春の襲撃編 17 「──キスをする」
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誰もいない廊下を双子は歩いていた。
楽しそうでもなく、双子なのに何故か少し距離がある。
無言のまま、ただ足音だけが廊下に鳴り響く。
緋里は蒼翔の気持ちがよくわかる。双子なのだからか、自然と緋里に伝わってくるのだ。
先程蒼翔は咲葵に負けた。
──絶対にバレてはいけないことをバレたまま。
別に生徒会との戦闘は負けてもいいのだ。そこで負けたところで何も変わらない。蒼翔は本気を出していないのだから。だが、他の勝負で負けるなど有り得てはならない。ましてや今後の学校生活、普通の生活に関わることならば。
世界最強である故の勝負。
何故バレてしまったのか。
何故バラしてしまったのか。
自分の『想力分子』を使われてバラされてしまったのか。
もっと警戒すべきだったのに。
その結果が戦闘にも出てしまった。
蒼翔は咲葵に負けた。
2つの勝負で、両方負けた。完敗。
「蒼翔?」
「……」
蒼翔は答えない。
無言無表情。
とその時。
たまたま1-Fの前を通りかかったのだが。
教室から悲鳴が聞こえてくる。1人だ。
だが今の蒼翔にその悲鳴は届かない。
ならば、と緋里が教室を覗く。
何故すぐに助けに行かないのか。罠かもしれないからである。今まで散々罠にかかってきた。だからこそ、高校では気をつけるべきだ、と確認してから助けに行くようにしている。冷たいなんて言われる筋合いはない。冷たくしたのは──そちらの方なんだから──。
教室内は、1人の女子を取り囲む男子達の姿があった。
手を掴んでどこかへ連れていこうとする者、服を脱がそうとして犯そうとする者、刃物を持って殺そうとする者、とりあえず見ている傍観者等様々だ。
助けに行かなければならない、と普通は思う。だが──
(また……)
──緋里はそう思えなかった。
この罠は果たして何回目だろう、と数える方が先だ。
しかしあの顔には見覚えが──
「──あれは二刀流家の──」
瞬間、蒼翔が動き出した。
だが──
「どうしたの蒼翔!?」
教室に入ろうとしても入れない。見えない透明な壁がそこにはある。
無論、作ったのは緋里だ。
「あや……め……」
そう名前を呼んで、緋里は知り合いだと気づいた。まぁ蒼翔のクラスなのだから知っていて当然だと思うが。
だからこそ行かせれなかった。
それに恐らく今は正常ではない。普段の彼ならこんな行動は取らない。本能的なのだろうか。今の彼は無であるにも等しかった。なのに急に動いた。それに眼がいつもの眼ではなくなっている。
緋里は直感的に試してみることにした。
何故だかはわからない。ここで彼を少し覚醒させた方がいい。そう彼女は思ったのだ。双子だからだろうか。
だから──
「蒼翔。よく聞きなさい。今の蒼翔が助けに行っても意味がない」
「──!」
「何故そんなに苦しんでるの?何故そんなに落ち込んでいるの?正体がバレた?だから何?私は生徒会全員にバレたんだけど?それに比べて蒼翔は何?1人にバレたぐらいで。相手があの坂堂咲葵なんだからバレるのは当然でしょ?……何よ。世界最強だからって何!?蒼翔あなたは『世界最強』という肩書きをそんな気にするの!?じゃあ何でこの壁破って助けに行かないの!?」
「────!!」
そうだ。蒼翔ならこんな壁ぶち壊して助けに行ける。
じゃあ何故行けなかったのか。
──気持ちだ。
──想いだ。
「またあの時みたいにしたいの!?」
「──ッ!」
瞬間、緋里が作った壁が消え蒼翔が中に入り、男達の所に猛ダッシュする。
机を椅子を吹き飛ばし、
──そうだ。世界最強だからなんなのだ。
連れ去ろうとする男の手を掴み、
──俺は守りたい者のためにこの力を使うと決めた!
その手を振り払う。
──何を迷ってたんだ俺は……!
