第三話「星光の下で」
「リチャードさん‥‥大丈夫ですか?」
「っ‥‥ぐ、そこまで問題ではない」
包帯を、薬草のような物を入れた液体に浸し、それから順にフェミーが痛む肩に巻きつけてくれている。
――市場での一件の後、リチャードはフェミーと一緒に保安官の――『交番』、と言えば良いのか――の様な所に連れ込まれ、事情聴取を受けた。無論、身元不明とも言えるリチャードが怪しまれない訳は無かったが‥‥
「あの剣幕には、俺ですら驚いたがな」
「もう、からかわないでくださいよ!」
そう。『リチャードさんは何も悪い事してないじゃないですか!』と、建物を揺らすが如き大声で叫び、
『大体駆けつけるのが遅いです。大惨劇になってた可能性もあるんですよ!』
やら
『普段からどんな治安維持をしてるんですか!』
やらと、フェミーが凄い剣幕で怒鳴りつけた結果、実際にリチャードが何らかの法に触れたと言う証拠も無かったが故に、フェミーが身元を保証するという条件で釈放されたのである。
「‥‥何で、そこまでして俺を助けたのだ?俺は家族でも――」
そこまで言った所で、唇にフェミーの指が当てられる。
「それ以上は言っちゃだめです」
はっと、何かに気づいたかのように、指を離して後ろを向くフェミー。
「だ、だってその‥‥リチャードさんも、身を挺して私を助けてくれたじゃないですか」
リチャードの良心が、ちくりと痛む。目の前の少女は『助けてくれた』とは言っているが、その実。自分は彼女を最速で助けず、タイミングを伺っていたのだから。
「家族じゃない、と言い張るんでしたら、何でリチャードさんは私を助けてくれたのですか?こんなになってまで‥‥」
悲痛な目で、包帯の巻かれたリチャードの肩を見ながら、フェミーは言葉を紡ぐ。
何故、だろうか?
リチャードは、暫し考え込む。
貴重な情報源だったからか? 違う。街の人の顔を知った今、情報収集は他の方法でもできる。
生活を支えてくれたからか? 違う。居なくなったとて、指輪を得て交流ができるようになった今。稼ぐ方法はある。
「それは‥‥リチャードさんもまた、私を‥‥その、嫌いじゃないとか、家族みたいとか、そういう風に思っているからじゃないですか?」
「っ‥‥」
果たして、そうなのだろうか。
そうだったとしても、分からないだろう。
幼少時から、家族と言う物と遠ざけられていたのだから。
付き合いが無かった訳ではない。然し、それは殆ど、打算による物‥‥『生きていくため』の物であった。
だが、今回の件は、如何に思い返しても、自分が何故その行動をとったのかが、リチャードには理解できなかった。
まるで、何かに突き動かされるかのような――
「あ‥‥失礼します‥‥」
自分が感情に任せて言った言葉の意味に気づいたのか、下を向いて、フェミーが部屋から出て行く。
「‥‥」
目が冴えて、眠れない。
外に出て、リチャードは星を見上げる。
覚えている星座は一つもない。まぁ、ここが異世界だとするのならば、それも当然か。
「お前さんも、眠れんのか?」
振り向く。そこに居たのは、ラングル。
「ええ、少し考え事をしていましてね」
隣に歩み寄り、「よっこらせ」とラングルが、芝生の上に腰掛ける。
「家族、について‥‥か?」
やや驚いたように、リチャードが振り向く。それはラングルの言葉が図星だったと言う事を、雄弁に語っていた。
「まぁ、うちはちっと壁が薄いんでな。フェミーとの話、聞こえてきたんじゃよ」
はぁ、とため息をつき。ラングルもまた、リチャードと同じ様に、星を見上げる。
「フェミーの母親はな。もうずいぶん前に、亡くなってしまったのじゃよ」
「それは‥‥」
「あいつに、姉妹を生んであげられる前にのう。‥‥男手一つで育てては来たが、わし等は城内に住むだけの金もない。お陰で、あいつにも親友と言うものは殆ど居ない」
星は、地球で見る物よりも、ずっと明るく輝いている。人の手による光――電気が、この世界には殆ど無いせいだろうか。
「わしがお前さんを受け入れたのは、そんなフェミーに、友達を作りたかった‥‥そういう意味もあるんじゃ。あいつは『家族』と言う物に憧れておるが‥‥それは難しい故に、な」
言葉を発さず、リチャードはラングルの前に歩み出る。そして振り向き――
「俺のような――その、出自も分からない者が、家族で良いのでしょうか?」
それを見たラングルは、にやりと笑みを浮かべ。
「いいんじゃよ。今日、フェミーを助けてくれた時から。お前さんはあいつの――いや、わしらの『家族』じゃよ」
その言葉に、リチャードは気づく。
自分もまた、無意識に『家族』と言う物を求めていたのかもしれない、と。