傍迷惑な週刊誌
これは東方Projectの二次創作作品です。読まれる際には留意して下さい。
また、ガールズラブ、受け取りようによっては過激な性的描写にも取れる表現が出てきます。ご注意下さい。(R18ではなく、R15程度の作品ではあると思います)
それでも良いという方は、本文へとお進み下さい。
最近の文様は何を考えているのか解らない。確かに昔から何を考えているのか解らない点が多かったが、ここ最近は特にそれが激しい。
「文様」
「何、椛」
「何故私は下着姿で写真を撮られなければならないのでしょうか」
「それは部数アップの為ですよ」
パシャパシャというカメラから発せられる音を聞きながら、私は小さく溜息を吐いた。部数アップか、と、ここ最近の定型文を反芻する。
天狗の世界では、新聞を作り、その発行部数で競う。これは昔から行われていることだ。河童の技術や折々の風俗によってその形こそ様々変わってはいるが、天狗の中でも新聞記者というのは、人気のある職業の一つだ。私の上司、射命丸文もその新聞記者の端くれである。
しかし、新聞に色気とは果たして的を得ているのだろうか。そもそも新聞とは、起こったことをいち早く伝えるためにあるものではないのだろうか。文様の新聞はまるで週刊誌のようだと、新しく山の頂上に出来た神社の巫女さんも言っていた。果たして週刊誌というものがどのようなものなのか私には想像も出来ないが、巫女さんが苦笑いしていたことから、あまり程度の高いものではないに違いない。謂わば天狗の文化である新聞を、そんな低俗のものにしても良いものか。私には判断しかねる。
「……良し、これで終わりね。ご苦労様。これで明日の裏面は決まったわ」
「読者の皆様も、私の下着姿になんか興味は無いと思うのですが。そもそも最近の裏面は私ばっかり載っているのだから、そろそろ飽きられるのではないかと思います」
「解ってないわねぇ、椛は。最初は外の世界で言うコスプレだかなんたらから始めたでしょ。そして段々露出が多くなってきて、今回はまさかの下着姿。次の新聞ではどんな姿になるのか、読者の皆様も気になるから買う。そして部数が伸びる。どう、この完璧な方程式は」
撮影も終わったので、今度は盛大に溜息を吐いた。もう、この人の思想には少々ついて行けない部分がある。例え、上司といえども。
私なんかが例え全裸になったとしても、喜ぶのはごく少数だろう。まず今まで載ってきた裏面を見てくれている人がいるのかすら怪しい。とりわけ可愛い訳でもなければ、胸がある訳でも、何か特徴がある訳でもない。ただの白狼天狗であるだけだ。それも哨戒役という底辺に近い役職の私に、人気が出る訳がない。それなのに、文様は私を撮り続ける。
今回が下着姿と言うことは、次回は全裸であることは容易に考えられる。全裸以上の露出はない為に、裏面の企画は次回で終了となるだろうが。しかし文様のことだ。一体何を考えてくるのか、解ったものではない。
とりあえず、上着や袴を着ることにした。意味も無く露出するのは嫌いだし、いつもの格好をする方が落ち着くからだ。紐を締め、剣と盾を身に付けてから、私は部屋の隅を見る。
文様の部屋。その隅には原稿を書くスペースがある。さっきまでは必死に写真を撮っていたのに、今ではもう万年筆を片手に呻き声を上げながら紙に向かっている。その行動力は素晴らしいと思うのだが、私を放る速さには辟易というか、逆に釈然とすらしてしまう。例え、上司といえども、あまりに捨て駒の扱いが過ぎる。
一礼して、文様の家を後にした。今日は非番である。特にすることのない私は、いつものように滝へと向かうことにした。そこは、仲の良い河童と将棋を指す場所で、何もない時は日がな一日ぱちり、ぱちりとしている。
「それにしても、大変だねぇ」
「王手。何が?」
「あちゃー、なら角を置いてと。飛車と金の両取り。……文々丸新聞のことだよ。最近は過激な写真ばっかりじゃないか」
「あぁ、そのこと。大丈夫。興味ないから」
「そうじゃなくて。最近、悪い噂も耳にするよ。一応親友として、椛が襲われないか心配なんだ」
「あぁ、そういうこと。……良いの。興味が、ないから」
「興味じゃなくて、心の問題だよ。どれだけ椛が興味が無くても世間は椛のことを知ることになる。それは危険なことだよ。何より、椛はそれを望んでいない」
「確かにね。私はそんな事を望んでいる訳じゃない。だけれども、上司の命令。背く訳には」
「上司であっても。……天狗の社会が縦社会だと言うことは知っているけど、それでも今の椛の扱いは酷すぎるよ。断っても駄目なら、もっと上の役職に相談を」
「断る。王手」
「いや、断られても困る……、あちゃー、詰みだ。投了」
