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神縛町の荒女山  作者: 甫人 一車
〇〇二、最初の夜をすごして後
3/25

〇一




 その夜、陰洲家はちょっとした宴会みたいな騒ぎだった。


 居間に四角い大型の座卓が二つ並び、その上にはおいしそうな料理がずらりと。

 ほとんどが、雷蔵おじさんがはりきって作ったものだ。


 それらを、ゲンやん、キロク、セーハチの三人組と陰洲一家全員が囲んでの夕食。


「いやあ、うまい、おいしいなあ!」


 中でも、おじさんたちに評判が良かったのはキロクである。

 三人の中でも一番体格が良いだけあって、食欲もすさまじい。


 食べっぷりが良いだけではなく、ものすごくおいしそうに食べる。

 だから見ていても気持ちの良いのだ。


 また、キロクは大柄ではあるけど、肥満気味というわけではない。

 むしろ柔和な顔つきに似合わない、筋骨のがっしりした肉体なのである。

 そのへんがまた、陰洲家の人々に受けが良かったらしい。


「おう、いいね、コレも食べなさい」


「あ、こっちにもあるよ? 良かったらお食べ」


 おばさんはどんどん勧めて、おばあさんは自分の分まで出してくる。


 キロクのほうも、これまた遠慮なしに食べるのだ。


 ──いつもながら、すごいなキロクは……。


 横で食べているゲンやんは、感心こそすれ、


「そんなに食べて大丈夫か?」


 などとは、言わない。


 もはや慣れきった光景だからだ。


 しかし、慣れていない真澄は、


「あんなにいっぺんに食べて……おなか、大丈夫かな?」


 気づかうような、呆れたような複雑な顔をしていた。


「ぜんぜん大丈夫でしょ。いつものことだし」


「え! いつあんなに食べてるの!?」


 ゲンやんの言葉に、真澄のキロクを見る視線は、心配そうなものから、まるで怪獣でも見るようなものに変化した。


「……ところで、君たちはどんなことする予定なの?」


 食べ続けるキロクから視線をはずした真澄は、少し身を乗り出して聞いてきた。

 大きな瞳の中に、好奇心が渦を巻いている。


 そこのところが、ゲンやんには少し意外だった。

 初対面の時は、なんだかとっつきづらそうな印象を受けたのだけど。


 いざ話してみると、明るくて気の良い女の子である。


「うーん……。そういえば、特に決まってないなあ」


 ゲンやんは、天井へと視線を上げながら考え込む。


 ここに来たのも、ほとんど両親による強制だったから、予定など何もない。


「……まさか、ここで農作業とか手伝わされるのかなあ?」


「手伝ってもらうほどのこと、あるかな。うちに」


 真澄は料理を小皿に取りながら、不思議そうに言ったのだった。


「でも、ここ兼業農家だろ?」


「そうだけど……。うちの場合、ばあちゃんがほとんど趣味でやってるようなもんだしねえ。畑にしたって勝手に触ったり入ると怒るし。後は草刈だけど……君ら、草刈機使える?」


