〇一
ぐるぐると、うねった蛇みたいな山道を登り続けて十分以上がたった。
(一体僕らはどこへ連れていかれるんだ……?)
源 兵衛。友達からはゲンやんと呼ばれる少年は、ちょっと不安だった。
行けども行けども、目に映るのは杉の木ばかり。
細く頼りない道路は、ほんの少しずれただけで下へ転がり落ちそうだ。
途中で、よくわからない変な建物が見えた。
山道の小脇にぽつんと建っていると言うにはちょっと大きくて、不気味である。
「あれってなんですか?」
運転しているおじさんに聞いてみたのだが、
「さあ、なにかなあ? おっちゃんもよく知らないんだ。入ってみたこともないしな」
返ってきたのは、どうでも良さそうな返事。
小さなその建物は、もう何百年も前からそこにあるように見えた。
「多分古いお宮か何かじゃないかな。よく知らんけど」
言われてみれば、そんな風に見えなくもない。
だけど、ゲンやんの目にはそれはどうしても神社とは思えなかった。
人家にも見えず物置にも見えない、正体不明のもの。
ゲンやんはその建物をできるだけ見ないようにしながら、横を向いた。
車の中にいるのは、ゲンやんを入れて四人。
運転をしているおじさんと、ゲンやんの友人二人。
友人の青江清八郎は腕組みして、目を閉じていた。
車に入ってから、ずっと眠ったままなのだ。
普段から冷静というのか、何事にも動じないマイペースな性格。
この旅行中も、ずっとそれを貫いているのだった。
みんなは清八郎の郎を略して、セーハチと呼んでいる。
対照的なのは、セーハチの一つ向こうに座っている喜多川六輔だった。
三人のうちで一番大きく、がっしりと体の持ち主だけど、一番気が優しい。
みんなからは、キロクと呼ばれている。
キロクは車の窓から山道を熱心に見つめ、ぜんぜん不安を感じていない様子。
むしろその瞳は、好奇心でキラキラと輝いている。
「あのー、まだつかないんですか?」
友人二人に声をかけぬくいので、ゲンやんはついにそう言った。
「あー、もうすぐだよ」
おじさんは、ゲンやんの不安なんかどこ吹く風である。
だけど、その言葉に嘘は無かったらしく車はついに登り道から出た。
その先も、やっぱり山で囲まれた田舎道だったけど。
高い杉木のせいで遮られ気味だった日光が、緑の景色にパッと広がっていく。
田んぼや畑、遠くに家が見えてきたので、ゲンやんの不安はようやくおさまった。
「ここからが神縛町だぞ」
おじさんが片手でハンドルを動かしながら、車の窓を開けた。
野山の香りが、風と一緒に車内に飛び込んでくる。
○県神縛町。
ちょっと変わった名前のここは、県内でも端っこに位置する小さな町だ。
でも、ゲンやんの目には町というより、
(村……って、感じだよなあ)
なのだった。
実際に家よりも田畑。田畑よりも野山のほうが多い。
ゲンやんたち三人組は、中学校最初の夏休みをここですごすことになっている。
この、夜には熊でも出そうな山の中で。
どうして、そんなことになったのかというと。
それは、三人の生活態度のせいだった。
小学校の頃から友達同士だった三人は、中学校でも同じクラスになる。
そのせいか、部活もみんな同じ部に入ることになった。
陸上部だ。
七月までは夏休みも練習があったけど、八月に入ってからは部活もお休み。
三人はようやく本格的に遊べると思っていたのだけど、
「夏休みは、おじさんのところですごすこと!」
と、いきなりゲンやんは両親に言い渡されてしまった。
後で聞いたところ、キロクやセーハチも似たようなものだったそうだ。
あまり思い出したくないお説教の内容からすると、両親は前からゲンやんの生活態度を良く思っていなかったらしい。
そこなわけで。
ゲンやんのいないところで、あれこれと話し合った結果、
「親元を離れて、自然の多い田舎ですごせば少しはたくましくなるに違いない」
こんな風に考えたらしく、親同士で相談して、勝手に決めてしまった。
ゲンやんたちがそれを知らされた時には、もう従うしかない状態だったのである。