「こんな性格でもね、私にも意地ってもんがある。私はそれに従って動くだけ」
「そうかい、それじゃどうしようもないね。帰るのかい?」
「あぁ、今日は楽しかった。また指そう」
「そうだね。くれぐれも、気を付けて」
「解っている」
滝の裏から出て、外の空気を吸う。どうしても湿度の高い滝の中よりもさっぱりとした空気は、私の気分を持ち直させてくれた。
夕暮れの太陽が眩しい。橙色に輝く木々がそよぐ風にざわめきが、私の短い髪を揺らした。
「帰るか」
ぽつりと呟いて、帰路へとついた。
夕食も終わり、後は寝るだけという亥の刻の初め。蝋燭の光が揺らめく中、外から気配を感じた。私の能力は千里先まで見通す程度。家の壁一枚程度なら簡単に見ることが出来る。なるべく気配を消して、外の様子を覗き見た。
外には白狼天狗が数人。擬人化は出来るようだが天狗としての役職は持っていない、最下層の天狗だった。それらがにじり、にじりと私の家に向かって忍び寄ってくる。
出てくるのは溜息だけだった。同じ襲われるにしても、こんな低層に襲われるとは。文々丸新聞ももう少し、高い層に読んで貰う努力をするべきなのではないのだろうか。悩み事は、目の前の白狼天狗より上司である鴉天狗である。
しかし、直面しているのは白狼天狗。寝巻から普段着に着替える余裕はない為、剣と盾だけを備える。愚行を行おうとしているとは言え、同族は同族。斬る気にはならない。逃げ切れるように、少しだけ屈伸をした。
遂に、私の家の前にまで奴らは迫ってきた。そして私も壁一枚挟んで、飛び出す用意をする。どちらも緊迫した展開である為に、お互いに動き出さない。だが、両方の展開が見えている私の方が、圧倒的に有利である。何せ、あちこちに糸を張り巡らせて私の逃げ道を潰そうとしているのが丸見えなのだから。罠というのは知らないから恐ろしいのであって、解っていれば返って利用すら出来る。この辺りは私の庭。負ける要素がない。
糸を張り終わったのか、奴らは目配せをして、その内の一人が玄関を蹴破った。そいつを扉の横から蹴り上げ壁に激突させた所で、私は外へと飛び出る。
明らかに、相手は意表を突かれていた。私が蹴り上げた奴が一番体格が良く、そいつを頼りに後の奴らが私を取り押さえる算段だったのだろう。それが崩れた上に、頼りの綱だったであろう糸すら簡単に回避されている現在、奴らはどうしようもなく私の後を追っている。
しかし、何かおかしい。私の能力など、少し調べれば簡単に解るはず。一応用意して犯行に及んでいるのだろうから、あんなあからさまな罠など意味が無いと気付かないはずはない。それに追い方もどことなくおざなりで、先程までの緊迫感がまるでない。その時に、はっと気付いた。
これは、文様が噛んでいるのではないか、と。
どこからか私を見ていて、写真に納めようとしている。もし私が逃げ切れれば白狼天狗が同族を襲撃したとすれば良いし、もし私が襲われたら、それはそれで一面記事である。どう転んでも、文様が笑う。
刹那、後頭部から鈍い音が響いた。それに続いて激しい痛み。しかしそれは視界と共に、鈍いものへと変化していく。はめられたと気付いた瞬間に、意識を手放した。
後頭部がずきずきと痛む。そのことによって、目が覚めた。目を開けては見たが、何も見えない。感触から、目隠しされていることに気付いた。そして、身体の自由も利かないことに、今更ながら気付く。動こうとしてみたが、縄が軋み肌に食い込むだけで、何の解決にもならなかった。
そうだ、千里眼を使えば良い。そう気付いた時に、前の方から声を掛けられた。
「お目覚めかい」
「誰だ」
「それは言えないな。その為に、君にも効果のある呪符入りの目隠しをしているんだから」
悔しいが、そいつの言うことは正しかった。千里眼が全く効かないのだ。全身を縛られ、能力も奪われ、私はただの人間に等しい存在に成り下がった。
「どうするつもりだ……とは、聞く前から明らかだな。私は人形になるのか」
「そうだな。反応のある人形になる、と言うのが簡単な説明だな。君は負けたんだ。私の好きにさせて貰うよ」
その言葉通り、そいつは私を自由に弄んだ。目隠しをしているから、時間の感覚も全くない。ただただ、そいつの行いと時間が過ぎるのを待つだけだった。
しかし、救いがない訳ではない。私には文様がいる。助けには来てくれないだろうが、心の支えにはなってくれる。それだけを信じて、耐えた。耐え続けた。そして、全身の感覚がなくなった頃に、私は意識を手放した。
気付けば、自分の家の前に全裸で放り出されていた。時間は昼だろうか。太陽が眩しいことを知って、目隠しが外されていることに気付いた。だが、身体の束縛は解かれてはいない。そして、目の前には私が気絶している時に撮ったであろう写真が何枚か落ちている。そこに写っているものは、あられもない、姿だった。
