第六話「初陣」
長らく、空けてすみませんでした。
「さて、お前さんの力に皆納得したかんな。改めて、保安官就任、おめでとうだぜ」
「ちょっと待ってください」
努めて冷静に、リチャードはヴァンの方を見る。
「皆って…これが保安官の全員、なのですか?」
「ああそうだぜ。それがどうかしたか?」
絶句しているリチャードの沈黙を他所に。ヴァンはにやりと笑みを浮かべる。
「いやぁ…そろそろ俺ら3人だけじゃあ、この街のすべてに気を配んのが不可能になってきた頃でな。お前さんが了承して良かった」
如何にもしてやったり、なその笑みに、リチャードは思わず額に手を当てる。
(「まぁ…だからと言って、やらないのか…と聞かれれば結局はやるのだが」)
食っていけるか、と言う生死の問題の前には――少しばかりの苦労など考えてはいられないのである。
「んじゃー、先ずは正式に自己紹介しねぇとな。…俺は昨日やったし、アイリア、お前からだ」
「…アイリア・グリアードだ。さっきはその…悪かったな。あんな事言って」
「弱く見られがちなのは自覚している。問題ない」
リチャードの答えに思わずずっこけそうになったが、何とか起き上がる。
「あのなぁ!せっかく人が謝ってる所を――」
「うむ。だから、気にしなくていいと」
「ああー!…ったく」
振り向き、小声で呟く。
「せっかくまともに謝ろうと思ったのに、そんな言い方されるともやもやした気分になるじゃないか…」
そんなアイリアの葛藤をを知ってか知らずか。それとも、単にアイリアの自己紹介が終わったとだけ思ったのか。長髪の男――ケインが、全くポーズを変えずに、腕を組んだまま、言葉を発する。
「ケイン・レイウォルト。一応ここの副統括をやっています。よろしくお願いします」
……限りなくフラットな口調。昨日も思ったが、物腰は柔らかく感情の見えない男である。
こういう人が、往々にして最も注意が必要だ。……だが、味方としては最も頼もしいのも、また事実である。
「そして俺が、ここの保安官統括――ヴァン、ディ――」
「それは昨日もう聞きました」
ぴしゃりと、リチャードはその言葉を遮った。
「おいおい、つれねぇな……せめて自己紹介くらいは最後までさせてくれよ」
ぱしっと手で顔を叩くヴァンの隣で、くすりとケインが笑みを浮かべたのを、リチャードは見逃さない。
その様子は、まるで、元の世界の自分と、『親友』である、あの青年のようで――
「おい、どうした。お前の番だぞ」
呼ばれてはっと我に返る。思いにふけっている場合ではなかった。……そう。ここは、『あの世界』ではないのだ。
「リチャード・ウォルスです。よろしくお願いします」
「んー、そんなにかしこまる必要はねぇよ」
その屈強な太い足を執務机に乗せたまま、ヴァンが目を合わせてくる。
「お前、ケインやアイリアと話す時はもうちょっと気楽な口調だっただろう?」
「目上の人に対する尊敬みたいな物です。もう習慣みたいになってますけれど」
ダン、とヴァンの足が、机を強めに叩く。
「――そんな習慣、捨ててしまえ」
「……?」
暫くリチャードを睨んでから、はぁ、とため息一つつくヴァン。
「そもそもお前は、どうやって相手が目上かどうかを判断してるんだ?」
「…見た目の年齢ですけれど…」
もう一度、ため息をつかれる。
「あのな、リチャード。もと居た所ではどうだか知らねぇが、ここではそんなもんは通用しねぇよ。」
腕を組んで、目を閉じる。
「そもそも魔法の一環として、年齢が見た目通りじゃねぇやつらも居る。…んで、お前は、亜人を見た事はねぇのか?」
――確かにそれは、リチャードにとっては盲点だった。
日本に居た時にも若作りの人等は居たが……それは余り極端な物ではなく、また慣れれば見透かせる程度の物であった。
だが、魔法が存在するこの世界に於いては、全てに例外が発生する可能性はある。それに、亜人――?
