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蛍狩り  作者: 日向あおい(妹の方)
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1.年がら年中、元気! 天気! 勇気!

『春眠』(http://ncode.syosetu.com/n6626d/)の続編です。


 その壁は異様に高く、内と外の空間を完全に遮断していた。

 けして越えることのできない壁に、ため息が漏れる。

 

 ――外に出たい。内に入りたい。

 

 内にいる者は外の冒険に憧れ、外にいる者は内の安全に憧れた。

 だが、結局、内にいる者が外に出れば内に戻りたがり、外にいる者が内に入れば、やはり再び外に出たがるものなのである。

 

 だからこそ、壁はあった。

 

 人は思う。ここではない、どこかに行きたい、と。

 どこでも良い、と思いながらも、今いる場所よりも好条件でなければ満足しない。

 行き着いた場所が更にひどい場所だとは想像しないものである。

 どこかに行けば、きっと幸せになれる。そう信じている。

 だが、そうとも限らないから、壁があるのだ。

 

 ――壁。

 それは、本当に壁かもしれない。しかし、壁ではないかもしれない。

 一見、壁のようではないかもしれないし、目には見えない物かもしれない。

 壁は、どこにでもある。だが、どこにもない。

 探して見つかるような物ではないが、ないと思って足を進めていると、ぶち当たるような物だ。

 そのことを、誰もが知っているはずなのに、誰もが壁に気付かない。



▲▽

 

 あまりのことに、直久は言葉を失った。

 信じられないものを見るかのように、目の前の少女を見やれば、彼女はヒラヒラと片手を振る。

 部屋を出ていけと言うのだ。部屋――そこは生徒会室である。

 少女の名は、森岡いずみ。背が高く、ちょっとつり目の彼女は、生徒会長だ。

 口数が少なく、冷たい印象のある彼女とは、できることならば関わりたくない直久だったが、今回はそうはいかない。

 彼女に頷いて貰わなければならないことがあるのだ。

「だけどさー。去年はちゃんと許可が出たんだぜ。今年も去年と同じことをやりたいんだよ。んで、バスケ部の夏の恒例行事にしたいわけ。わかる?」

「それは何度も聞いた」

「それじゃあ!」

 森岡はため息をついた。頭を左右に振る。

「何度も言うようだけど。去年、許可が出たこと自体が異例なことなの。あり得ないの。分かった?」

「わかるかーっ」

 ダン、と彼女の目の前で机を叩き、直久は大声を上げた。  

 

 世の中には、偉大な人物がいる。

 直久にとって身近なそれは、深沢高明である。

 一つ上の先輩である彼は、去年まで直久と同じバスケットボール部の部員だった。

 彼にボールが渡った瞬間の緊張感。それは同じコートにいなければ分かり得ないことかもしれない。皆、思わず息を呑むのだ。

 敵も味方も彼を目で追う。

 ゴールが吸い寄せているかのようだ。彼が放ったボールは何か別の物のように、ゴールをくぐっていく。手品、いや、魔法のような瞬間。音が静かに体育館に響き、空気を切り裂いた。

 歓声。そして、止めていた呼吸を思い出す。

 ――とにかく、二人といない凄い選手だった。

 誰よりも上手で、それを傲ることがないので、誰からも信頼されていた。

 もちろん、直久も彼に憧れていて、たった2年間であったが、彼と同じコートに立てたことは、直久にとって誇りであり、自慢でもある。

 だが、いくらバスケ馬鹿の直久でも、バスケが上手いだけで『偉大』だとは言わない。

 それでも彼を偉大だと言うのは、彼が直久と違ってバスケ馬鹿ではないからである。

 成績は常に学年トップ。顔は、どこぞの童話に登場する王子様。つまり、見事なほど整っているのだ。性格も穏やかで、生徒会に推薦されてしまう程の人物である。

 非の打ち所がない人間。どこからどう見ても完璧な人間なのだ、深沢高明という人物は。

 そんな完璧な人間なんているわけがないと、頭では分かってはいるのだが、少なくとも直久には彼がそう見えたし、思えて仕方がなかった。それも、まさに今だからこそ、余計に思う。

 偉大な彼が中学三年生だった頃、盛大に行った夏のイベントがあった。

 ズバリ『肝試し』である。

 なんだ、肝試しか、と思うだろう。だが、しかし、中学生が学校行事として肝試しをやるとなると、これがいろいろとややこしいのである。

 どこでやるのか。どれほどの人数でやるのか。その安全性は?

 夜分遅くなりすぎるな。近隣付近の住民に迷惑が掛からないように。

 中学生としての節度を守って……云々。

 だいたい教師ってヤツは、灯りのない場所での生徒をまるで信頼していないのである。

 確かに、教室を暗くしただけで開放的な気分になり、騒ぎ出す生徒がいることは事実だ。

 見えない場所、監視できないところでは、いったい何をしでかすのか分からないと思っているのだ。

 まあ、それはそうなんだけど……。

 いかに教師や親、大人の目から逃れ、楽しくやるのが子どもの遊びの醍醐味じゃんか!

