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蛍狩り  作者: 日向あおい(妹の方)
7/9

7.ああ。会わなかったぞ

 

 やはり壁に空けられた穴から、次の部屋へと移動する。

 ゆずるが何かに蹴躓いて、よろけた。つかさず、直久はゆずるの腕を掴んだ。

「ホント、お前は」

 ――危なっかしいヤツだ。

 ゆずるは不機嫌そうに直久の手を振り払う。 そして、自分が何に躓いたのか確認しようと、足下に懐中電灯を当てた。

「なっ」

 ゆずるが息を呑む。どうしたのかと双子もそちらを見やった。

 頭だった。頭部だけがゴロンと転がっている。

「藤吉?」

 顔に見覚えがある。バスケ部員だ。

「そんな、まさか……」

「な、直ちゃん、こっちに香坂さんが」

「何だって?」

 藤吉とペアを組んでいた香坂の頭が、やはりゴロンと床に転がっていた。

 ブーン、と羽音が聞こえた。ゆずるが舌打ちをする。双子の腕を引いた。

「行こう」

「だ、だけど」

「大丈夫だ!」

 ――大丈夫だって? 人間って頭だけでも生きていられるものなのか?

 普通、死ぬものだろう? どこが大丈夫なんだ、どこが!

「ぜんぜん大丈夫じゃないじゃんか!」

「うるさいっ。大丈夫なもんは大丈夫なんだ。――だけど、ここにいたって、どうすることもできない。だから、先に行くんだ」

「けどっ」

「お前は残りたければ残ればいい。そして、何もできずに、こいつらと同じ目にあえばいい」

「……」

 確かに、俺には何もできない。何も分からないから。

 いったい何が起きているのかさえ分からない。

「見て、光が」

 数久が懐中電灯の明かりを手で遮り、目だけで闇の向こうを指し示す。

 暗闇に小さな光が点々と見える。蛍の光だ。

 1匹、2匹の数ではない。何十匹という光がジッと3人の様子を窺っているようだ。

「行こう」

「……ああ」

 ぞっとした。何とも言い難い恐れを感じて、直久は素直にゆずるに従った。

 

 

▽▲

 

 いつもいつも同じものを眺めて暮らしていた。

 窓枠の黒。空の灰色。

 世界は、その二色だけだった。  

 

 みんな、何がそんなに面白くて笑っているの?

 そちらの世界は、そんなに楽しいところなの?  

 

 生き続けることは、苦しい。

 だけど、死んでみても苦しいのは変わらなかったよ。

 これなら、まだ生き続けている方がマシだったと思ったけれど、もう二度と帰れない。  

 

 僕の前に壁がある。

 君には見えないかも知れないけれど。

 僕の前に壁がある。

 

 ずっと、壁の向こう側に行ってみたかったんだ。

 きっと、壁の向こう側には色がある。

 色鮮やかな世界があるんだと、信じていた。

 今よりずっと楽しくて、今よりずっと幸せな、そんな生き方ができるはずだと思っていた。

 

 だけど、何も、変わらない。

 ここも、あそこも、変わらない。  

 

 何のために壁を破ったのか。

 何のために死んだのか。

 何もかもが、分からない。

 

 

▽▲

 

 それから、何人分かの頭部を見つけた。

 頭だけがゴロゴロと床に転がっている。どれも見覚えのある顔ばかりだった。

「いったい何が」

 直久は目の前に立ち塞がる階段を見上げた。順序通り行くのであれば、ここから先は二階の部屋を回ることになっている。

 行こう、とゆずるが言った。数久もそれに従う。

 木村は? 深沢先輩は大丈夫だろうか?

