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3 words.シリーズ

巫女・狐憑き・呪

作者: 采火

「いじめないで、くぅ~ん……」

「呪いますよ?」

「やめて欲しいです、くぅ~ん……」

 私は溜息をついた。さっきからこんな調子なのである。溜息もつきたくなるというもの。

 私は巫女である。自分で言うのもなんだが、黒髪黒目の正統派美人巫女だと思う。本来、赤い袴はアルバイト巫女のものだが、私はアヤカシ退治をよくやるので高価な正装より、安価なコレを好んで着ているだけであってビジュアルの問題ではない。決して。

 ああ、話がずれてしまった。とにかく私は、プライドにかけて、何としてもこの男性に憑いた狐を祓わなければならない。

 そもそも、「くぅ~ん……」とか言ってうるうる瞳を向けてくる成人男性の需要なんてこれっぽちだってありえない。私が巫女で無かったら、完全スルーするような代物だ。

「わらわは、この方と生来を共にしたいだけなのだくぅ~ん……」

「ああそうですか」

 いや、巫女は神道を納めるので呪術的なものはアウトだけれども。……気分の問題だ。

「取り敢えず、その男性から出て行ってもらいませんこと? 生気が大分、あなたに吸われてしまっていて危険ですの」

「いやだくぅ~ん」

 あああああ! もう! 本っ気で呪いたいっ!

 きいいいいっ!! っと髪を振り乱して騒ぐが悲しいかな。私が仕えるこの神社、私の兄が神主なのだが……。

 草が自由に延び放題な境内、狛犬も最早原型を留めていない上に、鳥居の朱色は所々剥げている。唯一、社務所と御神体の祀られている建物のみが人の手の行き通っている場所だ。

 つまりおんぼろ神社。アルバイトを雇うお金もないし両親は他界している。ていうか、神主の兄は生計を立てるために絶賛アルバイト中だ。

 となれば、持ち込まれた厄介事は私がやるというのが筋というもの。巫女は通常、お手伝いさん感覚の人が多いが、運良く私は歴とした霊力の持ち主。アヤカシ退治なぞ朝飯前レベルの訓練を受けている。

 で。

 私は早速この男性から妖狐を追い出そうとしているのだが……。

 なんとこの狐、祓う度に男性の中に入り込むのだ。霊力を持っていると言っても、力は有限。やむを得ず説得するしかなく、今に至る。

「私達人間はあなた達ほど強くないんです。このままだとその人、死にますよ?」

「嫌だくぅーん!!」

 妖力が爆発する。え、今のタイミングで!? 意味分からんぞ妖怪!

 びりびりと皮膚を震わせる細かな余波が、全身に感じられた。

「一緒だくぅん!!」

 あの、言ってる事は可愛いらしいんですけど。見た目的にシュールな上に、このままだと本当に男性が力尽きますよ? でも、

「言っても分からないか……!」

 符を投げる。私の霊力を込めている符。触れれば妖力を相殺してくれるのだが……。

 ばしぃっ。

 放って直ぐに木っ端みじんに。妖力が翻弄しているのだから当然といえる。かといってこのままにはしておけないのも事実。

「ああもう、祓うのめんどくさいので封印しますわよ!!」

 叫んだ途端、ピタリと妖力がかき消える。風だけがそよそよと平和になびいた。……はあ?

「封印されるのは困るくぅん」

 にゅーん、と男性の口から出てくる狐。ほんのちょっと透けている身体は、アヤカシだということを表している。男性は力なくぐったりと倒れそうになったので、私は慌てて支える。ちょ、重っ。

「……分かればいいのよ分かれば」

 重くて支えきれずにへたり込みながら横髪を払って言えば、狐は寂しそうに鳴く。

「ずっと一緒にいたいくぅん……」

「一緒にいたいのはいいんだけど、何でそこまでいたいのよ。」

 このはた迷惑な事の原因を探ってみる。答えてくれるか? 別に答えてもらう必要は無いけれど。けれど狐は案外、すっと答えてくれた。

「数年前、飢えそうだった子供のわらわに、食べ物をくれて、世話をしてくれたくぅん。その後、この人の母親にこっそりと飼われていたことがバレて、この人が外出している間に捨てられたくぅん。だから、大人になった今、恩返しとか色々してあげたいんだくぅん。でもアヤカシのわらわは、もうこの人の目に入らなかったくぅん。だから……」

