春の襲撃編 18 「こっちだよん?」
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蒼翔は無様の瞬殺だったようだ。
スタートと共に咲葵の放った魔法によって戦闘不能にさせられた。
「くっく……やはり俺の方が強かったな!」
この結果も誰も納得がいかなかった。
先程まで圧倒的な力の差で勝ち続けていた蒼翔が、この坂堂咲葵に瞬殺されたのだから。
そう、もう蒼翔が勝ったにしろ負けたにしろ誰も納得がいかないのだ。蒼翔と戦闘をしようというのが間違いなのだ。
どんな結果になろうとも誰も納得がいかない。しかし言えるのは、刈星蒼翔という男は只者ではないということだ。そして、刈星緋里は『リード・セイレン』であり、正真正銘の《優等生》、《優等生》の中の《優等生》である。
この勝負の結果、刈星蒼翔は『不正』をしていない、という結論に至った。
生徒会は元々それの確認の為に戦闘を申し込んだ。そして相手は負けた。しかし『不正』ではないと証明された。正直、もう何がなんだかわからない。
だが──
「私の改革に1歩近づいたわ」
既に回復した愛歩は笑顔でそう呟いた。
「今日はありがとね緋里ちゃん?」
「こちらこそありがとうございました」
そう言って『模擬戦闘室』を後にした。
その後、残された生徒会達は無言状態に陥っていた。
「……あの、帰っていい?俺こう見えて忙しいんだー」
そう言って坂堂咲葵は堂々と『模擬戦闘室』を出て行った。
結局、刈星蒼翔に勝てたのは坂堂咲葵だけ。
全員やった訳では無いが、剣採愛歩ですら勝てないのに他の者が勝てるわけがない。
──何もかもがわからなかった。
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異様にベッタリくっついてくる綺瞳。
(ヤバイ当たってる──ッ!)
蒼翔だって普通の、健全な男の子だ。こんなことをされたらドキッとしてしまうのも仕方が無い。
それを見た緋里がニヤニヤし出し、蒼翔は何か不吉な予感を感じた。
その予感は的中し、反対側の手にわざと押し付けるようにしてくっついてくる。
両側を押し付けられ困惑する中、遠くから助けの如く声が聞こえてきた。
「兄貴ィィィ!」
正面から全力疾走してくるミイラは何故か蒼翔の事を「兄貴」と呼んでくる。
そのミイラは蒼翔達の目の前で立ち止まると、荒い息をしながら喋ってくる。
「兄貴大変です!ミイナ先生が──」
「お前誰?」などというボケをカマしてやろうかと思っていたが、その一言によって蒼翔の表情は険しくなった。
光喜に連れてかれた場所には人溜まりが出来ており、その者達の視線の先にはミイナを人質にして脅している男達がいた。
1人はミイナを取り押さえている者。
1人は刃物をこちらに向けて脅してきている者。
1人は手ぶらで睨んでいる者。
この男達には見覚えがある──昨日襲ってきた『バダリスダン』の連中だ。
どうやら2日連続で同じ人を襲ったらしい。
別にもうこんなに人がいるなら心配がない、と帰ろうとした時。
「兄貴──」
「早く『刈星蒼翔』という奴を連れてこい!さもなくばこの『教師』を殺すぞ!」
「「「「キャァァ!」」」」
ミイナに刃物を突きつける男。それと同時に上がる悲鳴。
だが、ミイナは全く動じていない。むしろ堂々と取り押さえられている。
何故光喜が蒼翔を呼んだのかようやくわかった。
彼をお探しのようだ。
蒼翔はゆっくりとその人混みの中をすり抜けていき、男達の前に堂々と立つ。
緋里と綺瞳は人混みの後ろだ。
「自分が刈星蒼翔だが?何か用か?」
「貴様──ッ!」
瞬間襲ってくる刃。
男は蒼翔を見てすぐに持っていた刃物で蒼翔を襲う。
だが、蒼翔はヒラリとかわし、片手で男の手首を叩く。それだけで簡単に男の手は力が抜けたようになり、持っていた刃物は地面へと落ちた。
そして刃物が地面に落ちる頃には既に、男は蒼翔の投げ技をくらい、地面に倒れ伏せていた。
改めて男達に向き直る。
「くそっ!」
手ぶらの男は右手をかざすとそこに『剣』が現れ、そのまま突っ込んでくる。