「男ならブレるなよ。お前は、お前である自由があるんだ。だから、人の外見で対応を変えんな。相手はそれを見透かして、嘗められんのはお前だ」
「努力しま――しよう」
取り合えず、応じる。
「まー、それじゃ、取りあえず仕事を始めようかね――」
そう、ヴァンが言った瞬間。詰所の扉がバン、と開き、一人の女性が飛び込んでくる。
「助けてください!」
「どうした?」
落ち着いたどっしりとした口調で、ヴァンが問いかける。さすがに足は机の上から下ろしているが、特に緊迫した表情は見せていない。
「市場で喧嘩が起こって!周りをも巻き込んでるんです!」
「ちっ、朝から面倒なこった。それで?魔法使いは何人だ?」
「二人です」
「魔法使い同士の殴り合いか。難儀なこった」
「いえ、違うんです」
顔を上げた女性が、叫ぶ。
「魔法使い二人と、レイヴァン族が殴り合ってます!」
「ほう」と、僅かにヴァンの顔色が変わる。
「レイヴァン族か。道理で魔法使い二人と遣り合える訳だ」
「どうします?私が行ってきましょうか?」
ケインが、ヴァンと目を合わせる。
「んや、お前は俺と留守番だ、ケイン。――アイリア、リチャードを連れて行け。こいつに『亜人』がどう言うもんなのか、見せてやるのも悪くないだろ」
「えぇー……マジかよ、ボス……」
アイリアの明らかに落胆の色が見える。
「レイヴァン族と魔法使い二人相手に、ひよっこの面倒なんて見てる暇はないっすよ」
「なら面倒見ないで普通にやりゃいいだろ。それとも、その『ひよっこ』相手に負けたの、もう忘れたのか?」
ぐっ、と言葉を飲み込むアイリア。
「わーったよ!連れて行きゃいいんでしょ?その代わりどうなってもしらねぇからな! ほら、ついてこい」
「了解」
「ちょっと待て」
詰め所を出ようとした所で、ヴァンに呼び止められる。
「リチャード……お前、魔法使い相手だってのに丸腰で行くつもりだったのか?」
「いざとなれば、その場で何か拾っておくさ」
はぁ、とため息をつくヴァン。
「……その場に何か落ちてるとは限らねぇだろうが……。ほれ、武器庫に行って来い」
投げ渡された、銀色の古びた鍵。
「こっちは昨日の練習用のもんと違って、ちゃんとしたヤツだ。何か適当に選んで担いでいけ」
「……了解した。」
「エイミー、お前もついてってやれ。先輩として何かアドバイスしてやってもいいぜ」
「はいはい、わかりやしたよーだ」
不貞腐れたように出て行ったアイリアの後姿を見ながら、ヴァンが椅子にふんぞり返る。
暫くして、二人の姿が見えなくなった頃に、彼の隣のケインが口を開いた。
「……亜人を見た事すらないとは、一体どこの出身なんでしょうね?」
「……さぁな。けど、人が語りたくねぇ事情を探る必要もねぇだろうよ」
「その隠し事が、この街に危害を及ぼす物だった場合は?」
「そん時は俺たちの手で叩き潰すだけだ。いつだってそうしてきただろう?」
「何でまたそんなもんを選んだんだ……ったく」
「これが一番、俺に適してる。そう思っただけだ」
アイリアの愚痴は、リチャードが背中に担いだその「武器」に向けられていた。
そこにあったのは、昨日彼が使っていた物と同じような「梯子」。とても武器とは思えないようなそれを、しかしリチャードは武器庫の前から拾い、背負ったのだった。
「他にも武器があったんだぜ?取り回しやすい剣とか、あたしのみたいなナイフとか……」
何故それを?とでも言いたげな彼女の視線を、しかしリチャードは受け流すのみ。
――現場は、それは惨澹たる有様であった。
ありとあらゆる物が破壊され、所々焦げたり、凍結している痕跡もある。
「火使いと……氷使いか?」
「……」
火使い、と聞き。一瞬リチャードの顔色が険しくなる。フェミーの魔法も火だったはずだ。まさか――
「見えた!」
その思考を遮る様な、アイリアの声。
顔を上げて見れば、そこには、火と氷の魔法をそれぞれ手から放つ男たち。そして――
「竜人……?」
外見は、殆ど人と差がない。――腕や首など、表皮の一部を鱗のような物が覆っている以外は。
口の角から覗く鋭い刃のような八重歯、そして、その後ろにあるのは、太い竜の尾。
巧みにそれを使いこなし、漫画で見た「竜人」のようなその少年は、魔法を放つ二人と格闘していた。
「保安官だ! 大人しくしな!」
アイリアの叫びに我に返るリチャード。そう、今は観察している場合ではない。まずは両者を制止しなければならない。
「先に仕掛けてきたのはあっちだ!」
返事をしたのは竜人の少年。
「亜人風情が……っ!」
少年が下がり気味になり、防戦気味になるのを見て、尚も攻勢を強める二人。それを少年は、尾で付近の箱を弾いたり、障害物を盾にしたりして防いでいくが、何発かの命中は避けられなかった。
冷気と熱気が、それぞれ彼に襲い掛かる。が、その鱗に触れた瞬間、四散するのが見て取れた。
「保安官だ。今すぐ攻撃行動を止めろ」
両サイドのアクションを見れば、どちらを止めるべきかは一目瞭然であった。
アイリアが火使いへ向かうのを見て、リチャードは冷気を放つ魔法使いの方へと向かっていた。
「邪魔すんじゃねぇ!」
「……実力行使しかない、か」
手が翳される。恐らく、能力頼みばかりで、戦闘の訓練は受けていないのだろう。狙いがこの上なく、分かりやすい。
地を蹴り、横に跳んで放たれた冷気の塊を回避する。弾速はそこまで速くない――これも恐らく、コントロールの訓練が足りないせいか。回避するのは容易い。
「――っ」
だが、弾け散った冷気が、足を襲った。それ程強くはない。が、何度も食らえば――
「早めに決着をつける必要はありそうだな」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ!」
散弾の如き連射。それをまた、ギリギリでかわし、そして一部は梯子で弾き散らす。手がかじかむが、そのまま突進し距離を縮める。
横薙ぎに、梯子が振るわれる。胴に直撃し、吹き飛ぶ男。
何ら防御に魔法を使用する様子はない。やはり魔法の使い方は訓練されていないようだ。
起き上がり、こちらに手を向けようとする男に、梯子の格子の部分を引っ掛け、横に引っ張ってさらにバランスを崩させる。それだけで逸れる冷気弾。
そのまま振り回して、壁に叩きつけ。フォーク状の部分でガン、と首を固定し、拳を首の横の壁に叩き付ける。
「……頭は冷えたか?それとも直接拳でその頭を叩かなきゃ分からないか?」
振り上げられる拳に、目を瞑って横に頭を振る男。それを拘束し、連れて行くと……同じように、炎使いの男を縛り上げたアイリアが彼を待っていた。
「お、魔法使えないのに、やるじゃないか」
「使えるだけで、使いこなせないなら意味が無い」
そして、リチャードの目線は、龍人の少年に向けられる。
「事情を聞く為だ。一緒に、来てくれるか?」