「乗っ取ったの?」

 私は半眼になった。いや、もう、乗っ取る時点で迷惑行為になるわけで。恩返しどころじゃないわけで。

 私は深々と溜め息をついた。どうやって収拾をつけようかなぁ。

 そも、アヤカシの見えない人と一緒になど暮らせない。アヤカシが見えたり見えなかったりは、その人の体質次第だからだ。

 私はもう一つ、深々と溜め息をついた。面倒だけれど仕方がない。後腐れをなくすためだ。―――奥の手を使うか。

「……本当はやりたくないんですけど、あなたにお別れを言うだけの時間を与えて差し上げます。ついでにお礼の言葉を言うなりして、満足してください」

「一緒にいたいくぅん」

「封印じゃなくて、呪って差し上げましょーか」

「嫌だくぅん」

 狐は渋々、頷いた。分かればよろし。

「アヤカシの姿を見えるようにするだけなら特殊な結界を張ればいいんだけど、あなたの場合は言葉を話さなければならない。アヤカシの言葉だと駄目だから……。―――いいわ、私の身体を貸してあげます。ただ、そうなると相手の人に私の言葉ではなく、あなたの言葉であると分かってもらえないので、意図的にあなたが私に取り憑く瞬間を見てもらいます。いいですか?」

「くぅーん」

 狐は嬉しそうに鳴いた。

 私は早速、準備に取りかかる。男性を横たえると、長くてしっかりとした木の枝を適当に拾って、地面に複雑な陣を描いていく。これは神道で、降りてこられた神を衆人に見せるための古代の秘術だ。アヤカシに効くかどうか分からないが。効かなかった時は効かなかったときで考えよう。

 直ぐに陣は描き終わる。私は狐を手招きして、一緒に陣の中央に立った。

「男性を起こして始めますよ。いいですか」

「いいんだくぅん」

 狐は神妙に頷く。私も頷くと、手に持っていた枝を男性に向かって投げた。見事お腹に命中。

「ぐぇっ」

「くぅん!?」

 男性が呻いて狐が唖然とする。狐が抗議の声を上げてくるが気にしない。だって彼、起きたし。

「巫女と狐!? てかなんだよこのおんぼろ神社!?」

 ぶわりっ。“おんぼろ”という言葉にうっかり殺気が膨れ上がってしまったので、集中して抑えた。私がものすごい形相で睨んだからか、男性は怯えたように顔を強ばらせた。

 陣に入るだけで、アヤカシはただ人にも見えるようになる。男性の“狐”という言葉から成功したのが分かる。さてと、次の段階へ進みましょーか。

「この狐、あなたに言いたいことがあるんですって。ちょっと聞いて上げてくれません?」

「は、はあ……?」

「狐、私に憑きなさい。あなたに上げる時間は五分だけよ。それ以上は駄目」

「分かったくぅん」

 男性が思いっきり疑わしそうな目で見てくるが気にしない。だって私、本物の巫女ですから。依代になるくらい、お手の物。

 目を閉じて力を抜くと、狐がするすると中に入り込んでくるのが分かった。男性が驚く雰囲気がする。しかし、それも直ぐになくなった。私の体は、主導権を奪われて深い闇に墜ちていった。


 †◇†◇†


「これで気が済んだ?」

「ありがとうくぅん。もう大丈夫くぅん」

 狐は笑った。私はというと、狐の憑依によって残っていた霊力が狐の妖力と反応して相殺され空っぽになったせいで、力が入らずに地面に直接横になっている。男性はもう帰って行った。結構長い時間憑依されてたのに普通に歩いて。なんで彼の霊力は相殺されていなかったんでしょーね。普通の人でも多少もっているはずなのに。だから憑依は危険なのに。

 まあ、終わったことに文句を言っても仕方がない。私は狐に今後のことを聞いてみた。

「くぅん? 取り敢えず、小山に帰るくぅん」

「あっそう。人間界には暮らしにくいからかしら」

「それもあるけど、子供たちが待っているくぅん」

「世帯持ちかよ」

 うっかり突っ込みをいれてしまった。なんなのよ、もう。子持ちの癖にこんな所で馬鹿やってるとか……。子育て放棄は、人間社会ではご法度よ?

 ……ああもう、疲れたぁ。兄さん、早く帰ってこないかなぁ。狐は早よ帰れ、すぐ帰れ、今帰れ。

 私の切実な願いが届いたのか、狐は「ありがとくぅん」と言って、尻尾を揺らしながら山へ帰って行った。ふぅ、これで静かになる。

 ひょんなことからのこの騒動、本当にはた迷惑だった。

 男性を見つけたのは、たまたまこの神社の目の前を歩いていたからだ。様子がおかしいので気配を探ったらあの狐に取り憑かれていた。

 全く、少しは他人の事情をおもんばかりなさいよ、狐。私は仰向けのまま疲労に任せて目を閉じた。そろそろ兄さんが帰ってくる頃だからこのままお出迎えしてやろう。

 茜色になりつつある空はとても綺麗だしね。

今回のお題「巫女、狐憑き、呪」

お題提供者:濡れ丸 様

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラの設定がよく出来てるので、わかりやすい。アニメ化してもらいたい。 [気になる点] 若干、ラストにむかってたんぱくな印象が…。最後に向かってテンポを上げて行くか、ガッツと予想を裏切る展…
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