〇二
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夜中、ふと目を覚ましたゲンやんは半分眠った頭で、
(今何時頃かな……)
考えながら、天井を見つめていた。
隣からは、友人二人の寝息が聞こえてくる。
夕食後、風呂に入った三人はこの離れに布団をしいて眠ることになった。
「早く寝かしつけろと、おうちから言われててなあ」
おじさんは苦笑しながら、三人に離れの部屋に行くように促したものだ。
何しろ近所にコンビニもないような田舎のことだから、夜はテレビでも見るか、さもなくばインターネットでもするしかない。
「あたしもよくゲームするよ。ネットで」
というのは、真澄の言葉だ。
この市内はインターネット回線については進んでいるとのことだった。
「寝ながら話もでもするか?」
と、ゲンやんは提案したのだけれど。
やっぱり、たらふく夕食をとったのと旅の疲れもあってか、三人は布団に入るとあっという間に眠ってしまった。
しかも一番先に寝てしまったのは、話でもしようと提案したゲンやんである。
が、他の二人もそれについてどうこう言うことなく、すぐに眠ってしまったが。
(……あれ)
寝ぼけまなこの中、ゲンやんは強い音が外から聞こえてくるのに気づいた。
強い風と強い雨が、建物を叩く音だ。
それは、まるで大きな生き物のうなり声みたいで、嫌でも聞く者の不安を煽る。
と、横でむっくりと起き上がる気配がした。
思わず横を向くゲンやんは、暗がりの中でキロクが窓を開けるのを見る。
途端に夏場と思えない冷たい空気が、部屋の中に入り込んできた。
「……雨か?」
「……うん」
ゲンやんがそっと声をかけると、キロクは振り返ってうなずいた。
「うるさいな……」
二人が小さく声を出した直後、セーハチのうなるような声が響く。
セーハチは機敏な動作で起き上がると、部屋の隣へと歩き出す。
どうやら、トイレに行くつもりらしい。
「雨だぞ?」
戻ってきたセーハチに、ゲンやんは声をかける。
「……らしいなあ」
セーハチはあくびまじりに答えたものの、すぐに布団に戻ってしまう。
外を見ると、暗闇の中で荒女山が不思議なくらいハッキリ見えた。
遠くで光る稲妻を背にした荒女山は、昼間のような優しく大らかな姿ではない。
凶暴で、ほんの小さなことで人の命を奪う巨大な怪物みたいだった。
気性の荒い神様。
夕食時、おばあさんの言っていた言葉をゲンやんは思い浮かべてしまう。
「悪さ神……かあ」
隣で、キロクがぼそりとつぶやいた。
その言葉は柔らかい印象を与える。
だけど、風雨の荒女山を見るに、ひどく不吉な言葉として響いた。
(まさかとは思うけど、洪水でも起こらないだろうな)
どんどん強さを増す風雨を頬を受けながら、ゲンやんは不吉な予感にかられる。
キロクは何も言わずに、そっと窓を閉めた。
──。
夢の中でゲンやんは、どこか見知らぬ場所を歩いていた。
海鳴りの音が聞こえる。鼻先に潮風が香ってくる。
(ああ、海なんだなあ)
そう思って見ると、どこかの沖合いが瞳に映る。
まるで見たことがないはずなのに、夢の中のゲンやんはひどく懐かしく感じた。
ずっとずっと帰っていなかった、遠い故郷のように。
現実には、ゲンやんはずっと生まれた街で育ち、引越しも転校も経験がない。
それなのに、目の前に風景は涙が出るほど懐かしかった。
沖合いを、ゆっくりと船が走っていく。
帆にいっぱい風を受けて、大量の魚を積み込んでいた。
と、思った途端である。
船は突然ひっくり返って、荷や乗組員を海の中へと放り出してしまう。
まるで見えない大きな手が、オモチャでもひっくり返すみたいに。
そんな海中を、巨大な影がゆっくりと動いていくのを、ゲンやんは見ていた。