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神縛町の荒女山  作者: 甫人 一車
〇〇一、夏休みは神縛町で
2/25

〇二



「なんか、変わったヤツだったな」


 離れの部屋に荷物を下ろしながら、セーハチは何気ない顔で言った。

 ここが、この家にいる間三人が泊まる部屋である。


 もとは古い建物だったらしいけど、去年大がかりな改築をして、広くてすごしやすいようにしてある。

 と、いうのがおじさんの説明だった。


 なるほど確かにゲンやん、キロク、セーハチの三人がいても広く感じられる。

 部屋には大きなガラス窓があり、隣には小さな流しが設置されていた。


 また、さらにその隣には小さなトイレもある。


「あの子のこと?」


 荷物の中身を整理しながら、ゲンやんは振り返る。


「他にいるか?」


 セーハチのほうは、振り返りもしないでガラス窓を開け放つ。

 山のほうから吹く涼しい空気が、すーっと中に入ってくるのがわかった。


(確かに、変わった顔だよな……)


 ゲンやんは真澄の顔を思い出しながら、首をかしげる。

 何しろ一度見たら、絶対に忘れないという顔だった。


「おじさんの顔と似てたなー」


 キロクは窓から顔を出しながら、そんなことを言う。


「え?」


 思わず、ゲンやんは振り返る。

 真澄を見た時に、そういう感想は抱かなかったからだ。


(でも……。あ、そうだな)


 改めて二人の顔を思い返したゲンやんは、納得できてしまった。

 おじさんの顔と、真澄の顔。


 どちらも、目がすごく大きいという共通点がある。

 大人の男性と、小柄な女の子だからわかりにくかったのかもしれない。


「あ、そういえば? ゲンやんのおばさんとも、ちょっと似てるかな」


 キロクが独り言のように、そんなことを言った。


「え……? そうかな」


 ゲンやんは驚いて、バックを開きかけた手を止めてしまう。

 一瞬頭の中で母と、真澄の顔が重なってしまったのだ。


 顔のかたちは、ぜんぜん違う。

 ただ、その大きな瞳だけは似ているような気がした。


「まあ目の大きいところは、似てるかもな」


 ゲンやんの考えを読んだみたいに、そう言ったのはセーハチだ。

 その口調はどうでもよさそうな感じだった。


 ゲンやんは、何だか変な気持ちになって曖昧に笑う。


「どうしたの、変な顔して?」


 ゲンやんのほうを振り向いたキロクは、キョトンとした顔である。


「いや、べーつに……」


 ゲンやんはわざとおどけたようなことを言ってみたけど、


「ひょっとして車酔いでもした?」


 キロクは大柄な体を揺らしながら、ゲンやんの顔をのぞきこむ。


「そうかも……。けっこう長かったし」


「駅から、ここまで三十分くらいとちがうか?」


 ゲンやんの言葉を、携帯電話を見ていたセーハチは指摘してくる。


 確かに、そのとおりだった。

 駅までといっても、電車で来たわけではない。


 三人は長距離バスで市内までやってきた後、駅まで降りた。

 その後迎えに来たおじさんの車に乗りこみ、ここまで来たというわけだ。


 電車より長距離バスが便利で良いというのは、ゲンやんの母の意見だった。


(つくまで完全に寝てたくせに……)


 ゲンやんは、友達二人を見ながら降参するように首を振るのだった。

 キロクは不思議そうな顔をして、セーハチは荷物の整理を終えて立ち上がる。


「気分が良くないなら、外の景色でも見てみたら? いやー、すごいよ!」


 キロクは曖昧な態度のゲンやんを立たせ、ガラス戸のほうへ連れていく。


 ゲンやんは、


(それもいいかな)


 と、言われるままにガラス戸の外へ顔を出した。


 その途端、青い空の下にでんとそびえる形の良い山が瞳に映る。


(あ……。なるほど、すごい)