 彼らの頭はまだ見つけていない。――きっと、大丈夫だ。

 直久は二人の背を追って、階段を登った。  

 

 階段を登りきってすぐに人影が目に入った。木村と森岡だ。

 生きている。直久はホッと息を付いた。

「おーい、木村ぁ〜」

「待て!」

 二人に駆け寄ろうとしていた直久に、ゆずるの待ったが掛かった。

 訝しげに振り返ると、ゆずるは無言で森岡を指した。彼女の躰が震えている。顔は青ざめ、気分が悪そうである。

「うっ」

 呻き声。とたん、口からダラダラと涎が垂れた。

「ぐはっ」

 ボタボタボタ。

 何かが落ちてくる。黒い、親指ほどの大きさの何かだ。それが幾つも幾つも落ちてくる。

 ゆずるに腕を引かれ、直久は後退った。

 森岡の口から吐き出されたモノは、床一面に広がり、それぞれが小さく光を放った。

「蛍」  

 今度は木村が呻く。躰を『く』の字に折り曲げて、目を白黒させている。

 苦しげな様子に、思わず駆け寄ろうとするが、腕はまだゆずるに掴まれている。それに、床は蛍でギッチリだ。

 次の瞬間。木村の躰が弓なりに反り上がった。腹が異様なほど膨らんでいる。

 腹を突き出すような格好をしたかと思った時、その腹が一段と膨れ上がった。

 バスッ。

 鈍い音だった。音と共に、黒いモノが弾けた。

 ――水風船ってあるだろ? 水で膨らませた風船。あれに針を刺したら、中の水が飛び散るじゃん。一瞬で、もうすごい勢いでさー。

 まさに、そんなカンジだった。

 裂けた木村の腹から弾け飛んだのは、虫だった。四方八方に飛び散り、淡い光を放っている。――蛍だ。

「木村―っ!」

 木村の躰はいったいどうなってしまったのか? 森岡は無事なのか?

 怖くて懐中電灯を当てることもできない。

 暗闇の中、二人の躰が転がっているのが、うっすらと分かる。

 直久は再びゆずるに手を引かれ、その場を後にした。

 

 とにかく、駆けた。蛍が襲ってくる前に、手近な部屋へと駆け込む。

「直?」

 驚いた声に、直久の方こそ驚いて振り返る。高明と怜司だった。二人は怪訝な表情を浮かべる。

「なんだ、もう直の番なのか?」

 当初の予定では、直久が家に入るのはみんなが回り終わった最後だと決めていた。

 それで、もう直久の順番が来てしまったのか、と高明は驚いたようだった。

「誰かゴールしたか? 私が脅して、追い出してやろうと思ったのに、誰にも会わないんだよね。つまらない」   

「誰にも会わない?」

「ああ。会わなかったぞ」

 数久は高明の言葉に眉を寄せ、口元に拳を押し当てた。ゆずるも顔を顰めている。

「先輩。俺がスタートした時点では、まだ誰もゴールしていないんです。俺達がスタートしたのは、先輩たちがスタートしてから20分以上経ってからだから、30人近くが家の中にいたことになるんです」

「30人?」

「この家にか?」

 それでもまったく誰にも会わないだなんて、おかしい。よほどのタイミングが奇跡的に重なったとしか思えない。現に、直久たちは家に入ってすぐ、一つ前のペアと会っている。

 数久がハッと顔を上げた。

「深沢先輩、何か奇妙なことはありませんでしたか? 不思議だなぁ、と思うようなこと」

「奇妙なこと?」

「奇妙だと言えば、私たち、さっきから同じ部屋を何度も何度も回っているように思うんだ」

「だから、それは同じような部屋なんだよ」

「違うって。同じ部屋だよ。だって、同じ物が置いてあるし。ホラ、あの絵もさっきの部屋と同じじゃんか」

「同じ絵が飾られていただけだろ?」

「絵だけじゃない!」

 高明と怜司の言い争いを聞いて、数久は辺りを見渡す。

「同じところを回っているのかもしれません」

「え?」

「先輩方、もしかしたら、同じ場所をぐるぐる回っているのかもしれないです」

「たかだか家を一回りするだけに、20分以上も掛かるはずがないってことですよ。20分もあれば、とっくにゴールしても良いはず。ビー玉に手間取ったとしても30分もあれば」

