春の襲撃編 3 「この世の人間は全て平等だものね」
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そして。
丁度登校しようと思ったその時だった。ポケットに入っていた端末がプルプル鳴り出す。
端末とは言っても、旧式のスマートフォンぐらいの大きさであり、出来ることはメールと電話ぐらいでしかない。ネットなどのものは一切できない。
蒼翔はポケットから端末を取り出し、メールの内容を見た。
『今日から《剣魔士高等学校第1科》区分優等生と劣等生は合併します。新入生、在校生の皆さん。新しい新校舎へ来るようお願いします。場所は『〜』ですので間違いのないよう、安全に登校してください』
それは《剣魔士高等学校第1科》からの緊急のメールだった。
本当に《剣魔士高等学校》は当日に報告などが多すぎる。舐めているのか、と殴り込みにいってやろうと1回思ったがさすがにそれは大人気ないと思い。
緋里にも同じような内容が来ていたようで、目を丸くして画面を見ている。
蒼翔は別に驚くことなく理解していた。
この前の遼光との通話の際、このことも言われていたのだ。そのときは驚きが隠せなかったが。
そう。こんなことはありえないのである。
優等生と劣等生。
この2つは学校名や敷地は一緒でも、校舎は別々にわけられる。別に待遇とかが変わるわけではなく、表向きは単純に校舎をわけていただけである。
しかし裏向きは、優劣がわかるようにまたそれを生徒達に植え付けるようにし、競い合い優等生を卒業後優遇する為である。
だが校舎が一緒。という概念は今生きている人にはない。校舎が違うのが当たり前なのだ。蒼翔はそこにずっと疑問を持っていたが。
しかし一緒の校舎で学ぶということは、今の日本の教育方針を覆すことになる。どうやらその他の《剣魔士高等学校》もそうらしく、もう日本に喧嘩を売っているようにしか思えない。もしくは日本が教育方針を変えたか。だが、その場合蒼翔のところにその情報が来るはずなのだが。
《剣魔士特別自衛隊》にはある程度の情報が即座に知らされる。無論、国家秘密のことも。《剣魔士特別自衛隊》は相当地位が高い隊である。
どういう意図なのか蒼翔にもわからない。
考えても仕方ない。まぁ蒼翔にとって嫌なことではあるのだが。
そういえば、最近《剣魔士高等学校》を改造するとかなんとか言っていたような。でもここ1ヶ月のことであるから、あまりにも早すぎる気はするのだが。
新しい校舎とは意外と楽しみである。蒼翔も健全な男子であるから。
道中、ご近所さんに「入学おめでとう」と幾度となく言われたが、自分としてはあまり嬉しくはない。それは無論『劣等生』であるからに違いない。本当は『優等生』であるのに、その力を抑えて『劣等生』にならなければならない。それに、今の時代、優等生か劣等生によって扱い方がまるで違う。だからあまりいい気分で入学式を迎えられるはずがなかった。
自宅から学校までは徒歩で30分程度だ。このくらい歩くのが健康に丁度いい。
やっと学校の前に着いたわけだが。
そこまで大きいというわけでもなく、小さいというわけでもない。至って普通の大きさだった。いや、これでも大きいぐらいだ。
今の日本の総人口は6000万人。世界人口は25億人程度。
この減少の原因は誰しもがわかる『世界対戦』によるものだ。参加していないからといって無害なわけではない。空爆も勿論だがそのまま攻めてくるのが多い。関係ないのに攻められて死ぬ。そんなことは決して許されることではない。
全国の高校生は約100万人程度しかいない。
そして、その中でも《剣魔士高等学校》に進学する高校生は約8000人程度しかいない。《剣魔士学校》は剣魔士を育てるための学校。つまり、剣魔士についての教育が特化している。だが、今の時代、そんなものでは生きていけない。真面目に就職がしたいのなら、普通の高校に通った方が格段といい。ただプライドというものを捨てれない人は《剣魔士高等学校》に通うべきだろう。
周りの生徒も唖然としている。
蒼翔と緋里はその他の生徒に目もくれず門をくぐった。
これから新しい生活が始まる。
その光景を生徒会室の窓から覗く生徒達。いや、覗いているのは1人だが。
生徒会室は無論生徒会役員しか入れない。つまり、この生徒達は生徒会役員ということだ。
その中で窓の外を覗く生徒。
