春の襲撃編 22 「力を正しく使わないことです」
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テロ事件から3日後。蒼翔の精神が持ちそうになくなった頃。
遼光はまた防衛省へと呼び出しを喰らっていた。この3日間は何もしていないはずなのだが。また隊員が何かやらかしたのだろうか。少しドキドキしながら防衛省の大臣室のドアをノックする。
中からの返事を待つことも無く、ドアを開けて中に入る。当然ながら、
「勝手に入ってくるとはいい度胸ですね」
「ノックはしましたが返事が無かったので」
「返事をする間もなく入ってきたからでしょう。ここがどこかわからないのですか?大臣室ですよ。下手したら遼光隊長。今の行動で《剣魔士特別自衛隊》は抹消されますが。そういうこともお分かりで?」
「……失礼致しました。それで、何の御用でしょうか」
「おっと、スルーですか……」
悠軼は本棚に手を伸ばして資料を取ろうとしていた。大臣というのは想像以上に大変なのだろう。休む暇もないのか、ただ単に過去の事を調べているだけなのか。
遼光はドアを閉め、そのまま立ち尽くす。今回は近くに行くわけでもなく椅子に座るわけでもなく。一応、遼光よりも立場は上なので指示がない限り動かない。まぁそれ以前に返事を待ってから入るべきなのだが。
《剣魔士特別自衛隊》は当然ながら防衛省に置かれている。つまり、悠軼の手駒だ。国に置かれたからといってその立場は変わらない。《剣魔士特別自衛隊》を直接操れるのは悠軼ただ1人。国も悠軼に責任を任せており、国は一切《剣魔士特別自衛隊》を直接動かせない。まぁその悠軼を動かすのは国なのだから、結局は国が動かしているのにかわりはないが。
「私の耳に面白い情報が入りましてね──《消える暗殺者》の居場所です」
「!?」
「えぇそうですよ。あなた方が必死に探している《消える暗殺者》の居場所ですよ」
「……その──」
「──居場所。教えてあげますよ──」
「ッ!」
遼光の体が軽々とドアに叩き付けられる。依然、悠軼は手元の資料を見ている。にも関わらず、誰かに押さえつけられているような感覚が体を襲う。
頭から足の指先まで全てが動かない。
「──ただし条件があります」
手元の資料を読むのを止め、ゆっくりとこちらを向き、
「──ここで脱ぎなさい」
悠軼は何食わぬ顔でそう言った。
この人は何を言っているのだろうか。いや、本気で何を言っているのだろうか。
いきなり脱げなどどこのビデオか。
居場所を教える代わりに脱げ?
居場所を知る為には脱がなければならない?
そんなことなど出来るわけが──
「──まぁ冗談です……が」
「ッ!?」
いつの間にか目の前に立っていた悠軼から突風が吹くかと思うと、耳の数センチ左を悠軼の右拳が通ってきた。壁に少しヒビが入り、ポロポロと破片が落ちてくる。
その音、その声、その拳により、恐怖が、警戒心が体を動かそうとする。だが、体は動かない。直接触れられていないのに、悠軼に押さえつけられている感じがする。
遼光が小さく悲鳴をあげると、悠軼は鼻で笑った。
「脱がせるような真似はしませんよ。ですが、条件がある事は確かです」
「……」
「居場所を教えますが、そこへ行くのは刈星蒼翔1人だけです。防衛省も《剣魔士特別自衛隊》も一切協力せず、関与しません。刈星蒼翔、ただ1人の行為とさせてもらいます。責任は全て、刈星蒼翔にいきますよ。なんにもあなたにいくことはありません。よかったですね」
「中村大臣。相変わらず私を怒らせるのが得意なようですね。私の家族同然もの蒼翔を、1人で行かせろと?そんなことできません」
「なら居場所はお教えできませんよ」
「く……ッ」
