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蛍狩り  作者: 日向あおい(妹の方)
4/9

4.何かあんのかよ?

 

 午後7時と言えども、8月である。西の空がうっすらと明るい。つい先程まで、隣にいる木村の顔がハッキリと確認できた。

 夏は好きだ。昼間の時間が長いってことは、その分、遊ぶ時間も長くなるから。

 直久は集まってきたメンバーを見渡し、その顔を確認した。

 ――さすがに、そろそろ灯りが欲しくなってきたか。

 用意してあった懐中電灯を点ける。それを見て、木村も習う。

「暗くなってきたな。そろそろ時間だ」

 皆も習い、次々に光の花が咲いていく。まるで、そこだけが昼間に戻ったようだ。

 直久は眉を顰め、辺りを見渡した。

「まだ、数とゆずるが来ていない。あいつらが来ないと始められない」

「そうだな。……けど、本当に来るのか?」

 数久はともかく、ゆずるは?と木村が言う。直久だって、それは不安なのである。

 あれから、もう一ヶ月が過ぎ去っている。

 だが、確かに一ヶ月前、木村と二人で肝試しの企画書を持参し、頼み込み、なんとか良い返事を貰ったのだ。来てくれるハズ。

「来なかったら、中止だからね」  

 不意に声がして、振り向けば、森岡いずみが腰に手を当てて、仁王立ちをしている。

「げっ。森岡。何しに来たんだよ?」

「もちろん、監視」

 私は生徒会長だから、と目を光らせる。そのすぐ隣には、腰巾着――副会長と書記がさも偉そうにふんぞり返っている。

 直久はウンザリして、彼女たちから目を逸らした。

「直!」

 呼ばれて振り返ると、今度は高明だった。直久の顔が綻ぶ。

「せんぱーい。来てくれたんですねー」

「こっちも大会が終わって、暇だったからな」

 高明は高校でもバスケ部に入り、一年生ながらレギュラーに選ばれ、活躍しているらしい。

 どこに行っても相変わらずのパーフェクト人間ぶりに、ホント辟易してしまう。

 ふと、高明の隣の人物に気が付いて、直久は目を大きくする。

「わっ。いけべー先輩じゃないですか!?」

「べーと伸ばすな、べーっと」

 苦々しく笑った彼女の声と、女の子たちの声が被さる。

「きゃあ、レイジ先輩!」

「レイジ先輩、来てくれたんですか!?」

「深沢先輩が来るんなら、レイジ先輩も来てくださると、信じていました!」

「さすが、レイジ先輩!」

「何がさすがなんだかワカランけど。みんな、レイジじゃなくて、レイシだから。――ったく、ここには私の名前を正確に呼べるヤツはいないのかよっ」

 更に苦笑を浮かべるこの人物は、去年の女子部の部長で、池部怜司である。

 高明とは小学校に上がる前からの仲で、中学はもちろん、高校も同じところに通っているような仲である。いわゆる、幼馴染み&腐れ縁というヤツだ。

「いけべー先輩。髪、伸びましたね」 

「切ってないだけ。うちの高校のバスケ部は自由だから。ここみたいに髪の長さを規制されてないからね」

 怜司は肩を越す程度まで伸びた己の髪を撫でながら、後輩の女の子達を指し示した。

 みんな、見事なほどショートカットだ。強制されているわけではないが、ある程度長くなると、激しい運動には長い髪は邪魔だろうと、顧問が耳元で囁くので、半ば強制されているような気分で、皆、髪を切ってしまうのだ。

 高明が怜司を親指で差して、笑った。

「こいつ、一年だからって試合に出させて貰えなかったらしいんだ。練習でも、一年だからって、基礎ばっかりでさ。だから、その憂さ晴らしにって、誘ったんだ。参加しても良いだろ?」

「もちろんッスよ。いけべー先輩なら、女子も大喜びですし」

「でも、一年だからって……。いけべー先輩はそこらの男子よか上手いのに?」

 眉を寄せた直久に、怜司は肩を竦めて嗤った。

「女はそういうのに、やたらうるさいんだよ。先輩の言葉には従え、そして、敬えってね。ウザイ。マジ、ウザイ!女子部の方で練習させてくれないから、男子部に紛れてやっていれば、生意気だとか言うし。あげく、男好きだの、タラシだの言うんだよ。信じられる?」

「女って、いろいろ大変そうッスねー」

「いっそう、いけべー先輩、男なら良かったんじゃん?」

「私もそう思う」

 そういって苦笑し、怜司は背後を振り返る。そこには古めかしい家が建っていた。深沢家の別宅である。

 まるで使用していないというのは事実らしく、荒れた庭が広がり、そこから伸びた蔦が壁という壁を覆っていた。

 庭の隅に小さな池がある。周りを石に囲まれたそれは、一般家庭にある風呂ほどの大きさで、

 つまり、人一人が入れる程度。

 深さは分からない。覗き込むと、黒く淀んだ水に己の顔が映るばかりだ。

 蔦は二階の窓まで伸びている。 窓にはカーテンが掛けられている。薄汚れた白いカーテンで、ビリビリに破れている。

 かなり大きな家だ。中も広そうで、部屋数も多そうである。

「肝試しには持ってこいの家だな」

「ちなみに、電気も水道も通ってない。改装して愛人を住まわせようとしたらしいんだけど、その前に、その愛人と別れちゃったんだと」

「高明のお父さんって、ホント、お盛んだよなー」

 怜司の言葉に高明は、直久と木村に振り返り、眉をわずかに吊り上げる。

「破壊するつもりで使ってくれ」

「ありがたいです!」

 その時だった。 不意に気配を感じて、直久は辺りを見渡した。

 ――酒の匂い?

