9.人って、生まれ変わるんだよな?
「ただいま〜」
憎たらしい程の笑顔に、直久は額に青筋を立てた。
「鈴加、てめー!」
「姉さん、また屋根吹っ飛ばしちゃったの?」
「そうみたいね。いやだわ、目測を誤ったみたい。でも、我ながら上手くできた方じゃない?」
至極満足そうである。
鈴加はこの夏、念願の異世界旅行を実行した。たった今、異世界から帰ってきたのだが、次元をねじ曲げた影響のためか、ひどい突風が吹き荒れた。
そのせいで、我が家の屋根が吹っ飛び、ついでに、直久も空高く吹き飛ばされ、神社の砂利の上に叩き付けられたのだ。
母親の絶対命令で、境内の掃除をしていた双子たちは、突然現れたこの姉に駆け寄った。
「どうだったの? 異世界は」
「楽しかったわよ。はい、おみやげ。『玉璽饅頭』よ」
「ぎょくじまんじゅう?」
「玉璽を押したような焼き印を押されているのよ」
「へー」
「そっちはどうだったの? 肝試し」
饅頭を受け取りながら、直久は顔を引きつらせた。
「本物が出てきて、おじゃん。――後日、仕切り直しもしたけど」
「本物が出て来ちゃったの?」
「数が説得して、ゆずるが除霊した」
「説得したのは、直ちゃんだよ。僕は何もしていないよ」
そう言えば、と直久は鈴加を見やる。
「人って、生まれ変わるんだよな?」
「そうらしいわね」
「――なら、良い。あのガキも生まれ直して、やり直せるのなら」
今度は死のうなどと思わないような人生を生きて欲しい。
疾風のせいで遠くの方に転がってしまった竹箒を取りに行こうと、直久は歩き出す。
「直久。事情はよく分からないけど、人はね、何度生まれ直しても、同じ過ちを繰り返すのよ」
「え?」
「因果応報って言うのかしら? 前世の行いが来世に影響するって言うわ」
直久は歩みを止め、鈴加に振り返る。
「前世での人間関係を来世にも持ち越すんですって。親子関係、夫婦関係、友人関係。それらは、何度生まれ直しても変わらないんですって」
「それがマジだとすると、あのガキは生まれ直しても、同じ母親から生まれ、同じように病気で、また家に閉じ込められたりするのか?」
――そして、自ら死を選ぶのだ。
「嘘だっ!」
そんなの、惨すぎる。
直久は竹箒を見やった。目を凝らせば、柄の部分が無惨に折れているのが見えた。
もはや掃除をする気などない。直久は踵を返した。
「直ちゃん、どこに行くの?」
「体育館!」
近所の体育館でバスケをしに行ってくると言い捨てて、直久は石階段を駆け下りた。
運が良ければ、高明に会えるかもしれない。 彼はよくその体育館で練習をしているのだ。
「直ちゃん、僕も行くよ!」
「ついて来るなっ!」
「……」
「数、お前は知っていたのか? 知っていて、あんなことを言ったのか?」
「ああでも言わなきゃ……」
「知っていたんだな」
ゆずるは?と聞きかけて、直久は口を閉ざした。知らないはずがないのだ。
「直久」
鈴加が階段の上の方から、見下ろしている。
竹箒を手にしている。あの、折れたはずの竹箒だ。
だが、どこも折れていない。きっと直したのだろう。 それくらい鈴加にはわけないことだ。
「誰にも、どうすることも出来ない事があるのよ。どうしても割り切れないことが」
「何だよ、それ」
「ゆずる君だって、あの子自身でも割り切れない理由で、ああいう生き方しているのよ」
「割り切れない理由? 誰にもどうすることもできないだって? 誰もどうもしないだけだろ?」
――だったら、俺が。
直久は二人に背を向けて、再び駆け出した。
本家である朝霧神社に行き着いた。無意識だった。
体育館に行くつもりだったのに、何故かここに足が向いてしまった。
「ゆずる」
この時間帯は掃除の時間なのか、ゆずるも竹箒を手に境内を掃除していた。
直久の呼び声に、ゆずるがゆっくりと振り向く。
「直」
「ゆずる。俺、お前に、好きだって、言ったよな?」
駆けてきたため、息が切れている。直久は両手を膝に着き、前屈みになって、ゆずるの表情を見ずに言った。
「俺、まだ、返事、聞いてない」
「返事?」
耐えられないと、直久は地べたに尻を着いた。
尻の横に両手を着いて、空を仰ぐ。青い。
「好きだ」
「直……」
「もう、お前が男でも女でも、どうでもいいやってくらいに、好きだ。――だけど、いつか、俺が何とかしてやる。お前が女として生きられるようにしてやる。だから、お前も俺のこと、好きになれ」
「……」
直久はゆずるの顔を盗み見た。ゆずるはジッと瞼を閉ざしていた。
▲▽
――壁。
おそらく、人と人の間にも、それぞれ壁があるのだろう。
だから、こんなにも、自分の気持ちは相手に伝わりにくい。
相手の気持ちだって、自分はまったく理解できない。
壁なんて、なければいい。
だけど、壁はある。
あるからには、あるだけの理由があるのだろう。
――壁。
壁は、どこにでもある。
だが、どこにもない。
探しても見つかるような物ではないが、ないと思って足を進めていると、ぶち当たるような物だ。
そのことを、誰もが知っているはずなのに、壁に気付けるものは少数だ。
【完】
『月読み』(http://ncode.syosetu.com/n6763d/)へ続く。