遼光は、蒼翔は追い詰められた。いや、見放されたのだ。蒼翔は防衛省から見放され、遼光は蒼翔を見放さなければならない。大事な大事な、今まで育ててきた我が子も同然のような蒼翔を、見捨てなければならない。見放さなければならない。
今の状態の蒼翔を行かせたら必ず暴走し、問題を起こし、多数の死者を出す。必ず、絶対。
だから付いていかなければならないのだ。遼光が傍にいて、蒼翔の暴走を阻止しなければならない。
いや、そもそも行かせてはならない。《剣魔士特別自衛隊》が、遼光が解決しなければならない問題だ。
居場所を知りたい。だが、その条件は呑めない。
──私達だけで助けに行く。
「──まぁあなたが考えていることはわかりますがね。残念ながら、あなたが居場所を知った時点で、防衛省は刈星蒼翔に居場所を教えます。あなたが教えなくても刈星蒼翔は知ることになるのですよ」
「……汚い真似を……!」
「えぇそうですね。しかし、こうでもしないと生きていけませんよ。今の世の中は21世紀とは違うんです。そんな甘ったるい考えでは、首が──」
悠軼が片手を思いっきり広げる。爆発するのをイメージしているのだろうか。
「──第3次世界大戦。1番最初にフッかけたのは日本人である、馬董かおりという当時の防衛省大臣です。あなたの、ご先祖様、ですねぇ。愚かですねぇ。実に愚かです。日本は戦争を一切しない国のはずなのに、それを崩壊させたのがあなたのご先祖様。愚かなご先祖様。そして、その愚かなご先祖様の子孫、愚かな遼光隊長。あなたの一族はどこまで愚かなのですか?いい加減、下っ端として言う事を聞いてくれませんかね」
「──あなた、という、人はッ!」
拘束され、動けなくなっていたはずの遼光から右ストレートが飛んでくる。悠軼はそれを見事にかわし、遼光から少し距離を取る。
「はて。何故私の拘束が解けたのですか?」
「そんなことはどうでもいいわ……!中村大臣、あなたはどれだけ私の身内を侮辱をすれば気が済むのですかッ!」
「……話を続けましょう」
「ふざけ──」
遼光がまた1歩、踏み出そうとする。が、動かない。体の隅から隅まで動かない。
もう恐怖などどこにもない。今あるのは怒りだけだ。
しかし、遼光にも少しは冷静というものは残っていた。ある程度動けないとわかると、無駄な体力を使うのはやめた。
「さて。それで、第3次世界大戦が起こった理由、遼光隊長は知っていますか?あなたの先祖がどれだけ愚かかわかりますか?……馬董かおりはある特殊な能力を持っていました。それは『魔法』と呼ばれるものでした。馬董かおりは歴史書によると、人を洗脳することができたと書いてありすが、事実は違います。物を爆発させることができる、という下手したら洗脳よりも恐ろしい『魔法』を使えたのです。そして愚かなご先祖様は、あるものを興味本位で爆発させたのです。──戦闘機を、ね」
馬董かおりは潜在的な能力(当時は『超能力』と呼ばれていた)を持つ、防衛省大臣であった。
面上は、急激な寒冷化による資源物質の減少による奪い合いとなっているが、事実は違う。事実は、馬董かおりがアメリカ軍の戦闘機を爆発させたことだ。だが、日本はその事実を隠蔽した。爆発させたのは北朝鮮だと嘘をついたのだ。その結果、アメリカ軍は北朝鮮を攻撃。北朝鮮はアメリカを攻撃するのと同時に、その他の国にも攻撃を仕掛けた。その結果、傍観した国がない真の世界大戦になったのだ。原因は馬董かおりなのである。
「愚かなご先祖様ですね。そしてあなたも実に愚かですよ?刈星蒼翔という愚かな男のために、あなたは犠牲になろうとしている。馬鹿としか考えようがありません。何故そこまであの男にこだわるのですか?」
「……」
「まぁどうでもいいんですが。さて、暇なのでもう少しお話しましょうか」
