフ……そりゃあ世界最強さんだもんなぁ……日本では3人しか使えないと思ってたけど……」
「異能力の存在を忘れてはいないだろうな
──俺はこの世に存在する魔法ならなんでも使える」
そう、つまりは蒼翔もまた超高等魔法『分身』を使っていたというわけだ。
「そうでしたそうでした……『想力分子』の保有量なんて関係ないもんな」
「しかし腕をあげたというべきなのかこれは……自分をここまで追い詰めたとは……」
「へぇ……これで追い詰められたねぇ……?」
「あぁ勿論だ。爆発する直前まで目の前にいたのは自分自身だったからな。爆発する直前で『分身』を作り、自分本体を魔法で吹き飛ばしたからな」
「……最初から吹き飛ばさずに『分身』から始める時点で俺のこと舐めてんな」
「まぁそのせいで少し余波をくらってしまったがな」
「へへっ……世界最強様に傷付けれて光栄だな」
「今は『刈星蒼翔』だろう?」
「はいはい。それより剣引いてくれねぇか?血が出て痛いんだが」
「お前が言うことか……」
お前が言うことかというのは、自分を核爆弾で消し去ろうとしたくせにということだ。実際にくらっていたら血が出て痛いどころではない。
──まぁそもそもあんな近距離で爆発されたら実際肉片すら残ってないだろうが、それを言うとまた舐めてると言われかねないから黙っておく。
蒼翔は仕方なく言われた通り剣を引く。
これ以上戦闘をして何の意味もないし、時間の無駄だ。
「さて。これでお前とこれ以上ここで争っても無意味だとわかっただろう?自分は先を急ぐ──」
「──これで終わりとでも?」
すぐ後方で何かが具現化──大きくなるのを感じた。
蒼翔は後ろを振り返りながら後方からの攻撃を掴む。
「流石にこんなんじゃ当たらねぇよなぁ?」
勿論後方から現れたのは紅弩。多分本体だろう。
だが次の瞬間、掴んだ紅弩の腕が消えて、一瞬で現れたかと思うと掴み返されていた。
そして瞬間的に、蒼翔の右腕が無くなる。
それと同時、蒼翔の腹部を拳が貫通した。
口・腹部から溢れ出る血。
「貴様……!」
「舐めてもらっちゃー困るぜ?」
消えた右腕は紅弩の異能力により原子レベルに小さくされたのだろう。物理的にどうなのかと思うが、感覚的には左腕がまんま無くなった感じがする。
──内心は初めての感覚に浸っていた。
「拳で語り合おうじゃねぇか?」
「……一方的になるがな」
「なに?」
瞬間、紅弩が地面に叩きつけられる。
──無くなったはずの右腕で。
さらに途中魔法を発動されていた。
魔法『加速』。
魔法『増強』。
蒼翔の腕の力は倍増され、飛ばされる速度も倍増される。その状態で地面に叩きつけられた。
そのせいか、蒼翔の腹部を貫いていた拳の紅弩が消える。
土埃が消えると大の字に仰向けになっている紅弩が姿を現す。
「くっ……そっ……たれっ……」
「──舐めてもらっては困るよ──紅弩」
蒼翔のたった一撃で決着がつく。
だが、紅弩が全く本気でなかったことは蒼翔にもわかっていた。だから蒼翔も手加減をした。
──この戦いがお互いの力をほとんど出していない戦闘である。