涙が出てきた。止めることも出来ず、どうしようもない涙だった。そういった行為があることは知っていた。しかし、これ程までにショックを受けてしまうとは、知らなかった。自分はそんな事に興味が無いと思っていただけに、尚更である。
「椛……」
見知った声と姿が、目の前にあった。その姿を見て、安堵と羞恥が入り交じって、更に涙が溢れる。ただ、泣いていることは知られたくなくて、無理に笑顔をひねり出した。
「……文様、済みません、今日は撮影の日でしたか。申し訳ありませんが、この紐を解いて貰えませんか? どうにも解けないものでして」
文様は青ざめた表情で頷くと、無言で私を縛る紐を外した。
「椛」
「文様、済みません。撮影はお風呂に入ってからにさせて下さい」
立とうとしたが、どうにも身体に力が入らず、中腰の状態から倒れてしまう。それを文様が受け止めてくれて、どうにか立ち上がることが出来た。
「とりあえず、部屋に入ろう」
正直、撮影なんて気分ではなかったので、その言葉はとても有り難かった。
予測はしていたが、部屋の中もぐちゃぐちゃだった。破られた障子、壊された箪笥。元の部屋からは想像も出来ない姿だった。それを見て、改めて自分がされたことを自覚する。
文様は、無事だった布団に私を寝かせると、その横に正座した。その口元を見ると、何かを必死に呟いている。目は虚ろで、動揺しているというよりもどうしたら良いのか解らないと言った感じである。そんな姿を見ていると、何故かこちらが平常心を取り戻してしまった。
「文様、そんなに謝らないで下さい」
「椛……」
「それに、どうして文様が謝るんですか? 悪いのは私です。もっと警戒していれば。いや、同族といえど、最初から切り捨てていれば」
「……だって、私が新聞に椛を載せていたから。だから、椛は襲われて」
「関係無いですよ。私が弱いのが悪いんです」
「そんな事、ない」
文様の目から、ぼたぼたと涙が零れた。
「部数を伸ばすとか、それは口実でしかなかった。私は椛を自分のものにしたくて、それで、写真を撮ってた。ただそれが、評判が良くて、ついつい新聞に載せるようになって……。悪い噂が流れてるのも知ってた。もしかしたら、椛が襲われるかもしれないって予測もしてた。でも止められなかった。ごめん、ごめん……」
一つ、小さな溜息を吐いた。こんな状況にならないと、本音が話せない人だと思うと、可愛らしくも思えてきた。
痛む身体を無視して、何とか起き上がる。そして、文様をぎゅっと抱き締めた。
「私も、文様に撮られるのが嬉しかったから、おあいこですよ。一介の白狼天狗が、裏面とは言え新聞を飾る。それは誇らしいことでもあったんです。それに、文様がいたからこそ、私は耐えることが出来た。辛かったけど、それでも、文様がいたからこそ、心までは折れなかった」
「椛……。本当にごめん。ごめんね」
ここまで謝らないでくれと言っているのに、それでも謝るとは強情な人だ。
私は、ふつふつと湧き上がってきた感情を、文様の耳元で囁く。
「文様。お願いがあります。私を……………………」
「王手」
「うぇー。これは投了しかないねぇ。椛、最近強くなったんじゃないの?」
「そうでもないよ。にとりが弱くなったんじゃない?」
「う……。そ、そういえば、あれから裏面が至極まともな私説に変わったけど、何かあったの?」
「いや、何にもないよ」
「段々と酷くなっていたから、最後には全裸が載るんじゃないかってヒヤヒヤしていたんだけどね。それもなく突然文字だらけの裏面になったから驚いたよ」
「文様も、思うところがあったんでしょう。反省してたみたいだしね」
「え、何々? 何があったの?」
「教えない。私の大切な思い出だから」
「けちー。教えてくれても良いじゃないか。親友だろ?」
「そうだね。うーん……あ、時間だ。今日はこれくらいにしておいてくれ」
「勝ち逃げかよ-。それにしても、椛が非番に用事があるなんて、珍しいね」
「そうかな。……ただ、文様と人里に出かけてくるだけだよ」
その言葉に、にとりはただただ目を丸くするだけだった。
色々なことがあったが、最終的にお互いに仲良くなれたのだから良し、という結論に落ち着いた。と言うよりも、それ以上に解決する術がないことも事実であるし、起こってしまったことを取り消すことは出来ないからである。
今日はきっと楽しい一日になるだろう。そのことが、私の心の傷を、少しだけ癒やしてくれた。
読了ありがとうございました。
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