暇。遼光にとったら暇ではない。だが今ここで引き返せば、居場所を聞けなくなってしまう。それは1番避けるべき事態。
仕方ない。聞くしかないのだ。
「──遼光隊長。あなたは馬董かおりと同じ結末を辿る気ですか?」
「それはどういう意味でしょうか」
無の怒り。
「力を正しく使わないことです」
「力を正しく、ですか。お言葉ですが、私はこの力を使って、《剣魔士特別自衛隊》としてこの国に尽くしてきました。これからもそうするつもりです。先祖の過ちは私も知っています。だからこそ、この力を国の為に──」
「──どうでもいい」
「ッ」
とても乾いた声だった。
心の底からの本心。それが伝わってきた。
「力を正しく使おうとする経緯など聞いてもいませんし、心底どうでもいい。それに力とはその力じゃない」
いつの間にか彼は自分の椅子に座っていた。
「──権力のことです」
その鋭い眼光。
「いくら巨大な力を持っていたとしても、権力には勝てない。権力こそが1番の武器。そしてそれを手に入れた者は、正しく使わなければならない。私はそう思います。どうでしょう遼光隊長。今のあなたは──《剣魔士特別自衛隊》の権力者だ。あなたの一言で部隊は動く」
それはそうであろう。だがその遼光をも動かせるのが彼である。
「あなたはその権力を、私欲の為に、私情の為に使うのですか?馬董かおりのように?」
先程からずっと敬称を付けていない。本当に軽蔑しているのであろう。しかし、それ程までに犯した罪は大きい。危うく日本国民が全滅するところであったのだから。
そして。
中村悠軼の言っていることは正しかった。
「何のためにその力を持っているのですか。国民を守るためでしょう」
だがしかし。どこか胡散臭い。
「……なら、尚更《消える暗殺者》という脅威を私達が祓わなければならないと思いますが」
「ふむ。確かにそれは一理ある」
腕を組み、納得した風を出している。
「だがね遼光隊長」
しかしまたこちらを鋭い眼光で見つめる。
「君達の力は、国民を守るための力。人を殺しに行く力ではない」
正論だ。だが《特別自衛隊》には己の判断で攻撃するこを許されている。
「しかし──」
それを言おうとするがすぐさま止められる。
「──君の任務は、君達の任務は刈星蒼翔のサポートのはずだ。《消える暗殺者》のことは刈星蒼翔に一任しているはず」
──通りでおかしい任務だと思ったわけである。
恐らく任務自体もこの男が考えたものであろう。
《剣魔士特別自衛隊》の任務はあくまでも、刈星蒼翔のサポート。《消える暗殺者》に、『念擂々』についても蒼翔のサポートに徹するよう言われている。これは大事にしたくない、ということもあるが、国が関与しているとしたくない為である。
名目上、刈星蒼翔はただの高校生。《剣魔士特別自衛隊》のメンバーではない。ただの高校生が何しようが勝手である。出かけた先にたまたま《消える暗殺者》がいて、戦闘になり殺してしまった、となろうが国が関与しているとはならない。
つまり中村大臣が言いたいのは、刈星蒼翔という男に全ての責任を擦り付け、国が関与していることを隠蔽する為である。というよりかは、隠蔽よりもまず関与させない方を取ったのである。
大臣としては懸命な判断である。
「では刈星蒼翔のサポートで、一緒に《消える暗殺者》のところに向かいます。それなら問題ないですよね」
「──」
よし、これは彼も反対できないだろうと。そう思ったが。
「問題大ありですよ」
机の中からゴソゴソと数枚の紙を取り出した。
紙を出しただけだが、これを見ろと言っているのがわかる。だから無言で大臣の元に向かう。どうやらもう押さえつけられてはいないようだ。軽々身体が動く。
その紙を1枚1枚見る。
そのうちに──
「──これは──」
──判断はそう遅くなかった。