(無様だな……)
だが、そこまで剣術を鍛えていないのか一定の振りばかりで、全て避けれてしまう。何回も何回もよけ、もう諦めるだろうと思った時、蒼翔は剣を掴んでそのまま押し込む。
後ろにあったコンクリート塀に押し当て、剣が腹に食いこむ。
男はそのまま地面に倒れふせた。
もうさすがに学んだろうと思った蒼翔は取り押さえている男を睨みつけた。
だが男は舌を噛むと、人垣目掛けて予め待機してあっただろう魔法を発動させた。
蒼翔は止めようとした。だが迷ってしまった。
──バレてしまうのではないか。
と。
その一瞬の迷いが命取りとなってしまった。
発動された魔法から飛び出る氷の刃は人垣に当たる前に綺麗に消え去った。無論蒼翔ではない。
轟音と共に巻き起こる砂埃。
轟音と共に聞こえてくる足跡。
砂埃が消えるとそこに──蒼翔が殺さなければならない奴がいた。
「やぁ久しぶり、蒼翔」
「貴様ッ!」
日本古来より伝わる『お福さん』のお面を被っている。身長は平均以下で、痩せ型、そして《剣魔士高等学校》の《劣等生》の制服を着ている。
傍観していた者達も危機を察知したのか、次々と悲鳴を上げながら逃げていく。
残ったのは緋里と綺瞳と光喜達だけだった。
蒼翔と緋里の表情が険しくなっている。
「何故貴様がここにいる!」
「何故って言われてもねぇ。僕の教え子達が無関係な人を殺そうとしていたから止めに来ただけだよ?」
「教え子……?」
「あぁ言ってなかったね。僕は『バダリスダン』の『神』だよ。この前『前神』とかいうやつを殺してから、僕が『神』になったんだよ」
「貴様が『バダリスダン』の……!」
『神』はゆっくり、ゆっくりと蒼翔に近づいてきていた。
「──ん?そっちには二刀流家次女で時期当主の綺瞳さんがいらっしゃいますね。初めましてこんにちは、僕は『神』です。一般的には《消える暗殺者》と呼ばれています。以後お見知りおきを」
《消える暗殺者》はお面で見えないが、ニコッと笑っているように思えた。
蒼翔はそんなことぐらい知っている。
こいつが《消える暗殺者》だということを──
こいつが殺さなくてはならない奴だということを──
「ところで蒼翔。あれから調子はどうだい?元気?」
「なめやがって!」
腰にぶら下げていた『灼屑』を抜きながら襲う。
『灼屑』が《消える暗殺者》に触れるその瞬間、《消える暗殺者》の体が消え、
「こっちだよん?」
上から声がしてくる。
見るとそこには空中で足を組んでいる《消える暗殺者》がいた。
だが、蒼翔もそんなことは経験済みだ。
《消える暗殺者》の後ろに魔法陣が現れ、そこから光の光線が出てくる。
蒼翔は自分で作り出した魔法陣に向かって全力疾走をする。
《消える暗殺者》は一瞬戸惑ったが、すぐに移動した。
当然蒼翔は自分が放った『ライトニング・ウェーブ』を喰らい、地面に叩きつけられる。
《消える暗殺者》はコンクリートの塀にもたれ掛かり、その光景を見ていた。
煙が起こり、その中からゆっくりと歩きながら出てきたのは
──怒りと復讐に満ちた『怪物』だった。
「蒼翔君!?」
綺瞳は同じような光景を先程見ていた。だからこそ、これは危険だと緋里に訴えるが。
「──やらせて上げて」
「でも──」
「これは私達の戦い、果たすべき『約束』なの。口出し──しないで」
瞬間起こる大爆発。周囲の住宅街を巻き込み、辺り一帯が瓦礫の山になる。
その爆風と炎が緋里のその言葉をさらに強調させる。
緋里の目に迷いはない。緋里の言葉に狂いはない。緋里に悪気はない。
これは守らなくてはならない『約束』。
果たさなければならない『義務』。
──彼を、《消える暗殺者》を殺さなくてはならない。
──たとえ世界を敵に回そうとも。
響き渡る蒼翔の叫び声。
力強いその声とともに家が1個壊れていく。
蒼翔が『灼屑』を使い、本来の力を使っている。
狂人の蒼翔が本来の『灼屑』の力を使う。これが──
──性格も力も本当の、世界最強。
あんな教室であった程度の力ではない。そんなのと比にならない。
綺瞳なんて近づいただけで死ぬだろう。
「貴様ァァァァァァァ!」
蒼翔の本来の『想力分子』が騒ぐ。