「確かに。さっきから、部屋がいくつもいくつも連なっているんだ。この家は普通の家よりも広いと言っても、ここまで広かった覚えはないな」

「幻影か」

「結界が張られている」

 ゆずると数久は天井を見上げた。つられて直久も見上げるが、埃の固まりがぶら下がっているのが見えただけだ。

「やっぱりね。すべて幻だったんだ」

「そうじゃないかと思ってはいたけどな。幻で良かった」

「うん」

 数久が薄く微笑む。何か良かったことがあったらしい。

 直久は、何がどうなっているのかサッパリだと、頬を膨らませ、二人を睨んだ。

「説明してくれ。どうなっているんだ? 何が良かったんだか、ゼンゼン分からないぞ」

「んーっと、つまりね。この家に彷徨っている霊が僕たちに悪さをしていたんだ」

「悪さ? ……霊って、霊がいるのかよっ!」

「うん」

 あっさり肯定してくれた数久に、直久は脱力する。

 ――そりゃあ、数たちは霊だの悪魔だの、何だのって、人外なイキモノとの遭遇は日常茶飯事かもしれないけどさ。こちとら、一般人なわけさ。もう少しそこらへんを考慮して話して欲しい。

「霊って、悪い霊? ……悪さしているんだから、悪い霊だよな?」

「そうだね。手に負えないほどの悪霊ではないと思うよ。話せば分かってくれる程度」

「お前達、最初から霊の存在に気付いていたな。だから、家を買う時に説明がなかったかどうか、聞いたんだな」

 眉間に皺を寄せた高明に、ゆずるは頷いた。

「ええ。それで、本当に何も聞かされていませんか?」

「正直に言うと、俺は霊とか、非科学的なことは信じられない方なんだけど、一つそれらしい話を聞いたことがある」

「何ですか?」

「この家に住んでいた男の子の話だ。――この家には、8歳の男の子と、その子の両親が住んでいたらしい。男の子は血友病で、怪我を恐れた母親が家から出さないようにしていたらしいんだ」

「けつゆうびょう?」

 直久が首を捻ってみせると、出血が止まらなくなる病気だという説明が入った。

 なんでも、血液というのは、空気に触れると固まるようにできているらしい。それは、血液中に血液凝固因子が含まれているからなんだって。

 ところが、生まれつき、これが欠乏、又は異常のために、血が固まりにくく、出血が止まらなくなってしまう人がいる。これが血友病。

 遺伝的なもので、一般的に、女性は保因者となり発病せず、男性がかかる病と言われているようだ。

「血友病の子どもに刃物を持たせたがらない母親の話はよく聞くけど、外に出さないだなんて」

「まあ、分かる気はするよな。ちょっとの怪我で出血多量死も考えられるわけだから」

「だからって。ちゃんと注意するべきことを注意していれば、普通の子どもと同じように遊べるはずなのに……」

 遊びたい盛りの男の子を家の中に閉じ込めているだなんて、と数久は頭を振る。高明も頷き、話を進めた。

「学校にも通わせて貰えず、家の中だけで暮らしていた男の子が、ある日突然いなくなってしまったんだ。当時、神隠しにあったって騒がれたそうだ。その後、両親は離婚して、この家を出て行ったらしい」

「神隠し?」

「どんなに探しても見つからなかったんだ。誘拐ではない。そんな痕跡はなかったからな。もちろん、家出でもない。8歳の子どもが家出する理由がないだろ。それに、男の子がいなくなる数分前、彼が自室で眠っているのを、母親が確認している。眼を離したほんの数分の間に姿を消してしまったらしい」

「UFOに攫われたとか?」

「直、俺は非現実的な話は苦手だ」

「高明ってば、UFOとか宇宙人の存在は否定しないけれど、UFOが地球人を攫うとかそういう話はダメなんだってさ。宇宙は広い。広いんだから、どっかの星に知的生命体がいても全くおかしくない。だけど、宇宙は広い。広いんだから、どっかの星の彼らが地球にやって来られるはずがない、って」

「なんだか。夢があるんだか、ないんだか、分かんない人ですね」

「放っとけ。だいたい、遠くの星からやって来られる程の文明を持っているのなら、たかだか太陽系で悪戦苦闘している地球人の文明など、地球に着いた瞬間に侵略しているはずだろ?