そして大声で、蒼翔らしくなく叫ぶ──
「──貴様ら俺の綺瞳に触れるんじゃねぇ」
「あん!?なんだてめぇ!」
「聞こえなかったのか──」
瞬間、男達は無様に吹き飛ばされ赤い血を撒き散らす。
蒼翔の目が変わっている。
蒼翔の雰囲気が変わっている。
それは先程までとは別人の蒼翔がそこにはいた。
「な、なんだこいつ……!?」
「ば、馬鹿づえぇ……!」
男達が『想力分子』の攻撃に出る。
男達の目の前に魔法陣が出現する。
その魔法陣から無数の白い玉が飛び出してくる。
だが──
──その白い玉は蒼翔に当たることもなく消えた。
全員の命中率は完璧だ。
しかし、それらは蒼翔に当たることなく全て消え去る。
「無様だ──」
これこそが世界最強。
これこそが刈星蒼翔。
これこそが刀塚玄翔。
これが本当の、『世界最強』の力を持つ呼ばれる狂人、刀塚玄翔だ。
魔法の攻撃が止む。彼らが止めたわけではない。彼らは今でも必死に魔法を発動させようとしている。だが──
「──なんで魔法が発動しないっ!?」
「──剣も作れねぇ!」
魔法陣、剣共に出現しなかったのだ。どれだけ『想力分子』で作ろうとしても。
蒼翔が1歩1歩と近づいていくその時。
「はいそこまで」
蒼翔の目の前に緋里が現れ──
──そのまま口付けをした。
蒼翔の様子が一瞬で変わり、元の刈星蒼翔に戻った。
それを確認した緋里は口を離してニコニコと笑いながら男達の方を向く。
それだけで男達は教室から逃げ去っていった。
「……す、すまない……」
「うんうん。今回は私がそうさせたんだから──ごめんね」
「いや……」
蒼翔は頬をポリポリとかく。
双子だからこそ恥ずかしい。そんな口付けなど。
と、
「あ、あの……」
「す、すまない綺瞳!怪我はないか!?」
「いや、大丈夫だけど……」
「綺瞳ちゃん?ごめんね熱々なの見せちゃって」
「それは誤解を招く!」
「あら必死ね蒼翔」
「そりゃそうだろう」
とりあえずいつもに戻ってくれてよかった。
「い、今のは……」
普通の人ならそう思うだろう。こんなの見せられて驚くわけがない。
蒼翔は緋里に目で「全て話していい」と伝えた。「自分で伝えろよ」と緋里は思ったが、通じるわけもなく。
「突然だけど、綺瞳ちゃんは刀塚玄翔のこと知ってる?」
「う、うん……そりゃあ国民全員しってるもんね……それが?」
「この刈星蒼翔こそがその刀塚玄翔なんだよ!」
何故か自分のように自慢げに話す緋里。
「えぇ!?」
「信じれないのはわかる。だけど話進めるね」
強引すぎるだろ、と蒼翔は思ったが。
「刀塚玄翔は『異能力者』。だけど『異能力者』にはとてつもないパワーを与えられる代わりに、大きなデメリットが生じるの。綺瞳ちゃんが知ってる人だとそうだなぁ……坂堂咲葵は距離間隔・色彩もわからないでしょ?それと同じで、玄翔──蒼翔にもデメリットがあるの!」
「いや、そこは嬉しそうに言うところではないだろう?」
「──多重人格。蒼翔が持つデメリットは多重人格なの!そしてその恐ろしいサイコパスみたいな人格の時でしか、本当の力を発揮する事はできない。まぁでもそんな人格無くてもとてつもないんだけどね。それで、1度そうなっちゃったら──」
「──止められない。自分では制御できなくなるんだ。だから──」
「──キスをする」
「え?」
「キスをする」
「え?」
「キスをする」
「聞こえてるよ!違う!何でキスなの!?」
「それはわからない。たまたま緋里がしたら成功した。それだけだよ」
『異能力者』にはデメリットがある。
──強い力を持つものは何かが欠けている。
──強い力を持ちたいならば何かを捨てなければならない。
蒼翔の場合、玄翔の場合はそれは人格だったわけだ。
蒼翔が世界最強と呼ばれるのはその狂った人格のみ。
のみ、と言っても、この狂った人格しか未だに力を見せていない。他の人格の時もあるが、戦闘中に来たことがない為見たことがないのだ。だから、本当にこの人格の時にしか本来の力を発揮できないのかはわからない。