 そうだろ?

 とにかく、深沢高明という偉大な先輩は、教師軍の反対を制して、見事イベントを行ったわけだ。

 この先例に習って、直久も肝試し大会を企画したのだが、どうしたわけか、まったく案が通らない。しかも、こともあろうか、教師軍と対決する前に生徒会で『待った』をくらってしまったのだ。

 

「どーすんだよ? 直久」

 木村史宏。バスケ部の部長である。生徒会室を出て、彼が一番に口にした言葉がこれであった。直久はその場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「森岡だよ。森岡!あいつさえ何とかすればっ!」

「生徒会は盲点だったよな。そうだよな。去年は深沢先輩が生徒会長だったもんな」

 本人がそうなのだから、生徒会に反対されるわけがない、と木村は零した。

 そして、直久同様その場にしゃがみ込む。

「その上、先輩は先生方からの信用もある。説得できたわけだ」

「それに比べて、俺らは……と言えば」

「おバカで有名な大伴直久と」

「同じく、単細胞で有名な木村史宏だもんな〜」

 はぁ〜、と二人はため息を付いた。  

 耳を澄ませると、演劇部の発声練習の声が聞こえてくる。

 放課後なのである。廊下はしーんと静まり返り、人影すらない。音は遠い。

 そのままジッとしていると、ボールをつく音が響いてきた気がした。

 ――ああ。みんなになんて言えば良いんだよ!?

 昨年のイベントでの盛り上がりと、それと同じくらいの盛り上がりを期待している仲間たちを思って、直久は再びため息を付いた。

 そんな時だ。ふと、視界が陰った。なんとなく予感がして、直久は見上げることなく片手を振った。

「俺、今、元気ないから、やさしくしてくれなきゃ、ヤダぞ」

「そうなの? 直ちゃんらしくないね」

「俺だって、年がら年中、元気! 天気! 勇気! じゃないんです!」

「ふ〜ん」

 疑り深そうな声を響かせて、気配はすぐ脇にしゃがみ込んだ。体温を伝えるかのように躰を寄せて、直久の顔を覗き込んでくる。

 直久は眉を寄せた。耐えきれず、自分とそっくりな顔を見上げ、叫んだ。

「聞いてくれよ、数!ひどいんだ。てか、世の中ぜってぇー、間違ってる!」

「そうなの?」

「そうなの! そうなの!」 

 ああ、のんびりとした口調が憎い。なんでこんなにも弟はのほほんとしているのだろう。

 弟――数久は直久の双子の弟である。

 一卵性双生児であるため、まるで鏡に映しているかのようにそっくりだ。

 そして、自分で言うのもなんだが、自分たちの顔はそこそこ良い。弟の顔を見つめていると、ついついうっとりとしてしまう。

 と・に・か・く、俺はこの顔が好きだし、弟のことも大好きなのである。

 だから、顔を近付けられて耐えられるはずがなく、弟に抱き付いた。

「……あのう、直ちゃん。ちょっと苦しいんだけど?」

「数ぅ! 聞いてくれよ! 聞いてくれよ! 聞いてくれよ!」

「聞くから。聞くから、離してよ。――木村君もビックリして見ているよ」

「いや、俺は慣れているから……」

 木村と直久は、中学1年生の時からの付き合いである。

 当然、木村は数久のことも知っており、この兄弟の仲の良さも承知していた。

 どうぞ続けてくれと言う木村に甘えて、一頻り数久の温もりを味わってから、直久は躰を離した。



▲▽


 道路が赤く濡れている。

 東の空は藍色に染まっており、それは西に向かって紅く色を移している。

 見事なグラデーション。だが、積雲が空に影を作り、色を狂わせていた。

 夕日が綺麗に見えるほど、大気が汚れている証拠なのだと言う。

 照らされ、赤く染まった道路さえ綺麗な夕日は、どれほどの大気の汚れを訴えているのだろうか?

 そんなことを思いながら、直久は神社の鳥居をくぐった。

 二人の家は先見神社の裏にある。

 裏――正確に言えば、家と神社は中庭を渡らせた回廊で繋がっている一つの建物だ。

 詳しい事はよく知らないが、神社の境内や境内建物は税がかからないのだそうだ。

 つまり、こうして社と家を繋げておけば、庫裡として課税対象から外されるんだとか……。

 鳥居の先は石階段となっており、それを登りきってもまだ石畳が続いている。

 石畳の両脇に狼の石像が建っている。普通、この場所には狛犬があるものだが、先見神社やここいらの神社では狼なのである。

 狛犬よりもスマートな肢体を、右側の狼は、今にも獲物に飛び掛かろうとしているかのように、低く屈めている。一方、左側の狼は参拝者を上から静かに睨み付けている。ギョロリとした獣の眼が、いかにも恐ろしげだ。

 ――なぜ狼なのか?