(こんなところで、何をしろっていうんだか……)
田畑ばかりの風景を見ながら、ゲンやんは密かにふてくされた。
車を運転しているおじさんは、
「ついたらスイカが冷えてると思うぞ」
そんなことを言いながら、鼻歌を歌っていた。
このおじさんは、ゲンやんの母のお兄さんにあたる人だ。
漢字で書くと、伯父さんとなる。
ゲンやんはあまりこのおじさんと馴染みがない。
家が遠かったせいか、結婚式や葬式なんかで何度か会った程度だ。
名前は、陰洲雷蔵という。
「いかした名前だろう。昔の大スターと同じ名前なんだぞ」
などと自慢そうに笑っていたけど、おじさんの顔は横に広くて、目はギョロッと大きくて、愛嬌はあるのだけどカッコいいとか、イケメンとは言いがたい顔だった。
兄妹だけど、ゲンやんの母親とは似ていない。
似ているのは、せいぜい目が大きいというところくらいだった。
やがて、遠く近くに庭付きの大きな家がいくつも見えてくる。
だけど家自体の数は少なくって、両手の指で数えられる程度だった。
「さあて、ついたぞ?」
おじさんの言葉が終わらないうちに、車は一軒の家の庭に入った。
やっぱりそこも、大きな家。
母屋の他に少し離れたところへ、小さな建物二つ。庭には蔵まである。
「すごいところだなあ……!」
キロクが感動の面持ちでつぶやいている。
「……ついたんか?」
セーハチがパチリと目をあけた。
「ああ。ついたらしいぞ」
ゲンやんはそう答えながら、車を降りた。
一番最初に降りたキロクは、背伸びをしながら遠くの景色を見ている。
ゲンやんは若干車酔い気味の頭を軽く振りながら、家のほうを向いた。
こうしてじかに見てみると大きいし、広い。
と、ゲンやんの目に映ったものがある。
ソレは、家の縁側に座って、四つ切にしたスイカを食べている。
こちらには目もくれずに、一心に食べ続けるその姿は……。
ゲンやんたちよりも、スイカのほうがずっと大事! とでもいうような態度。
(おじさんの子供かな?)
年齢は、ゲンやんたちと同じくらい? いや、もう少し下だろうか。
ゲンやんの視線に気づいたらしく、その子はひょいっと顔を上げた。
この途端、ゲンやんは金縛りにあったみたいに動けなくなる。
それくらい、驚いたのだ。
色素の薄い茶色っぽい髪の下に、大きな瞳がギョロンと光っている。
鼻は低めで、体つきも小柄。
スイカをほおばっているその口は、キロクよりも大きかった。
とにかく、ゲンやんが見たこともないような顔である。
(カエル……じゃなくって、宇宙人?)
思わずそんな言葉が口から漏れそうになった。
確かに、その子の顔はいつかテレビか映画で見た宇宙人をかわいくした感じだ。
なんとかグレイとか言っただろうか。
「だれ、きみ」
スイカを持ったまま、女の子はつっけんどんに言った。
なんだか不思議な迫力に、ゲンやんは思わず後ずさりしてしまう。
女の子のほうは、ちらりとキロクやセーハチを見やってから、
「ああ。今日来るっていうお客さん?」
ようやくスイカを脇に置いて、ひょいっと立ち上がる。
「おーい! マスミ」
そこへ、おじさんが大きな声をあげながらやってきた。
「あ、お前……。スイカはお客さん用だって言っておいただろうっ」
食べかけのスイカを見て、おじさんはあきれ顔になった。
「全部じゃないよ。もう半分は冷蔵庫に入ってるし」
女の子は悪びれもせずに、そう言って食べかけのスイカを手に取る。
「こいつはうちの娘で、真澄っていうんだ。年は同じだから仲良くしてやってくれ」
と、おじさんは女の子の頭を押さえるようになでながら言った。
「こいつとか言わないでよね」
女の子はおじさんの手を払うと、スキップするような動きでゲンやんのそばへ。
気がつけば、キロクとーセーハチもゲンやんの隣に集まっていた。
二人とも、驚いた顔で女の子を見ている。
「陰洲真澄。中学一年生です。よろしくね」
真澄はスイカを持ったまま、ニコリと笑うのだった。
どうやらゲンやんたちと同年代だったらしい。