茶髪のロングに赤紫色の目をしている。顔立ちはまさしく魔女。印象もそのスラリとした体格からも想像されるのは魔女だ。ただ、そこまで悪くはない魔女にも見える。名前は──
「あら。やっと来たわね彼女達」
「愛歩。もうそろそろリハーサルが始まるぞ」
「もぉーセッカチなんだからー。少しぐらいいいじゃない。杁刀君も彼女達のこと気になるでしょ?」
──剣採愛歩。
そして、黒髪の黄色っぽい目をしている、頭にヘアバンドをしている至って普通の男(ヘアバンドしている時点で普通ではないのだが)の名は、杁刀礼樹。
もうすぐリハーサルの時間だ。体育館に行かないといけない時間が迫ってきていた。
2人の会話に口を挟む者はいない。皆無言で話を聞いていたり、ディスプレイをカチャカチャ弄っていた。
「俺的には刈星緋里よりも、刈星蒼翔の方が気になるがな」
「それは今回の成績で?」
生徒会役員は特別に新入生の成績が見れる。無論過去のも。何故かは生徒会役員もわからないそう。全く、国の(《剣魔士高等学校》の)考えはわからない。
「先月まで同学年中全国1位だったのだろう?それに、全体を合わせた成績でも剣採、お前を越して1位だそうじゃないか。そんな彼がいきなり《劣等生》として入学してくるなんて、ありえるわけがないだろう?」
「何かズルでもしてたんでしょう?そうじゃなきゃ私を追い抜いて1位なんて順位取れるはずないもの」
どれだけ自分に自信があるのか、と礼樹は言いかけたが喉元で引っ込める。
礼樹は全国同学年愛歩に次ぐ2位。全国全学年合わせても5位の成績だ。相当な腕の持ち主なことは間違いないだろう。
愛歩に至っては『歴代《剣魔士高等学校》の結集体』と呼ばれる程だ。先月までの成績を入れると、刈星蒼翔という男はこの剣採愛歩を抜いて、堂々たる1位を獲得したわけだ。何かズルでもしたのではないか、と考えるのが普通だ。
別にそれだけが根拠というわけではない。
──《与えられし名》。それは日本の柱とも言える存在。
『想力分子』の保有量は遺伝的なものが多い。その為、優等生と劣等生が存在してくる。
その優等生のなかでも、優れた家系にはそれぞれ『苗字』に『刀』か『剣』という文字がついている。これは、国から命令されたものであり、国から認められた家系しか与えられていない。つまり、『刀』か『剣』が苗字についている者は、『想力分子』の保有量が優れており、《剣魔士》として格上だということだ。
そしてこれは、《与えられし名》の者達にとっては常に上にいなければならないということになる。
刈星家は《与えられし名》ではない。つまり、その者達が上にいてはならないのだ。
刈星蒼翔の正体を知らない彼女らに「可哀想に」と言ってしまいたい気分だ。
「俺には何か理由があるとしか……まぁ早速明日試してみればいいだろう?そこでその本当の実力を見ればいいだけの話だ。今日のうちは刈星蒼翔のことは忘れた方がいい」
「それは不可能ね。今年の《優等生》首席入学はその彼の双子の姉、刈星緋里さんなのだけれど」
「刈星緋里に関してはそれ相応の成績を常に修めていたからな……」
「さぁそれはどうでしょう?明日、そちらも確認すればいいでしょう?」
「刈星緋里もズルをしていると?」
「えぇその可能性が高いわ。だって刈星蒼翔も刈星緋里も《与えられし名》ではないもの。一般市民が私達《与えられし名》を超えることなんて、私達のメンツが丸つぶれよ?」
「……なぜそこまでこだわる?俺ら《与えられし名》はそんなに偉いものなのか?」
もうすでに視界には刈星蒼翔と刈星緋里はいない。
そろそろ刈星緋里に会いにいかなければならない。
「えぇ勿論。でも、私は他の人達を蔑むことはしないわ。この世の人間は全て平等だものね」
こちらに体を向けてウインクする愛歩。
それは可愛らしいものなのだが、どことなく胡散臭い。
平等という言葉は、今や死語に近い。だが、《与えられし名》達は『平等』という言葉を使い続けている。優等生と劣等生を決めることは絶対にしてはいけない、と。
国に訴えかけた結果、今年から《優等生》と《劣等生》が同じ校舎で学べるようにしてくれた。それはありがたいのかありがたくないのか。
これからも《与えられし名》達は、《優等生》と《劣等生》を無くすために国に訴え続けるだろう。それが真意かどうかはさておいて。
愛歩達生徒会は刈星緋里を案内すべく、生徒会室を後にした。