《消える暗殺者》を殺せ──
《消える暗殺者》を殺せ──
《消える暗殺者》を殺せ──
──『想力分子』が言う。
『灼屑』から放たれる『想力分子』の刃。
周り全てを喰らい尽くす。
家を壊し、辺りを戦場にし、無関係な人を殺していく。
だが蒼翔の暴走は止まらない。
だが蒼翔の怒りは止まらない。
だが蒼翔の復讐は止まらない。
「蒼翔〜全く当たらないよ〜」
《消える暗殺者》に蒼翔の攻撃は一切当たらない。
いや、当てられない。
『空間』を操る《消える暗殺者》に攻撃を当てるなど不可能。
そうとわかっていても攻撃し続ける。
負け犬の遠吠え。
そう言えばいい。だが、蒼翔は負け犬ではない。
《消える暗殺者》もまた、蒼翔に攻撃することすらできないのだから──
「グワァァァァァァァァ!」
蒼翔の発狂が周りの、他人の『想力分子』を動かす。
《消える暗殺者》を取り囲むように起こる大爆発。
その無数の灼熱の炎の中から飛んでくる『想力分子』の刃。
だがそんなもの当たるわけがない。
避けようとしたその瞬間。
その刃が無数に分裂し、《消える暗殺者》が逃げられない状況へ追いやった。
ここから『空間』を使って逃げればいい。しかし、この爆発の向こうでもまた爆発が起きているかもしれない。その証拠に、まだ爆発音が鳴り響いている。迂闊に外へ逃げれない。完全にハメられた。
蒼翔は実際《消える暗殺者》の周りの爆発しか起こしていない。
では誰が爆発させているか──
──緋里だ。
緋里は蒼翔が爆発させた周りに爆発音をさせている。そう、爆発はさせていない。爆発音を起こしているだけだ。実際、《消える暗殺者》は外に逃げても問題はない。だが、『空間』を操れるといってもそこに何があるのかわかりはしない。そして、これを考えたのは緋里ではなく──綺瞳だ。
「私も力に」と思ったらしい綺瞳は蒼翔が爆発させたその瞬間、緋里に助言をしてきた。──周りに爆発音を作り出して、と。
何故知っているのか、と疑問に思う程度ではない。
そもそも二刀流家に知らない情報の方が少ない。つまり、《消える暗殺者》如きの情報なら二刀流家は知っている、ということだ。ましてや綺瞳は時期当主。現当主が教えないわけがない。
《消える暗殺者》は無様にも騙されているのだ──。
《消える暗殺者》に迷う時間は与えられなかった。
《消える暗殺者》は綺瞳の策略にハマり、蒼翔の攻撃を喰らった。
爆発の中から落ちてくる《消える暗殺者》。
地面に衝突し、ゆっくりと起き上がる。
荒い息。全身から流れ落ちる血。だがお面は一切傷ついていない。
「フフフ……さすが二刀流家の時期当主といったところか……頭の良さだけは一級品だ……だが──」
「緋里ッ!綺瞳ッ!」
《消える暗殺者》が消えるのと蒼翔が叫ぶのはほぼ同じだった。
消えた《消える暗殺者フェイド・アサシン》の声は──
「──戦闘能力はクズ以下だ」
後ろから聞こえた。
それと同時にその場にいた全員の視界は閉ざされた。
■■■
《剣魔士特別自衛隊》本部のある一室。
蒼翔は絶望に満ちた表情で座っていた。
「蒼翔……あなたの気持ちはわかるけど、ここで大人しくしててね?」
「……」
「あなたのせいだけじゃないから」
せいだけじゃない。つまりは蒼翔にも非はある。もちろん軍人としてあそこはもう少し冷静に対応すべきだったのだ。
蒼翔は《消える暗殺者》を殺せなかった。そして、大事な人達を奪われた。
先程蒼翔が叫んだ後、その場にいた全員が気絶させられた。
彼が目を覚ますと、元の刈星蒼翔に戻っており、《剣魔士特別自衛隊》の医療室のベッドに寝ていた。
彼は遼光に「緋里達は!?」と聞いても「知らない」と、遼光達が現場に駆け付けた時には彼1人しかいなかったという。
つまり、蒼翔は《消える暗殺者》に大事な者を奪われたのだ。
「私達が必ず見つけ出すから──」
「──」
信用できなかった。
いや、信用できるはずがない。
この手で必ず捕まえたい。必ず助けたい。必ず殺したい。
全ての欲望がはち切れる──
──それから2週間というもの間、緋里達は帰ってくることなく、蒼翔は学校を休んだ。




