〇三
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トントンとやや不器用な音をたてながら、ゲンやんはニンジンを切る。
横ではキロクがさらに不器用な手つきで、ジャガイモにピーラーを走らせていた。
さらにその横で、セーハチは豚肉にゆっくりと包丁を入れていた。
ガステーブルでは、真澄が薄切りにした玉ねぎをフライパンで炒めている。
「切り終わったら、袋につめて電子レンジねー?」
と、真澄は片手で台所の一角を指した。
そこにはダンボールの中、小さくたたまれたスーパーのレジ袋がたくさん。
ゲンやん・キロクは真澄の指示通り、切った野菜をレジ袋に入れる。
「これ、どうやるんだろ?」
キロクは電子レンズを睨みながら、つぶやく。
「あ。ゲンやん、ちょっと代わって?」
真澄がフライパンの玉ねぎをゲンやんにまかすと、野菜の入った袋を手に取る。
その後、袋の口をかために結んで、手馴れた動作で電子レンジを操作した。
「はい。ありがとね」
電子音と共にレンジが動き始めると、真澄は再びフライパンのもとへ戻る。
「じゃあ、ゲンやんとキロクはお皿の用意しといてね。そっちの戸棚にあるから。セーハチ? お肉が切れたこっちに持ってきて」
「その後は?」
セーハチは肉をまな板ごと持って行きながら、真澄に言った。
「冷蔵庫にリンゴとニンニクとショウガがあるから出してね。リンゴは半分切って皮をむく。ニンニクは三切れほど取って、後はしまう。ショウガは……いいや、あたしがやる」
指示を出しながら、真澄が肉をフライパンに投じた。
底の深いデザインのフライパンの中では、玉ねぎが飴色に焼けている。
「お皿出したら、リンゴとニンニクをすりおろしにしといて。あ、その前にお水!」
真澄が大声を出した時、電子レンズが加熱終了の音を出した。
「よしっと」
真澄はフライパンの火を止め、横に置いていた市販のカレールーに手に取る。
「しかし、何か色々入れるんだなあ……。うちでもソースとかは入れるけど」
調味料やニンニクのすりおろしなどでカレーの味つけをしていく真澄に、ゲンやんは不思議そうに首を横へかたむけた。
「作りかたは、色々あるしね。うちではこんな感じ」
真澄は笑いながら、インスタントコーヒーやとき卵まで入れていく。
やがて、居間の大型座卓にカレーが並べられた
その席には三人組と真澄。それに急いで呼ばれたおばあさんの計五人。
「いただきます」
異口同音に声が響いて、お昼ごはんの開始となった。
「うまい!」
一口食べるなり、キロクは喝采をあげて吸い込むようにカレーを食べ始める。
ゲンやんとセーハチは少し顔を見合わせると、小さく肩をすくめた。
長い付き合いだけど、二人ともキロクは何かをまずいと言ったことはない。
学校の給食でも苦手な食べ物で苦労する子は多かったけど、キロクの場合一度だってそんなことはなかった。
「あ、うまい。たしかに」
キロクに遅れながらカレーを口にしたゲンやんも、賞賛の声をつぶやく。
家で作られるものとはだいぶ味が違ったけど、おいしいことは間違いなかった。
「うまいこと作ったねえ。わたしよりも上手だわ」
おばあさんも真澄と三人組をほめながら、ニコニコとしている。
「僕らは材料切っただけですけどね」
ゲンやんはこそばゆくなって、苦笑いしてしまう。
「おかわり願いますっ」
そうこうしているうちに、キロクは早速に一皿目を平らげていた。
「好きなだけどうぞー?」
真澄はカレーの入った深型フライパンと、電気炊飯器を指して言った。
「キロク、全部食べる気じゃないか?」
鼻歌まじりでおかわりをよそっているキロクの後ろ姿。
それを見るゲンやんは、胸焼けしたような顔つきで言った。
「別にいーんじゃない。半端に残っててもなんだしさ」
「今頃はごはんなんか足がはやいしねえ」
と、真澄とおばあさんは笑っている。
足がはやい。つまり暑さのせいで痛みやすいということ。
「そんなもんですか」
だったらいいか、とゲンやんはつけっぱなしのテレビへと目を向ける。
ちょうどドラマが終わって、ニュースへと切り替わったところだった。
ニュースでは、夏のレジャーの話題やよその街で行われる選挙。芸能人の話題などを次々と取り上げていく。
そんな中、ふとゲンやんを引きつけるものが映った。
<……県において、鳥の異常発生が>
テレビ画面に、黒雲のように空を覆いつくす鳥の大群が映っていた。
見ていて、正直ゾッとする光景だった。
専門家などが色々と意見を述べているが、ゲンやんには今ひとつ理解できない。
わかったのは、増えている鳥は海鳥の一種らしいということぐらいだ。
映像に映るのは、灰色に黒い斑点を持った、ひどく凶悪な顔つきの鳥たち。
その海鳥の顔つきは、比較とした映されたカツオドリとはまるで違う。
どこかワシやタカなど、猛禽類を思わせるものだった。
「このへんは大丈夫かな……?」
テレビを見ていた真澄は、外を見ながら小首をかしげる。
しかし、そんな心配とは裏腹に神縛町のお昼は平和なものだった。
「ここは山の中。あっちは海だから」
コップの冷水を飲みながら、静かに意見を述べたのはセーハチである。
「ああ、確かに」
「なるほど」
真澄とおばあさんはうなずいていた。
キロクはテレビなど眼中になく、ひたすらにカレーを食べている。
それからすぐに、おばあさんは空になった皿を手に立ち上がった。
「じゃあ、お先に。ごちそうさまでした」
使い終わった食器を流しにおいて、自分の部屋へと戻っていく。
残った中学生たちは食事を続けるが、まずセーハチが食べ終わり、続いて真澄が、それからゲンやんが皿を空にした。
最後となったキロクは、結局炊飯器のごはんとカレー。全てを平らげてしまう。
「あきれた。ホントに食べちゃった。昨日の夜も、今日の朝もあんだけ食べたのに」
真澄はキロクの食欲に大きな目をさらに丸くしていた。
「こういうやつなんだ」
「そう」
ゲンやんは笑って、セーハチは淡々とうなずくだけ。
それは二人にはとっても驚くこともない、日常の光景だった。
「いやあ、おいしかった。真澄さんって料理うまいねえ」
「あ、それはどうも……」
背伸びをしながら褒めるキロクだったけど、真澄の表情はどこか微妙だった。
それからすぐ、後片付けが始められる。