 それには説明するのも面倒臭い理由があるのだ。

 これは千年とちょっと昔の話だ。

 その頃、大活躍していた陰陽師がいた。安倍晴明っていう奴だ。

 そして、もう一人の陰陽師――大伴泰成の不幸は、生きた時代が晴明とバッチリ重なっていたことだった。

 更に不幸なことに、泰成は極度の負けず嫌いだった。晴明の力を妬み、またその功績を羨んで、彼に対抗できる力を欲したことがすべての発端である。

 泰成は強力な式神を探していて、銀色の雌狼と出会った。

 ――ここで、マジですか!?と耳を疑いたくなるような出来事が起きてしまう。

 なんと泰成は、この妖狼との間に子を儲けてしまうのだ!

 そして、その子――小夜こそが俺たちの祖先なのだという。

 ちなみに、小夜は九匹の妖狼を式神とし、晴明以上の陰陽師になったと、

 九堂家と大伴家だけに伝えられている話があるが、これも人と狼との間に子ができてしまう話と同じくらいにアヤシイ話だと思う。

 ――ま、そんなわけで、小夜の九匹の式神にあやかって、ここいら九つの神社は、狛犬ではなく狼なのである。

 不意に、数久が口を開いた。

「――つまり、森岡さんと先生方に催眠術をかければ良いってこと? 操って、肝試しの許可を貰えば良いの? ……でもさ、直ちゃん。催眠とか暗示とかって、僕より姉さんや貴樹さんの方が上手だよ。僕はちょっと自信ないなぁ」

「な、なんの話だよ。何の!?」

 愛しの弟は直久の話を黙って聞いてくれていたかと思えば、とんでもなく物騒なことを考えていたらしい。

 ――人を操るだって!?

 肝試しのためにそこまでやってくれとは言っていない!

 だいたい、催眠術だの何だのって、そんなこと、できるのかよ? ……って、できるんだよ、数たちは!

 なんでも、うちの家系は代々霊能力――と言うか、人間離れし過ぎて、あり得ない力を持った者たちが頻繁に生まれる家系なんだとか。

 数もそのうちの一人で、姉の鈴加や従兄の貴樹なんかもそうだ。

 ところがどっこい。数久の双子の兄である俺はまったくの常人!

 ――霊感? 超能力? そんなもん、ない! ない!

 直久は両腕を広げて、肩を竦め、大げさにため息を付いた。

「数。考えてくれたのは嬉しいんだけど、もっと人間的解決法を、俺は求むね」

「そう」

 数久は薄く笑みを浮かべて、小さく息を漏らした。

  社を横目に、神社の裏手に廻る。 夏はもちろん、冬でさえ緑が茂っている場所に、木々に隠されるように古風な日本家屋がある。これが、我が家だ。

 鍵の掛かっていない引き戸を開けると、インターフォンいらずの大きな音が立つ。

 それでも家の者が客に気付かない場合は、客は玄関から内に向かって大声を上げることになっている。

 インターフォンがマジでない家なのだ。それがこの家を訪れた客の決まりとされていた。

 ちなみに、この玄関の引き戸は、昼でも夜でも常に鍵が開いている。

 なんて物騒な!と思うだろう?

 なんでも、うちの母親が言うには、神社全体に結界が張ってあるから、悪しき者は侵入できないんだそうだ。だから、神社内にある家も大丈夫なんだとか……。

 ――なんだよっ。その、悪しき者って!?

 玄関を上がって、すぐに自室に行こうとした直久の袖を、数久が掴んだ。

 怪訝な顔で振り返ると、数久は口元に拳を押し付けている。これは、彼の考えている仕草である。目を伏せ、廊下をジッと探るように見つめている。

「何だよ?」

「何かが通ったみたい。人ではないモノ」

「人ではないモノ?」

 ギョッとして数久が見つめているものを見ようと、直久も目を伏せた。

 廊下。板張りの廊下で、歩くとミシミシと悲鳴を上げる。古いのだ。

 母親がこの廊下を掃除しているところなど見たこともないのに、塵一つ落ちていない。

 きっと、母の式神が掃除をしているのだろう。

 ――てか、あの母上様にさせられているのだろう。哀れな。

 直久は首を傾げた。

「数、いったい何を見てんだ? 俺には何も見えないけど?」

「赤い筋みないなものだよ。気配って言うのかな、これ。それとも、残像が見えているのかな? 残留思念とか? ……キラキラしている。きっと、悪いモノではないよ」

 ホッとしたように笑い、数久は廊下の先を見やった。

 おそらく、その赤い筋とやらを目で追ったのだろう。

「玄関を通って、あっちに行ったみたい」

「あっち? ……鈴加の部屋の方?」

「そうみたい。行ってみよう」

 そう言うと、返事も待たず、数久は直久の裾を掴んだまま歩き出してしまった。

 


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