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神縛町の荒女山  作者: 甫人 一車
〇〇三、二日目の昼ごはんとテレビニュース
7/25

〇二



       ○



「困ったな」


「なにが?」


 離れの部屋で何気なくつぶやいたゲンやんと、顔を向けるキロク。


 ゲンやんは窓を開いて、正面の畑とその後ろに続く木々を見ていた。


 外ではセミの声がうるさいくらいに響いて、強い日差しが降り注いでいる。

 けれど、それと同時に離れには涼しい風が吹き込んでくるのだった。


 その風は実に気持ちよく、とてもすごしやすい。

 扇風機も用意されているが、ほとんど必要なかった。


「一体なにをすればいいのか、わからん」


 ゲンやんは部屋を見回しながら、独り言のように言った。

 中学生三人は夏休みだが、本日は平日の月曜日である。


 朝食後、おじさんとおばさんはすぐ出勤してしまい、おばあさんもさっきまで畑にいたようなのだが今は姿が見えない。


 現在の三人は、軽く放置されたような状態だった。


「中学生らしく、宿題でもやる?」


 キロクはのびをしながら、そんなことを言った。


「お前、まだ残ってるか?」


「いや、ゲンやんは?」


「残ってない」


 ゲンやんは首を振って、窓から離れると畳に寝転がる。


「真面目だなあ、僕らは。もう宿題終わってるもん」


 そう自分で言ってから、ゲンやんは爆笑してしまう。

 つられて、キロクもアハアハと笑った。


「強制だったけどな」


 と、本を読んでいたセーハチが冷静な声で発言まで。

 言われて、二人は黙り込んでしまう。


 神縛町に来る一週間前、三人は監視役立会いのもと夏休みの宿題をやらされた。

 ここへ送られることが決まった保護者たちに会議の席で、


「最低でも宿題は全部すませておかないと。どうせ勉強なんかしないんだから」


 ゲンやんの母が放ったこの意見により、満場一致で宿題の突貫作業が決定した。


 監視役となったのは、発言者であるゲンやんの母である。

 三人は市内の図書館に連れて行かれ、そこで一日中宿題にかかりっきり。


 図書館が休みの時は、ゲンやんの家に集められ、やっぱり一日中宿題。

 昼に持参した弁当を食べたらまた宿題である。


 市の図書館は午前九時から午後七時まで開いているため、長時間の拘束となった。

 おかげで、宿題は全部片づいたのだが、最終日には三人ともグロッキー。


 あらかじめ計画的にやっていたセーハチでさえも、かなり堪えたようである。


「あれはきつかった……」


 連日の修羅場を思い出して、一番宿題を遅らせていたゲンやんは青い顔をする。

 自分の息子ということもあってか、母は一番ゲンやんに厳しくしたからだ。


「なんだかんだで、えらくない? 自分ら」


 キロクは飽きもせずに外の風景を見ながら、ぽつりと言った。


「えらいと思うよ。いや、えらい!」


 ゲンやんとキロクは、自分で自分を褒め称えて偉いと繰り返すのだった。


「えらいえらい」


 セーハチは本から目を離さぬまま、どうでも良さそうにつぶやく。

 宿題が終わった後、すぐ神縛町へ行く準備に取りかからせれたので、それを実感する余裕がなかったせいもある。


 親たちも、


「やっと終わった。来年もこうあってほしいな」


 などと安堵はしても、あんまり褒めてはくれなかった。

 もっともそうなったのは、三人の普段の行動があまり良くないせいでもある。


 つまり、信用というのがあんまりなかったわけだ。


 放置されていたら、セーハチはともかく他の二人は後日地獄を見たことだろう。


(来る時は、林間学校みたいなことになるのかって思ってたけど……。これはこれで困るな。かといって家にいる時と同じようなわけにいかないし)


 ゲンやんは寝転がったまま、目を閉じる。


 どこかに出かけようにも、周りは田園風景ばかりが広がって、中学生が遊ぶような店や施設というものは何もない。


「まいるなあ……」


 これなら、なにか用事でも言いつけられたほうが良かった、とゲンやんが思った時。


「うわあっ!」


 記録の悲鳴があがったかと思うと、どっしりとしたキロクのお尻がゲンやんめがけて降ってくる……ように、ゲンやんには見えた。


 ゲンやんは息をのんで、転がるようにして逃げる。


 振り返ると尻もちをついたキロクは、窓を凝視していた。

 窓から、一匹の猫が顎をのせる形で部屋を見ている。


「なんだぁ……?」


 ゲンやんは目を丸くして、猫を見つめた。

 高さからして、あそこからあんな体勢で猫が顔を出せるわけがない。


 一瞬ゲンやんは背中に寒気が走った気がした。

 すると、クスクスと猫がしのび笑いを漏らす。


「だれ?」


 セーハチがうんざりした、という顔つきで猫に向かってそう言った。


「にゃあお?」


 猫の後ろから、そんな声が飛んでくる。

 同時に猫の体が持ち上がって、その後ろから真澄が大きな瞳をのぞかせただった。


「あっ」


 簡単すぎる、仕掛とも言えない種明かしにゲンやんは赤面する。


 なんのことはない。

 かがんだ真澄が猫を抱きかかえて、後ろから猫の顔を突き出させただけ。


 そんな簡単なことでも、不意を突かれたキロクが大声を上げてしまったのだ。

 猫だってよく見れば、真澄にひっついていたトラ猫である。


 だけど、ゲンやんはそれを非難はできない。


 一瞬とはいえ顔をのぞかせた猫に、


(お化けじゃないのか……)


 などと思ってしまったのだから。


「しょうもない……」


 一番冷静だったセーハチは真澄のイタズラに眉をひそめたけど、すぐに興味を失ったのか、また本に視線を落としてしまう。


「三人組がこんなド田舎でどうしているかなって、思ってさ」


 真澄はトラ猫を抱き直しながら、ニコニコと三人を見る。


「見た感じ、おひまそうですねえ?」


「悪うございましたねえ」


 ニンマリとする真澄に、ゲンやんは少し眉を寄せる。


「悪いなんて言ってないよ。むしろちょうど良かったと思ってるし」


 と、真澄はトラ猫ののどを優しくなでながら、意味ありげに目を細める。


 ゲンやんとキロクは顔を見合わせたが、セーハチは本を読んだままだ。




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