 感激屋のキロクのすごいには呆れることが多いのだけど、これは本当だった。


 標高がそれほど高いわけではなさそうだけど、見ている場所が良いのか、何かすごく立派な山のように思えてしまう。

 山の向こうに見える雲と合わさって、見ているうちに神秘的な気分になった。


「あれ、何ていう山かなあ?」


 ゲンやんの横に並んで山を見つめるキロクは、楽しそうに言うのだった。


「さあ……。おじさんに聞いてみるか?」


 ゲンやんがそう言った時だ。


「アラメヤマ」


 そんな声は横から聞こえたのだった。


「え」


「あれ」


 ゲンやんとキロクはほとんど同時に反応した。

 いつの間にか、ガラス戸の前に真澄が立っている。


「だから。あの山は、アラメヤマだって」


 真澄は山を指さしながら、大きな目と口で愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべた。


(あ。こうして見ると……ちょっとかわいいかな)


 ゲンやんはその笑顔に一瞬目を奪われたけど、真澄はそれに気づいた様子はない。


「荒っぽいの荒に、女の人の女で、荒女山って言うんだ」


「変わった名前だねえ」


 キロクのほうは、真澄よりも山のほうに関心が言っているようだった。


「でも、なんで魚の名前なんだろ?」


「さかな?」


 キロクの言葉に、ゲンやんはハテナと首をひねった。


(そんな名前の魚、いたかな)


「なにそれ」


 真澄のほうも、大きな目を白黒させてキロクを見ている。


「だって、そういう名前の……」


「そら、アラメじゃなくて、ヤマメだ」


 若干呆れたような声を出したのは、セーハチだった。

 セーハチは畳の上に座ったまま、さめた目つきをしている。


「ああ、そっか」


 数秒ほどたってから、キロクはあっけらかんとした顔で言った。


「たって一字でもだいぶ違うけどな」


 セーハチはよいせっと、立ち上がる。


「……ところで、何か用事?」


 ゲンやんは友人たちに苦笑しながら、真澄に話しかけた。


「ああ、そうだそうだ。お茶の用意ができたからみんなおいでって」


 真澄は頭の後ろで腕を組みながら、ニッと笑う。


 その表情はカエルというより、なんだか大きな猫みたいだった。


 と、その時である。


 ニャー。


 近くで、本当に猫の鳴き声がした。


「はいはいっと」


 真澄はそれに応えるように、ひょいとガラス戸から離れていく。

 彼女の歩いていく先には、一匹のトラ猫がいた。


 トラ猫は真澄の足に擦り寄りながら、ニャーニャーとうるさい。


「お客が来てるのに、お前はうるさいなー」


 と、真澄はトラ猫を抱き上げて、その鼻をチョンチョンとつつく。


「じゃあ、みんな。急いでねー?」


 軽く振り返りながら言い残すと、身軽な動作で裏手を歩いていくのだった。


 何となくそれを目で追うゲンやん。


 ガラス戸の正面は小さな畑になっており、その向こうには斜面と林が見えている。

 涼しい風は、そこから吹いてくるらしかった。


「じゃあ、行く?」


 ゲンやんが振り返った時には、セーハチはもう部屋から出て行こうとしていた。


「おい、セーハチ……」


「急いだほうがいいのと違うか?」


 セーハチは靴をはきながら、ゲンやんとキロクを見る。


「っとに、もう」


 ゲンやんは軽くセーハチを睨みながら、キロクの肩を叩いた。


「え。なに?」


 肩を叩かれたキロクは、ちょっと声を甲高くして目をむく。


 ずっと、荒女山を見ていたのだ。


「そんなに、見とれるほどのもんかなあ……」


 キロクの態度を不思議に思いながら、ゲンやんは何気なく山を見直す。

 確かに形の良い、見栄えのする山ではある。


 一瞬、ゲンやんは山のほうから、何かの鳴き声を聞いた気がした。




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