 近ごろ分かったことだが、この匂いは先見だ。

 先見は九堂家当主とその次代が使役する妖狼で、先見神社の主である。 先見神社とは、直久の家が管理している神社のことで、その境内で時々この気配を感じるのだ。

「直ちゃん。お待たせ」  

 声が響き、振り返ると、数久だった。隣にゆずるがいる。

 ――来てくれたのか。

 直久はホッと胸を撫で下ろした。

 しかし、まあ……。この酒の匂いから察するに、先見を連れてきたらしいけど、大丈夫なのか? 先見って、酒ばっか飲んでいるような奴だろ?

 内心、不安を感じながら、直久は弟に向かって手を振った。

「遅いよー、数ぅー」

「ゴメン」  

 数久はすぐに高明と怜司の存在に気付き、軽く頭を下げた。

「お久し振りです。深沢先輩、池部先輩」

「大伴弟、あんただけだよ、私の名前を正確に言えるヤツは」

「久し振り。九堂も」

「お久し振りです」

 高明に微笑みかけられて、ゆずるはペコリと頭を下げた。そうして、家に振り返る。

「深沢先輩、この家って……」

「ん?」

「いえ」

「失礼ですが、この家を購入する際、何か特別な説明はなかったですか?」

「特別な? いや、買ったのは父さんだから、よく知らないけど。……そう言えば、土地の広さにしては安値だったとか言っていたっけ」

「そうですか」

 数久はゆずると目を交わすと、口元に拳を押し付けた。その思案中ポーズに、直久は不安になる。

「何かあんのかよ?」

「うーん。まあ。んーっと。でも、大丈夫だと思うよ。ね、ゆずる?」

「そうだな」

「本当かよっ!?」

 思わずツッコミを入れて、ゆずるに振り返る。目が合った。まさに数ヶ月ぶりに、だ。

 だが、それも一瞬で、ゆずるの方から目を逸らされてしまった。

 ――ゆずるの奴、ちょっと見ないうちに痩せたよな。

 肌も白く、闇の中に溶け入ってしまいそうな程、頼り無げだ。

 ゆずるの様子を盗み見ていると、数久が尋ねてきて、ハッと我に返る。

「去年の肝試しもこの家でやったの?」

「違う。別の家だった。……よね? 先輩」

「ああ。別の家だ。あっちの家はもう駐車場にしちゃったからな。ここしか空き家はないぞ」

「今更、中止にするわけにはいかないんだから、何とか頼むよ、数」

「うん。大丈夫だよ」

 きっと、と疑わしい言葉を続けて、数久はニッコリ微笑んだ。この微笑みを信じて良いものか、頭が痛いところだが、信じるしかない。

 直久は持参してきた紙袋の中から、ミニサイズのスピーカを取りだし、口元に当てた。

「バスケ部集合!肝試し、始めるよん」

 


▽▲

 

 ルールは単純。男女一組で家の中を回るのだ。

 高明が貸してくれた間取り図を拡大コピーした物を、木村が塀に貼り付けた。

「いいか。よく聞け。こういう順路で回れば、次のペアと鉢合わせすることなく、すべての部屋を回る事ができる」

 木村の指が図上を滑っていく。すると、それを見た一人が声を上げた。

「ちょっと待て、そこ壁じゃねーの?」

 確かにその通り、木村の指はことごとく壁を無視して滑っている。彼は笑った。

「壁は前もってぶち抜いてある」

「マジで!?」

「すっげ!マジで、家、破壊するつもりじゃん」

 木村の指は階段を上がり、二階へと移動していく。

 やはり、二階の壁も無視しまくり、すべての部屋を通り抜けると、一番隅の部屋の窓にたどり着く。

「この窓に梯子を付けて置いたから、そこから庭に降りてくれ。んで、庭を回って、玄関の方に戻ってきて、ゴールだ」

「だけど、ただ回るだけじゃ、つまんないだろ? 家のどこかに人数分のビー玉を隠してある。それを探して、一人一つずつ持って帰って来てくれ」

 これな、と直久は透明に輝くビー玉を摘み上げ、みんなに見せた。

「つまり、ペアで二つな。ビー玉を持ち帰らなかったペアはもう一回りして貰うからな」

「それって、先に回った方が有利じゃねーの?」

「おう。だから、渾身の力を込めてクジを引いてくれ」

「渾身って……」

 ドッと湧く笑いの中、直久自身も笑いながら、くじ引きの箱を紙袋から取り出した。  


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