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あ、神女とか巫女なら間に合ってるんで。

作者: 海山ヒロ

え~文中で「神様」や神職関係者をやや辛辣に批評しておりますが、あくまでコメディーとして広い心でお読みいただければ幸いです。

「……で。メリットは?」

「ほ?『めりっと』、とはなんじゃ?」



「人の話は最後まで聴きましょう」


 小学校低学年の頃、大好きな先生と畏怖していた母にそう諭されて以来、相手が誰であろうとずっと守ってはきたけれど。

 今日ほどその習慣を後悔した事はない。



「『メリット』とは、利点、価値、功績、手柄と」

「価値とな? それならば計り知れない価値があろう。なにせこのわらわ憑坐よりましとなるのじゃから。誉れに思うが良い」



 どうやらこの「神様(笑)」は、わたしと同じ教えは受けなかったらしい。解説の途中だというのに、被り気味に言ってきた。

 しかもものすごく偉そうに、腰に手を当てて胸張っていますねぇ。

 って言うか、この目の前でキョトンと見つめ返してくる「女神様おんな」殴っていいっスか?






 ふう今日も良く働いた。あ、干しっぱなしの洗濯物取りこまなきゃ。たしか天気予報で夜には雨が降るっていていたよな……。

 年度始まり特有の残業をちゃっちゃとすませ、夜10時まで開いている近所のスーパーで買ってきた半額セールの惣菜を取りあえず台所のテーブルの上に置き。電気ポットでお湯を沸かす支度をした後、洗濯物を取り込むべくベランダへ続くガラス窓を開けたら―――女神が立っていた。


 一人暮らしをしている我が城は、マンションの3階。各戸にベランダがついているものの、ひらひらした着物の手弱女たおやめが登ってこられるような足がかりはない。はず。

 ベランダに立つそのひとは、ぬばたまの髪に縁取られた瓜実型の白き顔。弓張り月の形にすうっと引かれた眉の下に輝く瞳の色は、どこまでも深く、黒く、見つめられれば溺れてしまいそうで。そのまま溺れてしまってもよいと思わせる深淵から目をなんとかそらせば、つまんだような鼻の下に丹塗りの紅い唇がうっそりと微笑んで待ち構えている。


 そんな人外の美女の出現に、いつもながら我が表情筋は仕事をしなかったけれど、内心度肝を抜かれている間に名を呼ばれ、思わず返事をすれば、裳裾をひらめかせながら、女神ご入場。

 そのまま立て板に水の勢いで名を名乗り(ナンタラ受姫とかアメノナンタラカンタラの命とか名乗っていたけど驚きのあまり聴き流した)、これまでの道中がいかに険しかっただの、わたしの気配を探すのに苦労しただの捲し立てた後。

 美女は、「喜べ。そなたは当代の憑坐に選ばれた」とのたもうた。



 むか~し昔。父方の先祖、山深き庄屋の家に島から嫁に来た人が、巫女の家系の出だったそうな。その嫁様は一枚の鏡を嫁入り道具に島から持ちこみ、現在でも新嘗祭を細々と行う氏神様の御神体になっている、そうな。

 某女優さんの訥々とした語りが始まりそうなそんな昔話は、わたしも祖母から寝物語に聴いた事のあるのだが、その話には続きが……と言うよりも、語られていない事がわんさかあったらしい。


 曰く、その島ではその嫁様の一族(と言っても彼女は傍系)から、女神(目の前の美女のことらしい)の憑坐となる「当代巫女」を選んでいた。

 憑坐は一族の中でも力が強く、女神の声を聴くことの出来る者が選ばれ、それは代々女しかなれないのだが、近年過疎が進み、巫女候補が居なくなってしまったと。

 高齢でいまにも鬼籍にはいりそうな当代巫女の家系に女児はおらず、傍系にはいるものの声はおろか気配すら見えないものしかおらず。

 ほとほと困り果てた者たちが女神にお伺いをたてに来たので、「哀れに思い」神通力(!)を駆使したらば、西の方角に強く惹かれる気を感じた、と。

 で、女神御自らその気配を辿ってきたらば……わたしに行き着いた、と言うことらしい。



 そんな事の顛末を、真白き花の顔を時に歪め、時に紅潮させながら女神さまが語る間、わたしは何をしていたかというと。

 彼女が着ている着物の構造とその中身が、ひっじょ~に気になっていた。


 砧で丁寧にうって艶だしした様な黄味がかった白いひとえ小袿こうちぎ?を紅い細紐で止めているだけなのだが、良く解けないな~と。

 ついでに現代の着付けのように押さえていないせいか、胸でかいですねと。いやいま胸張っているせいかもしれないけどさ。


 あ~まぁ「神様」と自称するだけあって、そりゃもう優雅な所作ですよ? でも歩けばそれなりに裾とかからげるはずじゃない。それなのに高松塚古墳の女子群像で見たような、彼女のひらっひらした着物……裳裾? の裾部分はほとんど動かない。