 ゲンやんが首を振ると、


「慣れない人に、下手なことしてケガでもされるとこっちだって困るんだよね」


 そうつぶやく真澄の言葉には、妙に実感みたいなものがこもっていた。


「あたしだって、農作業なんか特に何もしてないけど」


 言われてみれば、真澄の肌はあまり焼けていない。むしろ色白とさえ言えた。


 田舎。農業。農作業。


 ゲンやんの乏しい想像力は、そんなものを予想していたが、どうも違うらしい。

 偶然なのか、ちょうどこの時だった。


「そういやあ、君ら荒女山あらめやまを熱心に見てたんだって?」


 おじさんが面白いことを気づいた、といった顔つきで三人を順繰りに見回す。


「はい。形の良い山ですね」


 キロクがハキハキとした声で答えた。


 おせじなんかではなく、本気でそう思っているのがゲンやんにもわかる。

 そもそも、おせじを言えるような器用な性格ではない。


 本心だからこそ、あっさりと淀みなく言えたのだろう。

 事実、荒女山は円錐形の見栄えの良い形だ。


「でも、どうしてアラメって言うんですかね」


「なんでかな?」


 キロクの素朴な疑問におじさんは首をひねった。

 考えこともない、という顔つきである。


「そりゃあな……」


 この時、おばあさんが大きな声をあげた。


「あそこに祭られてる神様からだよ」


「神様?」


 キロクは聞き返す。


 ゲンやんは何も言わなかったが、山道を上がってくる時に見た、あの古いお宮らしき建物を思い出していた。


 ただ、あそこと話の神様とやら関係ないだろう。

 場所がぜんぜん違うのだから。


「あそこの神様は女でな? 昔むかしは気性の激しい悪さ神だったんだと」


「わるさ、がみ?」


 キロクが聞きなれない単語を繰り返す。


「悪いことをする神様で、悪さ神というんだわ」


(そのまんまだな)


 ゲンやんは、今風にするなら『邪神』とでも書くのだろうかと考える。


「女神様は荒女山のてっぺんから遠い海のほうを見てな、海を行く船を神通力でひっくり返しては喜んどったんだと」


「海? あの山から海が見えるんですか?」


 黙って聞いていたゲンやんは、思わず質問してしまう。


「見えるわけないじゃん」


 真澄がさめた声であっさり否定をする。


「神様だから、人間には見えないところまで見えたんでしょ」


 おばあさんは笑ってそう言った。


「確かに」


 と、キロクは納得しているようだった。


「そこで気づいた神様の悪さに気づいた猟師たちは、なんとかしてくれとここに文句を言ってきた。それで村のものがやめてくれと言ったんだけど、悪さ神だから人間の言うことなんか、聞きゃあせん。それで、村のものは相談しあって、神様を無理やりに山のてっぺんからおろすことにしたんだわ」


「神様を?」


「神様を」


 キロクの問いにおばあさんはうなずいて、


「それでも相手は気性の激しい悪さ神なもんだから、まずは笛や太鼓のお囃子とお酒で機嫌を取った後、まあまあの百回も言って、やっと山の中ほどまでおりてもらったんだと」


 平和的な解決法ではある。

 しかし、酔いがさめたらまたすぐに元通りにになってしまうのではないか。


「で、その後は? どうなったんです?」


 キロクはやや身を乗り出して、さらに質問する。


(なんで、そんなに真剣に聞いているんだか……)


 ゲンやんは内心呆れてしまう。


「無事に社に入っていただいて、その後もずうっとお神酒みきを絶やさないようにして、いっつも神様をほろ酔いかげんにしているんだそうな」


「今も?」


「今も。当番で毎日毎日お神酒を運んどるのよ。戦争中も神様へのお神酒だけは絶やしたことなかった、と古いお姑さんが言ってたわ」


(なんだかな……変な話)


 と、ゲンやんは首をかしげてしまう。


 てっきり、最後には鎖で縛られるか、あるいは殺されるかするのかと思ったが……。

 つまり、邪神を酒で機嫌を取って封じ込めているというわけである。


 そう思うと、あの形の良い山がちょっと不気味なものに思えてきた。

 しかも、その神というのは女神というからなお妙な気がする。


「そんなに興味がわいたなら、登ってみるか? あそこはキャンプ場もあるぞ」


 おじさんは楽しそう笑って、そんな提案をしてきた。


「おお、楽しそうですね! どう思う」


 キロクは快活な反応をして、ゲンやん、キロクを見る。


「いいかもしれないな」


 ゲンやんも、素直な気持ちでうなずいた。


「かもしれんなー」


 セーハチも返事をするが、今は食事に集中している様子だった。


 食べる量はそれほど多くはない。

 ただしセーハチの場合、食べ物を口に入れてから咀嚼する時間が長いのである。


 ほとんど、汁状になるまで念入りに噛み砕くのだ。

 どんな時でも、セーハチはそのペースを崩すことはない。


「雨か……」


 セーハチのつぶやきに、ゲンやんはふと顔を上げた。

 ちょうど正面にテレビがあるため、自然と画面が目に映る。


 画面の上に、『大雨』という白いテロップが流れていった。

 雨。昼間はあんなに晴れていたのに。


 ゲンやんはふと家外へと注意を向けてみたが、雨音は聞こえてこなかった。

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