 過去に西洋人がアメリカの原住民たちにそうしたように」

「高明、高明。その話はまた今度ね。あんた、普段クールなくせに、時々饒舌になるよね。……でも、私、あんたのその偏った思想好きだよ。なんか電波を感じる」

「感じるな」

 電波受信中と言いながら、指を組んでウットリしている怜司の隣で、高明はため息を付いた。

 そんな二人の様子を見て、ゆずるが、なるほど、と呟いた。

「深沢先輩と池部先輩って、霊に嫌われるタイプなんですね」

「霊に嫌われるタイプ?」

「霊は無視されることを恐れます。深沢先輩は端から霊の存在を無視されています。池部先輩も」

「んー。私は存在無視しているわけではなくて、居ても居なくても、どーでも良いってカンジ」

「それ、バッチリ無視しています」

「そう?」

「だから、霊の悪さに鈍かったんですね」

 ――だからこそ、蛍に襲われずに済んでいる。

「や、十分悪さにあっている気がするけど? 私、そろそろ室内から出たいし。なんか、もう、いっそう、この窓から外に出ようかと思い始めたところ」

「さっきからグルグル回っているばかりだしな」

「それなら、すぐに霊の結界を破りますよ。窓から出るより安全です」

「ただ、そうすると霊が怒って襲ってくるかもしれないので、気を付けてください」

「ちょっと待て。それなら、窓から出た方が安全じゃないか? ……って、聞いてないし」

 ゆずるはその場にしゃがみ込むと、床に手を置いた。瞳を閉じる。何か呟いている。

 パリン、と硝子が割れるような音が響いた。どうやら結界を破ったらしい。

 これで、蛍に襲われる幻影を見ることも、家の中をグルグルと彷徨うこともなくなるはずだ。

 ――木村は?

 思い出して、直久は扉を開き、廊下を見やった。階段のすぐ横を見る。木村と森岡がうつ伏せで倒れていた。

「おいっ。しっかりしろ」

 駆け付けて、仰向けに直す。木村の腹はどこも裂けていなかった。息をしている。生きているんだ。ホッと息を付いた。

 そうして、辺りを見渡せば、他にも倒れている者が何人も確認できた。みんな無事だ。

 

「来る」

 ゆずるが短く言葉を吐いた。その時だ。

 バタバタバタ。足音が聞こえた。

 バタバタバタ。この家に入ってすぐに聞こえたものと同じものだ。

 バタバタバタ。こちらに近づいてくる。

 それは下の方から聞こえ、階段に駆け寄り、そして、階段を駆け上ってきた。

 バタバタバタ。直久のすぐ隣を駆け抜ける。だが、姿はない。見えなかった。

 直久は足音を追って、ゆずるたちがいる部屋の中に戻った。

「男の子」

「この家に住んでいた子か」

 ゆずると数久には霊の姿が見えているらしい。二人は身構える。直久同様、高明と怜司には見えていないようだ。

 どこを見つめて良いのやら分からず、目を空に泳がせている。

 直久はゆずるの側に駆け寄った。

「神隠しにあったとかいう男の子なのか? じゃあ、死んでいたってことか?」

「そういうことになるな」

「直ちゃん、下がってて。先輩方も。ここはゆずると僕が何とかするから」

「分かった」

 霊の姿を見ることができない自分は足手まといだ。邪魔にならないようにと、二人から離れようとした時だった。

「なっ」

 ゆずるが立っていた床が、ミシミシミシと悲鳴を上げた。

 嫌な予感がする。そして、次の瞬間、床が抜けた。

「わっ」

「ゆずる!」

 直久は咄嗟に、ゆずるに向かって腕を伸ばした。そうして、もろとも下の階に落ちていった。


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