しかし、そんな人格でなくても世界最強並の力は持っている。
そして1回その人格になったら自力では戻らない。
しかし、戻る方法が1つ──
──キスをする。
何故かはわからない。だが、それ以外戻す方法はない。
だから緋里は蒼翔に口付け──キスをする。
「というか綺瞳ちゃん?ちゃんと服着たら?」
「え──ッ!?」
見ると制服はほぼ脱がれ、下着だけに。しかもその下着も取れかかって少し見えかかっていた。
慌てて手で覆い隠しながら背中を向ける。
蒼翔も慌てて背中を向ける。
「ははーん……蒼翔は下着をずっと見ていたと。気づいていたのに教えずずっと見ていたと」
「緋里!?ちょっと落ち着こうな──ブグッ!?」
後ろから衝撃があったと共に意識が遠くなっていった。
それを見届けた緋里は綺瞳の方に向き直る。
「綺瞳ちゃん。蒼翔と仲良くしてあげてね」
「も、勿論!今もちょー仲いいよ!」
「それは良かった……蒼翔友達いなさそうだったから……世界最強でも、普段は普通の高校生だもんね。姉の私がなんとかしてあげたいんだけど……」
「何故蒼翔君は劣等生に?」
「多分蒼翔は国からの命令でね。私も聞かされてないのだけれど、恐らく」
理由もなく彼が劣等生になるわけがない。体調が悪い如きで劣等生になるような男ではないのだ。試験前日に遼光と話していたのも知っているから、恐らく国からの命令なのだろう。緋里はこれ以上詮索はしない。
「やっぱり。良かったぁ……びっくりしちゃったもんなぁ最初」
話を聞いて何故か安堵する綺瞳。
「──蒼翔のこと、よろしく頼むね」
「──うんっ!」
ただそこに『信頼』という文字があるだけで十分。
ただそこに『愛』という文字があるだけで十分。
「そういえばなんで襲われていたの?」
「それは──」
──遡ること数分前。
(誰からだろう……)
入学してまだ間もないのにラブレターが届いていた。この時間この時刻にここに来て欲しいと。普通なら無視してもいいのだが、綺瞳は優しいので行ってしまう。
待っていると男が数人教室に入ってきた。
「あの……これ書いたのあなた達ですか?」
「あ?なんだそれ。知らねーよ」
「何何?ラブレター?今どきこんなのやるやついるんかよ」
どうやら男達ではないらしい。まぁそもそもラブレター送った本人だとしたらこんな複数人で来ないだろう。
「しかしそうだなぁ」
「どうした?」
「このラブレター送ったやつが来た時、こいつが犯されてたらそいつ、どう思うだろうなぁ?」
「──ッ」
咄嗟に身の危険を感じ、逃げようとする。
が。
「逃げるなよ」
腕を捕まれてしまう。
「逃げると痛いぜ?」
1人の男が刃物を作り、こちらに向けてくる。
綺瞳は恐怖心により動けなくなった。
そして現在に至る。らしい。
「それは怖かったね……警察か学校側に言った方がいいと思うんだけど。ここに入ってきたってことは同じクラスなんでしょ?」
「それが……見たことない顔で……このクラスの人じゃないと思う」
「んー……」
確かに緋里にも違和感はある。先程の男達は蒼翔の奇襲に咄嗟に反応していた。そこらの高校生ができることじゃない。あの魔法の反応速度もそうだ。
それに、そのラブレターの主が時間過ぎているのに来ていない。
「私の方でなんとかしておくよ」
緋里は笑顔でそう言った。恐らく何か裏があるに違いない。そう思ったからだ。
「色々ありがとう緋里ちゃん」
と、「うう……」と言いながら目を覚ます蒼翔。流石、立ち直りが早い。
「──大丈夫?蒼翔君」
「すまなかった綺瞳」
もう既に制服を着ている綺瞳に開口一番に謝った。
「いいよ別に。それよりさっきの「俺の綺瞳」についてなんだけど」
「いやその……」
「何何!?蒼翔そんなこと言ってたの!?」
絶対聞こえていたはずだが。
「あれはなんと言うか、まぁ嘘では……」
「……私もいいよ。受け入れは完璧だよっ」
(何か勘違いをしているようだが)
「さぁさぁ今日はもう遅いですし、帰ろう帰ろう!」
教室を出た後何故か異様にべったりくっついてくる綺瞳と一緒に学校を出た。




