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理想の世界 ~この紫水晶と共に~

作者: 近衛雄吾

 昔と比べて世界は変わった。

 サラリーマンの大人は社畜って呼ばれて、早朝から夜中まで仕事をする。

 出世した大人はサラリーマンをこき使って、自分は楽をしている。

 政治家はお金と権力のことしか頭にないから、与党も野党もお互いがお互いを潰し合おうとしてる。

 子供は夢を見ない。高校生にもなれば現実を知って、将来は安定した職業につきたいと思うようになったり、それはまだいい方で将来何になりたいのかすら分からなかったりする若者もいる。

 人間は自分の利を求めすぎた。

 人間は弱い者を虐げすぎた。

 人間は豊かになり過ぎた。

 技術の進歩は歓迎すべきことだ。でも、それに伴って欲が増大していった。これは人間だから仕方ないことなのかもしれないけれど、あまりにも酷すぎるのではないだろうか。


 そんなことを考えていると、"何か"が私に囁いた。というのは、私の周囲には誰もいないのに声だけがはっきり聞こえてくるのだ。

 その"何か"が私にこう言った。

「この箱を開ければ、この世界をリセットできるよ」と。

 私は「あなたは誰?」って聞いたけれど、クスクス笑うだけで答えてくれなかった。

「さぁ、開けてご覧なさい。あなたの嫌いな世界が生まれ変わるところを見届けよう」と"何か"が言った。

 その時私は、まるで操り人形にされているみたいに、勝手に手が足が動いて、ついに箱の縁に手をかけた。

 そして躊躇いなく開けてしまった。

 すると中から闇の奔流が溢れ出てきて、私の視界は真っ暗になって、意識が遠のいていった。


 目が覚めると、辺りは砂漠のように砂以外何もなかった。

 空は真っ黒。星一つ雲ひとつ見えなかった。

 そして再び"何か"が私に囁いた。

「この箱を閉じてご覧なさい。あなたが望んだ世界が実現するわ」

 いつの間にかさっきの箱が私の目の前にあった。

 中には輝く紫水晶が置かれていて、閉じるのは勿体ないと思った。

 すると"何か"が諭すように囁いた。

「それに触るとあなたは死んでしまうわ。だからすぐに箱を閉じなさい」

「でも……」

「早くなさい」

 少し口調が強くなった。

「私、あれが欲しい!」

 "何か"が怒気を孕んだ声でこう言った。

「何を言っているの? 賢いあなたなら聞き分けられるでしょう?」

 でも私は反抗した。

 あのまま閉じてしまったら、終わってしまうって思った。

 だから、"何か"の声を無視して水晶に手を伸ばし、それを両手で包み込むように取り出した。

 もう"何か"の声は聞こえなかった。


 私は歩き続けた。

 どこまで行っても見えるのは砂の平原ばかりだったけれど、そうすることしか出来なかった。

 食べることも寝ることも忘れて、ただひたすらに歩き続けた。

 終ぞ別の景色が見えることはなかった。


「あれ……?」

 目が覚めると、私の体は淡く光っていた。

「水晶は!?」

 辺りをキョロキョロと見回すも、今度は真っ白ばかりで何もなかった。

 下を見ると、遠く遠くに白とは違う色が見えたので、降ってみた。


 そこは不思議なところだった。

 私が生きた世界とは違い、緑に囲まれ、みんな幸せそうな笑顔を浮かべている。

 そして見ているこっちも温かい気持ちになってきた。

 一組の男女が私に気づくと近づいてきた。

 そして、驚いたような顔をして、なぜかひれ伏した。

「あぁ、女神様だ……」

「女神様……」

「私が、女神……?」

 意味は分からなかったけれど、どうやらここでは私が女神らしい。

 と、そこで水晶のことを思い出し、聞いてみた。

「水晶ですか? それなら祭殿に祀られています。ご案内致します」

 男の人が「どうぞこちらへ」と先導してくれる。

 道中皆同じように驚いた顔をしてひれ伏していたけれど、気にせず男の人の後ろをてくてくついて行った。

 そんなに歩くことなく、祭殿に着いた。

「あれです」

 男の人が見上げて壇の上を指さした。

 「ありがとうございます」と礼を言って、降りてきた時の要領で浮遊する。

 その紫水晶は、確かに私が持っていたものだった。

 紫水晶を手に取り、再び下へ戻る。すると、いつの間にかたくさんの人間が祭殿の前に集まっていた。恐らく、私の姿を見てついてきたのだろう。

「この世界は、何不自由することなく、皆が幸せになれる世界を目指して、日々助け合って生きております。それもすべて、その水晶のおかげでございます」

「そうなんですか」

 私は少し嬉しくなった。

 それから私は彼らに別れを告げて、一度彼らの言う「天」に戻ることにした。

 その後もその世界は、争いとは無縁の、まさに理想的なところだった。

 私が望んだ世界はこういう世界。現実は非情だったけれども、ここには確かな愛があり、助け合いの精神があり、純粋な幸せがある。

 そして私は再び眠りにつく。


 ────もう私の力は必要なくなったから。


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