 やっぱり床からほんの少し浮いているおかげなのだろうか。

 まだ日があるから電灯はつけていないけど、彼女が背にするベランダから燦々と日光が部屋に指しているのに、影がないし。


 え”~つまり総合すると、この……目の前の絶世の美女(外見だけは)は春先によく現れる怪しいヒトではなく、本当に「神様」~?




「どうしたのじゃずっと押し黙って。妾の神気にうたれて臆したか」



 はいっ神様だろうが鬱陶しいものは鬱陶しいですね!


 なにそのドヤ顔。

 長く濃い睫毛に彩られた大きくな、玻璃のように内側から輝いている瞳を細め、紅色の唇をにやりと歪めて笑うとか……!

 残念だよ。実に残念だ。残念な美女だよ。

 わたしはガンガンと痛みだしたこめかみを揉み解しながら取りあえず会話を続けることにした。



「あ~いや『神気』とやらはまったく感じないんで。単に観察するために黙っていただけですから」

「観察。妾をか」

「まぁ他にいませんよね」

「なるほどの。さすが妾が選んだだけのことはある。妾の降臨に対し臆するどころかここまで冷静に対処できるとは、当代巫女は豪胆よの」

「あ~もしかしなくとも、聞き間違えでなければ、その『当代巫女』ってやっぱりわたしの事ですかね」

「そうじゃと先ほどから申しておろう。そなたは妾が自ら選んだ憑坐。妾の言をその口で者どもに伝える仲立ちとなれるのじゃ。誉れであろう? 一族郎党うち揃って喜ぶが良い」




 おかしいな。目の前の自称女神さんとは、日本語で会話しているはずなのに。さっぱり言葉が通じていない。

 わたしはさらに痛みだしたこめかみを癒すべく、人差し指と親指の股にあるツボを揉み解すことにした。




「ええと。貴女の非常に分かりにくくも独善的な話を総合すると。縁もゆかりもない初対面のわたしに、その役目を負えと。しかもそれを、頭湧いているとしか思えないんですが、『誉れに思え』? しかも『一族郎党』で? は?」

「そうじゃぞ。わらわが修行も、ましてや精進潔斎もしていない巫女の前に顕現するなぞ、この数百年なかったことじゃ」

「あ~はいはい。スゴイデスネ~」

「うむすごいのじゃ」



 あぁ「神様」には、下々の嫌味は通じないようで。

 わたしは指の股だけではなく手のひら全体を揉み解しながら、盛大なため息をついて見せた。




「あのですね。くどい様ですが初対面の人間に、そんな馬鹿な要求をする時点で貴女の性質? 貴女が言うのを鵜呑みにするなら『神様』だから神性? まぁどうでもいいけどソレは碌なもんじゃないでしょう。

 大体人の都合も考えず、挨拶すっ飛ばして他人の居住空間にいきなり押し入っている時点で、わたしの『常識』からすれば押し込み強盗と一緒なんですが」

「……押し込み強盗、じゃと…」

「あ、それにも説明いります?」

「……いらぬ」

「あ、そう。それは重畳。で。もうどうせ世迷い言を聞かされるなら最後まで聞くことにして。貴女がわたしからすればロクデナシと分かった上であえて聞きますが、縁もゆかりもない貴女の為に働いて、「憑坐」って言うからには時には身体を貸して、何のメリットがあるんですか?」




 何度も同じ事言わせんなよと繰り返したわたしの言葉に、女神は最初、信じられない問いでも言う様に大きく目を見開き。



「な、なんと嘆かわしい……」



 白い顔を繊手にうずめて泣き崩れた。

 ように見える。




「妾がそなた達と縁を結んで幾歳……かような無体な事を言う巫女に会おうとは……」



 泣き崩れている割には明瞭な声で、るると言いつのる女神さま(笑)。




「あのですね」

「そなたの様な巫女は、こちらから願い下げじゃっ代わりなぞいくらでもおるわっ」



 おお、あげた顔が般若のようですね。

 でもこれはちょぉっとお仕置きが必要なかな?



「代わりはいくらもいるねぇ……」

「そうじゃっ妾の為とあらば身命を喜んで投げ打つものなぞいくらでもおるっ」

「へぇ~……それはそれは。あら?でも確か貴女は、わたしに本当に流れているかどうかも怪しい巫女の血だかを頼って、わざわざ訊いたこともない様な名前の島からでてきたんですよね? それはつまり、貴女に適合? 感応する? まぁぶっちゃけ都合のよい器がわたししかいなかったから、手間暇かけて来たんですよね?」



 我ながらねちっこいなと思う突っ込みに、女神さま(笑)の貌が歪む。



「……うぬぅ」

「で。わたしの身体を使って、何するんだか知らないけど、したい事が……なんでしたっけ、『世を揺るがす重要事』でしたっけ? をする、と。それを叶えたところでそれは貴女と、もしいるならだけど、貴女の氏子? 信徒? のメリットでしかないですよね」

「なんと情けない事を言うものよっそれでもそなたは巫女の末かっ」

「あ~そう言うの良いですから。そういうご託は、貴女を崇めたてまつってくれる誰かに言ってくださいますか? わたしはもちろん貴女の信徒でも信者でも氏子でも檀家でもないんで。貴女の『常識』に付き合ういわれはないですから」

「そなたに流れる巫女の血を感ぜぬのかっそなたの家の定めを、宿業を忘れたかっ」

「うんだから。何?『神様』って人の話を聞かないで良い法則でもあるんですか? それとも貴女だけ? ともかくその宿業だのサダメだの言っているのは、この場では貴女だけですよね? それとも何、貴女が治めているとかの島では他人の話を鵜呑みにする決まりでもあるんですか? それとも『神様』達の掟?」

「っそうじゃっそのように決まっておるっ」

「へ~嘘くさ~」

「っうっ嘘なぞ」

「どもるところがさらに怪しい。ねぇ、『神様』も嘘ついたら、何かの罰が下るんですか? 例えば上位の……天照大御神さんからとかさ」

「ひっそっそれはっ」




 匂う様な花の顔が一気に青ざめる。

 その様を見れば、神様(笑)であろうと、罰は当たるらしい。




「まぁいいや。あんまり興味もないし。とにかく貴女の島の住人だの神社の禰宜だの巫女さんだのなら貴女がいきなりぱっと現われて『妾のヨリマシとなるがいい(笑)』とか前説なしで言ったとしても、『へへ~』って平伏するかもしれなかったでしょうが。そう言う閉じた共同体なら洗脳だの同調意識だのしやすいだろうし。ソトの世界を知らないなら尚更」

「……なんという」



 青ざめ唇を震わせながら唸る女神さま(笑)。

 可哀そうだけれど、付き合う義理は、もとよりない。

 わたしは鬼になることにした。



「で? 結局わたしのメリットはなんでしょう? 例えば身体貸した後丈夫になるとか、寿命が延びるとか、肌艶が良くなるとか。運が良くなるとか。せめて気分が良くなるとか。あ、ぶっちゃけ貸し賃として金運が上がるとかでもありですよ?」

「うぅぅ……」

「あ、そう。なにもナシっと」

「……」

「ん~じゃぁはい、そろそろ飽きてきたし、片付けなきゃいけない家事もあるから、まとめると」




 肩を落とし、床に(と言っても相変わらず数センチは浮いているようだけれど)くずおれる女神さま(笑)に最後の一撃を。




「神様だかなんだか知らないけれど、そんな申し出誰が頷くかバ~カ。とっととお帰りやがれ」



 なにかシールドみたいなものでもがあるかな? と一瞬躊躇したけれど、何もなく。

 小袿だか単衣だか知らないけれど、艶々光る着物の襟首をちょいっとつまんで。




「さようなら。二度と来ないでね?」



 ベランダからぽいっと、女神さま(笑)を摘まみだしましたとさ。

この数日後、その島より神職の青年(ガタイと声と態度のでかい男)が押し掛け、「姫神をないがしろにするとは何事だ」「即島に帰り、修行を始めるように」と言い垂れる。

もちろん主人公は相手にせず、警察に連絡してお引き取り願う。その前に男の心をばっきり折るのはお約束。

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― 新着の感想 ―
[一言]  通りすがりで失礼します。笑えました―w 素敵な作品にございましたw  ただ、なんかこう、こういうストーリィ展開としては、祟らるとかばちをあてるとかいう展開がよくみられるため、スルーされち…
[一言]  読ませて頂いたので、感想失礼します。  非日常的な物語が始まりそうなフラグをボキボキ折る主人公(笑)  楽しく読ませていただきました。  痛快でいいですね。
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